2004年12月15日
下北沢Ｘ物語（９５）〜浮遊的下北沢西方見聞録（１）〜
十二月に入ってさすがに寒くなった。ハンドルを握る手がかじかむ。こういうときはできるだけ最短コースで行きたい。とは思うものの文化探訪は回り道をしないと発見は得られない。このところ下北沢東方見聞録に終始していた。西方がおろそかになっている。そんなところから「そうだ鎌倉へ行こう」と思いついた。といっても神奈川の鎌倉ではない。下北沢の鎌倉である。
かつて下北沢村があった。その西隣は代田である。境を南北につっきっているのが鎌倉道である。もちろん，鎌倉は鎌倉である。関東武士団が「いざ鎌倉」というときに通っていく道である。人や物が鎌倉へ行き来した道であった。その鎌倉道がかつての下北沢村の西のへりをいまも通っている。
昨日，今日と久々に鎌倉道の代田坂に挑んでいる。いつもは淡島通りから鎌倉道に入る。そして、北沢川にかかる鎌倉橋の直前で右折する。近隣の歩行者や自転車も同じである。茶沢通り側のもう一方のゆるい坂を経由して下北沢に向かう。
鎌倉橋を渡って直進していく人や自転車は少ない。橋を渡ったとたん急坂にかかるからである。自転車では応える。体に坂がのしかかってくる。この頃長年の自転車乗りが影響したのか脚力が弱ってきたようだ。だが，坂に負けてばかりはいられない。衰えかけた気に熱い息を吹きかけて坂にチャレンジだ。右角の副島クリニックを過ぎると坂だ。たちまちに大地に潜む吸引エネルギーが足の力を奪う。
「負けてなるものか」
心意気で急角度の斜面を一気に上る。が，この坂は意地が悪い。すぐにフラットにならずねちねちと腰をいじめる。ゆるい坂，ここがきついと思う。
鎌倉道，鎌倉通りとも言われる。対面交通道路だが道幅は狭い。だから自転車では通りにくい道だ。その道の案内表示には鎌倉通りとある。が，ごく普通の道と変わりない。けれども代田の鎌倉橋から北沢の北沢中学まで輪行すると古道であることがはっきりと分かる。筋肉疲労した足が認識する。そればかりか視覚的にも分かる。
鎌倉道は地形に忠実である。今日的な道は坂がきついときには削る，曲線はまっすぐにする。機械で谷を削ったり，区画整理で道をまっすぐにしたりする。だから，味がない。
代田の丘に沿ってある鎌倉道は古道の風格がある。ねちねち坂を上りきると今度は微妙に左に曲がっている。かすかすに曲がっていくのが古道の特色だ。
丘を下っていくと。桜の樹が見えてくる。自分で勝手に名前を付けている桜，「次郎桜」である。もちろんそれは一色次郎のことだ。彼はこの樹のそばにあった静仙閣に住んでいた。そのアパートの玄関前にこの桜の樹があった。
かつて下北沢村があった。その西隣は代田である。境を南北につっきっているのが鎌倉道である。もちろん，鎌倉は鎌倉である。関東武士団が「いざ鎌倉」というときに通っていく道である。人や物が鎌倉へ行き来した道であった。その鎌倉道がかつての下北沢村の西のへりをいまも通っている。
昨日，今日と久々に鎌倉道の代田坂に挑んでいる。いつもは淡島通りから鎌倉道に入る。そして、北沢川にかかる鎌倉橋の直前で右折する。近隣の歩行者や自転車も同じである。茶沢通り側のもう一方のゆるい坂を経由して下北沢に向かう。
鎌倉橋を渡って直進していく人や自転車は少ない。橋を渡ったとたん急坂にかかるからである。自転車では応える。体に坂がのしかかってくる。この頃長年の自転車乗りが影響したのか脚力が弱ってきたようだ。だが，坂に負けてばかりはいられない。衰えかけた気に熱い息を吹きかけて坂にチャレンジだ。右角の副島クリニックを過ぎると坂だ。たちまちに大地に潜む吸引エネルギーが足の力を奪う。
「負けてなるものか」
心意気で急角度の斜面を一気に上る。が，この坂は意地が悪い。すぐにフラットにならずねちねちと腰をいじめる。ゆるい坂，ここがきついと思う。
鎌倉道，鎌倉通りとも言われる。対面交通道路だが道幅は狭い。だから自転車では通りにくい道だ。その道の案内表示には鎌倉通りとある。が，ごく普通の道と変わりない。けれども代田の鎌倉橋から北沢の北沢中学まで輪行すると古道であることがはっきりと分かる。筋肉疲労した足が認識する。そればかりか視覚的にも分かる。
鎌倉道は地形に忠実である。今日的な道は坂がきついときには削る，曲線はまっすぐにする。機械で谷を削ったり，区画整理で道をまっすぐにしたりする。だから，味がない。
代田の丘に沿ってある鎌倉道は古道の風格がある。ねちねち坂を上りきると今度は微妙に左に曲がっている。かすかすに曲がっていくのが古道の特色だ。
丘を下っていくと。桜の樹が見えてくる。自分で勝手に名前を付けている桜，「次郎桜」である。もちろんそれは一色次郎のことだ。彼はこの樹のそばにあった静仙閣に住んでいた。そのアパートの玄関前にこの桜の樹があった。
地蔵さんの上のサクラは，星明かりにすかされて，糸のようなほそい枝先までそっくりよく見えた。梢の枝の中に北極星が光っている。右半分の枝に大熊座，左側に小熊座がひっかかっている。それから，どの枝にも星屑が燦いていた。枝の中は小さく銀色に光り，そして，またたきが少ないようだった。すっかり葉の落ちつくした冬の木に，星の実がなった。私は敵の飛行機に冬の星を教えてもらったことに気がついて苦笑した。
「東京空襲」一色次郎（昭和４２年刊，河出書房）の中にある描写である。かつてはこの桜の樹の下に小さな地蔵さんが立っていた。彼は通る度に「ぺこっ，とおじぎを」していた。その地蔵さんはいまはない。けれども右と左とに二つに枝分かれした桜はちゃんと残っている。彼の作品は日記形式になっている。書かれた日付も分かる。それは昭和十九年十二月二十二日のことだ。もうあと七日ほどで六十年目のその日が巡ってくる。
鮮やかで巧みな描写だ。当日の夜がありありと目に浮かんでくる。この部分だけ取り出しても文学としても成立する，詩的ですらある。
下北沢という区域でこれほど巧みに文学的に表現された樹木はない。しかもそれが六十年を経て今も残っている。この桜の樹の前にあるお家のご主人が世話をしておられると聞いている。桜は残したいものだ。東京空襲の目撃地点としての桜である。
かつて下北沢に住んでいた大岡昇平は戦線に立った，そして死線をさまよう場面を文学に言い表して脚光を浴びた。一色次郎は銃後にあって下北沢，静仙閣で東京空襲を記録した。地味であるが記録するという役割を果たした。彼の描写は鋭くて巧みだ。
昭和二十年（１９４５），一月十日。「夜，九時。また一機侵入。関東西部から東部へ進行。世田谷の下北沢にいる私たちの正面で，照空燈につかまった」とある。そして，こうある。「銀色の点は，光の棒に次第次第に受け渡されながら，赤い真珠の間を泳いでいく。その彼方には無数の星屑が浮かび，飛行機が通ったあとには妖しいキツネ火が連なりながら落ちてくる」，飛行機の胴体と，交差する探照灯，そして投下される焼夷弾，彼方の星星にそれに狐火のように見える焼夷弾である。下北沢の夜空に繰り広げられる壮大なスペクタクル，非情な美しさを彼は筆で描いている。
帰り道また鎌倉道を伝って帰った。途中、小田急線３号踏切の近く、次郎桜に立ち寄る。枝を透かして空を見たが星は見えなかった。それでも描写された通りに桜の樹がある、左側の枝の向こうに小熊座の幻影が見えたように思った。
「東京空襲」一色次郎（昭和４２年刊，河出書房）の中にある描写である。かつてはこの桜の樹の下に小さな地蔵さんが立っていた。彼は通る度に「ぺこっ，とおじぎを」していた。その地蔵さんはいまはない。けれども右と左とに二つに枝分かれした桜はちゃんと残っている。彼の作品は日記形式になっている。書かれた日付も分かる。それは昭和十九年十二月二十二日のことだ。もうあと七日ほどで六十年目のその日が巡ってくる。
鮮やかで巧みな描写だ。当日の夜がありありと目に浮かんでくる。この部分だけ取り出しても文学としても成立する，詩的ですらある。
下北沢という区域でこれほど巧みに文学的に表現された樹木はない。しかもそれが六十年を経て今も残っている。この桜の樹の前にあるお家のご主人が世話をしておられると聞いている。桜は残したいものだ。東京空襲の目撃地点としての桜である。
かつて下北沢に住んでいた大岡昇平は戦線に立った，そして死線をさまよう場面を文学に言い表して脚光を浴びた。一色次郎は銃後にあって下北沢，静仙閣で東京空襲を記録した。地味であるが記録するという役割を果たした。彼の描写は鋭くて巧みだ。
昭和二十年（１９４５），一月十日。「夜，九時。また一機侵入。関東西部から東部へ進行。世田谷の下北沢にいる私たちの正面で，照空燈につかまった」とある。そして，こうある。「銀色の点は，光の棒に次第次第に受け渡されながら，赤い真珠の間を泳いでいく。その彼方には無数の星屑が浮かび，飛行機が通ったあとには妖しいキツネ火が連なりながら落ちてくる」，飛行機の胴体と，交差する探照灯，そして投下される焼夷弾，彼方の星星にそれに狐火のように見える焼夷弾である。下北沢の夜空に繰り広げられる壮大なスペクタクル，非情な美しさを彼は筆で描いている。
帰り道また鎌倉道を伝って帰った。途中、小田急線３号踏切の近く、次郎桜に立ち寄る。枝を透かして空を見たが星は見えなかった。それでも描写された通りに桜の樹がある、左側の枝の向こうに小熊座の幻影が見えたように思った。
rail777 at 20:35│Comments(0)│TrackBack(0)│
