2004年12月22日

下北沢X物語(102)〜下北沢小田急踏切物語�△涼罅�

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 下北沢交番前の東北沢4号踏切はなかなか開かない。上りの矢印が消えると今度は下りが点灯する。名の通り開かずの踏切だ。右手坂上からヘッドライトが下ってくる。
「おお、20000系がくるな」
 街の灯りがそれを浮き上がらせる。下ってきた電車は真っ白い。スカートにオーキッドレッドの細い帯を巻き、窓辺がオーシャンレッドに縁取られている。
「なんですか、そ、その20000系っていうのは……」
 ボロのどてらは新しい言葉に接して口がよくまわらない。
「鉄道車両にはみな形式がついている。これは特急『あさぎり』、20000系というんだ。ほら、今度向こうから来るのは急行の新宿行き、ちょっと古いタイプの5000系だよ」
 その5000系のボディの青い帯が音を立てて流れていく。踏切のそば砂利が街灯を吸って尖っている。それがかすかに震えている。
「ああ、電車のことですね。そういえば君のところは鉄道とはとても縁が深かったですね」
「そう親父が鉄道の測量技師だった。関西線加太トンネル工事のときに、柘植に住んでいたうちのお袋を見初めて結婚した。それで、磐越西線開通工事のときには出張で会津東山に来ていて、ぼくはそこで生まれた」
「その親父さんが亡くなって、仕送りが途絶えて貧乏しているときに、君のお姉さんの亭主、確かこれも鉄道員でしたね、その援助を受けてかつかつ生活ができた、まるで鉄道の申し子みたいですね。」
「そんなこともあるまい」
「いや、君の作品は、鉄道が一つのキーワードとして出てきます。あの『頭ならびに腹』、という短編の書き出し『真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。』は新感覚派を代表するフレーズとして今も生きています。でも、ぼくは直感的に思うのですよ。列車の中で、最後まで歌い続けるのは君自身じゃないかと思うのですよ。全速力で連れ去られる人間は疎外されますよね。その中に、ひたむきに俗謡を歌い続けるちと風狂な子、ぼくは共鳴するね。君は鉄道の影響を受けて成長した。あそこには鉄道の遺伝子が生きている。ぼくのホラなのかもしれないが……」
「おいおい、人のことを君はよく知っているね。」
「ええ、知っていますよ。君の未完に終わった大作、あれ数えてみたところ、四十六回『汽車』って言葉出てきますよ。あれは船と汽車での漂泊でしたね。鉄道遺伝子説はまんざらうそでもなさそうだよ」
「そんなに出てきたか、いま初めて知った新事実だ。なんだか、君はぼくの生き字引みたいだ」
 インバネスは旧友の腕をつかんだ。
「なんたってつきあい長いですから、ぼくが文学志したのも君という存在がいたからですよ。学校の教師辞めて、文学に向かわせたのは君ですよ、だけど待っていたのは極貧の生活、女房子どもにはほんと世話かけました。世田谷の大原で女房が死んだときは、棺桶に入れる形見もない始末、あのときも君は葬式代を借りに行ったら申し出た額の倍をだしてくれましたね。君なしではぼくは自分の生涯はありえないと思いますよ。結局住むのも君のいる代沢の丘近くでした。今日みたいに君の家に行ったら足音でぼくの用件を言い当てましたね。石畳を響かせる足音で客の来訪目的も分かるというのは有名な話ですよ」
「ああ、小説『微笑』に書いたことだな。大岡昇平もそれを言ってたな」
「音でなんでもかぎ分けるなんて怖いですね。いまこうやって踏切の前にいるけれど電車の走る音聞いても、行き先が分かるんじゃないですか。」
  どてらが笑って聞いた。
「一つ一つの電車の行き先は難しいけど、分かることがあるよ。目つぶっていても、音でぼくは小田急線の電車の形式が聞き分けられる」
「ほんとうですか。?」
 踏切で待っているセーターやジーンズがどてらの大男の方を見た。


rail777 at 21:19│Comments(0)│TrackBack(0)│

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