2012年04月
2012年04月30日
下北沢Ｘ新聞(2069)〜「斎藤茂吉と『楡家の人びと』」展〜
（一）
先だって、世田谷文学館から年間カレンダーが送られてきた。１０月６日（土）―１２月２日（日）まで「斎藤茂吉と『楡家の人びと』」展が開かれるとあった。斎藤茂吉の生誕１３０年記念行事として行なうとのことだ。
昨年は、代田の詩人、萩原朔太郎展、今年はまた代田の歌人、斎藤茂吉展である。代打ならぬ真打ちの連続登場、展覧会の開催は嬉しいことである。
斎藤茂吉、北杜夫は北沢川に因縁が深い。前者は本流域に、後者は支流域に居住した。川の屈曲、そして、地形が少なからず歌人の短歌、小説家の作品に影響している。その辺りは深く興味が持たれる。
北沢川緑道には、既に茂吉ゆかりの植物が植えてある。ネコヤナギである。緑道整備の際に頼んで植えてもらったものである。
代田川のほとりにわれをいこはしむ 柳の花もほほけそめつつ（歌集「つきかげ」）
世田谷代田居住時代に詠んだ歌、これに因むものである。代田川は歌人の土地誉めに違いない。北沢川をこう歌ったものである。が、これには何の案内版もない。ただのネコヤナギを振返る人はいない。ときたま文学散歩で通り掛かったときに説明するだけだ。
先年の萩原朔太郎の場合は、土地の匂いがあまりしなかった。が、斎藤茂吉や北杜夫の場合は、これが強くする。
ゆふぐれのくれなゐ見ゆる東京の家の二階に
われは老いにき
代田の地で詠んだものだ。疎開先の郷里、山形県上ノ山町金瓶を引き上げての東京生活である。田園生活の中では自然に接して生きていた。が、当地での生活は穏やかである。ぽつねんと二階の部屋に坐っている。夕刻が押しせまって日が赤く染まる。目を遣るとその夕日の中に黒い富士が見える。
続きを読む
2012年04月28日
下北沢Ｘ新聞(2068)〜世田谷代田「ひまわり公園」の記憶
（一）
鉄塔の裏側にある公園のブランコは私の格好の遊び場であった。学校から帰り、すぐ木戸から抜け出してブランコに乗っていると、川遊びで泥だらけになった朋子が泣きながら駈けて来たり、昨夜帰らなかった洋之助があぶない足取りで帰って来たりするのだった。
萩原葉子「蕁麻の家」 講談社学術文庫 １９９７年
ここに出てくる鉄塔は、「代田の丘の６１号』である。この東側の斜面には公園があった。「ひまわり公園」といった。往事ここで遊んだ子どもはこの公園への深い郷愁を今でも持っている。
この公園の思い出をとある女性からだいぶ前に伺った。公園は北沢川左岸崖線にあった。ひな壇式になっていてブランコは上から二番目にあった。
「崖の中腹にあるものだから思いっきりここで漕ぐと本当に空に飛び出していくような気持ちがありました」
冒険心を満足させてくれるプレイパークだった。もちろん今はない。そこには家がびっしりと建っている。その一角に「ひまわり」と記されたアパートが残っている。唯一の面影だ。
「ひまわり公園」を心底気に入っていた彼女に図を書いてもらったことがある。全く珍しいことにそれがひょぃと出て来た。記録としても残しておいた方がいいと思ってこれを写真に撮り、今日ここにアップした次第である。
「父・萩原葉子」には、彼女が東大原小からの帰り道にストーカーのような者につけまわされたことが書いてある。
不吉な予感がしたので、私は足を早めて歩き近道をしようと真っ暗な遊園地へ一二歩さしかかった時だった。後から足音と同時にいきなり誰かがすごい力で……中略……私は身をひるがえして、十メートルの急なはしご段を無我夢中で、矢のように飛び降りたのである。ちびで敏捷だった私は、毎日この遊園地できたえていたのが思わぬ時に役だったのだ。
続きを読む
2012年04月27日
下北沢Ｘ新聞(2067)〜「代田の昔」と朔太郎２〜
（一）
「朔太郎はほんとにごへいかつぎだね」
詩人の母親が言っていたことを萩原葉子は記している。御幣担ぎと近代詩にはどのような関わりがあるのだろうか。興味深い問題だ。人間存在の不安とおまじない、そういう関連が考えられるのかもしれない。
萩原葉子は第三荏原、現在の東大原小学校に通っていた。平成十一年の「東大原小学校同窓会報」には、７月４日、総会終了後萩原葉子が講演をしている。
・葉子さんの著書の中に小学校時代の、下北沢について書かれていますが「この辺りは閑静な住宅街で」とありますがどんな印象がありますか？
私が第三荏原に入ったのは、小学校５年生の時で、父が代田に土地を借り設計して新しく家を建てるので、近くの下北沢の新屋敷と言うところに家を借りてからこちらに住むようになりました。代田の家は学校からも遠くなり、近くの高圧線の高い鉄塔があり、隣は夜になると暗くてこわい遊園地が強く印象に残っています。
前橋から再上京してきて下北沢新屋敷一〇〇八番地に家族で住むようになった。昭和六年のことである。この言葉からすると最初から家を新築して居住しようという思いがあったようだ。詩人の父が亡くなって母親も上京してくる。一家をあげてということになると、居を構えるというのは初めからあったと考えてよいのかもしれない。
翌翌年、昭和八年二月に世田谷代田に転居するが、彼女は近くの代沢小に転校せずそのまま通い続けた。学校から家までは小六の女子には遠い。現行の教育制度で考えると年数が合わない。多分高等小学校のことを彼女は言っているものだと思う。
この通学路の怖さは想像できる。途中小田急線の踏切もあった。一本道だが途中は畑があったり、お地蔵さんがあったりして寂しいところを通らなくてはならなかった。
「高圧線の高い鉄塔」は、「代田の丘の６１号」鉄塔である。この下に公園があった「ひまわり公園」である。続きを読む
2012年04月25日
下北沢Ｘ新聞(2066)〜「代田の昔」と朔太郎〜
（一）
過程を抹殺するのが近代だ。即時性、速達性である。待ちや溜めがない。
「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」、吉田兼好が訴えた想像美、間接美である。満開の桜、満月の月をじかに眺めるよりもそのときの様を心に浮かべる、その方が「なお、あはれに情け深し」、いにしえ人の知恵だ。
「デジタルテレビにて絶景をのみ、見るものかは」ということもいえる。NHKBS「グレートサミット」を見ていつも思うのは、現今の人間が絶景病に罹っていると。絶景も資源が払底してきている。全部見せることはないのではないかと思う。
絶景を求めて撮影班が行く過程で辺鄙なところで牧童に会う。するとその彼も携帯を持っている。世界中の人が持っているのだと思う。
自身は不携帯主義だ。いつか携帯の神様をないがしろにしたという罪、不携帯罪で捕まるのではないかと危ぶんでいる。
東横線渋谷駅で始発電車に乗る場合がよくある。ドアが開いて座席に坐ると皆、くの字を取り出してチェックする。「何か届いていないか病」ではないかと不携帯主義の自分は思う。というよりか、おしなべて皆同じことを行なうその光景が私には異常に思える。
学生や生徒では「友だちからメールが来なくなるのが怖い」ということで、遮二無二返信をする人もいるという。やはりこれも異様である。続きを読む
2012年04月24日
下北沢Ｘ新聞(2065)〜歴史鼓動が響く滝坂道をゆく２〜
（一）
郷愁は自己を寛がせたり、憩わせたりするもので、人間感情の重要な働きをしている。が、この感情は、ますます希薄化しつつある。かつてあった山野の姿がことごとく破壊されてしまったからである。偲んだりしようがなくなった。
交通機関の進歩発達も大きい。かつては時間をかけていかねばならなかったところが、飛行機や新幹線や車で簡単に行けるようになった。旅のプロセスがないから風景にありがたみがなくなってしまった。
人間存在は善なのか？、我々が直面している問題だ。あるところでブレーキをかけて緩やかに過ごす。それこそが人間の叡智だろう。とことんどこまでもがむしゃらに欲望のなすままに行くと、老化しない薬まで作ってしまう。
科学は愚かさを増している。不死の薬は必要ない。そこそこ生きてあるところで死ぬことは必要なことだと思う。「世は定めなきこそいみじけれ」だ。自分が滅びるていくから景色も輝いて見える。
「滝坂道をこの前行きましたけど、地形と風景という結びつきで考えるとなおいっそうおもしろいですね」
日曜日、桜新町で「さくらまつり」が催された。せたがや道楽会の上田さん、さくらフォーラムの丸山さんがいた。しばし道談義に耽ったことだ。
滝坂道には郷愁が宿っている。起伏がこれを宿らせるからだろうと思う。若い頃ずっと通っていただけに道玄坂からの道筋はよく覚えている。
道玄坂の交番を過ぎると大山街道からおもむろに離れていく。膨らみを行くと下りにかかって左にカーブして、また右にカーブする。自然地形に逆らわない道のつくりである。そのS字カーブは間もなく上りにかかる。三田用水を抱えた尾根に出る。
今は回りにビルが建っているが、かつてはここからは空の広がりが見えた。それからそれへと続く丘の果てに丹沢や富士などが見渡せた。目黒川上流空川左岸である。ここの谷の切れ込みは深い。続きを読む
2012年04月22日
下北沢Ｘ新聞(2064)〜歴史鼓動が響く滝坂道をゆく〜
（一）
果てもなく続く時間の道を人は歩いている。が、その道の正体はわからない。プロセスを経ていくうちにそれが次第次第に分かってくる。
二十代、神泉町２９番地に住んでいた。路地を下ると一本の道があり、渋谷円山町方向にS字のカーブが続いていた。渋谷駅へと通ずる道は通学道だった。この道こそずっと後になって気づいた。滝坂道である。
昨日、せたがや道楽会の上田暁さんの案内で駒場の鷹場を歩いた。この出発を、ハチ公前とした。滝坂道を歩くためである。渋谷道元坂を上り、やがて上り切ったところに右手に別れていく道がある。滝坂道である。
「江戸城から駒場野までの御成道は主にこの滝坂道が使われました。このときの鷹狩の行列が二千人もいたそうです」
先導の旗持ちが、それをゆっくり振って、「下に〜、下に〜」と掛け声をかける。それに続いて行列が延々と続いていく。そんな有様を想像する。
道玄坂から滝坂道に入ったすぐ左手に検番があった。渋谷円山町色街だ。十数年前はそういう雰囲気が漂っていたが今は色香がない。が、裏手に入るとそこはラブホ街である。
この滝坂道、灸で有名な淡島森厳寺への参詣道でもあった。
道玄の坂を下りて淡島のきうて病もさる茶屋ぞ見る
山中舎猿丸 （狂歌江都名所）
とびっきり大きな灸を据えてもらって病が退散した。熱い思いをしたのだから帰りはここで、一杯ひっかけて、そのあとは姉さんとしっぽりという具合だったのだろう。
続きを読む
2012年04月21日
下北沢Ｘ新聞(2063)〜梯が入れ替わる都市〜
（一）
都市論としてのタワーというのは興味深い。人々の視線の集約点だからである。ゆえにその姿や形と、折々のエピソードが共有性を持つ。文学的でありうる。
間もなく入院した信濃町の病院の六階の病室で、私は思いがけなく東京タワーに再会した。病室の窓からの視界のほぼ中央に、夜になると東京タワーが光始める。堀端からよりはやや遠く小さいが、同じように白銀と橙色に静かに垂直に輝いて。
この一節の出典は「梯の立つ都市」、きざはしのたつまち、だ。作者は日野啓三である。彼がガンを患って闘病生活を送っていたことはよく知られている。病室から眺められる景色に東京タワーがあった。この眺望への出会いは感動であった。それは末尾の表現が端的に示している。
はしごが直立したように塔が立っているまちが東京であると言える。先頃の３，１１の地震で先っぽが曲がってしまったことはニュースになった。ただ曲がっただけではなく、天と地の接点が屈折したことで人々の視点がさまようようになったという点があるのかもしれない。
日々時間は経つ。それとともに人は老化する。あちこちに傷みが生じてくる。入院することも少なくない。都心の病院は、多くが高層ビルになっている。上層階が病室だ。外が眺められる。そこから眺められる風景が患者の寛ぎになる。
人は風景の中で生きている。が、活動する動物だ。どこかに焦点を合わせ、そこに心を落ち着ける。ビル街の特徴のない街の中で目を留めるのは必然的に尖ったものとなる。それが東京タワーである。続きを読む
2012年04月19日
下北沢Ｘ新聞(2062)〜戦争史を追っての果てのない旅〜
（一）
分け入って行けばいくほど謎は深まっていく。当、ブログを発端とした戦争史を巡る旅は果てしがない。
冒頭でこう書いたが、わかりにくい。この戦争史発掘は、鉄道交点文化史の一つである。クロスが知性を文化を集めた。が、戦争はここからの退去を求めた。交点一帯から多くの子弟が松本浅間温泉に疎開した。そのときにここにやってきた特攻兵と学童とがふれ合ったという話だ。子どもたちが所持していた音楽文化が、そして、知性が、垢抜けたお洒落が関係している。交点文化の背景なしにはこの話は語れない。近代戦争史の陰に当たる部分だ。
この話、もうずっと引き摺ってきている。今月いっぱいでけじめをつけなければならないが決着がつかないでいる。
昨日は、小さな旅に出た。その駅に着く前に電車は鉄橋を渡った。自身が訪ねて行く元特攻兵は陸軍大刀洗飛行場滞在時に、帰郷を許された。ここを渡る響きにせつない気持ちになったろうと想像された。
「そうですね、着く前に空を見るのです。ずっとどこまでも広いのです。果てには赤城山とか男体山なども見えます。そして、利根川と渡良瀬川の合流点の方を見ます。するうちに鉄橋を渡ります。ああ、着いたのだなあという思いは湧いてきます。」
久貫兼資氏に古河駅到着前のことを聞いたら、こんな答えが返ってきた。
約束の時間より早めに古河駅に着いて、町を巡った。いつも思う、その土地に行ったときに風光を知ることは大事だと。とくには、駅到着時のドラマにはどんなものがあるのかは常々大事だと自分では思っている。
蔵があちこちに残っていてそこに花吹雪が散っていた。土手には柳が青める静かな町だった。空襲には遭わなかった町だと思った。
古川文学館があって立ち寄った。「下北沢文士町」に繋がる人はいないか探したが一人もいなかった。見学していくとこれとあれとを比較してしまう、改めて思うのは我等の文士町の質の濃厚さ、そして密度の濃さである。そのことに気づいていない。そこが都会だと思った。続きを読む
2012年04月18日
下北沢Ｘ新聞(2061)〜ぼちぼち染井晩春墓地文化論２〜
（一）
墓地を歩くと社会や歴史や文化が分かる。青山、雑司ヶ谷、染井と巡って来たが、日本を築いてきた人々が枕を並べて深い眠りについている。
首都東京は、地方から人材を集め肥え太った。その分地方は人材が流出した。その構図は今も続いている。東京の墓は肥え太る。反対に地方は寂れていく。生きる術もなく原発を誘致してしまう。東京の墓から原発を考えるという視点もある。
染井には明治の反骨精神が生きているという話を原敏彦さんがしてくれた。骨のあるジャーナリストが眠っていた。陸羯南、野村文夫、宮武骸骨である。
現今、骨のあるジャーナリストはいるのだろうか。いわゆる地上波にしてもBSにしても骨のある放送はない。とくに前者はほとんど見ない、後者のBS世界のドキュメンタリーはものによってだが見応えがある。
四月から楽しみにしていた番組が一つ消えた。パックインジャーナルだ。これには反骨が生きていたように思う。誰もが取り上げるようなことは言わない。北朝鮮のロッケット打ち上げに対するジャーナリズムの騒ぎようは尋常ではない。とんでもないものが空から降ってくると言わんばかりの報道だ。そういう煽りに対してブレーキがない。染井吉野にすっかり染まって上気する国民だ。脆さ、危うさがある。
パックインジャーナルはネットテレビで継続し始めた。もう一方の観点を持って、もう一方を冷ややかに見るという姿勢は大事だ。反骨である。これがないと健全ではない。
「団団珍聞」を発行する「団団社」は野村文夫によって起こされた。名前が示す通り面白い。「謎と戯画とで、弾圧の矛先をかわした。」という。権力と果敢に戦った。ウィキはこう記す。
弾圧の対抗策に、団団社は1878年10月から『驥尾団子』誌を出し、団団の発行停止の場合に備えた。そして頻繁に、罰金・禁獄・発行停止などの処分を受けた。1883年、政府は団団・驥尾を念頭に、新聞紙条例を改訂してピンチヒッター的並立を困難にしたので、団団社は驥尾団子の自殺号を出した上で同誌を廃刊した。
権力は放っておくと恣意的になる。現今そうである。ペンで戦うという言葉もあまり聞かれなくなった。続きを読む
2012年04月16日
下北沢Ｘ新聞(2060)〜ぼちぼち染井晩春墓地文化論〜
（一）
墓地を歩けば社会構造や歴史も分かってくる。東京の墓地には名だたる者が数多く夢を食んでいる。そんな墓を移動していくにつれ人間の歴史が見えてくる。
「この片山広子さんは、芥川の恋人だった人ですね。或阿呆の一生の中にも出て来ます」
原敏彦さんがそう説明した。家に帰って確かめた。つぎの場面もそうだろうか。
四十八 死
彼は彼女とは死ななかつた。唯未だに彼女の体に指一つ触つてゐないことは彼には何か満足だつた。彼女は何ごともなかつたやうに時々彼と話したりした。のみならず彼に彼女の持つてゐた青酸加里を一罎渡し、「これさへあればお互に力強いでせう」とも言つたりした。
それは実際彼の心を丈夫にしたのに違ひなかつた。彼はひとり籐椅子に坐り、椎の若葉を眺めながら、度々死の彼に与へる平和を考へずにはゐられなかつた。
どう死のうかとずっと考え続けていたときのものに違いない。死への思いを巡らすがそこに他者は入ってこない。彼女への青酸カリの話は戯れの言いぐさで、心中は自死を考えていたのではないかと思われる。太宰治と違って観念の人だったように思う。
（追記注記）2012/04/17
「四十八 死」は片山広子さんなのか自信はなかった。早速に、ご教示くださった人がおられた。
きむらさま
「東京荏原都市物語資料館」毎日拝読しております。本日、「或阿呆の一生」を引用されていますが、「四十八 死」は「平松ます子」の記述で、「片山広子」は、「三十七 越し人」で回想されています。
きむらさまのブログには、私の勤務先（昭和女子大）も何回か登場し、あらためて勤務先の場所の履歴や記憶を想起させて頂いています。厚く御礼申し上げます。
猪熊雄治
以上のように指摘があったことから「三十七 腰人」を引用しておく。
彼は彼と才力の上にも格闘出来る女に遭遇した。が、「越し人」等の抒情詩を作り、僅わづかにこの危機を脱出した。それは何か木の幹に凍つた、かがやかしい雪を落すやうに切ない心もちのするものだつた。
風に舞ひたるすげ笠の
何かは道に落ちざらん
わが名はいかで惜しむべき
惜しむは君が名のみとよ。
これらから思い起こすのは萩原朔太郎が言っている「文学の憂鬱性」だ。
文学には心理があつて生理がなく、表象があって運動がない。それ故にこそ文学者は、哲学者と同じやうに憂鬱であり、気質の中に曇暗の月暈をかけて燻つて居る。
頭脳神経を使い、せいぜい動かすとしても指先だけだ。文学者は発散されない。気鬱になって自身をどんどん追い込むことになる。そして、想念の中で、妖しい光に囚われたりする。芥川のつぎの場面は好きだ。ここを読むといつも『青猫』が浮かんでくる。
架空線は不相変あひかはらず鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、――凄すさまじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。続きを読む
2012年04月15日
下北沢Ｘ新聞(2059)〜ぼちぼち染井晩春墓地言語論〜
（一）
墓地には文化が埋まっている。染井には固有のにおいがある、言語文化だ。
昨日、2012/04/14、雨天を衝いて七人で墓地を巡った。染井霊園である。あいにくに染井吉野はすっかり散ってしまっていた。この品種の語源は当地の地名から名づけられたことは初めて知ったことだ。
ここかつての染井村の植木屋の圃場で、人為的に交配されて生まれたサクラであった。地に馴染んだサクラもすっかり散っていたがそこはかとなく漂う風情は抜きんでている。
散る桜に墓地は似つかわしく、景としても落ち着きがある。ぬかるんだ墓地と墓地との間に妙なものが落ちていた。染井墓地の細道に赤く錆びたスパナが雨に濡れている、これは印象的だった。
「先だって訪れた雑司ヶ谷は、夏目漱石とか泉鏡花とか永井荷風とか名前を聞いただけでで驚くような人が眠っていますが、ここはそうでもないんですよ」
墓地案内の原敏彦さんはそう話された。
染井墓地は渋い墓地だ。名前を聞いただけでは分からない。が、その当人の説明をされるとああ、そういう人だったのかと驚くことしきりであった。
松浦武四郎と聞いても分からない。が、「北海道」という名をつけた人だと言われるとそうだったのかと感心する。アイヌ語の地名をもとに国名・郡名を選定した人でもある。
「学者一族の坪井家の墓です」
これだけではわからない。
「この坪井正五郎という人はコロボックル説を唱えた人です」
こう言われると分かる。
「コロボックルにダイダラボッチだ！。」
本当に面白い。
墓地歩きの感想を言えば、墓地学という分野が成り立ちうると思った。原さんその筋の先達だ。続きを読む
2012年04月13日
下北沢Ｘ新聞(2058)〜桜と人と時間、恒例地図配布活動から４〜
（一）
桜は気を貯め込んでいる。開くとそれが発散されて人はおしゃべりになる。
「山登りをずっとしていたんですよ。ところが膝を痛めてしまって行けなくなって、今は平地を歩いています。山だと一回の山行で二三キロはすぐ減るんですよ。ところが平地はだめですね、どこまで歩いても減りませんね。」
この女性とんでもない距離を歩いている。
「簡単ではありませんか。食べる量を減らしたらどうですか？」
「いやそれはできません。」
言下に答えが返ってきた。
「私ね、鉄塔武蔵野線ってあったでしょう、あれ見て以来すっかり鉄塔が気にいっているんですよ。駒沢線、知っていますよ。北の和田堀、南の池上線まで行きましたから…」
男子の鉄塔ファンも来たが女子は珍しい。うちの会に入って「女子鉄塔倶楽部」を作ればいいと思う。「来月は千鳥線いきます」、「川世線の方がいいわよ」などと言い合うのもおもしろい。
福島第一原子力発電所のシビアアクシデントが電力会社に大きな影響を与えている。容易に想像ができるのは設備投資への資金の不足である。「代田の丘の６１号鉄塔」、行く末は環境調和型の鉄塔に建て替えられる予定だと聞いていた。当今の事情を勘案すると当分今のままで残るように思える。
続きを読む
2012年04月12日
下北沢Ｘ新聞(2057)〜桜と人と時間、恒例地図配布活動から３〜
（一）
電気は大きな働きをしているが目に見えないものだ。我等の荏原を南北に縦断する高圧線がある、これを駒沢線と言う。けれどもこの歴史はほとんど知られていない。
駒沢線は東京を支える基幹幹線である。東京の外縁をぐるりと囲む東京内輪線の一部である。この鉄塔群の一つが「代田の丘の６１号鉄塔」である。この塔のすぐ下に詩人萩原朔太郎が居住し、当地で終焉を迎えた。
その場所には痕跡は一切存在しない。そのことから彼の存在をシンボライズするものとして世田谷区地域風景資産に推薦した。
彼の詩人の代表作の一つに「青猫」がある。ブルーキャットは、一つは憂鬱を意味し、もう一つは電気のスパークを意味する。田舎に逼塞して住んでいたときこの青いスパークは都市への憧れとして彼の目に映っていた。
鉄塔の側に家を建てたことは一つの因縁因果である。かつては老番側から電気は流れて来ていた。遡ればみな電気は利根川の上流地域に行く。
荏原北端を南西方向に敷設されている小田急は、利光鶴松が経営した電力資本・鬼怒川水力電気を親会社としていた。電気はやはり利根川上流で得ていた。
駒沢線鉄塔は上州望郷ラインだったと言える。続きを読む
2012年04月10日
下北沢Ｘ新聞(2056)〜桜と人と時間、恒例地図配布活動から２〜
（一）
文化とはその土地固有の匂いのするもので、それを自分で調べ、楽しむものだ。
自分たちはこの文化活動を楽しんで行っている。だから長続きしているのだと思う。
「ほんとによく続いていて、そして活動そのものがよく知られていますね。」
「ええ、義務的なものは避けています。だから毎月の会もねばならないことはないんですよ。自分の趣味に合ったときに参加すればいいのです」
一日目、ふらりと来られて地図活動に参加された女性がいた。
「小田急跡地上部構造のアンケートを行政が取ったのですよ。その情報公開を求めたら複写開示で、自前でコピーを取ったのですよ。読みましたけど『北沢川文化遺産保存の会』の成果が書かれていました。文化が集積されている街だからこういうビジョンで…」
仔細には聞かなかった。しかし、鉄道X交点には日本の近現代史、あるいは近代文学史、文化史を支えた事象などが多数眠っていることは事実だ。地域の文化を大事にしていくことを私たちはしている。
「『北沢川文学の小路』を区に提唱してます。萩原朔太郎、横光利一、森茉莉の事績を形にして遺せば地域の誇りにもなります。地域だけではないですよ。他所に向けても大きな発信性を持ちます……」
北沢総合支所の地域振興の新課長黒田明敏氏が見えたので熱っぽく訴えた。
「今、つい向こうに今家を建てています。この辺りにこういう文化が眠っているというのは知りませんでした。家ができれば引っ越してきます。そしたらすぐに会員になります」
こういう人もいた。新住民も驚くほどの地域の文化である。続きを読む
2012年04月09日
下北沢Ｘ新聞(2054)〜桜と人と時間、恒例地図配布活動から〜
歴史の教科書は事象の羅列にしか過ぎない。が、市民の記憶に留められているものこそ生きている歴史や文化である。
（一）
桜が咲くと人は花びらの数ほどに言葉を語ってみたくなる。浮かれ出づる心である。
毎年恒例の「下北沢文士町文化地図」の配布活動を北沢川緑道安吾文学碑前で行った。この七日、八日である。二日目はほぼ予定していた数が早々となくなってしまった。１０５０枚配ったところでやめて早めに店じまいをした。
この活動、市民の記憶に眠っている歴史や文化の掘り起こしであったのだと知った。
もう五六年ほど続けている。長年に亘って行ってきた。これによってこの活動が何を意味するのかが分かってきた。市民情報の集積である。調べる歴史は干からびている。口から出てくる歴史は生々しい。人々が齢を重ねてきて生きてきたのだという実感がひしひしと伝わってくる。
「比治山、その向こうに黄金山があるのですよ。その陰になったので熱線を直接受けずに助かったのですけどね。それでも放射能を浴びていますからね」
広島原爆で比治山の陰になって助かったというのは何度も聞いたことがある。が、この黄金山というのは知らなかった。調べると標高221.7mの山で、原爆投下のときに大部分が山陰に入り爆風の被害を免れたため、土蔵など古い建造物が多く残っているという。
「ひがぽんは息子と同級でよく知っていたのよ。気の毒にね」
原爆手帳を持っているその人は言った。その「ひがぽん」こそ、東盛太郎氏にほかならない。「下北沢文士町文化町」の原図を作った人だ。
自分が自転車で巡って見つけた作家旧居、庚申塔、稲荷社、地蔵尊、ポストなどを一番最初に地図に落としてくれた人だ。が、その彼はくも膜下出血で急逝してしまった。
「私のところは名古屋市から六里離れていました。空襲のときに照明弾が打たれるでしょう。物凄く明るいのですね。大事なものは焼けたらまずいというので全部長持ちダンスの中に入れたんですけどね、障子の向こうからこうこうと灯りが照ってきて、箪笥の取っ手がはっきりと見えるんです。こんな箪笥まで狙われているのかと魂消ましたよ。だってね井戸の中の水さえもが反射してみえるんですからね！。」
これもひがぽんを知っているとい女性だ。
「稲沢操車場のすぐそばだったのです。ここも襲われました。怖かったです。」
ネットで調べるとここは艦載機が機銃掃射を繰り返したようだ。続きを読む
2012年04月07日
下北沢Ｘ新聞(2053)〜下北沢原初風景を読む２〜
（一）
風景は魂のよりどころである。それなのにいともあっさりと人は壊してしまう。最後に人はここに還っていくところだ。なぜ大事にしないのだろうか？。
所謂、武蔵野の風景もあらかた跡を留めず駆逐されてしまった。つい二三年ほど前である。文芸エッセイに出てくる林がごっそりと伐られてしまった。
小田急線は、下北沢と東北沢の間で狭い谷を越す。現在は人家の屋根で埋めつくされているが、その頃は両側とも田圃で、その東北沢側の斜面の松林の中に私の家があった。
「下北沢の思い出」 大岡昇平
下北沢を出た上り電車は三つの踏切を渡り、急勾配にかかる。森厳寺川の左岸崖線である。この斜面には赤松が多く生えていた。大岡昇平いうところの「斜面の松林」はそっくりそのまま残っていたが伐られ削られ、たちまちにマンションができてしまった。
この崖線の上辺りを中心にした昭和七年当時の図を彫刻家の菊池一雄が描いている。森厳川崖線の上のフラットになったところは麦畑でその縁を道が通っている。農道だろう。その途中に「肥えツボアリ ご用心」と記してある。
「ここが開けたっていったてさ、まだ田舎だよ。参っちゃったよ。新宿で飲んで踊って夜になったのさ。降りるのを忘れて下北沢まで行ったんだ。帰る道はまっくらだ。ふらふら帰っていくと。驚いたね。鄙にも美女だよ。俺も酔っ払って夢みていたのかもしれない。『お湯に入ってしっぽりと』なんて言われてね。温泉なんかあるわけもないけど言われるままに入るとそれなりに温い。が、酔いが覚めて驚いたのなんのって肥だめに浸かっていたんだ。臭いのなんのって……」
こういう物語が想像される。夜になってよくここに落ちた人がいることを「ご用心」は物語っている。続きを読む
2012年04月06日
下北沢Ｘ新聞(2052)〜下北沢原初風景を読む〜
（一）
「父親よりも凄い人なんだと思いますけど」
こう言われた人がいる。父親は森鴎外であり、凄い人は森茉莉である。
先だって森茉莉の滝坂道を歩くに参加されていた方の言葉だ。エピソードにおいて現象事象をうまく捉えてひょいと読者に提示する。巧いと思う。これが手紙文なんかにもちょいちょい顔を覗かせる。例えば、彼女の三好達治評などには唸ってしまう。
石原八束氏の月一回の集まりでは吉田茂を上廻ること十廻り位のワンマンで、自分の意見に一寸ちがふことをいふとぜつたい小さな目をキラキラ光らせて自説を通し、茉莉が室生さいせい崇拝のためと、あまり好かないオーガイの娘なのとのためと一寸だけいやで、「森先生」とよび、持つて来た原こうをよむとき「きん聴きん聴」といひ、声が小さいので代読しやうといふ人があると「玉音ではなくてだめ」といふ。そうしてマリとヨーコは絶対家の前まで送るとがんばるのはうれしいやうだけれど、毎回二時か三時になる。
ぼやきと怒りのマリア 森茉莉 昭和三十九年一月六日夜 封書
三好達治は好戦的詩人である。白秋『邪宗門』『思ひ出』をぶったぎる。世田谷代田一丁目の河野炭店の角を曲がった道は下って行く。新聞配達人の年季の入らない若者足音が響く。それを聞いて彼は一気に、「光彩のけばけばしい粉飾のかげで膚に浮き足たち、これを打てば一種軽金属めいた響きを発する」と白秋詩を切って捨てる。
森茉莉の観察眼は鋭い。相手の言説を聞いているうちに詩人顔つきが変わってくる。「よしよしやってやる」という雰囲気だ。自説を話しはじめるともう目が据わってくる。
森茉莉はおずおずと原稿を読む。聞き取れない、「（おいいいかいあの鴎外さんの娘さんが読んでいるんだ）謹聴、謹聴だ」と声が掛かる。「わたしが代わって読みますよ」。「それはだめだ、玉音でなくてはいけないんだよ」と音の測量士は言う。この辺りの機微がおもしろい。その場面が鮮やかに浮かんでくる。人物像、雰囲気、空気を描くのが彼女はたくみだ。
この最後のところ、家に送るとある。世田谷代田一丁目の仮寓のことを言う。送っていって玄関を開けると白いスピッツが出てくる。これを森茉莉が抱き上げる。ここで思う。彼女は淡島通りをよく知っていたんだなあと。
続きを読む
2012年04月04日
下北沢Ｘ新聞(2051)〜段ボール一箱の戦争近代史３〜
（一）
段ボール箱に入った資料は、戦争の歴史だけではなく、戦中の人々の歴史を垣間見せてくれる。昭和十八年三月、卒業を控えた高女生が思いを互いに交わした色紙がある。その文言を読むと戦中でありながらまだこのときは信州松本の乙女心は穏やかだった。
「蟻ヶ崎高校ってこの近くだよね？」
先だって松本に行ったときに訪ねて行った。
「ああ、すぐそこです。私そちらの方に行きますから」
どうやら彼女はこの高校の生徒のようだった。
「昔の松本高女っていうんだよね」
「………」
「よく勉強していたみたいだね。よそ見しないでみんな先生の方見ていたっていうんだ。今はどうかな？」
「どうでしょうかね？」
どうも勉学に夢中になるのか難しい時代だ。
おとめらは 瞳あつめて 吾にむかふ
朝の教場の 炭火も赤し
見つかった古い資料の中にあった短歌だ。「和夫」と名がある。間違いなく先生が詠んだものだ。高山宝子さんの卒業サイン帳に記してあった。先生の言葉を一言も聞き逃すまいという彼女らの目差しがこの歌から見えてくる。
「６７年前の３月２９日に、この学校の上を特攻機が飛んできて、卒業を祝うデモンストレーション飛行をしたんだって…」
「そうなんですか？」
彼女にはよく分らない話だ。続きを読む
2012年04月03日
下北沢Ｘ新聞(2050)〜段ボール一箱の戦争近代史２〜
（一）
余震がまだ続いている。一昨日の夜も緊急地震警報が鳴った。浜通で５弱だった。震源が福島第一原発の辺りだ。するとよけいな不安が湧いてくる。原発は大丈夫か？と。テレビも視聴者の不安を察して、茨城の東海村の原発施設、続いて東北電力の女川原発も異常はないと順次報道していた。原発事故はもう対岸の火事では済まされなくなった。
現今奇妙な現象が起こっている。ドイツ、イタリア、スイスは福島第一原発のシビアアクシデントを契機に脱原発を決定した。日本はしなかった。ところが今起こっているのはジリ貧的な脱原発状況だ。政府は動かしたい。が、周辺自治体がそれを認めない。それで福井大飯原発の再稼働ができないでいる。原発稼働に向けてにっちもさっちもいかなくなっている。未来への展望のなさが図らずも露呈したといえる。
人間はどんな悲惨な状況にあってもわずかな光明を見出してつぎの時間を生きる動物だ。光明が見いだせないときが一番危ない。せっぱつまって危険な判断をする。予想できることはにっちもさっちもいかなくなって短絡的な思考をすることだ。
何もしないでおいてエネルギーが枯渇して、やっぱり原発だという結論である。このままだと石油が手に入れられなくなって日本は破滅する。似たような煽りがあったことを思い出そう。太平洋戦争である。ついには開戦した。そして負けが込んでくると神風が吹くといいはじめる。今度は神風特攻隊に賭けよう。訳もなく神がかり的な話になっていく。そういうものに煽られてしまうという国民性がもともとある。一番危険である。これは強く言っておきたい。
長野県松本市で新資料が見つかった。関連資料を含めて段ボール一箱となった。これを浅間温泉目之湯旅館から自宅に送った。今、かび臭い資料を一枚一枚見ては深い思いにとらわれている。
「大義」という二字熟語を書いていた武揚隊隊員がいる。続きを読む
2012年04月01日
下北沢Ｘ新聞(2049)〜段ボール一箱の戦争近代史〜
（一）
一箱には一人の人生が、複数の乙女の心が、そして、近代戦争史の一片が眠っていた。
乙女心の一例だ。卒業時に友に贈った色紙に描かれていた。
ながれのきしのひともとは、
みそらのいろのみづあさぎ、
なみことごとくくちづけし、
はたことごとく、わすれゆく。
音の響きのいい言葉を口ずさんでいた彼女らが浮かんでくる。書き記したのは猿田富子さんだ。卒業時に互いに色紙を交換したようだ。
時は、昭和十八年三月、松本高女を巣立っていく高山宝子さんに贈っている。上田敏「海潮音」の訳詞である。この彼女は、アルプスに囲繞された土地を「雄々しく高ける雲をば抜きて立つ」、雪に連なる連山のことを記している。
資料にあった幾枚もの古い色紙をめくっていくとこの土地に育った娘たちの心が見えてくる。松本に降り立っていつも思うのは風景が深いことだ。土地に詩がある。つい歌ってしまう、つい詠んでしまう、そういう言霊がここには潜んでいる。
味わい深い言葉を口ずさみ、折々にアルプスの山並みを見つめていた乙女たちの目差しすら浮かんでくる。昭和十八年、高女生はエリートだった。その彼女らの乙女、乙女している色紙の言葉が懐かしい。
ここ数年、松本浅間に滞在していた特攻隊のことを調べている。このことへのネットでの発信が思いがけず反応を呼び起こした。もうこれ以上は分からないだろうと思っていたところに新資料が見つかった。それが関連資料を含めて段ボール一箱分ある。
続きを読む
