2013年09月
2013年09月29日
下北沢X新聞（2412)〜石畳に演劇に次元の穴２〜
（一）
志田歩脚本「バーレスＱ」は、下北沢駅前伝説とあるように文士町に材をとった劇である。終戦時、駅前で田中英光と水上勉とが屋台で酒を飲み交わすという場面がある。『東京図絵』（水上勉）に描かれたエピソードだ。
太宰治、坂口安吾、田中英光などを中心としていることから下北沢の無頼派を扱ったものである。文士町に関係する他の無頼派は石川淳である。
舞台稽古の日、邪宗門に会報を届けた。劇の中で茶沢通りのクランク状の道を行くバスのことを私は話す。
「あれは小田急バスで、イヌのマークがついていますね、子供はワンワンバスと言っていたのよ。あれにしきりに乗りたがって、行きのバス代、帰りのバス代を払って乗って帰ってくるだけで喜んでいたのですよ。庚申様のところのクランクは一編で通れないで女の車掌さんが下りて笛を吹いてバックしてようやっと抜けていたのよ……」
狭い道をハンドルを斬り返しながら行くバスは、子供にはスリリングで行って帰ってくるだけで楽しかった。邪宗門の奧さん、貴久枝さんの話である。彼女雑談しているときにこんな話をしていた。
「電車で渋谷について駅へ渡り廊下を行くと左手に駅前のスクランブル交差点を行く人波が見えるでしょう。あれが気持ち悪くて見られないのよ……」
ついこの間、渋谷に言ったとき気持ち悪い程の人がいた。彼女の言うことには全く同感だった。とんでもない数の人間が都会にいる。
（二）
邪宗門を辞して、私は、横光家に手紙を届けに行った。その後にどうしても行きたいところがあった。「北沢四丁目三八五番地」である。森敦が居住していたところだ。彼は熊本天草を本籍地にしていたがここに本籍を移している。「京城の家を引き払って上京」（年譜）しここに住んだ。昭和六年のことだ。
住所が分かればそこを見ておきたい。私は、雨過山房から旧居跡へと向かった。森敦自身もそのコースを通っていた。「わたしが生涯忘れ得ぬ人たちになったのは、壇一雄、太宰治を除けばほとんど横光利一の書斎で会ったのです」（森敦全集・年譜 筑摩書房）とある。雨過山房に入り浸っていたようである。無頼派はあまり来てはいなった。
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2013年09月28日
下北沢X新聞（2411)〜石畳に演劇に次元の穴〜
（一）
音を聴き、地形を確かめ、劇を観、自らも舞台稽古をした。昨日は忙しい一日だった。まずは、「北沢川文化遺産保存の会」会報第８７号を三茶、市民活動支援コーナーで印刷し、これを事務局の代田邪宗門に持っていった。
行くと、もう一枚の石畳みが届いていた。横光利一作品『微笑』に出てくる石畳だ。北沢川遊歩道沿いに「横光利一文学顕彰碑」を建てる。ここに横光家から寄贈された石畳を設置する。この場合音がポイントだ。一枚だと渡れない。二枚あれば渡れる。もちろんこれはイメージの問題だ。
都合二枚、私は表に出して並べてみた。このときに気づいたことがある。鉄平石が金属的な音を立てることだ。普通の石よりも音が響く。なるほどと思った。この石の上を多く人々が通った。この頃、再認識していることがある。下北沢文士町の中心核は雨過山房だということである。
このところ北沢に住んだ森敦を調べている。上京し一高生となった菊池寛を訪ねる。すると「文学をやるなら横光君だな」と言われた。それで、森は飯島正に紹介状を書いてもらって横光利一の家を訪ねる。石畳みを渡った一人だ。
昭和初年代のことである。文壇登場への手順だ。大物作家にまず会う。その場合、紹介状が必要だ。それを手づるを頼んで、それを持って作家に会いに行くというのが順序だ。森敦は横光利一の口利きで新聞連載を書いた。
石畳みの音を聴いて、私は直感した。下北沢文士町でもっとも多くの文士が集まったのは横光邸だ。想像だが、紹介状を携えて石畳みを渡ったのは相当数に上る。それも新人が多くいた。なんとか自分の夢を実現しようとしてここを渡っていった。成功した場合もあろう、が、この道は険しい。挫折したものの方が多かったろう。
調べてみると横光利一文学碑は、 伊賀市や宇佐市や鶴岡市にある。写真でみると立派なもである。私たちが建てるものはこれらに比べると大きさでは及ばない。しかし、大きな価値がある。碑にリアリティがある。近代文学エピソードを語るその現物の石畳みが使われているからだ。
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2013年09月26日
下北沢X新聞（2410)〜幻の東京五輪駒沢痕跡２〜
言葉は何かと考える、基本は人と人とが繋がるためのものだ。結ばれていくことが大前提である。言葉世界の基盤は、希望的であり、建設的である。欲望的であるともいえる。しかし、基本となる観点は人によってまちまちだ。希望の濃度が強い場合もあるが、薄い場合もある。質素、質実といった場合は、観点は冷淡、冷静になってくる。思うに、近代は、言葉を空回りさせて人間を煽っているのでないかとも思う。浮ついた言葉がからからと回って、そこに人間は踊っているとも……
（一）
間違いなくオリンピック道路の作りかけだと分かる箇所がある。東京医療センターの裏手にある。東根公園脇から東に向かって真っ直ぐに延びている道だ。二車線で左右には広めの歩道がついている。ところがこの道、東に行くとＴ字路となってしまう。ぶつかった先の横の道は狭い。旧来の古道である。
なぜこれが旧五輪道路と分かるのか？。根拠は何か。それは簡単だ。この道Ｔ字路となって家並みにぶつかるが、真っ直ぐにのばせば数百メートルで野沢通りに繋がる。幻の五輪道路と言われた道だ。なぜここだけ作られなかったか。この部分には古道堀之内道が南北に繋がっていた。古くからの家並みがあってそこを突っ切るには立ち退きが必要だ。いずれは立ち退かせるつもりで畑部分の作りやすいところから道を造成したものだと思われる。
日ごろの荏原逍遙は道路を見る目を養った。勘で分かるようになった。古道、そして近代道路である。取り残された旧五輪道路も、その雰囲気や佇まいで判断したことだ。特徴は、やや広めの二車線であること。左右の歩道も広めであること、そしてもう一つは、地形屈曲が残されていることである。
この三番目のことについては根拠のあることだった。「東京の近代都市計画にみる計画技術の成立」（杉田早苗）という論文がネットに掲載されている。これに昭和８年(1933）に定められた「道路計画標準」が示されている。
・地形並びに既存の〇街に順応して路線を選定し不自然な直結線を避け連続線形とし、甚だしき屈曲勾配を避け曲線を挿入
近代道路計画は、合理性を尊ぶために直線になりがちだ。その点を勘案したものだ。既存街道うまく結べということだ。それともう一つは、「地形地物に順応」するといことだ。甚だしい勾配は避けるべきだが現存地形を巧く生かせということだろう。
昭和初期の近代道路が見ただけでその雰囲気が感じられるというのはこの点からも分かる。続きを読む
2013年09月25日
下北沢X新聞（2409)〜幻の東京五輪駒沢痕跡〜
「そんな昔のこと分かるわけはないよ。俺生まれていなかったもん」
老舗の金物屋の主人はいう。その彼の髪は黒い。あの店は古いから分かると地元の人に言われて勇んでいったが問いは一蹴された。七十三年も前のことを質問していた。
（一）
東京五輪の開催が決定した。比喩的にいうと２、５回目の開催となる。０、５は幻の東京オリンピックである。これは、１９４０年（昭和15年）に開催が決定していた。が、日中戦争の影響を受け、日本政府が東京五輪の開催を辞退し、幻の五輪となった。
このメインスタジアムは明治神宮外苑に計画された。ところが、明治神宮外苑を統括する内務省神社局が反対した。このことから東京府荏原郡駒沢町の駒沢ゴルフ場の跡地にスタジアムを建設することとなった。（ウィキ）
現在の、駒沢オリンピック公園である。日々の荏原逍遙でこの回りを歩く機会が多い。周囲はすっかり住宅地になっている。そこを抜けて行くのだがところどころに妙に広い道があって、通り掛かる度に不思議に思っている。
現在の野沢通りが幻のオリンピック道路だったことはよく知られている。東京五輪開催が決まって工事が進捗してことを例示するものだ。準備工事は周辺のあちこちで行われていたようだ。その関係と思われる。駒沢公園の周辺には不思議な道路が多い。
四五日前だった。呑川上流の桜新町で一人の古老に話しかけた。昭和二十年四月十五日の蒲田空襲で焼け出され当地に引っ越して来た人だ。
「そこの桜新町のところは、尾根道になっていて品川用水、玉電、大山街道が通っていたなあ。用水は開渠だった。落っこちたやつもいたからね…志賀直哉さんところの地所は広くて今の２４６越えたところまであったんだ。空き地になっていたけど今はマンション建設しているよね。あの辺り野っぱらでよく遊びに行ったな……」
そうだ市電系統の線は単線時代がある。京王もそうだし、この玉電も初めは単線だった。
「そのところに駒沢通りに行く広い道があるでしょう。変な道ですよね。車の通行は少なくて、妙にだだっ広くて、あれは戦前に工事されたオリンピック道路の一環だったのではないですか…」
「うん、確かにそう思うな。畑の中にただ道があるっきりだしね…」
「そうそう、あれは不思議な道ですね」
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rail777 at 20:00｜Permalink│Comments(0)│
2013年09月23日
下北沢X新聞（2408)〜都鄙境界：荏原豊玉郡境逍遙２〜
（一）
都鄙時間には時間の間隔がある。先だって歩いたのは喜多見、つぎに歩いたのが赤堤、時間の流れには差が感じられた。
「この間行った喜多見は、都心とは四五秒時間が遅れている、ここ赤堤では三四秒ぐらいの遅れがあるな。」
途中、赤堤四丁目の赤松公園で休憩したときに私が言った。
「気のせいですよ。時間は変わりませんよ」と米沢さん。
「いや、喜多見での緩やかさはだいぶのんびりしていた。ところがここは少し都心に近づいているせいか差は、三四秒ぐらいだ。ほら、電車の走行音が違うよ。世田谷線の電車がいい例だ。かたたん、かたたんとカダンスを響かせながら走っているもの。あれは間合いを取った時間だよ」
私の日々の散歩コースに柿の木坂がある。切り通しを東横線が通っている。渋谷や横浜に向けてひっきりなしに電車が高速で走る。カダンスも何もあったものではない。ロングレールを高速で突っ走ってはあっという間に消えてしまう。その音たるや、音楽性などまったくない。じゅばじゅばじゅばと連続的な音を立てて過ぎ去ってしまう。
下高井戸は淀橋台の高台にある。下り線松原方向へはほどよい加速がついて、かたたん、こたたんとジョイントを打ち付ける響きが聞こえる。近郊鉄道で、カダンスを楽しめるところはほとんどない。
国木田独歩は「武蔵野の詩趣を描くには必ずこの町外れを一つの題目とせねばならぬ」と言う。そうである、都鄙境には至る所には、音、匂い、など題目、物語が至るところにある。
とくにはのどけさへの郷愁は誰もが持っている。都心中心時間の慌ただしさばかりが連綿と続いていたらやりきれないと思う。
街歩きの集合場所は豪徳寺駅だった。私は世田谷線で経由で行った。渋谷を通りたくないからだ。地下化によって街のイメージが渋谷はガラリと変わった。ここにはなるべく行きたくないからだ。
渋谷地下化ショックは大きい。自宅近辺で「もう渋谷には行きたくない」という人は多い。東横線渋谷駅のかまぼこ型屋根が壊されていると聞くが見に行く気も起こらない。
街歩きの帰り、これは仕方なく渋谷経由で帰った。ちらりとハチ公前広場が見えた。人、人、人、人間が気持ち悪いほどいた。東京一極集中はこの様子を見れば分かる。
地震災害は必ずやってくる。巨大地震が来た場合は、恐ろしいほどの犠牲者が出ることが予想できる。
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2013年09月22日
下北沢X新聞（2407)〜都鄙境界：荏原豊玉郡境逍遙〜
（一）
境界は果てである。未来最前線でもあり、恐怖最速到達地点でもあり、ごみ捨て場でもある。そしてまた関心が希薄な地点でもある。
昨日、荏原と豊玉郡境界を行く街歩きをした。
「何もありませんけどね、普通の人が来てもなんとも思わないでしょう？」
第８６回都市物語を歩くのナビゲーター岡本克行さんは言う。
「確かに何にもないけど、そこが面白いですね。」
私はいう。
丘の高低、水路の道筋、古道の跡、道の分岐部、そんなところに参加したものが勝手に物語を見出しては、それぞれが思いついたことをいう。街歩きの楽しさだ。
国木田独歩の「武蔵野」は、根本は境界論である。彼は都鄙境の審美性を述べている。どきどきする物語の存在が境界にこそあるという。
桜上水手前で世田谷と杉並の区界が西北西に向かって延びている。岡本さんの説明によるとその辺りが高井戸下宿だという。そこに京王線の線路が通っていてひっきりなしに電車が通る。
「京王線は何かこの柵から手をのばせば電車の裾に手が届きそう、境界すれすれに走っているよね」と私。
「もともと京王は単線でしたからね」と岡本さん。
「そうだった、小田急は最初から複線だった。京王は単線で、軌道幅が狭かったんだ。」 線路に沿った道を歩いて行く。杉並区側は住所は下高井戸だ。が、マンションなどには幾つも幾つも「桜上水」の名がついている。
「やっぱり名前としては、桜上水の方がいいんだろうな」
「歴史的には下高井戸の方が価値があるんですけどね…」
「そこの踏切は、開かずの踏切として有名なんだ」
田村さんが言う。娘さんがここに住んでいるのでよく知っている。下高井戸５号踏切だ。岡本さんが言うには、もうほとんど閉まりぱなしだという。この駅に車庫があることも関係しているという。
この京王線の踏切渋滞は大きな問題のようだ。「開かずの踏切」対策として笹塚―仙川の高架化の計画が持ち上がっているそうだ。完成すれば２５ヵ所の踏切が一気になくなる。
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2013年09月20日
下北沢X新聞（2406)〜リニア新幹線への限りない疑問２〜
（一）
リニア新幹線構想は一私企業の思惑が中心となって動いている。JR東海だ。中央リニアの建設費を全て自己負担する。「JR東海が自前の金は出すから、口出ししない。」ということで国会で問題にならなった。民主主義に反するやり方だ。
それで日本人共有の自然遺産、南アルプスに長大トンネルを穿とうとしている。国民の合意形成もないままに一私企業の思惑が強く働いて計画し、敷設されようとしている。今後の、交通体系に大きな影響を与えるものだが、きちんとした見通しを持ってやっているとは思えない。
いわゆる国鉄分割で、JR各社に別れた。人口の多いところ、少ないところ、それぞれ経営事情は大きく異なる。JR東海はドル箱路線の東海道新幹線を経営している。よほど儲かったとみえる。自前ででリニア新幹線の工事費用を賄うという。一方、閑散線区を受け持った鉄道会社は台所事情が苦しい。
端的な例は、JR北海道だ。昨日も貨物が脱線事故を起こした。特急が火を噴くという事故も立て続けに起こっている。財政基盤が弱いから安全設備に資金をつぎ込めないという点もあるようだ。昨日の貨物列車は、本州に送るジャガイモを積んでいたようだ。北海道で獲れた農産物を首都圏に送り込む役割を担っている。
それぞれの鉄道会社は、独立採算制になったからそれぞれにやれということでやっているのだろう。しかし、現今の鉄道交通体系は、都市中心だ。儲かるところは儲かるところでどんどん便利にして、人を吸い上げてしまう。
リニア新幹線は、いわゆる東海道メガロポリスを一層に補強するものとなる。この沿線だけが潤って、他の地方は閑古鳥が鳴く、そういうことが将来的にイメージされる。
日本全体で、鉄道網、交通網をどう考えるのかビジョンがない中で、潤沢な資金を持ったJR東海が突出して、リニア新幹線を敷設する。果たして成功するのだろうか。
一昨日、ＪＲ東海が東京・品川―名古屋間で２０２７年の開業を目指すリニア中央新幹線のルートや中間駅の全容を発表した。「夢の新幹線開通」で湧き立つところもあるという。しかし、前のいわゆる東海道新幹線開通時のような熱気はない。人々は冷めている。
新聞全体の論調も、浮かれ出ずる心をいさめている。計画が露わになって、却って疑いが増している。マイナス面が見えてきている。知識人の多くがリニアに異を唱えている。続きを読む
2013年09月19日
下北沢X新聞（2405)〜リニア新幹線への限りない疑問〜
人間はやたらと穴を堀りまくる。岩石球体を蟻の巣状に可能な限り掘っていく。壁が薄くなっても構わない。もう岩石は穴だらけ、それでも「大丈夫、安全だ」と言ってぎりぎりの薄さまで仕上げて完成させる。そのとたん岩石球体全体はあっけなく崩壊し、人類は宇宙の闇に消える。
（一）
機械文明が作り出すものが人間の目には見えなくなっている。放射能がその好例だ。気づいてみると汚染されていた。気づいてみると地下にリニア新幹線が通っていた。
今朝の新聞記事を見てびっくりしたことがある。
「うちの地下を通るなんて聞いていない」。東京都大田区田園調布に住む６０代の女性は１８日、リニアが自宅直下を走る可能性があると聞いて驚いた。法律では地下４０メートルより深い「大深度地下」の公共的な事業には地上の地権者の権利が及ばないとされる。「勝手に地下を開発できるのか。地震に弱くなるかもしれず、安心して暮らせない」
田園調布は大田区北部だ。家から歩いていくと３０分ぐらいで着く。日々の荏原逍遙地域の真下を通るようだ。驚きだ。調べてみると「大田区・世田谷区の丁度境界部から多摩川をくぐり、等々力緑地」を抜けていくようだ。知らぬ間に、計画ができ、それが実行されようとしている。
前々からなぜリニアが必要なのか疑問に思っている。どうして南アルプスに２５キロのトンネルを掘るのか分からない。自然破壊そのものではないか。今朝の新聞には「長野県在住で、６０年以上、南アルプスを踏破してきた地質学者松島信幸さん（８２）の談話を載せていた。
「自然に対する思い上がりにほかならない。無謀な計画だ」
全くその通りだ。
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2013年09月17日
下北沢X新聞（2404)〜喜多見古墳群を訪ねて２〜
（一）
都鄙境界には時間の断裂がある。古代と近代との亀裂でもある。ここにはうち捨てられた歴史の鉱脈が覗き見えている。
「ああ、そうですか、では特別に入構を許可をしましょう」
見学しようという古墳は学校構内にある。今はどの学校も「関係者以外は立ち入り禁止！」と看板を掲げている。無断で入るわけにはいかない。それで許可を得ようと学校に入っていった。折良く管理職らしい人が玄関にいての返答だ。
特別な許可を得て幸運だったとは言える。が、正直に言えば素直には喜べない。その古墳は歴史的にも重要なものだ。歴史は共有すべきものである。たまたま私たちは、アポなしで行って入構許可を取った。ところが一般市民は自由に見られない。
「入り口を別に設けて、入れるようにすればいいのに」
私たちは、中に入ってその古墳を見学して感想を持った。喜多見古墳群、元慶寺古墳、稲荷塚古墳、天神塚古墳、第六天古墳などを見てきたが、取り分けて、この「砧中学古墳群」は見応えのあるものだった。
この校内の片隅には「４号墳」がある。これは「今見ることのできる唯一の古墳」で、この「古墳の大きさは直径３７メートル」と記されている。目で確かめてみても大きい。
ここには「砧中学古墳群」全般についての案内掲示版がある。この解説を読んではじめて知ったことが多くある。冒頭部分にはこうある。
本古墳群は４世紀の終わり頃に砧地域最大の前方後円墳である７号墳が最初につくられ、大田区田園調布古墳群と対峙していますが、５世紀になると新たに台頭した野毛大塚古墳の勢力下に入り、４号墳、３号墳などの大型円墳や５五号墳などの方墳にかわります。その後、６世紀後半に小円墳の８号墳がつくられますが、七世紀前半には横穴式石室をもつ６号墳がつくられたのを最後に、ここでの古墳の造営は終わります。
ここで特に目を惹くのが四世紀段階で当地に前方後円墳が作られていたことだ。このことはいわゆるヤマト王権が当地に勢力を及ぼしていたことを証明するものとなっている。
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2013年09月16日
下北沢X新聞（2403)〜喜多見古墳群を訪ねて〜
（一）
街歩きで喜多見を訪れた。現、東京二十三区では唯一藩庁が設置されていた所だ。喜多見藩である。実際に皆と歩いてみて固有性、文化が色濃く残っている町だと思った。
「喜多見とか成城などは、ど田舎だったもんでここから来ている学校仲間を馬鹿にしていたけどね、それが今はもうすっかり逆転して、こっちの方がお洒落になったくらいだからね。みんなここら辺は畑だったんだよ。スイカ畑が広がっていて夏にはこれを盗みにきていたんだ…昼日中だよ。こっそりと盗んで風呂敷に入れて背負って、下北沢まで帰ってきたけどね、途中駅員に疑われたこともあるけど〇〇という同級生の家からもらってきたものだといいわけをしていたけど、その〇〇というのは実在の同級生の農家だからね……」
筑駒一期生は代沢小から多数の合格生を出している。そのうちの一人が田村さんだ。喜多見辺りからも数名が来ていたようだ。
成城や喜多見が栄えたのは小田急線沿線だからである。東京が順次東から西に攻めて来た。が、開発が一歩遅れていた分、幸運だったという面もある。
「郊外住宅地の開発」という論考には「世田谷の住宅地としての発展は、一つは早くから諸種の交通機関が整っていたこと。次に風光絶佳で四時の遊覧に適している」（「郊外住宅地の開発」 ）ことが挙げられている。風光の一番は富士と多摩川だ。この点は国分寺崖線の古墳も同じだ。
「多摩川は夏になればみんな行ったよ。必ず泳ぎにいったものだよ…」
田村さんが言う。
「ああ、じゃあ、対岸の川崎に上がって梨ももいだでしょうというか…」
「そうそう、向こうは梨の産地だったからね、そいうことあったな…あっはっは」
のどかな時代だった。
「多摩川までは電車賃もらってきているわけだ。しかし、電車賃だけしかない。残っているのは帰りの電車賃だけ、だけど泳ぐと腹が空くでしょう。『歩けばいいや』と帰りの電車賃でコッペパンを買って家までは歩き。道は迷わない、線路沿いに行けばいいからしかしね、世田谷代田までは遠かった。親に怒られたな…」
これは金子善幸さん。
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2013年09月14日
下北沢X新聞（2402)〜「北沢の丘の石畳文学論」小考２〜
北沢の丘の石畳はアンテナであった。音を、電波を、空気振動をキャッチしていた。時代、時代の音も捉えていたように思う。とくには大きな価値転換の音は明確に捉えられていた。アンテナは近隣兵舎の喇叭を、また代々木や駒沢の練兵場の砲声を捉えていたが敗戦を契機に聞こえなくなった。時代の空気も変わって石畳を渡ってくる靴音もとげとげしくなった。戦前から戦後へ石畳の靴音は音を大きく変えた。
彼は、長年の生活のうちこの石からさまざまな音響の種類を教えられたが、これはまことに恐るべき石畳の神秘な能力だと思うようになって来たのも最近のことである。何かそこには電磁作用が行われるものらしい
この『微笑』は昭和二十三年雑誌「人間」一月号に掲載されたものだ。戦後である。「長年の生活」は北沢の丘転居してきて以来、そこに敗戦を挟んでのものだ。特には時代の切れ目は描かれない。しかし、敗戦は大きな痛手だった。
想像するに、かつては平和だった石畳の音も、戦争後は荒々しくなった。それは息子さんの描かれた一節をみても分かる。「敗戦が父に与えた衝撃は計り知れないものであった。それに追い打ちをかけるように、戦時中の行為をある政党団体に指弾された」（「あの名作の部隊」世田谷文学館編）という。石畳を渡る足音が憎しみを帯びていたようだ。
戦前は彼を慕う人が多く訪れ、響く音も穏やかだった。が、時代が変わって人の心もすさみ、平和的でない靴音が聞こえるようになった。音の陰陽がしれて、石の本質が見えたのかもしれない。「石は意志を現していた」などと。
しかし、彼は小説家だ、石の響きに物語を見出した。「石畳の神秘な能力」があると。ことには今回の訪客のは特別だった。
石の鳴り方は、その日は、一種異様な響きを梶に伝えた。ひどく格調のある正確なひびきであった。それは二人づれの音響であったが、四つの足音の響き具合はぴたりと合い、乱れた不安や懐疑の重さ、孤独な低迷のさまなどいつも聞きつける足音とは違っている。全身に溢あふれた力が漲みなぎりつつ、頂点で廻転している透明なひびきであった。
足音は、用向きならず訪客の心の有様まで映し出していたようだ。それぞれが持っている不安、疑念、孤独感などもだ。ところが今回のはおかしい。それは若い数学者の栖方で殺人光線の開発に携わっている者である。
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2013年09月13日
下北沢X新聞（2401)〜「北沢の丘の石畳文学論」小考〜
（一）
他人のまだ言わないことばかりを十行ばかり書くことは全く難事なことだと思ふ。
「覚書」（横光利一全集第十二巻）というエッセイの中で記されている一文だ。彼は、続けて言う。「十年間この無謀な精神の賭博に熱中してゐる」と。昭和十二年七月に書かれたものであることから北沢の丘に転居してきて以来の格闘を言い表すものだ。
人と同じことを書いても人は読んでくれない。何をどう書いたらよいのか神経を研ぎ澄ませてきたのだろう。目、鼻、耳、いわゆる五官を働かせていた。小説『微笑』に出てくるのは聴覚の例だ。玄関の石畳を渡ってくる足音で訪客の用件が分かったという。石はアンテナだったと考えてもよい。
北沢の丘と言うと、その対義語は北沢の川である。字形でいうと凹である。左右の出っ張りが丘であり、真ん中の低地が北沢川である。この凹みを代沢サラダボールと形容できる。かつては北沢だったが今は代沢だ。
代沢サラダボールは集音器のようなものだ。パラボラアンテナと考えてもよい。この北辺にあって龍の髭に縁取られた石畳は足音のみならず他の雑音もキャッチしていた。当時どんな音が聞こえていたろうか？。
具体的にそれを明かす事実がある。それは喇叭の音だ。ちょうどこのサラダボール底の川に近いところに昭和十六年二月に越して来た俳人がいる。「朝夕、喇叭が、十部隊や十七部隊から聞こえてきた。」と記録しているがこの谷に響いていたことは間違いないだろう。駒場の輜重兵連隊のものだろう。
電車の音は、間違いなく響いていた。それは帝都線であり、小田急線である。夕暮れや夜になるとよく聞こえる。遠くからは東北沢駅の通過線を通る急行電車の音、近くからは帝都線が下北沢の高架を走る音がはっきりと聞こえた。
作家が鉄道の音をどのように聴いていたかは興味がある。例えば、欧州旅行の途次を描いた『罌粟の中』にこれがある。「汽車の音を聞いていても、車輪の廻転していく音響がいつか少年のころのその歌に変って来たり」とある。カダンスが「ダニューブの漣という唱歌を思い出」させたと。汽車、電車の音には好意的だったように思う。とするなれば、小田急線や帝都線の音を聞き分けるのはたやすかったろう。
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2013年09月10日
下北沢X新聞（2400)〜昭和モダニズムと北沢の丘６〜
（一）
京原鉄道は大胆である。その創業者は「利光の大風呂敷」とも言われたと社史は記している。そして、「人家もろくにないような神奈川の裏街道を走る路線を、全線複線で建設し」とその剛胆さを具体的に述べている。この「裏街道」は心憎い点である。
芸術文化と京原鉄道という観点がある述べたがここにこそ秘密がある。つまりは文化はローカルポジションである。それはまさに裏街道である。
が、この裏には仕掛けがある。こだわったのは広告文案にもある「度速高最」である。各駅の構造も対面式で速度を落とすことなく通過できるようにした。しかも全線初手から複線である。「企業目論見書」では高らかに謳っている。
「東京ヨリ厚木地方ヲ過ギ小田原ニ至ル間ニ高速電気鉄道ヲ敷設セントスルモノ」だと述べる。さらに「本鉄道ハ東京小田原間ノ最短絡ナレバ時間ト運賃ノ関係上現今東海道線ヲ経由スル鉄道省貨物モ亦総テ本線路ヲ利用スルニ至ルベク」と、表街道東海道への挑戦状を突きつけるほどの鼻息の荒さだ。
東京から小田原まで斜めにずり落ちて小田原まで「度速高最」で行くことが一番の売りだ。こだわったのは速度である。各駅で交換待ちなどしているわけにはいかない。すっ飛ばして小田原まで行くというのは執念である。
世田谷中原駅を過ぎた急行電車は２５パーミルの坂を疾駆していく。梅が丘手前の踏切、梅が丘逆一踏切では最高速度に達する。ここを電車が抜けたとたんそこに空気にすぽっと穴が空いたようになる。遮断棒がぽんと跳ね上がる。豪徳寺側を見るともう最後部が消えかかっていた。
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2013年09月09日
下北沢X新聞（2399)〜昭和モダニズムと北沢の丘５〜
（一）
「芸術文化と京原鉄道」という切り取り方はあるだろう。これが近代芸術や近代文学に結び付いている。この新しい断面は昭和モダニズムの色濃い影響を受けている。
京原鉄道など聞いたこともないものだ。が、これは名称として存在していた。鉄道を敷設する側の地理観や世界観を捉えている言葉だと言ってよい。
京原鉄道とは東京〜小田原間鉄道、すなわち小田原急行鉄道のことで、利光鶴松はこの名称をもって会社を設立し、大正十二年（一九二三）には着工、十五年（一九二六）に開業の予定をたてていた
『小田急五十年史』 昭和五十五年刊
東京と小田原を結びつける鉄道敷設の目論見が「京原鉄道」に滲み出ている。内陸部の相模を抜けて小田原へという思いである。海へ抜けるというところは大きなポイントだ。
この例示として当てはまるのが日豊本線だ。下り列車に乗っていて気持ちが解放されるのは、豊後半島の付け根の山岳地帯を抜けて別府湾が見えてくるときだ。日出駅辺りである。車窓愛好家のみならず乗客であれば誰でもそうだ。居眠りをしていた者が目を覚まして、目を細めて藍色の海を眺め遣る。日豊本線的海車窓獲得、利光鶴松はこれをよく知っていたのではないかと思う。小田原急行鉄道の創業者は大分県大分市出身だ。日豊本線が門司から大分に繋がったのは明治四十四年だ。利光四十八歳のときだ。彼の心にもこの感動は生きていたように思う。
旅は閉塞的であるよりも開放的である方がいい。小田原を経由して外界へ抜けて行くというのはこれに叶う。京原鉄道開業当時の広告はそれを端的に言い表している。これには、キャッチコピーが赤字で「車電行急原田小 度速高最 通開」描かれている。
この広告左端には終点小田原があってその先は海である。しかし、西へ向かう鉄路はずっと遥か、下関まで続いている。対岸門司も描かれ、そして、さらに向こうには「釜山」とある。見事というほかはない旅情の喚起であり、刺激である。
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2013年09月07日
下北沢X新聞（2398)〜昭和モダニズムと北沢の丘４〜
（一）
一つの情報が思いがけず文化を掘り起こす。「大山谷停車場設計平面図」に端を発した物語は、都市近郊文学論、芸術論に繋がる。小田原急行鉄道が切り開いた世田谷文化でもある。
小田原急行鉄道の駅の呼称、これから発見できることがある。起点駅の新宿は停車場だ。次は、千駄ヶ谷新田停留場（南新宿）であり、山谷停留場（廃駅）と続く。十二番目が横根停留場（千歳船橋）である。この間、停車場と名のつくのは大山谷と経堂だけだ。なぜだろう？。
答えは簡単だ。かつては転轍機（分岐器・ポイント）のある駅を停車場と呼んでいた。大山谷は、今の東北沢駅だ、ここで各停は側線に入って待機する。経堂は歩廊二面の四線構造だ。各停も急行も停まる。留置場、引き込み線、車庫がここにはあった。
東北沢、そして経堂、ここは停車場だった。停留場は電車が止まるだけだ。が、停車場は停まって、待機する場、言わば溜（ため）である。ちょっと降りてみるかという感傷が湧く場である。それは衝動やいたずら心や戯れである。芸術文化の根源だ。
小田原急行鉄道の停車場では、文学者は、東北沢駅で降り、芸術家は経堂で降りた。
前者を最寄り駅としたのは萩原朔太郎、横光利一、宇野千代、網野菊などがいる。渋いところでは俳句の上甲平谷がいる。水上勉もこの駅を利用していた。これは編集者として食うために文潮社に通っていた。ゆえにこれは気ままに降りたわけではない。
こう書いてきて思い出した。同人誌「桜」の同人たちのことだ。東北沢に近い井上友一郎宅に集っていた。夜を徹しての文学論が弾んで、「横光のところは近いじゃないか、襲おう！」と衆議一決、安吾をはじめとする連中が三角橋を通って朝駈けをした。雨過山房の石畳はただならぬ気配の足音を響かせた。
なぜ芸術家が経堂で降りるのか？。
「白と黒の会」というのがある。小田原急行鉄道の開通によって世田谷には多くの芸術家、美術家が住むようになった。その親睦会のことを言う。これが経堂で行われていた。この近辺一帯に、アトリエが点在していたようだ。集いは下北沢では開かれない。ここに交通文化、芸術文化を繙く面白さがある。続きを読む
2013年09月06日
下北沢X新聞（2397)〜昭和モダニズムと北沢の丘３〜
（一）
小田原急行鉄道の敷設理念と文学、こういう観点もある、と思った。
仲間のきむらたかしさんが「停車場設計平面図」を資料発掘をしてPDFで、これを送ってこられた。「小田原急行鐵道株式会社」作成によるものだ。各駅をどのように作るかという設計図だ。
新宿停車場から横根停留所までの十二葉の平面図だ。こられ一つ一つの駅名の呼称が興味深い。新宿は停車場だが、横根までの各駅は一つを除いて皆停留所だ。引っ掛かりを覚えたのは横根だ。これはどこなのか分からなかった。検索で調べると三等三角点横根がヒットした。これは千歳船橋駅そばの稲荷森稲荷神社境内にある。よって千歳船橋駅だと推測できた。
各駅の停留場平面図を見て気づいた。すべてが対面式ホームになっていることである。下北沢駅は島式ではなかったかと思っていたらこれも対面式だった。なるほどと思った。鉄道を敷設する際の考えがここに端的に現れている。
中でも目を惹いたのは「大山谷停車場設計平面図」だ。ここだけは停車場になっている。この図東端にはしっかりと道と水路とが描かれている。後者は「三田用水」で橋梁を渡していたようだ。このことから分かる通り、これは現東北沢駅にほかならない。
この駅の大きな特色は対面ホーム式で、真ん中に急行通過線があることだ。駅には各停を退避させ、真ん中を急行が速度を下げることなく突っ走っていく。施設としての停車場である。
今は地下化してしまってこれも過去の語り草になってしまった。このブログのどこかに私がここで少年と出会った話を書いている。跨線橋から眺める急行通過が男の子の気を惹いていたという話だ。各駅を尻目に急行が突っ走る、それが「かっこいい」、子供たちの目を惹き付けた場所である。開通時には郊外のモダンな風景であったに違いない。続きを読む
2013年09月04日
下北沢X新聞（2396)〜昭和モダニズムと北沢の丘２〜
（一）
武蔵野を新しく切り開いて高速鉄道が敷設された。小田原急行鉄道だ。この開通に伴い宅地造成が進んだ。土地広告の一つには、「近代都市郊外風景が恣にされる」とあった。ストレスの多い都市人には魅力的なキャッチフレーズだ。
「確かね、お宅の窓からは擂り鉢状の地形が見降ろされましたね」
以前に出会った森栄晃氏から伺ったことがあった。彼は坂口安吾の紹介で雨過山房の水曜会に参加して居た人だ。小説家を志してのことだ。
『坂口君は、あれはあれで文学で苦労している。文学で食べていくことは難しい。これから先は文学よりも映画だ』
このようなことを森氏は横光利一に言われたという。多分、これは昭和十年ぐらいのことだったろうと思う。
ついこの間、「文学の経済学−昭和十年代を読む」という山本芳生氏の論考をきむらたかし氏に紹介してもらった。文学で食っていくことの難しさがこれを読むと分かる。この論考にはつぎのような記述があった。文学よりも映画というのも分かる。
作家たちにとって、昭和十年における著作権ビジネスのうまみは、出版ビジネスではなく、映画産業との連携の方にあったわけだが、そうした著作権ビジネスを通俗小説・大衆小説の書き手だけでなく、「純文学」系の作家たちも味わえるようになったのである。それは、映画化されれば、芥川賞の賞金に匹敵する収入が約束されたことを意味していた。片岡が真剣にエージェントとして交渉していたのも肯ける。
森栄晃氏は、雨過山房に出入りしていた川端康成の口利きで大船撮影所の試験を受け、合格し、映画プロデューサーになった。雨過山房の思い出を語ってくれた人だがもう数年前に亡くなられた。続きを読む
2013年09月03日
下北沢X新聞（2395)〜昭和モダニズムと北沢の丘〜
（一）
８月３１日、土曜日、代沢小視聴覚教室で文学碑建立説明会を開いた。参加者は七名、碑の文言の検討と建立場所の確認を行った。横光利一文学顕彰碑の建立だ。
「私たちとしては、日本近代文学史でも特筆される存在感の大きい作家が、ここの土地に居住していたことの意味を中心に考えていく、それを文言にも刻んでいくつもりです。単にここに作家がいたということを書いても仕方がないと思うのですよ……」
文学と土地との因縁や関係という問題が話題になった。
昭和３年に横光利一は北沢に阿佐ヶ谷から転居してきた。このときの様子は、彼の作品に具体的に書かれている。「周囲に欅や杉の森があり近くに人家のない」（『睡蓮』）と。いわゆる武蔵野である。人工物もほとんどなく目に安らぎを覚える静かな環境があるように描かれている。しかし、私たちは既に知っている。一帯には昭和モダニズムが先駆的に存在していたことを。
まずここ北沢の地に土地を選定したことそのものがもう既にモダンだ。この場合、小田急の開通は大きな要素である。これが開通することによって一帯の武蔵野や麦畑は宅地に変貌していく。
「家の近辺、大概は屋根の瓦は赤く、庭には芝生がありましたね」
代田の古老今津さんは昭和初年代を回顧してそう言っていた。こじゃれた家を建ててそこに夫婦ですむ。中産階級の望みだった。
昨日だった、仲間のきむらたかしさんが「井の頭線 沿線の一世紀」（生活情報センター）に載っている池の上の写真を送ってきた。自分もこれは手許に持っていた。昭和五年頃に横光利一家の庭で撮られた本人の写真である。子どもと一緒に撮ったスナップである。背後に家の縁側が見えている。庭で撮ったものだがそこは芝の庭だ。ともに写っているのは洋犬だ。北沢の丘での幸福を得た様がその写真には写っている。ふと思ったことは家の屋根瓦が赤いのではなかったかということだった。
この近辺の様子を描いた絵画がある。「下北沢風景」だ。小田急が昭和三年に開通して間もない頃に描かれたものだ。やはり赤い屋根が印象的である。モダンな風情、詩情が画面からは読み取れる。続きを読む
下北沢X新聞（2394)〜戦争で物事は解決しない〜
当ブログ、「Web東京荏原都市物語資料館」は、「いかなる戦争も反対する」と訴えている。改めてそのことを伝えたい。
このところ大きな疑問を抱いている。化学兵器が使われたとするシリアでの人々がのたうち回るあの場面が繰り返しテレビで流される。意図的放映されているのではないかと思う。
こんな非人道的な兵器を使うとは許せない。許してはいけない。そういうメッセージを伝えているように思う。残酷な場面を流し、悲惨さのみを煽って、報復は当然だという雰囲気づくりをしているのではないかと勘ぐっている。
メディアがメッセージとして伝えていることに危惧を持つ。この映像の連続放映は異常ではないか、視聴者への刷り込みをしているように思う。
最も言いたいことは、戦争で物事は解決はしないということだ。力での報復は憎しみを倍加させるだけだ、戦争になれば市民がこれに巻き込まれ、犠牲者が大勢出ることは目に見えている。権力は体面ばかりを取り繕うとする。そうして始めた戦いで人は死んでいくばかりだ。戦争をするのは愚かだ。なぜ戦争はもうやめようといえないのか？。
先だって、予科練上がりの人から話を聞いた。「軍隊は殺す集団ですからね、逆に殺される集団でもあるわけですね」、殺すか、殺されるか、どちらも必死になってどんなことでもしてしまう。敵意、憎しみの暴発は、人を殺すだけのものである。
情報開示に基づいた、公正な判断は必要だ。シリア政府軍側が科学兵器を使ったというのは、総合的に判断されるというだけで、明確な根拠は示されない。イラクのサダム・フセインは大量破壊兵器を持っているということでアメリカはイラク戦争に突入した。が、それは嘘だった。その経験があってイギリス議会は、戦争介入への疑義を提起した。普通の感覚ではないのか。
日本はどうか、首相はオバマの判断を尊重すると述べている。「オバマさん、戦争はまずいですよ。考えましょうよ」などとは絶対に言いそうにない。アメリカに同意して、また再び戦争への加担をしようとしている。
あの戦争を思い出せといいたい。成算なき戦いに突入して日本は無惨な負け方をした、末期は悲惨だった。国体護持を言っている間に、原爆投下で被害を被り、広島ではこの一発で十万人が死んだ。戦争に懲りているはずだ、もう二度と戦争はするまいというのが国是だ。
別の観点からの見方もできる。世界は戦争する余裕はなくなった。このところの異常気象は地球温暖化が原因とされる。戦争は大量にエネルギーを使用する。これによって温暖化が加速し、巨大台風、巨大竜巻、そして異常気象の拡大が進行し、人類が危機に陥ることもありることだ。
繰り返し言う、戦争で物事は解決はしない。言論で対峙してこそ人間だ。紛争を解決することは一筋縄ではいかないのは分かっている。しかし、どんなに大変でも銃という力ではなく、言論という武器で紛争を解決しようとする努力が必要なのだと思う。
2013年09月01日
下北沢Ｘ新聞(2393)〜会報第86号「北沢川文化遺産保存の会」〜
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「北沢川文化遺産保存の会」会報 第８６号
２０１３年９月１日発行（毎月1回発行）
会長 長井 邦雄（信濃屋食品）
事務局:世田谷「邪宗門」（木曜定休） 155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
会報編集・発行人 きむらけん
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１、新感覚への刺激を与えた北沢の地
阿佐ヶ谷文士村から、横光利一は北沢の丘に移ってきた。昭和三年十一月のことである。そしてこの当地で、新感覚を磨きに磨いて次々に、「機械」、「旅愁」などの問題作を世に送りだした。
私は土地と文学には因果因縁があると思う。その影響が顕著に出る場合もあるし、出ない場合もある。が、新感覚派の横光利一は、かなり色濃く北沢の丘の環境が彼の文学に出ているのではないかと思う。
横光利一の作品の中には、北沢の地のことがよく描かれる。例えば、彼が昭和八年五月「四季」に書いたエッセイがある。
私の家の近くに一萬三千坪のスロープがある。そこは一年中雑草が繁ってゐて中にまばらな松や杉や椎の木がほとんど同じ高さに生えてゐる。私は仕事や来客の疲れから逃げてくるのはここに限つてゐるといっても良いほど、一日に二度は眞似なりともその草の中に這入らなければ気が落ち着かぬほどになつてしまつてゐるところである
横光利一全集第十二巻 河出書房 昭和三十一年刊
昭和八年当時、こんなところがあったのかと思った。これはどこなのだろうと、きむらたかし氏に聞いてみた。すると利一邸のすぐ南手に当たるスロープではないかと指摘された。桑井いねさんが「おばあさんの知恵袋」に記している、「今、佐藤元首相のお屋敷のあるあたりは松林といって、小さな赤松がいっぱい植わっていて、土筆がたくさんとれました」を典拠に挙げての指摘だ。
いわゆる武蔵野風情を残していた斜面である。この西には川へと下る小路があった。彼が常々通っていた散歩道だ。その途中とか、帰るときにここに立ち寄ってこの景色を眺めた。眺めたばかりではなく哲理を巡らしたようだ。
このスロープについてはよほど心に引っ掛かるところが彼にはあったようだ。「それほどの親しい所であるのに拘わらずさてそこを思い浮かべて書こうとするともう私には書くことが何もない。」、描こうとするが描き得ない。彼には課題だったのではないか。
『微笑』という作品は彼の遺作であるが、ここに「負け傾いて来ている大斜面を」という比喩を用いている。面白いのは研究者がここを指摘して次のように述べていることだ。
「負けて傾いて来てゐる大斜面」とは、『旅愁』以来かかえこんでいた西洋精神と東洋精神の相克の問題、あるいは近代主義と反近代という問題に悩んでいた作者の心象が投影されているといえる。（『微笑』ノート 神屋忠孝）『横光利一の文学と生涯』
スロープは一体何なのだと彼は思索を巡らしていたのかもしれない。それがここに行き着いた。この武蔵野の面影を残している近辺には菊池一雄邸の真っ白なアトリエ、そして東郷青児、宇野千代の白いコルビジェ風の家、そしてまた、辺り一帯の沢を支配する北沢八幡神社があった。西洋的なものと東洋的なものの混在は当該問題をより深めさせた。それが北沢の丘なのかもしれないと思いもする。
２、新刊「 特攻隊と（松本）褶曲山脈」
私たちがここ数年来続けてきた鉄道交点一帯の文化発掘がきっかけとなって今まで不明だった近代戦争史の一端が明るみにでた。比喩的にいうと歴史のカーテンの一部に風穴が空いたように思われる。
今夏、松本市博物館で『戦争と平和展』が開催された。昨年発刊、『鉛筆部隊と特攻隊−もうひとつの戦史』（彩流社）、今年発刊『褶曲山脈と（松本）特攻隊−鉛筆部隊の軌跡』、この二冊に関わった展示が数多く見られた。この展覧会の開催は私たちの活動の過程における新資料発見の博物館展示は大きな価値付けであると考えてよい。今回の展覧会は終わった。三万三千人の入場者があったと報告があった。
この二冊の発刊は、大きな発信となった。二作目は反響に基づいた取材が中心である。発刊間もない『特攻隊と（松本）褶曲山脈』にはもう新しい情報が寄せられている。
世田谷区内にあった小学校は長野県に多くの学童を疎開させた。中でも収容力の大きかった松本淺間温泉には多くの学校が疎開学童を送りこんだ。昭和二十年二月三月、ここに飛来してきた特攻隊が淺間に滞在した。その彼らが疎開学童と出会って交流した。
当初は、一部の学校の疎開学童と特攻隊とがふれ合っていたと思われた。しかし、段々に分かってみるとどこでも普通に行われていた。そのことが代沢校を出発点にして、東大原校、駒繋校、山崎校などと芋づる式にみつかった。
今回の新作は刊行したばかりである。しかし既に新たな情報が集まってきた。未解明だった二校、二子玉川校、第一師範からの情報である。現在調べを進めている学童と特攻兵の触れ合いはもの悲しいドラマである。これだけで一つの作品ができるほどだ。
今回の武剋隊と一人の女子学童との触れ合いは劇的なドラマである。そこに隊員の妹も加わって、悲恋、悲劇を物語っている。そして今回の場合、具体的なその名前が分かっている。それだけではなくそれを証明する現物がある。
取材先の人に「あと十年早かったらもっと分かった」と言われた。しかし、十年遅かったから発見できたというのも少なくない。今回の新資料発掘も、当事者が、何時亡くなるか分からない。ゴミとなって捨てられるのはたまらないということで、私に彼女は一切を託した。これを記録する責任の重みを感じた。
武剋隊遺墨、出戸軍曹曹資料、疎開学童関係資料などは上記著作の調査過程において発見されたものである。行った人の報告では、老若男女問わず、あらゆる階層の人が見学に来ていたそうだ。夏休み中の学童、生徒、学生などの見学も多かったようである。
平和時は自由である。が、戦争になればたちまち物が言えなくなる。この危険はいつでもあることだ。自由を護るためにはあの戦争を知ることが一番だ。
新しく出た本は、『特攻隊と（松本）褶曲山脈』は事務局の邪宗門でも売っている。今回、郵送分には郵送料なし、かつ割引で買える申込書を会員には同封した。これを知り合いなどに紹介して頂けると幸いです。記録伝承への応援を！。
３．バーレスQ〜シモキタ駅前伝説（公演のお知らせ）
２０１３年９月２９日（日）、下北沢 成徳ミモザホールで、SHIMOKITA VOICE 2013が開催される。関連イベントとして「劇団ほぼ無職」による演劇『バーレスQ〜シモキタ駅前伝説〜』の公演が１７：２０分開場で催される。
脚本は志田歩。我ら北沢川文化遺産保存の会発行の「北沢川文学の小路」や「鉛筆部隊と特攻隊」などに材を取った作品である。
これへの出演依頼があった。劇団ほぼ無職代表の若松朋茂さん、「きむらけんさんは、きむらけんさんで出て」というので「ええ、それだったらいいか…」と。
当日券は２５００円、前売りは２０００円。きむらけんが受け付ける。連絡を…
４、都市物語を旅する会
私たちは、毎月、歩く会を実施しています。個々の土地を実際に歩き、その土地の文化を発見して楽しみながらぶらぶら歩いています。参加自由です。 基本原則は、第三土曜日午後としています。第二週には、会員の希望によって特番を設けることがあります。
九月
・特番行事 日時：９月１４日（土）
国分寺崖線古墳をゆく 喜多見駅改札口 １３：００ ナビゲーター 天羽大器さん
〇コース＊喜多見駅→野川沿いを歩く→念仏車と庚申塚→筏道→喜多見氷川神社→慶元寺→稲荷塚古墳→第六天塚古墳→須賀神社→荒玉水道道路→次大夫堀公園→砧中学校古墳群→仙川沿いを歩く→カトリック成城教会(今井兼次設計)→成城学園前駅
・第８７回 ９月２１日（土）午後一時 小田急線豪徳寺駅改札前集合
松原宿から高井戸下宿へ ナビゲーター 岡本克行さん
〇コース 豪徳寺駅ー赤堤山善性寺ー六所神社ー旧六所神社駅跡ー世田谷線松原駅ー御場絵図記載の北沢川下高井戸支流水源地の痕跡をめぐるー旧七軒町駅跡ー竹久夢二少年山荘跡ー弁天池−下高井戸駅ー永泉寺緑地（曹洞宗寺院永泉寺伝説）−高井堂本覚院墓地ー吉田園跡ー旧下高井戸宿ー京王線で分断された道ー覚蔵寺ー宗源寺ー桜上水駅
＊このコースは初めて歩きます。多くの発見が予感される。
・第８８回 １０月１９日（土）午後一時 池の上駅改札前集合
代沢の横光利一を巡る ナビゲーター きむらけん
横光利一の文学顕彰碑を作りたいということから、世田谷区の地域の絆推進事業に応募してこれた通過した。この事業の一環として街歩きを企画した。当初は、北部地域のアートタウンを巡る予定だったが、池の上を中心とした文化を巡り、とくには横光利一を中心としたい。横光利一との関連で森敦が池の上に住んでいる。その場所も巡りたい。
１１月
・特番行事 日時：１１月９日（土） 午後一時 日暮里駅北改札口
谷中墓地（三度目） ナビゲーター原敏彦さん
・第８９回 １１月１６日（土）午後一時 東急線多摩川駅改札前
国分寺崖線の古墳群を歩く ナビゲーター 木村康伸さん
多摩川駅→浅間神社→亀甲山古墳→宝来山古墳→宇佐神社（八幡塚古墳）→野毛大塚古墳（玉川野毛町公園）→上野毛自然公園 →二子玉川駅（駅周辺の喫茶で歓談）
・第９０回 １２月２１日（土）午後一時 代田橋駅改札前集合
代田半島を巡る ダイダラボッチ、代田連絡線、朔太郎、三大伝説を巡る旅
◎申し込み方法、参加希望、費用について 参加費は各回とも３００円
参加申し込みについて（必ず参加連絡をお願いします。資料部数と関連します）
電話の場合、 米澤邦頼 ０９０−３５０１−７２７８
メールの場合 きむらけん aoisigunal@hotmail.com FAX3718-6498
■ 編集後記
▲毎月の歩く会は、今月で８７回目を迎える。特番も加えると今月は二回ある。幸いなことに自分がやらなくてもよい。それぞれにナビゲーターがついて案内してくださる。これまで９０回近くやってきて、手法はだいたい分かってきた。小人数で街歩きを楽しむというものだ。我らの会の会員は約６０名ほどいる。それぞれが何かに詳しいということはある。この人材を活用しない手はない。毎月のナビゲーターを私が中心になってしてきたが段々にできる人に譲っていくことにしたい。そうすればガイドが育っていく。十月に文学碑が完成したら「北沢川文学散歩」というコース設定をして、できる人がガイドをする。そういうふうにすれば面白いと思う。ぜひガイドに応募してほしい。
▲お願い。学校の情報は縦系列に伝わる。横系列情報はなかなか分からない。淺間温泉に疎開していた学校の物語は、横系列で順々に調べて行って代沢、東大原、駒繋、山崎、二子玉川、第一師範はなんとか情報が集まった。残りは三校となった、太子堂校、三宿校、桜ヶ丘校だ。何かのついでにここの疎開学童に会ったら話を聞いてみてほしい。特攻兵との交流はなかったかと。
◎当会への連絡、お問い合わせは、編集、発行者のきむらけんへ aoisigunal@hotmail.com
会報のメール配信もしている。「北沢川文化遺産保存の会」は、年会費千円、入会金なし。会員へは会報を郵送している。事務局の世田谷「邪宗門」で入会を受け付けている。
「北沢川文化遺産保存の会」会報 第８６号
２０１３年９月１日発行（毎月1回発行）
会長 長井 邦雄（信濃屋食品）
事務局:世田谷「邪宗門」（木曜定休） 155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
会報編集・発行人 きむらけん
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１、新感覚への刺激を与えた北沢の地
阿佐ヶ谷文士村から、横光利一は北沢の丘に移ってきた。昭和三年十一月のことである。そしてこの当地で、新感覚を磨きに磨いて次々に、「機械」、「旅愁」などの問題作を世に送りだした。
私は土地と文学には因果因縁があると思う。その影響が顕著に出る場合もあるし、出ない場合もある。が、新感覚派の横光利一は、かなり色濃く北沢の丘の環境が彼の文学に出ているのではないかと思う。
横光利一の作品の中には、北沢の地のことがよく描かれる。例えば、彼が昭和八年五月「四季」に書いたエッセイがある。
私の家の近くに一萬三千坪のスロープがある。そこは一年中雑草が繁ってゐて中にまばらな松や杉や椎の木がほとんど同じ高さに生えてゐる。私は仕事や来客の疲れから逃げてくるのはここに限つてゐるといっても良いほど、一日に二度は眞似なりともその草の中に這入らなければ気が落ち着かぬほどになつてしまつてゐるところである
横光利一全集第十二巻 河出書房 昭和三十一年刊
昭和八年当時、こんなところがあったのかと思った。これはどこなのだろうと、きむらたかし氏に聞いてみた。すると利一邸のすぐ南手に当たるスロープではないかと指摘された。桑井いねさんが「おばあさんの知恵袋」に記している、「今、佐藤元首相のお屋敷のあるあたりは松林といって、小さな赤松がいっぱい植わっていて、土筆がたくさんとれました」を典拠に挙げての指摘だ。
いわゆる武蔵野風情を残していた斜面である。この西には川へと下る小路があった。彼が常々通っていた散歩道だ。その途中とか、帰るときにここに立ち寄ってこの景色を眺めた。眺めたばかりではなく哲理を巡らしたようだ。
このスロープについてはよほど心に引っ掛かるところが彼にはあったようだ。「それほどの親しい所であるのに拘わらずさてそこを思い浮かべて書こうとするともう私には書くことが何もない。」、描こうとするが描き得ない。彼には課題だったのではないか。
『微笑』という作品は彼の遺作であるが、ここに「負け傾いて来ている大斜面を」という比喩を用いている。面白いのは研究者がここを指摘して次のように述べていることだ。
「負けて傾いて来てゐる大斜面」とは、『旅愁』以来かかえこんでいた西洋精神と東洋精神の相克の問題、あるいは近代主義と反近代という問題に悩んでいた作者の心象が投影されているといえる。（『微笑』ノート 神屋忠孝）『横光利一の文学と生涯』
スロープは一体何なのだと彼は思索を巡らしていたのかもしれない。それがここに行き着いた。この武蔵野の面影を残している近辺には菊池一雄邸の真っ白なアトリエ、そして東郷青児、宇野千代の白いコルビジェ風の家、そしてまた、辺り一帯の沢を支配する北沢八幡神社があった。西洋的なものと東洋的なものの混在は当該問題をより深めさせた。それが北沢の丘なのかもしれないと思いもする。
２、新刊「 特攻隊と（松本）褶曲山脈」
私たちがここ数年来続けてきた鉄道交点一帯の文化発掘がきっかけとなって今まで不明だった近代戦争史の一端が明るみにでた。比喩的にいうと歴史のカーテンの一部に風穴が空いたように思われる。
今夏、松本市博物館で『戦争と平和展』が開催された。昨年発刊、『鉛筆部隊と特攻隊−もうひとつの戦史』（彩流社）、今年発刊『褶曲山脈と（松本）特攻隊−鉛筆部隊の軌跡』、この二冊に関わった展示が数多く見られた。この展覧会の開催は私たちの活動の過程における新資料発見の博物館展示は大きな価値付けであると考えてよい。今回の展覧会は終わった。三万三千人の入場者があったと報告があった。
この二冊の発刊は、大きな発信となった。二作目は反響に基づいた取材が中心である。発刊間もない『特攻隊と（松本）褶曲山脈』にはもう新しい情報が寄せられている。
世田谷区内にあった小学校は長野県に多くの学童を疎開させた。中でも収容力の大きかった松本淺間温泉には多くの学校が疎開学童を送りこんだ。昭和二十年二月三月、ここに飛来してきた特攻隊が淺間に滞在した。その彼らが疎開学童と出会って交流した。
当初は、一部の学校の疎開学童と特攻隊とがふれ合っていたと思われた。しかし、段々に分かってみるとどこでも普通に行われていた。そのことが代沢校を出発点にして、東大原校、駒繋校、山崎校などと芋づる式にみつかった。
今回の新作は刊行したばかりである。しかし既に新たな情報が集まってきた。未解明だった二校、二子玉川校、第一師範からの情報である。現在調べを進めている学童と特攻兵の触れ合いはもの悲しいドラマである。これだけで一つの作品ができるほどだ。
今回の武剋隊と一人の女子学童との触れ合いは劇的なドラマである。そこに隊員の妹も加わって、悲恋、悲劇を物語っている。そして今回の場合、具体的なその名前が分かっている。それだけではなくそれを証明する現物がある。
取材先の人に「あと十年早かったらもっと分かった」と言われた。しかし、十年遅かったから発見できたというのも少なくない。今回の新資料発掘も、当事者が、何時亡くなるか分からない。ゴミとなって捨てられるのはたまらないということで、私に彼女は一切を託した。これを記録する責任の重みを感じた。
武剋隊遺墨、出戸軍曹曹資料、疎開学童関係資料などは上記著作の調査過程において発見されたものである。行った人の報告では、老若男女問わず、あらゆる階層の人が見学に来ていたそうだ。夏休み中の学童、生徒、学生などの見学も多かったようである。
平和時は自由である。が、戦争になればたちまち物が言えなくなる。この危険はいつでもあることだ。自由を護るためにはあの戦争を知ることが一番だ。
新しく出た本は、『特攻隊と（松本）褶曲山脈』は事務局の邪宗門でも売っている。今回、郵送分には郵送料なし、かつ割引で買える申込書を会員には同封した。これを知り合いなどに紹介して頂けると幸いです。記録伝承への応援を！。
３．バーレスQ〜シモキタ駅前伝説（公演のお知らせ）
２０１３年９月２９日（日）、下北沢 成徳ミモザホールで、SHIMOKITA VOICE 2013が開催される。関連イベントとして「劇団ほぼ無職」による演劇『バーレスQ〜シモキタ駅前伝説〜』の公演が１７：２０分開場で催される。
脚本は志田歩。我ら北沢川文化遺産保存の会発行の「北沢川文学の小路」や「鉛筆部隊と特攻隊」などに材を取った作品である。
これへの出演依頼があった。劇団ほぼ無職代表の若松朋茂さん、「きむらけんさんは、きむらけんさんで出て」というので「ええ、それだったらいいか…」と。
当日券は２５００円、前売りは２０００円。きむらけんが受け付ける。連絡を…
４、都市物語を旅する会
私たちは、毎月、歩く会を実施しています。個々の土地を実際に歩き、その土地の文化を発見して楽しみながらぶらぶら歩いています。参加自由です。 基本原則は、第三土曜日午後としています。第二週には、会員の希望によって特番を設けることがあります。
九月
・特番行事 日時：９月１４日（土）
国分寺崖線古墳をゆく 喜多見駅改札口 １３：００ ナビゲーター 天羽大器さん
〇コース＊喜多見駅→野川沿いを歩く→念仏車と庚申塚→筏道→喜多見氷川神社→慶元寺→稲荷塚古墳→第六天塚古墳→須賀神社→荒玉水道道路→次大夫堀公園→砧中学校古墳群→仙川沿いを歩く→カトリック成城教会(今井兼次設計)→成城学園前駅
・第８７回 ９月２１日（土）午後一時 小田急線豪徳寺駅改札前集合
松原宿から高井戸下宿へ ナビゲーター 岡本克行さん
〇コース 豪徳寺駅ー赤堤山善性寺ー六所神社ー旧六所神社駅跡ー世田谷線松原駅ー御場絵図記載の北沢川下高井戸支流水源地の痕跡をめぐるー旧七軒町駅跡ー竹久夢二少年山荘跡ー弁天池−下高井戸駅ー永泉寺緑地（曹洞宗寺院永泉寺伝説）−高井堂本覚院墓地ー吉田園跡ー旧下高井戸宿ー京王線で分断された道ー覚蔵寺ー宗源寺ー桜上水駅
＊このコースは初めて歩きます。多くの発見が予感される。
・第８８回 １０月１９日（土）午後一時 池の上駅改札前集合
代沢の横光利一を巡る ナビゲーター きむらけん
横光利一の文学顕彰碑を作りたいということから、世田谷区の地域の絆推進事業に応募してこれた通過した。この事業の一環として街歩きを企画した。当初は、北部地域のアートタウンを巡る予定だったが、池の上を中心とした文化を巡り、とくには横光利一を中心としたい。横光利一との関連で森敦が池の上に住んでいる。その場所も巡りたい。
１１月
・特番行事 日時：１１月９日（土） 午後一時 日暮里駅北改札口
谷中墓地（三度目） ナビゲーター原敏彦さん
・第８９回 １１月１６日（土）午後一時 東急線多摩川駅改札前
国分寺崖線の古墳群を歩く ナビゲーター 木村康伸さん
多摩川駅→浅間神社→亀甲山古墳→宝来山古墳→宇佐神社（八幡塚古墳）→野毛大塚古墳（玉川野毛町公園）→上野毛自然公園 →二子玉川駅（駅周辺の喫茶で歓談）
・第９０回 １２月２１日（土）午後一時 代田橋駅改札前集合
代田半島を巡る ダイダラボッチ、代田連絡線、朔太郎、三大伝説を巡る旅
◎申し込み方法、参加希望、費用について 参加費は各回とも３００円
参加申し込みについて（必ず参加連絡をお願いします。資料部数と関連します）
電話の場合、 米澤邦頼 ０９０−３５０１−７２７８
メールの場合 きむらけん aoisigunal@hotmail.com FAX3718-6498
■ 編集後記
▲毎月の歩く会は、今月で８７回目を迎える。特番も加えると今月は二回ある。幸いなことに自分がやらなくてもよい。それぞれにナビゲーターがついて案内してくださる。これまで９０回近くやってきて、手法はだいたい分かってきた。小人数で街歩きを楽しむというものだ。我らの会の会員は約６０名ほどいる。それぞれが何かに詳しいということはある。この人材を活用しない手はない。毎月のナビゲーターを私が中心になってしてきたが段々にできる人に譲っていくことにしたい。そうすればガイドが育っていく。十月に文学碑が完成したら「北沢川文学散歩」というコース設定をして、できる人がガイドをする。そういうふうにすれば面白いと思う。ぜひガイドに応募してほしい。
▲お願い。学校の情報は縦系列に伝わる。横系列情報はなかなか分からない。淺間温泉に疎開していた学校の物語は、横系列で順々に調べて行って代沢、東大原、駒繋、山崎、二子玉川、第一師範はなんとか情報が集まった。残りは三校となった、太子堂校、三宿校、桜ヶ丘校だ。何かのついでにここの疎開学童に会ったら話を聞いてみてほしい。特攻兵との交流はなかったかと。
◎当会への連絡、お問い合わせは、編集、発行者のきむらけんへ aoisigunal@hotmail.com
会報のメール配信もしている。「北沢川文化遺産保存の会」は、年会費千円、入会金なし。会員へは会報を郵送している。事務局の世田谷「邪宗門」で入会を受け付けている。
