2015年06月
2015年06月30日
下北沢Ｘ物語（2827）〜ＭＰ第４弾「ああ、代田連絡線！」〜
（一）「これで四回目となるマッピングパーティですね。話す種が段々尽きてきましたよ。今日のテーマは『ああ、代田連絡線』ですね。知られないことですが、この一帯の歴史文化と密接に結び付いているものです…じつはつい先ほど、発刊されたばかりの『シモキタらしさのＤＮＡ』の献本をいただきました。これに私は、こう書いています。『シモキタのＤＮＡはＦe 鉄だ。線路が交差して街の核ができた。形状はX、未知に満ちた街だ。いえば四方向から集まってきて、四方向に逃げられる街だ、相寄る魂、これらが行き交う場である…」などと書いています。基本、鉄道がクロスすることで街は形成されました。小田急線と井の頭線です。この二つの線に絡むドラマがこの『代田連絡線』です。」「世界地図に世田谷代田をくわえよう」、第四回、マッピングパーティが２８日、世田谷代田の「空間工場」で開かれた。その冒頭だ。
講演や講義で頭にどんな枕を振るか、勘所である。
「無知とは怖いものでこの代田連絡線の話は、真っ赤な雑誌に掲載されました。今、話題になっている『沖縄の二紙ぶっつぶせ』と言って大きな波紋を呼んでいる人などを高く讃えている雑誌です。」
２０１３年に出された９月号だ。その表題は『井の頭線、小田急線を繋ぐ幻の代田連絡線』となっている。が、この本の全体のタイトルは総力特集「『性奴隷』捏造を許すな！」だ。こういう雑誌によく載せたものだと思う。
赤っ恥をさらすことから始めようと思っていたときに『シモキタらしさのDNA』の献本が手に入った。急逝したシモキタの女闘士、高橋ユリカさんの遺稿でもある。この方を取り上げる方がずっと素晴らしい。右翼雑誌を枕に振ることはやめた。
「代田連絡線についてはずっと調べてきたことなので語れはします。しかし、淡々と話をしても自分としては余り面白くはありません。今日は共に考えて、この線の歴史を掘り起こしていきたいと思います…それでさっそくなんですが表題に『ああ』とつけました。まずは、ここから考えていただきたいのです。なぜに『ああ』がつくのか、例えば今走っている井の頭線に『ああ』はつけませんね、この『ああ』はどういう意味がこもっているのでしょう？……」
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2015年06月28日
下北沢Ｘ物語（2826）〜誰か「真正寺学寮歌」は知らないか？〜
（一）戦後七十年、戦争の記憶がどんどん風化していく。そういう中であわや消え果てそうになった歌をかろうじて繋ぎ留めたことは幸いだった。一つは信州塩尻の郷福寺に疎開していた代沢国民学校の「郷福寺学寮の歌」だ、もう一つは誠第３１飛行隊、武揚隊の愛唱歌「浅間温泉望郷のの歌」だ。後者は、つい一月前のことだった。下北沢東京都民教会で行われた第８回「戦争経験を聴く会・語る会」で、復元に協力をされた作曲家 明石隼汰さんによって歌われ、弾かれた。今もって印象に深く残っている。人と人とのネットワークが消滅しようとする歌を繋ぎ留めた。そういう点からすると気に掛かる歌がもう一つある。「郷福寺学寮の歌」に大きな影響を与えた歌だ。それは「真正寺学寮歌」である。再疎開先でいじめられている学童たちを勇気づけようと学寮長の浜館菊雄先生がこれを作った。その一番だ。
みんな明るいわたしもぼくも
森の小鳥がちろちろ啼いて
朝だよ起きなと窓からのぞく
洗馬の真正寺は明るい学舎
『学童集団疎開』（浜館菊雄著から）
軽快な歌だった。都会的な感覚で作られたこの歌は、歌い手である疎開学童よりも地元の子供たちを勇気づけた。この歌に刺激されて隣村の学寮郷福寺でも歌が作られた。
『鉛筆部隊』の物語は、「郷福寺学寮の歌」の歌詞探しから始まった。これは何とか解決された。気に掛かり、心残りがあるのは、最初に創られた「真正寺学寮歌」である。それで、この楽譜はないのか？。関係者に当たって今問い合わせをしているところだ。
「写真とか資料とか時が経ってしまってもうあらかた残っていないのですよ」
つい二三日前、浜館先生のお嬢さんの片山淳子さんに電話した。そのときの返答だ。
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2015年06月27日
下北沢Ｘ物語（2825）〜堀辰雄と文士町と鉄塔６１号�供�
（一）時代時代空気というものがある。聳え建つ鉄塔は、未来へのあくがれであった。北原白秋は詩編断片で「神は在る、鉄塔の碍子に在る。」（「鋼鉄風景」出典『海豹と雲』）と歌っている。青空を突き刺す鉄塔は近代詩人にとって慕わしいものであった。
駒沢線鉄塔は、「代田の丘の６１号」鉄塔がシンボライズするものをかねがね訴えてきていた。が、これは密かな真実である。こそっと発信して楽しむ、案内看板を建てるにしても鉄塔にはつけないようにしようと思っていた。ところが、世田谷区地域風景資産の担当機関から以前に配ったプレートはどこに掲示したかの照会があった。確かにそれは送られてきた。ところが、掲出場所の所有者の同意を必要とするところから地元のことに詳しい広島文武さんにこれは送っていた。
広島さんからは設置箇所について写真が送られてきた。何と６１号鉄塔の基礎部のコンクリート土台に貼り付けられていた。さすがだ地主さんの同意を得て掲出したものに違いない。プレートそのものは大きいものではない。よほど注意してみないと分からない。密かな発信をとの思いに反するものではない。「よしよしこれでよい」と思った。
堀辰雄の詩人への追悼文、「萩原朔太郎」を読んで、文士町をシンボライズするものがこの鉄塔であるという考えを強めた。どういうことなのだろうか？」
追悼ということでいえば、三好達治の追悼詩は素晴らしい。師と仰ぐ詩人の行状を「飄々として／いつもうらぶれた淋しい裏町の小路をゆかれる」と描く。そう個人雑誌『生理』も裏町の小路で編まれた。密かな営みだ。なぜにこれを出したのか？
僕は交際嫌ひで日常話をする友人が全く無く、いつも孤独の生活をして居る為、折にふれて浮かんでくる胸中の鬱憤や、日常雑事の痴語妄想を、誰れに向つて話をする機会もなく、まるで無人島の漂浪者みたいに、終日終歳、黙々として暮して居るので、時にはその苦痛に耐え切れなくなる。
『生理』創刊号の「編輯後記」で彼は述べる。徒然を慰めるための「痴語妄想の』発表機関が一つ欲し」いということで発刊したという。
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2015年06月25日
下北沢Ｘ物語（2824）〜堀辰雄と文士町と鉄塔６１号〜
（一）堀辰雄には「萩原朔太郎」と題した文章がある。亡くなった詩人を追悼し、追慕するために書かれたものだ。晩年の世田谷代田在住時代も描かれいる。詩人が亡くなった後、「私達は彼の二階の書齋にはじめて入ることを許された」そして、詩人の書斎に入っていく。と、机の上に、「手を觸るべからず」と記された原稿があった。誰しも興味が湧く、「なんだろう？」。「もしや書きかけの詩稿？」と思った。が、それは「全部奇術の種あかしを書きとめたもの」だった。詩ではなく奇術への傾倒、朔太郎伝説の一つだろう。
この文章の初出は、昭和十七年八月に出された雑誌『四季』第六十七号だ。これは「萩原朔太郎追悼号」である。掘のタイトルは、「萩原朔太郎年譜（未定稿）」となっている。詩人の境涯をたどって彼を追慕しようとしたものだ。
昭和五年(1930)年詩人の父が亡くなった。
父の死後、こんどは母、末妹、及び二兒とともに東京に定住する計畫を立てて、先づ妹と共に牛込區谷町にしばらく假寓した。そのうちに世田ヶ谷東北澤に家が見つかつたので、そこに母や二兒をも迎へた。
昭和六年の夏に東北沢に越してくる。ここがどこなのかは分からない。九月なって下北沢にすぐに転居する。「府下世田谷町下北沢野屋敷一〇〇八番地」だ。ここは分かる。堀辰雄は続ける。
かくて彼は齡五十に近くして漸く落著いた生活にはひることが出來た。
先づ、世田ヶ谷代田に彼自身の設計によつて新しい家を建てた。既に妹は詩人佐藤惣之助に嫁し、いまはただ何物にも拘束せられないで母や二兒と共に暮らすことを得るやうになつた。
それからながい間の懸案だつた個人雜誌を遂に出すことになつた。それにはいかにも彼らしい好みによつて「生理＊」といふ表題が選ばれた。創刊號には前述の「國定忠治の墓」その他一篇を發表し、又、「郷愁の詩人與謝蕪村」が連載された。
晩年の詩集『氷島』序で、詩人は、「著者は『永遠の漂泊者』であり、何所に宿るべき家郷も持たない」と述べた。が、自らが居住する家の設計を行い。完成後はここに住む。精神的にはもっとも安定していた時期だろう。
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2015年06月24日
下北沢Ｘ物語（2823）〜2015探検探訪三田用水�掘�
（一）昨日は、沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」だった。式典で翁長雄志知事は、沖縄全体の「反対の民意は示されており辺野古に新基地を作ることは困難だ」と述べた。拍手が鳴りやまなかったという。この根本には、国防が優先されるのか市民の安全が優先されるのかという問題がある。三田用水でも同様の問題があった。即ち、水問題だ。用水の水は国防を担う火薬製造を行っていた。海軍はこれを優先せよと強く主張した。ところが東京府は人々の命に関わる飲料水が減るからと頑なにこれを拒否した。
１８８１年（明治１４年）７月２９日東京府から玉川上水の水量が減少したので海軍分水口を塞ぐという通知が届き、翌８月５日解除になる。当時、火薬製造はまだ行われていなかったが、操業中に断水すると製品にならない場合もあることから、海軍省は「今回のように約２０日間降雨がないことで分水口をを閉鎖されては困る」と抗議した。これに対して東京府は市街飲料水が不足する時は、新設の海軍分水口をまず閉鎖するのが順番で、通知を前々日に出すと返答した。海軍省はこれにも抗議した。しかし、１８８９（明治２２）年１月９日玉川上水の水量の減少により、１月１２日より海軍分水口を三分塞ぎにするという連絡が出された。これを見ると、水不足のときは火薬製造という国家事業に対して、特別な措置はとられなかった。
小坂克信『近代化を支えた多摩川の水』 とうきゅう環境財団 ２０１２年刊
国防のための火薬製造も住民の飲料水を守るためにはこれを停止する。血の通った判断である。さらに言えばこういうこともあった。
１９０５（明治３８）年２月９日目黒火薬は、陸軍大臣を通して旧海軍分水口の移転を東京市に願い出る。当時は日露戦争中にもかかわらず時々減水するので、兵器弾薬の製造に支障が出る。戦局の要望に応じるために……（前出）
要望は出したがこれも東京府は断っている。兵器製造よりも住民の飲料水を最優先とするということでは一貫している。国防を口実に辺野古へに新基地を何が何でも作る。これに対して多くの沖縄の人々は反対している。基地負担が変わらなければ住民の安全性は保てない。根幹に触れる問題だ。が、国家は聴く耳をもたない。冷静に考えればやはり沖縄の言い分は正しい。過度に基地が集中している実情はやはり異常である、大きな不公平が存在しているといえる。
明治の日本人は気骨があった。軍がなんと言おうと拒んだ。三田用水は日本の近代化を支えたものだ。単に設備として用水ではなく、これを稼働させる考えや思想もこの歴史に学びたい。
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2015年06月22日
下北沢Ｘ物語（2822）〜2015探検探訪三田用水�供�
（一）用水は、生きて流れていて用足しをこそする。が、三田用水はほとんど模擬的にも生きていない。その痕跡をひたすら辿っていくだけだ。稀に境界石があったり、流れの痕跡が見つかったりもする。
「この家の庭にかつて三田用水が流れていました。」
渋谷猿楽町の朝倉家を訪れたときの説明だ。これを聞いて、国木田独歩の『わかれ』を思い出した。冒頭に「渠（かれ）が住む茅屋は丘の半腹にたちて美はしき庭これを囲み細き流れの北の方より走り来て庭を貫きたり」とある。庭の泉水として引き入れていたのだろう。が、引き込み水路と本流とではまるで違う。
こは渠が家の庭を流れてかの街を貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道の類ゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層多く、林を貫く辺は一直線に走りて薄暗きかなたより現われまた薄暗き林の木陰に隠れ去るなり。
多摩川から玉川上水を経て三田用水路を流れている本流だ。一メートル余の幅の水路を水が音を立てて流れている。通常の河川と違って真っ直ぐに流れる。人口河川にも風情がある。薄暗い雑木林の向こうに現れて、ごぼごぼと音をたてて今度はたもとの椎の木の向こうに流れて行く。
青年が見る川面の色合いの目というのがある。此方から彼方へと流れる水に自分の思いを写している。武蔵野に恋人を思う者だ。『わかれ』は「青年は恋を想い、人の世を想い、治子を想い、沙漠を想い、ウォーシスを想い、想いは想いをつらねて環り、深き哀しみより深き悲しみへと沈み入りぬ。」と。図星である。
水辺と恋と季節と色模様と少女、つぎの本文は美しい。
青年が落とせし楓の葉、流れて少女の手もと近く漂いゆくを、少女見て暫し流れ去るを打ちまもりしが急に手を伸ばして摘まみ、皿にのせて傍らに置きぬ。葉は水に湿いていよいよ紅に、真白の皿に置かれしさまは画めきて見ゆ。この時青年は少女の横顔の何者にか肖にたるように覚えしも思い出いださざりき。ただ耳より腮にかけし肉づきはかれの画心を惹く殊に深かりしのみ。 『武蔵野』岩波文庫版
三田用水はその流れもなくなった。が、この流れていた流れの跡には多くの男女が行き交っている。かの代官山だ。が、いかんせん、互いを写し出す水の鏡はない。かつての恋水物語と今の恋路物語、情趣や情緒は用水時代の方がある。
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2015年06月21日
下北沢Ｘ物語（2821）〜2015探検探訪三田用水〜
（一）「去年に引き続いての三田用水探訪、その二回目です。遠大な計画で、後何年掛かることやら、五年か？六年か？、その間に死んでしまうかもしれませんが、計画としては三田用水跡を徹底して探訪していきます。先生はお馴染みのきむらたかしさん、三田用水の調査研究に関してはこの方の右に出るものはいないのではないかと思います…」
昨日、１０７回目の街歩きをした、代官山駅に集まった。ここを乗降するのは若い男女だ。そこに集まった固まりはやはりどうみても異質だ。彼らの視線が集まる、何をするおじさん？おばさん？
まず正体不明の団体は猿楽分水を辿る。すぐに駅脇の痕跡に着く。水路に掛かっていた橋の痕跡「新坂橋欄干」に着く。あたりの雰囲気ががらりと変わっていた。このすぐ上にはついこの間まで踏み切りがあって、東横線の電車がひっきりなしに通っていた。が、地下鉄副都心線との相互乗り入れをするために線路は地下へ潜ってしまった。
この代官山は懐かしい町だ。かつてここの２５番地に若いときに住んでいたからだ。今でこそおしゃれな町として言われるが３，４０年前はしょぼい駅だった。中目黒方に真っ暗なトンネルがぽっかりと口を開けていて今にもタヌキが出て来そうだった。東横線の秘境駅だったが…
猿楽分水を辿って行って衝撃を受けた。
「橋がないぞ！」
山の手線を跨いでいた東横線鉄橋が跡形もなく取り払われていた。鴨長明『方丈記』を思い出していた。「昔ありし家はまれなり〜あるは大家ほろびて小家となる」、大鉄橋は滅んでしまって、小鉄橋があるか？何もないのである。あの鉄橋のないことが風景になっていた。そんなこと知るかよといわんばかりに人が通行している。
「渋谷方からは急曲線カーブで鉄橋に電車が接近してくるんだ。まず、くきぃんくきぃんという音が聞こえてくる。そして、青蛙のヘッドライトが鉄橋を照らす。この左には東横食品があった。屋上に大きなネオンがあっていつも黄色が切れていてじぃじぃじぃ音がするんだ。電車はすぐに鉄橋に掛かる、音でわかる。ぐだどんでんぐだどんでんというんだ。渡りきってスピードを上げる。もう一つガードがあって、どてかっちゃどてかっちゃと窓の光を振りまきながら走って行く…」
かつての思い出を書いてみた。が、今はそのガードも鉄橋も何もない。近代というのは破壊なのだと痛感したことだ。
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2015年06月19日
下北沢Ｘ物語（2820）〜駅を巡る小さな旅・上野、品川、渋谷〜
・駅と文化と文学を巡る旅、ＮＨＫ学園市川オープンスクール、春期講座「きむらけんの文学と駅を歩く」は昨日、渋谷駅のハチ公に着いて終わった。上野駅、品川駅、渋谷駅を巡る小さな旅であった。
（一）上野駅 駅を巡る旅、出発は、上野駅１５番線、頭端式ホームのはじから。啄木の「ふるさとの訛りなつかし」の歌碑が建っている。上野駅特有の匂いを求めて彼はここへきた。が、今は固有の、独特の匂いもない。
「急行『津軽』というのがありました。出発の三四時間前からもうホームに新聞紙敷いて待っているのです。酒盛りをするのですね、出稼ぎで帰るときの一つの儀式、旅の待ちを楽しんだのですね。カップ酒のビンが転がっていて…酒の匂いが漂っていましたね。彼らの会話は津軽弁…」
往時の光景が懐かしく蘇ってくる。が、上野駅には今は始発駅という面影はない。
「坂口安吾が言っていますね。『上野駅というものが、すでに雰囲気がちがっている。見送人の数が大変である。』、上野駅といえば見送り、太宰治の『列車』という作品はここでの見送りが話の中心になっています。『さようなら』の数日本一の駅ですね…そういえばここには特有の音がありました何でしょう？…『カラン コロンと／冬の夜の／新潟行の汽車が出る』（野口雨情・上野駅）、そうゲタの響きですね…」
文学作品にはここでの出発場面が出てくる。
「発車の時がせまった。遠く近く戸をたてる音、そのおさえ金をかける音などが聞こえる。」
志賀直哉『網走まで』の冒頭にもある。
上野駅の文学は数多い、紹介していると長くなる。やはり歩くことが一番、駅周辺をぐるりと巡って行く。山の方には直接行かず根岸側から回って行った。鶯谷でやっと跨線橋を越えて上野のお山へ。
「ここの片切り通しと文学、私の一番好きな話です。あのラブホテルのある辺りに子規庵があって、あそこで『夏の夜の音』を子規は書いています。病気で動けない歩けない身体、それで耳で旅をするのです。汽車の音がこの切り通しではよく響いたと思うのです…」
上野駅周辺巡りでのポイントは、上野公園だ。
「明治２３年、内国勧業博覧会がここで開かれたのです。そのときに日本初の電車がここで走ったのです。試験線作って走らせたのです。見物人はびっくりして、ある動作をしました、どうしたのでしょう？…腰をかがめてスカートの下をのぞきこんだのです」
不思議や不思議、何で動くのだろう。動物の足が見えるかと思っていたら鉄輪。
池之端の「水月ホテル鴎外荘」は、鴎外が「舞姫」を描いたところとされる。
「石炭をば早や積果てつ」の書き出し冒頭の切れの鋭さ。蒸気機関の動きにおける溜、そこに自我を見出しているところが素晴らしい。
上野駅周辺は文化が濃厚である。駅と文化を考える上での出発点としては申し分ない。
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2015年06月18日
下北沢Ｘ物語（2819）〜70年目の奇遇：隊長の手紙との出会い�掘�
（一）昭和２０年２月１０日、満州新京で特攻四隊が発足した。このうち二隊、武剋隊と武揚隊は松本飛行場に飛来した。爆装改修が手間取り一月余りをここで過ごすことになった。兄弟隊の命運は別れた。武剋隊は分散出撃、武揚隊は全員出撃した。隊長の裁量によるところが大きい。武剋隊先発隊の戦果は、報道では「十機よく十艦を屠つた殊勲の陸軍特別攻撃隊」と評された。この報を聞いた残留部隊は「よし俺らも！」と思った。武揚隊最後の壮行会での「淺間温泉望郷の歌」はどれほど高らかに歌われたか。
武剋隊後発組みと武揚隊は三月末に松本を発ち、九州新田原に着いた。この特攻二隊はともに誠隊。即ち第八飛行師団配属である。台湾に飛んでここから特攻出撃するはずだった。ところが沖縄戦が切迫してきた。まず武剋隊先発隊は熊本健軍飛行場から沖縄中飛行場を経て慶良間沖の米艦船に突撃した。
三月末、松本を遅れて発った二隊は新田原へ飛来してくる。台湾へ飛ぶとすれば遠回りとなる。が、松本にいた誠隊には新田原集結が伝えられていた。四月三日の日付で所属不明隊の小林三次郎さんが淺間温泉小柳の湯に佐土原から葉書を出している。「この手紙が着く頃にはきつと戦果が発表される」と。松本で爆装改修した隊に違いない。これも誠隊だろう。武剋隊前半も一旦は新田原に下りていて、ここから健軍に移っている。
四月初旬、誠隊、新田原集結は理由のあることだ。沖縄戦が切迫してきたことから第八航空師団は福澤丈夫参謀をここに派遣し、彼に指揮を執らせた。実際、彼の采配によって武剋隊後発組みは四月三日特攻出撃をしている。
一方武揚隊は、沖縄ヘの直行特攻を指示されることなく、原隊の第八航空師団へ行けとの命令を受ける。台湾へは直行できない。一端北上し、大陸に渡ってそしてまた海を越えてゆく。長丁場である。生憎この回送途中に米軍機に遭遇し、長谷川信中尉ほか二名が交戦戦死している。
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2015年06月16日
下北沢Ｘ物語（2818）〜70年目の奇遇：隊長の手紙との出会い�供�
（一） 昭和二十年三月末、武剋隊後発組みと武揚隊は相前後して浅間温泉を発った。三月二十七日未明、武剋隊先発隊が上げた戦果は大きく報道された。これに続く者たちはいきり立ち、勇み立った。出発は慌ただしかった。時枝軍曹出発については、手紙はこう記す。
三月下旬、基地へお立ちになるのを子供たち一同無限の思いひをこめてお送りいたしました。まもなく、ラヂオと新聞は、時枝様が沖縄の決戦場に偉大な功績をおたてになつたことを発表し、私共は感謝と感激につつまれ乍ら、時枝様と楽しくくらした一ヵ月の浅間生活をふりかへつたもつたいない思ひで一ぱいになりました。
三月十八日に千代の湯にいた六人のうち五人は先発隊として発った。ただ一人取り残された時枝軍曹は、「二〜三日して出発した」（浜館菊雄『学童集団疎開』）とある。これは「宿替えのために千代の湯を出た」ということだ。彼は、三月二十八日付けの葉書を千代の湯にいた松本明美さんに出している。各務原からのものだ。推測するに千代の湯を出たのが二十日前後に富貴之湯に移った。そして一週間ほどここにいて二十七日に浅間を発ってものと思われる。
千代の湯の学童たちが見送ったとすれば「基地へお立ちになる」のではなく宿替えの時である。彼は優しい顔立ちをしていて女子には人気があった。富貴之湯に移った後、ここで特攻隊員と女子学童とが写真を撮った。この写真の左上が彼だという。この写真はポスターに使われたり、ニュース画像でも使われたりして有名になった。私は取材の過程でこの写真に三度出あった。一番最初に出会ったのは、東大原小の疎開学童大田さんの家でだった。特攻隊員が六人写っているが他の五人の名は不明だ。
この写真の撮影時期は、時枝軍曹がいることからすると三月末だったと言える。他の隊員はどこの隊なのか不明だが、推測するに誠隊の者だと考えられる。すなわち第八航空師団所属ということだ。三月末、当地にいた誠隊はすべて新田原に飛んだ。ここで沖縄戦の指揮を執っていた参謀がいたからである。
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2015年06月15日
下北沢Ｘ物語（2817）〜70年目の奇遇：隊長の手紙との出会い〜
（一）何もかにもが奇遇だ。世田谷情報誌、先月号『セボネ』（五月号）の冒頭で、「もしも小田急線の開かずの踏切がなかったなら『北沢川文化遺産保存の会』はなかったかもしれません」と自分の言ったことを紹介している。中野区にある学校に自転車で通う途中、しばしばここで足止めを食った。このことが鉄道交点への関心を深めるきっかけとなった。踏切でのこの通行遮断がなかったなら近代戦争史の一端はめくられなかったろうと思う。
文化探訪の核はこの一帯でも最も歴史の古い学校、代沢小にスポットを当てたことから始まっている。我等の活動の形としての第一号はここに建った。「坂口安吾文学碑」である。これを巡っての情報調査、そして発信が巡り巡りって近代戦争史の陰に隠れている事実に行き着いた。
会は創設されて十年経った。その間の人と人との出会い、情報との邂逅、これが因縁の布として織られた。今年、長野県塩尻市郷原『郷福寺』で、「戦後７０年記念講演会」が予定されている。そのタイトルは『鉛筆部隊と特攻隊−郷福寺学寮歌がめくった近代戦争史の一ページ』である。一見しただけではまるで判じ物となるタイトルだ。が、掛け値なしにこの学寮歌の謎を解き明かす過程で闇の中に埋もれていた歴史事実が掘り起こされた。言えば、下北沢交番前、東北沢４号踏切で足止めを喰らったことが機縁となっている。比喩的に述べる、鉄道交点文化の濃厚さの一端が「開かずの踏切」によって開けられた。
戦時中、鉛筆部隊がいた。この形容は都市的だ。すなわち鉄道交点に居住した学童に向かって、知の伸ばし方を伝授した先生がいた。
「おーい、みんな、君らはまだ武器を取っては戦えない、代わりに鉛筆で戦うんだ、これを持ってどんどん書くのだよ」
書いて書いて書きまくれ、鉛筆を持ってどしどしこれを書いて戦えと指導したのがこの部隊の隊長である柳内達雄先生である。
交点因縁、因果は巡る、一昨日のことだ、この鉛筆部隊に関わる資料が届いた。これを送ってくれたのはかつての隊員だった田中幸子さんだ。ここに手紙の複写が同封されていた。なんと鉛筆部隊隊長、柳内達雄先生のものである。印象深いことは署名に「鉛筆部隊」の判子が捺してあったことだ。
この手紙の日付は、（昭和二十年）「五月十六日」となっている。７０年と一ヵ月前に書かれたものだ。鉛筆部隊の隊長が書いたものだ。柳内達雄先生が郷福寺の寮長、即ち、鉛筆部隊の学童を統率していたときのものだ。この宛名は、「時枝御一家様」となっている。つまりは、時枝宏軍曹の遺族に宛てたものだ。
彼は、誠第３２飛行隊・武剋隊の一員である。昭和二十年四月三日未明、宮崎県新田原飛行場を飛び立ち、沖縄沖に展開する米国艦船に特攻突撃をして戦死した。
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2015年06月13日
下北沢Ｘ物語（2816）〜「戦争と音楽」から戦争を考える�供�
（一）
一期は夢よ、ふと気づくと歳を重ねてきたと思う。この間、歩き歩いてこつこつと文化を掘り返してきた。大勢の古老と出会い、多くの話を聞いてきた。気づくと自分が古老級になっていた。生の歴史を渉猟し歩いてきた自分が為すべきことは語り部ではないかと。
「コトバとは何か？これは、ものさしであると同時にてがかりでもある。ここを面白がることだ。身の回りにある物や現象にどんどんことばをあてがう。例えば、向こうに山が見える。『あの山』となる、これに『は』をつける、すると疑問文が生まれる。『あの山は？』、調べる方法は幾らでもある。ここは埼玉だから西北にある山は、秩父の山だ。よく見ると連なっている、秩父の連山だ。『あの尖っている山は？』…なんでもいいわけだ。面白がってコトバをあてがって、『は』をつけて楽しむ…コトバをどしどし使う…」
昨日は、若者百五六十名を相手に語った。国家公務員の研修所での講義の一端だ。字義通りのコトバではなく、楽しいもの、面白いものとしてのコトバを語るようにしている。
自分の若いときは、遮二無二国語としてのコトバを伝えようとしていた。が、歳を重ねた今は、生きていくとっかかりとしてのコトバを伝えようとしている。コトバをどんどんあてがっていけば希望が見えてくると…
若者は悩み苦しむ、特に今の時代、社会が求めるものは厳しい。学校出たとたんに、面接官の前でプレゼンを強いられる。「あんた何ができるの？」と。社会は鷹揚さ、寛容さを失ってきている。若者の多くは今に生きる事に精一杯だ。
彼らは銃を持たないまでも生活闘争、勉学競争に生きている。ゆとりのある者はいない。もしかしたら外国との戦争になるかもしれない。そんなことは多くの若者にはぴんとこないものだ。平和というものは脆いものだということは大人は知っていても若者は知らない。いつも思い出すことがある。
「戦争はドンパチから始まるのではないのですよ。いいですか、トタン屋根に小石がぱらぱらっと落ちてくるのですよ。あれ何だろう？そう思っていると戦争が始まっていた。もうなんというかあれはね、さりげなくやってくるのですよ」
シンポジウムで妹尾河童さんが、こんなことを言っていた、これは忘れられない。
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2015年06月12日
下北沢Ｘ物語（2815）〜「戦争と音楽」から戦争を考える〜
（一）先頃、「戦争と音楽」というコンサートを聴きに行った。音楽には喚起力がある。演奏を聴きながらこれまでの様々な場面を思い浮かべた。
「早朝、皆実町の寮から御幸橋を通って本社まで駆け足行進していくのですよ。『若鷲の歌』を歌いながら、すると自分たちもお国のために戦っている思いが湧いてきましたね」
日の丸鉢巻きを締めて広島電鉄家政女学校の女生徒は懸命に頑張った。市内の足である電車運行を３００人もの彼女らが支えていた。
あの八月六日夜、この御幸橋を通って避難先である実践女学校まで隊列を作って市内を横断した。地獄絵図の中では声も出なかったという。この学校は九月に廃校となった。
「最後のお別れのとき椰子の実をみんなで歌いました。涙が出てきて止まりませんでした」
電鉄家政女学校の人から聞いた話だ。
もう一つ思い出すことがある。八月六日、爆心地に近いところには広島２中の生徒が建物疎開に動員されていた。爆弾が投下され一帯は火の海に包まれる。統率の先生は、「泳げる者は川を渡れ、泳げぬ者は君が代を歌って立派に死ね」と言った。瀕死の彼らはその君が代を歌って死んでいったという。
広島で教育研究大会があって原爆資料館を見学した。大会が始まるときに「起立、国家斉唱！」という号令が掛かった。素直に立って歌うことはできなかった。
『戦争と音楽』〜闇から光へ〜は、この六日サントリーホールで開かれた。これを企画したのは二十歳の女性である。この彼女は下北沢都民教会で開かれた第８回「戦争経験を聴く会・語る会」に参加していた。
「今日、この戦争経験の会に参加しようと思ったのは、本とか映画とかで戦争のことは知ってはいますがもう一つリアリティがないのです。そういうことから実際に体験された方のお話を聞いてみたかったからです。さっきのお話であったように戦争なんかもう思い出したくない、でも話して置かなくてはならないと言っておられましたが、そのような辛い体験を聞いただけでもいい体験となりました。でも、私の回りでは皆、あまり戦争のことには関心を持っていません。今、大きな話題となっているのは、戦争のことですね。もしかしたら戦争が起きてしまうかもしれないと思うのですが、その思っていることを話しても日本は平和だからとか言って…多くは関心がないのです。でも何も考えないでいるともしかして今の政治家の人たちが戦争ができるような国にしてしまうかもしれない。今日、ここで色んな方のお話を聞くことができて、戦争というものを身近に感じることができました…」
マイク握ったその彼女の名前は堀口利沙さん（２０）だ。これは2015年6月6日 の東京新聞の夕刊記事で知った。
彼女は会に参加したときにチラシを持って来ていて、近々サントリーホールで「戦争と音楽」というタイトルの音楽会があると言っていた。それが『戦争と音楽』だった。
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2015年06月10日
下北沢Ｘ物語（2814）〜北沢川文化遺産保存の会研究大会２〜
第１回 北沢川文化遺産保存の会研究大会
大会コンセプト 「北沢川流域の文化について」
共催 北沢川文化遺産保存の会 北沢小学校同窓会
北沢川文化遺産保存の会は、十年に亘り下北沢鉄道交点一帯の文化を調べたり、記録したりしてきた。その過程で温めてきた企画がある。文化に興味を持つ人が集まって情報を交換したり、発表したする場。スニーカーを履いて参加できる研究会を行うことだ。
今回、保存の会とは友好的な関係にある北沢小学校同窓会の協力を得てこの思いが実現することとな
った。市民誰もが参加できる研究会だ。文化は知を耕やして面白がること、参加してみませんか？
・開催日時 ８月１日１時３０分より 開場１時
・場所 北沢小学校ランチルーム(定員５０名）
・会費 資料代３００円
研究発表の題と発表者（題は仮）
〇北沢小学区域の文化的変遷 長谷川 慎一氏 北小同窓会会長
〇池の上の海外植民学校 松原 征男氏
〇三好達治の代田居住の意味 松山 信洋氏
〇世田谷吉良氏の系譜 木村 康伸氏
注：この主発表は持ち時間を２０分とし、その後、若干の質疑応答時間を設ける。
〇ポスターセッション 市民誰でも参加可
ちょこっとした発信を３分程度で発表、A3二枚程度にまとめ納涼会でも展示する。
*地域の文化を市民の誰でもが発表できるというコーナーである。
例、下北沢にあったポテトチップ工場の由来
よじれた四つ角にあった庚申塔について
代田十島寮の思い出
帝国音楽学校の記憶
懐かしいにおいメンマ工場
などなど近隣一帯の、知られざる文化を紹介する。多くの人に出て紹介してほしい。
納涼会の開催 当日、午後５時３０分より
場所 北沢タウンホール 第一集会室 会費 ３０００円
恒例の、納涼会である。お約束は、一品持参である。お菓子なり、手作りの何かなり、名産品なり、お酒なり、これを持参して面白おかしく紹介する。
出し物あり、手品があったり、ハーモニカがあったり、歌の披露があったり、ともあれ夏の宵の一時を楽しく過ごそうというものだ。ボリュームのある、いつもの信濃屋特製の豪華弁当がつく。「北沢川文化遺産保存の会研究会弁当」
研究会の参加（片方参加は可能）、納涼会の参加は７月２７日まで連絡のこと。
資料の部数と弁当の数に関係する。米澤邦頼まで ０９０−３５０１−７２７８
または、きむらけんへ、aoisigunal@hotmail.com 電話FAX03-3718-6498
〇ポスターセッション参加
これは誰でもできる。ぜひ参加してみませんか。この希望については早くから把握しておきたいので、きむらけんまでメールで申し込んでほしい。なお、研究会一般についての質問も当方で受け付けている。
〇パソコン内蔵のDVDが壊れていてこれを見ることができなかった。外付けのDVDがあることを教わってこれを今日求めた。懐かしい写真がごろごろ出てきた。２００９年３月２日、一番街大月菓子店閉店のがあった。
おばちゃんどうしているだろう。この踏切、悲劇の踏切だ。裏路地にあったゆえに子どもが轢かれ、大人が自殺していた。すっかりなくなった風景だ。
2015年06月09日
下北沢Ｘ物語（2813）〜北沢川文化遺産保存の会研究大会〜
（一）かねてからの企画があった、スニーカー履きで気軽に市民が参加して文化を論じる会である。今回、長く友好関係にある「北沢小学校同窓会」の協力を得て、この「北沢川文化遺産保存の会」の研究大会を８月１日に開くことにした。大会コンセプトは「北沢川流域の文化」である。淀橋台南端の縁には数多く沢がある。その一つ一つに興味深い文化が眠っている。それらを会結成以来面白がっては耕してきた。今回はこれらを話題に供して楽しもうというものだ。
国木田独歩『武蔵野』の「特点」は都鄙境にある。「大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とが此処で落合って、緩やかにうずを巻いている」と。伝えの核心部である。まさにその箇所が私達が十年に亘って渉猟してきた領域である。「北沢川文化遺産保存の会」がフィールドワークをしてきた場だ。その場の核となる世田谷代田、ここに住んだ昭和期を代表する詩人三好達治は、彼の住むところを場末と呼んだ。物語が湧き出るところだ。
独歩は、都市と田園との境に「哀れの深い物語」が渦巻いていると述べた。因縁といえば因縁だ、彼の孫は著名な映画俳優だったが北沢川の支流のそばにあるアパートでひっそりと息を引き取っている。
「北沢川流域の文化」は、奥深い。哀れ深い、知られざる物語がひっそりと眠っている。それが地形や水路がらみで存在するゆえに心にくい。
下北沢野屋敷、淀橋台から派生した舌状台地にある。地形の起伏が複雑だ。ここの懐に文学や芸術が生まれている。この谷の上に住んでいたのが歌人の尾山篤二郎であり、高須光治である。前者は「北沢」を枕詞として歌を詠みもした。後者は、歌人が住んだ家からの風景を「下北沢風景」として描いている。短歌にせよ、絵画にせよ。地形因縁が深い。
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2015年06月07日
下北沢Ｘ物語（2812）〜戦後70周年記念講演会＆コンサート�供�
（一）戦争になれば人間は醜悪さをさらけ出す。誰がどうなろうと構ったことではない。善悪の見境はつかなくなる。個々人は追い込まれて死ぬのが当たり前と思うようにもなる。往時の中学生は、「人生２５年、どうせ死ぬなら軍人になって撃ちまくって華々しく死ぬ」のが理想。平和が破綻すると人はやぶれかぶれにもなる。
淺間温泉の旅館には世田谷から七校２５００名ほどの学童が疎開していた。が、ここから退去せざるを得なくなった、再疎開である。理由は松本市内に近く空襲の危険が増したからと。が、実情は違う、「戦況の不利とは、逆比例的に、軍人の往来が激しくなり、何工場慰安会なるものが、連日の宴会でどんちゃん騒ぎを演ずることが、目にあまるようになった」（浜館菊雄『学童集団疎開』）とある。太平洋側にあった軍需工場が疎開してきて兵員や工場の宿舎が不足してきたことが大きい。
子どもの目の前を美食のお膳が素通りしていく。「これはまったく残酷な拷問だった」（同著）、酔っ払えば卑猥な歌をうたう、子どもをからかう、人間の醜悪さだ。空襲で何人死のうとも、沖縄が艦砲射撃を受けて瀕死の状態にあろうとも大人は顧慮しない。
戦争になれば大人は醜悪になる。疎開学童の引率者にも悪辣な者もいて、学童への差し入れを横取りし、学童を虐め、酒を喰らっては寮母を追っ掛け回すようなやからもいた。何十年もの間、その担当教員を「殺してやりたい」と憎しみを抱いていた人がいた。「その人も死にましたけどね」と山崎国民学校の疎開学童だった人から聞いた。
昭和二十年、戦況が不利になってきて疎開学童は再疎開を余儀なくされた。代沢国民学校の立川裕子さん、その再疎開先について「四月十日ごろに塩じりのへんの廣岡といふ村の（きやうふく寺）というお寺ださうです。明治天皇の様のおとまりになったお部屋があるさうです」と記している。明治１３年（1881）、明治天皇御巡幸の時、御小休所となったことをさしている。
その郷福寺は、今年創建四百年を迎える。その記念行事の一環として記念イベントが催される。その一つが、「戦後７０年記念講演会」である。これのタイトルが、「鉛筆部隊と特攻隊−郷福寺学寮歌がめくった戦争近代の一ページ−」だ。そうここの学寮歌が思いがけず戦争近代の一ページを紐解いた。巡り巡って「淺間温泉望郷の歌」まで掘り起こしてしまった。もともと戦争の歴史を紐解こうとは思ってもいないことだった。
が、鉛筆部隊の面々が手に手に持った鉛筆のとがった芯は、歴史という古びた紙に穴を開けた。近代戦争史の知られざる事実を明らかにする結果となった。
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2015年06月06日
下北沢Ｘ物語（2811）〜戦後70周年記念講演会＆コンサート〜
（一） 近代戦争史の歴史の一齣が、歌によってめくられた。機縁因縁である。先頃、〜戦後７０周年記念〜「第８回戦争経験を聴く会・語る会」を下北沢東京都民教会で開いた。このときに誠第３１飛行隊・武揚隊の愛唱歌が作曲家 明石隼汰さんによって７０年ぶりに復元演奏された。これがまた今度は、地元で蘇る。９月１３日に長野県塩尻市の郷福寺で「戦後70周年記念講演会＆コンサート」が開催される。ここではオペラ歌手柳澤章子さんによってソプラノで歌われる。教会から寺へ、宗派を超えてこの歌物語は広がりをみせていく。
先の戦争経験を聴く会では、作曲家 明石隼汰さんの発案で、最後の締めくくりとして彼がピアノを弾いて、全員で「ふるさと」を歌った。
「私は福島出身です。とくに原発事故以来、故郷というものの大事さが身に染みて思われるようになりました。武揚隊の隊員、長谷川信も出身は福島です。猪苗代湖畔には彼の碑が建っています。彼もここへ帰ってきたかったろう。他の特攻隊員も望郷の思いは皆一緒です。彼らへの『鎮魂』の意味を込めて『ふるさと』を歌いましょう…」
「ふるさと」であれ、望郷歌であれ、これらを唱うに当たっては、人の目には見えない機縁因縁が働いているのだろうと思った。つい先頃、講演会の主催者である郷福寺住職の、白馬義文住職から頂いた手紙にはこうあった。
最後に会場の皆さんと沖縄に特攻された武揚隊の方々をはじめ、この戦争で犠牲になられた多くの戦没者の方々の慰霊法要を般若心経を唱えて供養し、あわせて二度と戦争を繰り返さない、多くの犠牲の上に今の平和と繁栄があることに感謝し不戦の願いを込めて講演会を終了したいと思います。
霊魂は地に宿る。土地土地、固有の景色がある。遠くから飛来してきた彼らには松本平の景色は格別だった。アルプスの屏風は単に風景の美しさではない。虎の子の機体を守ってくれる自然の砦だった。四十日の滞在はその心の安定もあった。ゆえに余計に土地に思いを残している。その彼らの思いを鎮めるための慰霊法要だ。戦後７０年経っての鎮魂というのもより深い意味がある、と思った。
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2015年06月04日
下北沢Ｘ物語（2810）〜想像力と伝声管と特攻兵�掘�
（一）武剋隊や武揚隊は満州新京からの飛来組みである。当初計画では各務原に下りて爆装改修する予定だった。昭和２０年２月１８日、武剋隊はここに着いた。が、内陸部に進路を変えた。広森栄晃隊長は、「名古屋の空襲が激しく、各務原に危機が及ぶのを察した広森隊長は、長野の松本飛行場で爆装する決心をされ」（『開門岳』飯尾憲士 集英社）たという。
飛来時期と重なる名古屋焼夷弾爆撃は、２０年２月１５日である。小規模のものを含めこの前後にB29の襲来を受けていることから空襲の危険を広森隊長が判断して松本での爆装改修に変更したという。
広森機に同乗していたは整備兵がこれを記している。が、各務原での爆装断念は隊長個人の判断ではない。前年暮れの米軍の爆撃、東南海地震の影響で飛行機工場群は相当な被害を受けていた。これによって工場疎開が行われた。太平洋側は制空権も握られ危ない。
内陸部への移動は軍の判断とみていい。松本への進路変更は武剋隊だけではない。武揚隊もそうだ。その他、多くの特攻機が松本へ爆装改修にきている。小柳の湯の隊は、新京で集結した隊ではないが、満州から機体の爆装改修にきていた。太平洋側ではムリだからそれで内陸松本に彼らは指令基づいてきていた。隊長個人の判断ではなく軍の指令だった。具体的には誠隊を統括する第八航空師団である。
淺間に飛来してきた戦闘機は、まずは爆装改修を行う。無線機などの部品を外して機体を軽くして長距離爆撃に耐えられるようにする。到着した翌日から作業は行われたようだ。「翌日より特攻機に改装整備にと、毎日松本飛行場に電車汽車で通いました。小生は全機の機関の責任者でありましたので、隊長と二人で試験飛行と機関の調整に毎日過ごしたわけけです」
これはわたしが手に入れた整備班班長の今野喜代人さんの手紙に書いてあった。地上に辿り着いて整備兵は大変だった。隊員と汗まみれに油まみれになって機の調整に励んだ。
気持ちとしては自身が手がけた愛機は愛しい。一心同体の気持ちでしまいには同乗して突っこもうと思っていた。が、広森隊長はそれをたしなめた。
特攻兵と整備兵とでは違う。後者を世話していた女中さんは彼らを頭から特攻兵だと信じていた。特別なごちそうも出したという。その彼らは整備兵だと分かったが、彼女は信じなかったという。
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2015年06月03日
下北沢Ｘ物語（2809）〜想像力と伝声管と特攻兵�供�
（一）誠第３１飛行隊は波乱に満ちた隊だ。単に彼らの運命だけに留まらない。生きているわたしたちとの接点が数多くある。７０年経過しての武揚隊愛唱歌の復活もその一つだ。この隊の一人、「きけわたつみのこえ」の長谷川信の手記、彼の鮮烈なコトバも今もなお生き続けている。
武揚隊の事績の記録は断片的だ。が、その欠片も時の経過とともに集まってきている。これら逸話の総合化は望まれるところだ。これまでにない物語になるであろう。
彼ら一人一人にスポットを当てながら追っていくと悲劇の特攻隊の姿が次第に明らかになっていく。兄弟隊の武剋隊は戦史に記されるほど華やかだった。が、武揚隊は地味だ。それゆえに惹かれる。傍流だったゆえにその記録はひっそりと静かに存在する。
先年、九州宮崎神宮に赴いたところ、武揚隊隊長山本薫中尉の特徴ある墨痕が記録に残されていた。戦勝祈願に訪れた。そして、彼らはこの後、新田原飛行場から台湾に向けて飛び立った。
『悲運の飛行隊、武揚隊の行方を追う』は、ノンフィクションのテーマとしては魅力的である。全体の流れ、そして個々人の逸話を入れると貴重な記録にもなる。
時が経つと情報は消えていく。が、熟成していく情報もある。彼らの肖像写真に写った飛行帽、これに伝声管がついていた。これが想像を刺激した。改めて、これまでの資料を点検したことだ。
武揚隊の資料については、取材中に新資料が見つかった。この所在を知らせてこられたのが安曇野市の丸山修さんである。高山宝子さんの遺品である。彼女が持っていた和綴じ帳には武揚隊のほとんどが揮毫をしていた。
これの解読については『鉛筆部隊と特攻隊』に載せた。伝声管の発見を発端にしてこれらを改めて点検した。すると一つの大きな疑問にぶつかった。
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2015年06月01日
下北沢Ｘ物語（2808）〜想像力と伝声管と特攻兵〜
（一）「コトバはイミの一部を表面にのぞかせているに過ぎない。この背後に隠されているものを考える、想像する、すると見えないものが見えてくる。例えば、『ああ青森駅』と言った場合、どんな情景が浮かんで来るか？」
「行ったことがないのですよ」
若い研修生がこたえた。
「行っていなくてもいいのだよ。列車が駅に着いて出会うだろう光景を想像するんだ」
「土地の人が青森弁を話していた」
「そうそれだ。駅に着いたら聞こえてきたのは津軽弁、いいねえ」
「つぎの人はどうだろう」
「雪がしんしんと降っていた」
「なるほどそれもいいね。つぎの人は？」
「僕もいったことないんですよ」
「いいんだよ。想像なんだから、それで駅についたら向こうに何が見える」
「海です」
「そうそう終着駅の向こうには海が広がっているばかり。津軽海峡だね……。『ああ青森駅』には、着いたときの感嘆が読み取れる。『ああ遠くにきたんだなあ』と思う。それが『ああ』にこめられたイミだ…これは一つの例だ、このようにしてコトバを手掛かりに想像を働かせるんだよ。人間、想像力あらばこそ人間なんだよ…」
「いいか、今度は作品を示す、これから浮かぶ情景を想像するんだ。『炎天にレールまつすぐ』というものだ。これはどうだ？」
「線路がどこまでもずっと延びています」
女子研修生がこたえる。
「つぎの人はどうだ…」
「う〜ん？」
「いいか、線路があるだろう。その上に何がある？」
「空！」、「じゃあ、その空の色は？」、「青」「他の色もあるだろう？」「白！」「それだよな。青い空に入道雲が湧いている。景色、風景が立体的になってくる。つぎの人、線路に太陽が降り注ぐとどうなる？」「熱せられて熱くなる」、「そしたらどうなるんだ。その表面は」、「ああ、熱くなって陽炎が立つ」、「そうそれだよ」
たった十文字の言葉を手掛かりに、この背後に潜むドラマを紐解いていく。
「炎天下に延びているレール、そしてその脇をぽこぽこと歩いている作者が想像できればいいのです。作者は種田山頭火です。流浪の俳人ですね。作者が分からなくてもいい。歩いている作者がイメージできるとこの十文字の背後に隠されている世界がくっきりと浮かんでくる」
夏の盛りだ。自分の目の前には真っ直ぐなレールがどこまでも延びている。その果ての青い空には入道雲が湧いている。炎天下私は陽炎のゆらめく線路に沿ってほこりっぽい白い道を歩いていったことよ。
想像力を高めることを狙いとした授業だ。若い百数十名の国家公務員研修生に語った。
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