2005年08月03日
下北沢Ｘ物語（３２０）〜通りの片隅の人間観察学〜
下北沢「駅前食品市場」の話である。通りの片隅から見た鋭い人間観察である。
茶と海苔の老舗「高村園」のご主人から話を伺った。お店は父親の代の昭和二十一年に開店したそうだ。彼はこの店の二階で昭和２５年（１９５０）に生まれた。下北生まれの下北育ちである。街の変化をずっと眺め続けて来た人である。市場の奥まったところの角にある店だ。古くからの人はここでしかお茶を買わない。これは他のところでの聴き書きで知ったことである。
じつは高村園さんから、話を聞いたのはだいぶ前だった。いままでにない非常に興味深い話であった。それは一言でいうと通りの片隅から見た鋭い人間観察である。思いがけない話であっただけに、どう整理しようかと思い悩んでいた。そのうちに時間が経ってしまった。
高村園さんは父親から店を継いで、そして、今日に至っている。自分の生活空間はこの通路だったという。もちろん、家はお茶屋さんである。山北茶の新茶が入ってくれば、初夏を嗅覚に感じはした。けれども、彼にとっての社会は二メートル半の通路だった。そこを通る人が彼にとっては外界であった。小さな包まれた空間にいて人をずっと眺めてきた。
長年一つ仕事をしているとささいなことから本筋を読むことができるようになる。例えば、長年線路の補修をし続けてきた人は線路のかすかな変化を通してゆがみが見える。
「おい、枕木番号８９３，そこのところ二ミリばっかり狂っているぞ」と彼は言う。部下が、スケールを持ってきてそれを当てる。
「ぴったり二ミリ狂っています」
手練れの言うとおりだった。代田一丁目近辺のレンズ磨きの職人の中にもそういう人がいまでもいるように思う。
「おい、枕木番号８９３，そこのところ二ミリばっかり狂っているぞ」と彼は言う。部下が、スケールを持ってきてそれを当てる。
「ぴったり二ミリ狂っています」
手練れの言うとおりだった。代田一丁目近辺のレンズ磨きの職人の中にもそういう人がいまでもいるように思う。
長年に渡って通路を見てきた高村園さんには人が見えるようだ。通路の片隅にいて外界を運んでくるのは人が身につけているもの、服装、持ち物、履き物である。そればかりではない、髪型、表情、歩き方、持ち物なども情報材料である。
滴を滴らせた傘から雨の降り具合を、服装の色合いからものの流行を知った。足音からもよく分かる。この頃、雪駄を履いている若い人がいる。けれども音聞くと、履き方知らないなと彼は感じている。引きずらないで切れ味よい足音を立てていくのがあの履き物の特徴だ。それなのにずるずると音を立てている。時には左右で音が違うとも言う。
「店開けてから閉めるまでずっと通行人を見ているわけでしょう。前は見ていて飽きませんでしたよ。自分が楽しかったですね。けれどもこの頃は楽しくありません。十年ぐらい前から人が変わって来ましたね。人間の質が変わってきたように思います。こうなんていうのかな、普通だったら赤い色の血が流れていると思いますよね。でも、この頃は、この人紫色の血が流れているのじゃないかって思うような人もいますね。前はね、通る人に活力がありましたね。それをもらって自分もうきうきしてました。嬉しかったように思うのですよ。気持ちが弾むような感じはすっかりなくなってしまいましたね。北沢もおしまいだなぁって感じは持ちますよ。そうですね、地元の人が少なくなってきて、外からの人が多くなったということもありますね」
幅２メートルほどの通りが自分の世界だったという話は真実性に満ちていた。社会の変化を通行人を通して見ていたというところが意外であった。部分から全体は想像できるものである。この頃の若い人たちの心の重心がずれているというようなことも高村園さんは言っていたように思う。
駅前食品市場、華やかだった時代からすると、今は寂しい。それでも人が通る。高村園さんは通る人を見て、心持ちまでおおよそがわかる。今日の時代状況も読んでいるのかもしれない。先行き不透明な時代が若者、彼らの足音にかすかに響いている、そんなことをも思った。 （写真は駅前食品市場通路）
