2005年08月07日
下北沢X物語（３２３）〜焼け残った街下北沢（上）〜
数日前のことである、笹塚の「紀伊国屋書店」で「海野十三敗戦日記」（中公文庫）を購入した。その脚で、帰る途中、若林の彼の居宅跡まで行ってみた。当該番地に行き着いて表札を見ると「佐野」となっている。が、思いめぐらして彼の本名が佐野であったことに気づいて安心した。
緑の濃い丘の上に家はあった。探偵小説、科学小説作家、海野十三は若林や代田の丘で繰り広げられる空中戦や空襲の有り様をつぶさに日記に書き記している。科学的に対象を観察しているところはさすがだ。原爆投下後、三日後の八月九日にはもう爆弾の正体に触れている。新型爆弾の熱線と爆風の威力を述べている。五月二十四日、二十五日の山の手空襲についても克明に記録している。鉄道交点周辺のウオッチャーの一人でもあった。彼の日記の九月九日にはこうある。
緑の濃い丘の上に家はあった。探偵小説、科学小説作家、海野十三は若林や代田の丘で繰り広げられる空中戦や空襲の有り様をつぶさに日記に書き記している。科学的に対象を観察しているところはさすがだ。原爆投下後、三日後の八月九日にはもう爆弾の正体に触れている。新型爆弾の熱線と爆風の威力を述べている。五月二十四日、二十五日の山の手空襲についても克明に記録している。鉄道交点周辺のウオッチャーの一人でもあった。彼の日記の九月九日にはこうある。
○昨八日、米軍初めて帝都内に進駐す。米大使館をはじめ、代々木練兵場、麻布三連隊なり。 「海野十三敗戦日記」（中公文庫） ２００５年７月刊
終戦から間もないころ、帝都へ侵攻する米軍列車を下北沢２号踏切わきで見た少年がいた。銃を構えた列車がゆっくりと新宿方向に去っていった。海野の日記からすると、９月８日ということになる。が、列車はどこへ行ったのだろうか。かつて東北沢を過ぎた右手に砂利側線があった。昼間その跡に行ってみた。高架になった線路に沿ってマンションが建っていた。かつての敷地の一部だと思われた。
運んできた砂利を下ろす貨物線がここにあった。電気機関車は米兵をここまで運んできたとも考えられる。あるいは参宮橋駅まで行ってそこで兵隊を下ろせば、代々木練兵場はすぐである。騎兵師団の目的地はここであった。
運んできた砂利を下ろす貨物線がここにあった。電気機関車は米兵をここまで運んできたとも考えられる。あるいは参宮橋駅まで行ってそこで兵隊を下ろせば、代々木練兵場はすぐである。騎兵師団の目的地はここであった。
陸軍代々木練兵場はアメリカ軍に接収され、そこが米軍キャンプ地となった。が、兵員を収容する施設が充分でなかった。それで近隣の焼け残った地域が米軍に接収されたり、借り上げられたりした。森茉莉の小説のつぎの一節は、そういう戦後事情を言い表している。
東上原の奥の、終戦の頃には米将校の車が毎晩のように止まっていた、或る斜陽族の別宅を改造した旅館の一室で三晩宿っていたギドウは、平常自分の倦怠を覚らせまいとして、既う夫婦のようなものだと、暗に倦怠のあるのが当然なことを報らせてはいたが、大体が演技に充ちた逢いびきに、疲れていた。
「恋人たちの森」森茉莉 新潮文庫 昭和五十年刊
「恋人たちの森」森茉莉 新潮文庫 昭和五十年刊
ギドウが植田邦子という,人の奥さんと逢い引きする、その場所がさりげなく記される。森茉莉の小説舞台は半分がフィクションで半分がリアルである。ここに引いた一節は後者であろうと思ってここにも行ってみた。上原はあるが、東上原はない。地元の人もそういう呼び方はしないと言った。もっとも東よりの上原は一丁目となる。山手通りに近くなって奥でなくなる。逢い引きの場所としては今一つ納得できない。
多分、下北沢「風月堂」辺りに行っていたときに森茉莉が聞いた話であろう。
多分、下北沢「風月堂」辺りに行っていたときに森茉莉が聞いた話であろう。
「上原のさ、こっち側の東の奥にさ、広いお屋敷があるじゃない。あそこにさ、アメチャンの将校のキャデラックいつも止まっているんだから、逢い引きだわね、うふふ‥‥」
これは自分の想像である。そこは北沢から見ると東、堀向こうである。玉川上水を越えた向こう、つまり、現在の地名では渋谷区大山町である。大山は、松濤と並ぶ超高級邸宅街である。かつては大山園、松濤園と言った。渋谷区教育委員会が出している「語り継ごう 平和の尊さ」には渋谷区戦災図が載っている。これを見ると松濤と大山は焼け残ったようだ。
森茉莉の描いた「東上原の奥」は大山であろう。そこには将校向けの隠れ宿があった。高級将校がハイクラスの娼婦と逢い引きしていたところである。恐らく大山町のお屋敷は米軍が借り上げるか、接収するかして将校用の住居として使わせていたものと思われる。この大山町の南は上原である。さらに行くと近代文学館のある「駒場公園」となる。
ここはかつての前田侯爵邸で米軍に接収されて空軍司令官の官邸として使われていたという。そのことをメールで知らせてくれたのが、このブログ読者の「じゃらん」さんだった。さっそくに昼間そこを見学してきた（写真：旧前田侯爵邸洋館）。もらったパンフレットには「戦後一時、この建物はアメリカ極東軍司令官の官邸として接収され」たとある。
