2005年08月14日
下北沢Ｘ物語（３３０）〜下北沢のメゾン・ドゥ・ゲテ〜
宇野浩二、正宗白鳥、田中英光らは下北沢の連れ込み旅館「名月」を利用した。そこで作品を創り出したり、編んだりした。田中英光は太宰治の墓前で自殺した無頼派作家である。水上勉は下北沢の駅前の焼酎を売る屋台でその彼とよく飲んだ。（「私版 東京図絵」水上勉による）
旅館「名月」については何人かの人に聞いたがその所在はつかめないでいる。けれども代用旅館という例は下北沢では珍しくない。焼け残りの家の活用法であった。例えば、北沢一丁目４０番の「晴光園」もそうである。ここは紀行作家、宮脇俊三のかつての家であったところだ。
下北沢のしもたや改造旅館は文学に因縁が深い。「名月」に「晴光園」、そして、「かたばみ荘」もである。これについては森茉莉が記している。
鮨屋と鮨屋の向いの焼鳥屋（この店は親友の萩原葉子がつねに「寄ろうか」、或いは「買っていこうか」と言い、「やめとこう」と呟くところの店で、六時ごろから世田谷区北沢周辺に住む父ちゃん、兄ちゃん、サラリーマンの諸兄で満員となる、冬になると薄赤い誘惑的な店である）との間に、どこへ行くのかわからない細い道があり（どこへ行くのか今もってわからないが、そこをまがると「かたばみ荘」という、枕が二つずつある寝台の部屋が幾つかあるメゾン・ドゥ・ゲテがある、ということは、この間おかしな偶然の機会から知ったのであるが）、焼鳥屋と対角の団子屋と石地蔵の祠のある角とで出来た、よじれたような四つ角が、下北沢商店街の終りであって、そこでマリアの帰り道の風景が一区切りになっているためらしい。
貧乏サラヴァン 森茉莉全集 ３ 筑摩書房刊 １９９３年９月
なお、全集注解にはこうある。
「ミセス」昭和四十年六月号＜私の贅沢貧乏＞（初出題名「料理の話」）
貧乏サラヴァン 森茉莉全集 ３ 筑摩書房刊 １９９３年９月
なお、全集注解にはこうある。
「ミセス」昭和四十年六月号＜私の贅沢貧乏＞（初出題名「料理の話」）
森茉莉は今の下北沢「王将」前あたりの代沢五差路あたりのことを述べている。「よじれた四つ角」という表現は巧みである。一帯の路地は、よじれ、ねじれ、ゆがんでいる。下北沢の路地の特徴である。
文学は表現が巧みである。森茉莉は路地の「よじれ」を言い、清水博子は小説「町の座標」で線路の「ひしゃげ」た様を指摘している。路地はよじれていて、線路はひしゃげている。直線でないところに文化は宿る。ゆがみ、よじれは人の温もりでもある。
萩原葉子が買おうか買うまいかとためらった焼き鳥屋は「さかえ」だと聞いた。その前の路地を入っていくと右に左に曲折していって、結局は小田急線の下北沢２号踏切にたどりつく。このゆがみは道に沿った「だいだらぼっち川」（仮称）に影響されてのことだ。もちろんその流路はいまは暗渠化されている。
森茉莉は踏切へ行く道を途中、今の「東邦銀行北沢寮」の角を右に曲がった。そして、路地裏を駅方向に行ったに違いない。するとジャズ喫茶「マサコ」の前に出る。そのすぐ脇が「かたばみ荘」であった。
「ええっとね、今のダイエーの裏あたりは何もなかったですね。ずっと先は山でしたからね。ああ、『マサコ』はありましたね。そこと小田急線路際に『かたばみ荘』はありました。当時は二階屋で、出入り口が何カ所かあって、線路脇から入れました。連れ込み風でしたね」
お茶屋の高村園さんが教えてくれた。その「かたばみ荘」にはビルが建ち、今はラブホテル「レフア」となっている。グルメシティ、ダイエーの裏に当たる。このダイエーは映画館「エトワール」であった。ここではピンク映画を上映していた。大月さんからもらった下北沢と出会う雑誌「ミスアティコ」には「『大都会のピンク地帯』と呼ばれた頃の下北沢を妖しく牽引していたのがここだった」とあった。
森茉莉はふとした好奇心から庚申塔脇の裏路地に入った。細い道を行くうちに思いがけなくも「かたばみ荘」と書かれた旅館に行き当たった。彼女は自分の作品のギドウとパウロを思った。が、彼等の逢瀬の場所としては、ちょっと落ちる、そう思って彼女はそこを離れた。（写真右はダイエーの裏の路地を撮ったもの）
森茉莉はふとした好奇心から庚申塔脇の裏路地に入った。細い道を行くうちに思いがけなくも「かたばみ荘」と書かれた旅館に行き当たった。彼女は自分の作品のギドウとパウロを思った。が、彼等の逢瀬の場所としては、ちょっと落ちる、そう思って彼女はそこを離れた。（写真右はダイエーの裏の路地を撮ったもの）
