2005年08月20日
下北沢X物語(335)〜夏・代沢を巡る自転車紀行(下)〜
「東京大空襲・戦災誌」は労作である。貴重な得難い本である。この第4巻に作家、橋本英吉の日記が載っている。「五分間の幸福」と題され、副題は「『終戦日記』より」となっている。この文章の解説に、「二○年、世田谷区上北沢にあった、(横光利一の疎開していた)家にとどまり、『富士山頂』の完成に取り組む。」とある。
上北沢と記してあるが、「北沢二丁目145番地」である。昭和二十年横光利一は、家族を疎開させた後、橋本英吉とここで自炊生活をしていた。が、六月に婦人の郷里の山形に疎開した。その間の事情は、横光作品「夜の靴」に詳しい。
代沢の丘で横光利一の留守宅を一人守っていたのは作家の橋本英吉である。彼は、昭和二十年八月十五日、終戦をここで迎えた。そのときの様子を記している。
十二時。アナウンサーは宮内省の役人らしい。この人も声がふるえて意味がよくわからない。すぐ天皇の声。澄んだよくとおる声だが、抑揚はノリト調そっくりであった。ひとりでに油汗が額ににじむ。軒では雀が雨樋を歩く足音、コブシの枝が天を指している。物音が絶えた不思議な静けさ。
アナウンサーが乱れ、舌がもつれたり、行き詰まったり。誰か、近所の奥さんが泣いているようだ。「死んだものが可愛そうだ。」露地を歩く人の声。
アナウンサーが乱れ、舌がもつれたり、行き詰まったり。誰か、近所の奥さんが泣いているようだ。「死んだものが可愛そうだ。」露地を歩く人の声。
横光邸は路地に面している。緑の多い静かな住宅街である。人の声は響いて聞こえる。今はお孫さんが家には住んでいるという。見越しの松と石畳は昔のままである。この石畳を歩いてくる足音でその人の用件を言い当てたと作品「微笑」にはある。松の見えるところでしばらく立ち止まった。
八月十五日、真夏の代沢の丘の静けさがひときわ身に染みて感じられる文章だ。雑音混じりの玉音放送、ラジオから流れてくるノリト調、クックックックとブリキの樋を歩く雀の足音、蝉の音が丘の下の北沢八幡宮の方から聞こえてくる。この日の最後を彼はこう締めくくっている。
味方の飛行機が三機、新宿の方向に飛んで行った。空虚な空。あの物凄い艦載機の低空飛行もやんだ。すると燕の飛行が不思議に眼につき初めた。燕はまだ東京に居たのか。なんでもいい。肥料用、大豆のカスでもいいから腹いっぱいたべたい。
夜、サーチライトが二本、曇った空に光の輪を描いていた。
夜、サーチライトが二本、曇った空に光の輪を描いていた。
代沢の戦争は静かに終わった。戦の始まりはおどろおどろしく、終わりはあっけない。感情を述べないで彼は淡々と描写に徹している。虚ろさ、空虚、静寂がそれから伝わってくる。
終戦は人の感覚まで変える、空に対する神経は飛行機に集中していた。大型の重爆撃機B29や艦載機P51であった。が、それもこない。味方の戦闘機も戦が終わってみると間が抜けている。と、ふと頭上を横切るものがある。見ると、ツバメだった。東京にまだツバメはいるという新鮮な感覚、小さな生き物の存在を彼は知った。それは希望である。彼は執筆している「富士山頂」を書き上げようと思った。
終戦は人の感覚まで変える、空に対する神経は飛行機に集中していた。大型の重爆撃機B29や艦載機P51であった。が、それもこない。味方の戦闘機も戦が終わってみると間が抜けている。と、ふと頭上を横切るものがある。見ると、ツバメだった。東京にまだツバメはいるという新鮮な感覚、小さな生き物の存在を彼は知った。それは希望である。彼は執筆している「富士山頂」を書き上げようと思った。
終戦、それは終わりでもあり、始まりでもあった。
横光邸の北東百数十メートルのところにある杉山元帥邸も静まり返っていた。玉音放送を聞き終わった元帥の妻、啓子は「くるべきときがきた」と思った。箪笥の奥にしまい込んでいた短刀を彼女はそっと取りだす。
生への希望、生への絶望、代沢の丘の物語である。
横光邸の北東百数十メートルのところにある杉山元帥邸も静まり返っていた。玉音放送を聞き終わった元帥の妻、啓子は「くるべきときがきた」と思った。箪笥の奥にしまい込んでいた短刀を彼女はそっと取りだす。
生への希望、生への絶望、代沢の丘の物語である。
今日も代沢の丘を巡った。元帥邸は丘上にあって西が開けている。夫が自決した市ヶ谷台の方角が見える。昭和20年9月12日、彼女は自刃する前にその西の空に向かって手を合わせたに違いない、そう想像した。晩夏の丘に蝉が鳴いている。
代沢二丁目の丘を下って、北澤八幡宮まで来た。しばらくぶりに訪れてみる。大鳥居を入って振り返ると石柱の裏に大東亜と見えた。近づいてみるとその文字がはっきりと見えた。「大東亜戦○記念」とある。上から五番目の文字は削り取られたようで読めない。代沢の谷にひっそりと隠れている戦跡である。このまま形でそっと保存しておいてほしいと思った。
「わたしたちは、東大原国民学校から明治神宮に戦勝祈願に行きましたね」
夕暮れの一番街は「阿波おどり」に向けて忙しそうだった。大月商店の大月さんがそう言ってラムネの栓を開けてくれた。店の前の通りを色とりどりの衣装をつけた踊り手が通っていく。このイベントも四十周年を迎えるということだ。
「四十年なんてあっという間だね」
そう彼女がつぶやいた。
夕暮れの一番街は「阿波おどり」に向けて忙しそうだった。大月商店の大月さんがそう言ってラムネの栓を開けてくれた。店の前の通りを色とりどりの衣装をつけた踊り手が通っていく。このイベントも四十周年を迎えるということだ。
「四十年なんてあっという間だね」
そう彼女がつぶやいた。
rail777 at 20:45│Comments(0)│TrackBack(0)│



















