2005年08月31日
下北沢X物語(346)〜荏原の谷の戦争幻想〜
代沢で見つけた話を捜していくと日本の近現代史にぶつかる。が、それは表舞台の歴史ではない。裏舞台の歴史である。例えば、今月8月14日の朝日新聞社説には「政治家や軍人の証言をまとめた『終戦史録』などを読むと、重臣たちは互いの自宅で密談を重ねていたことがわかる。だが、戦争終結の本音に踏み込む勇気はなく、互いの腹の探り合いに終始したという。実に情けない限りだ。」とあった。
自宅で密談というのは荏原圏を指しているといってもいい。
「特攻を指令した奴らは終われば切腹だからな。終わらせる勇気はないな。」
「敵は用意周到に攻めてきていますよ。ほとんど燃やし尽くしたじゃありませんか。これ以上戦ったって犠牲を増やすだけですよ」
「国体護持だよ、徹底的に戦って負けてこそ命というものだよ。武器がなくなれば竹槍でで戦って果てる。敢闘精神、武士道だよ」
「問題は海軍だよ、海軍さえ、表でもうだめだっていってくれればいい」
「若い将校は血気盛んだからまだ戦えるって思っている。客観的情勢が見えてないんだよ」
荏原自転車紀行から得た想像である。個々の私邸では大方「ポツダム宣言」受諾であった。が、それが一つのまとまった意見にはならなかった。
なぜだったのだろうか、自転車での荏原巡りを続けてきた足が妄想的な物語をしてくれた。彼の話は「武蔵野の谷がフラットだったらもっと戦争は早く終わっていて、日本の運命も変わっていただろう」というものだった。
「特攻を指令した奴らは終われば切腹だからな。終わらせる勇気はないな。」
「敵は用意周到に攻めてきていますよ。ほとんど燃やし尽くしたじゃありませんか。これ以上戦ったって犠牲を増やすだけですよ」
「国体護持だよ、徹底的に戦って負けてこそ命というものだよ。武器がなくなれば竹槍でで戦って果てる。敢闘精神、武士道だよ」
「問題は海軍だよ、海軍さえ、表でもうだめだっていってくれればいい」
「若い将校は血気盛んだからまだ戦えるって思っている。客観的情勢が見えてないんだよ」
荏原自転車紀行から得た想像である。個々の私邸では大方「ポツダム宣言」受諾であった。が、それが一つのまとまった意見にはならなかった。
なぜだったのだろうか、自転車での荏原巡りを続けてきた足が妄想的な物語をしてくれた。彼の話は「武蔵野の谷がフラットだったらもっと戦争は早く終わっていて、日本の運命も変わっていただろう」というものだった。
「そう、平らだったら情報はもっと早くに伝わった。けれどもみなそれぞれの丘の中腹に家を構えていたから、うまく情報が伝わらなかった。みな曲線的な丘なんだよね。交通網も整備されていなかったから一つ丘越すことすら難儀だった。」
「世田谷の谷は複雑で幕府の隠密も迷ったという話がある。タクシーでさえ奥へ行くことを嫌がった。世田谷行くのなら車庫を経堂や三軒茶屋にしているのを拾えという話があった。いまはGPSみんなつけているからだいじょうぶだろう。それでも今でも路地になるとわからないって地元の運転手言うよ。ともかく迷ったら出られないというのが荏原の谷だった。それなのに高位高官は荏原の丘に住んだ。それがステータスだったからね。私邸に着くともうそこは木々が繁茂していて別世界、戦争は遠い世界だったのかもしれないな」
「交通網が整備されたのは東京オリンピック以後だね、環状線とか246とか出来たの。いまみたいなハイウェイがあるわけはないし、情報のスピード性にも欠けたろうな。この武蔵野の谷は案外古代的なんだ。路とか言う直線的なものではなくて、谷の間に流れている曲線を通して情報は伝わった。そうだな、その情報は、かつてのハケというか川のルートを伝わったんだな。直接伝わらないでそのルートで間接的に伝わった。代沢の谷ではこうだけども、用賀の谷はこうだ、と。丘というものは戦争を終結するには却って邪魔だったようだよ。」
「それって新説?」とわたしは足に聞いてみた。
「ちゃうちゃう、断っておくけど、これは妄想だよ。」
彼はそう答えた。
「それって新説?」とわたしは足に聞いてみた。
「ちゃうちゃう、断っておくけど、これは妄想だよ。」
彼はそう答えた。
rail777 at 21:05│Comments(0)│TrackBack(0)│



















