2006年01月04日
下北沢X物語(460)〜下北沢の名犬アニーハクウン物語(4)〜
俳人中村汀女の飼い犬はジンと言った。それが北沢に来たのは昭和12年である。ちょうどその頃、アニーハクウンの姿を鎌倉通りや下北沢一番街大通りで眼にするようになった。大きなシェパードが首に風呂敷を巻きつけて歩いている姿である。
「当時、犬の餌というのは苦労しましたね。いまだとドックフードがあって、それをやればいいんでしょうけどね、そんなものはありませんでしたからね、普通の飼い犬は人が食べた残りをやってましたね。だけどアニーハクウンは大型のシェパードだし、血統のいい犬でしたからね、肉もちゃんとあげないとね、それで親爺が考えついたんだと思いますよ。主には犬用ですけどね、当時肉は貴重品でしたから自分ところでも食べたと思うのですよ。その肉をアニーハクウンに買ってこさせたんですよ」
佐山さんはそのときのことを思い起こすようにして笑った。
「買いに行くって、一人でっていうか、一匹でですか?」
「そうそう、アニーハクウンは自分でお肉を買いに行っていましたよ」
「ええっ、そうなんですか!」
「ほんとですよ。風呂敷に十銭玉をいれて、犬の首に巻きつけるんですよ。それで、綱を離してやるんです、すると下北沢一番街大通りまで行くんですね。肉屋の『みよし』っていうのがありましたからね、そこまで最初は連れて行って、肉屋の親爺さんに訳を話したのだと思いますよ。
『アニーハクウンを一匹だけでお使いに来させるようにしますから、来たら、小間切れを十銭分この風呂敷につつんでやってくれませんか。お金はこの風呂敷入れて持たせますから』
最初のうちは親爺がついて行って、しつけたのだと思うのですよ。うちの脇を通っている鎌倉通り行って成徳の学校を過ぎると十字路、その右角に市場ありましたからね、『ここで右に曲がるんだぞ』とか言い聞かせたのだと思います。何回かついて行って慣れてからはもう一匹でお使いですね。首に風呂敷を結びつけて、『よし』って言うと、もうさっさかと鎌倉通りの坂を登っていくんですよ。脇目もふらないで行くんですよ。」
「そこの踏切はどうしたのでしょうね?」
鎌倉通りに沿って坂を上っていくと、帝都線の踏切がある。
「踏切ね、今はいないけど昔は踏み切り番がいたんですよ。アニーハクウンのこと知っていましたから、電車が来ると、『待て、待て』とか言ってくれたのかもしれませんね」
「ここからだとだいぶ距離ありますよね、迷わなかったのかな」
「鎌倉通りをまっすぐいって、成徳の先で右に曲がると、一番街大通りですからね、肉の『みよし』っていうのは大木の金物屋の先を少し行った右側にありました。そこまで行って、店の前で、『ワン』ってやらかすんですよ。そうすると、『おお、アニー来たかい』っていって、店の親爺さんは首から風呂敷取ってやって、十銭を受け取って、まぁ、小間切れっていうか、肉の余り物ですね、それを竹の皮につつんで、風呂敷に入れて持たせるんですね。その頃、犬が一匹で買い物っていうのは珍しかったと思うのですよ。店の親爺さんも可愛がってときには骨付きの肉なんかをおまけにつけてくれたんだと思いますね。」
「途中で道草することなんてなかったんでしょうか」
「いや、シェパードは命令に忠実でしたね、肉屋に行って帰ってくるというのを自分の仕事みたいにしていましたね。ふだんは犬小屋に入れていてつないでおくのですよ。もちろん散歩はさせましたよ。で、お使いのときだけ、一匹で出してやるんですよ。風呂敷を首に結びつけてやって、それで、ケツをぽんと叩いて、『行ってこい』というともう真っ直ぐに行ってましたね。」
丘を上って踏切を渡っていくアニーハクウンの姿を思い浮かべた。
「あるとき肉を買いに行って、戻ってきたもんだから、風呂敷ほどいてやると、とたんに、勢いよく表に出て走っていくんですよ。しばらくして戻ってきましたけどね、どうも肉を買って帰る途中に猫がちょっかい出したんでしょう、だけどアニーは任務の遂行途中だからかまっていられない、それで帰って来てから恨みを晴らしにいったんでしょうね。」
「どのくらいの期間行っていましたか、肉を買いに?」
「だいぶ長い間行っていましたね。3,4年ぐらいですね、ほとんど毎日、雨の日も風の日もでしたよ。だから覚えている人がいるかもしれませんね」
(写真はシェパードの純血種、近所の犬にモデルになってもらった。名前は「ベーコン」という。パンの袋などを銜えて運ぶのはよくやるそうである。)



















