2006年04月05日

下北沢X物語(550)〜小さき詩を求めてのペダル紀行〜

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  密かに隠れているものをペダルで探し回って見つけ出す。それが言葉であるとなおのこと嬉しい。それに託された思いを想像することは極めつけの楽しみだ。

 前々から気に掛けていることがあった。自宅の中に句碑が建っている家である。インターネットを見ていてたまたまそれを発見した。それが自分の巡回領域、鉄道交点周辺だったからなおさらだ。訪れてみたい、前々から思っていた。

 通勤していたときは時間が充分に取れなかった。取材に行っても早々に辞去していた。短い分情報は少量であった。だからその処理はさほど難しくなかった。が、日々の荏原の里巡行だと情報量がどうしても多くなる。集まり過ぎてしまって取材した話はここに載せきれないでいる。

 経験は生かす、その日のテーマは一つにすることだ。ひっそりと隠れた句碑見学にしよう。それでいつものように北上する。が、このところ通勤ルートとは違って鉄道交点を西から攻めていく場合が多い。一昨日は桜上水、昨日は梅ヶ丘だった。

 自転車回遊の範囲が広がってきた。それは文化源流探査も含まれるからだ。分かってきたことは上流にこそ文化の源があるということだ。歴史的には代田よりも上流の赤堤の方が古いそうだ。代田は侍から転じた七人が農民となって苦労して開墾した地である。それは新田開拓という過酷な労働である。フロンティア精神でもあった。安定した従来の農地は土地の者が既に所有している。それは上流の赤堤である。

 一昨日、赤堤周辺を巡行してみた。代田のような険しさはない。ゆるやか丘陵がたたなずく地帯だ。屋敷林を備えた古くからの家も敷地がゆったりとしている。南面が確保されている。代田北面に住まざるを得なかった七人衆とは確かに違うと思った。

 昨日は根津山を西から攻めた。ママチャリに乗った若い女性が立ち漕ぎしてどこまでも続く坂を上っていく。北沢川北面の崖線である。

 目指す地番は代田四丁目六番である。探し当てるとそこは丘上だった。「宇田」という表札を確認した。門が閉まっている。立派なお屋敷でチャイムを押すのがためらわれる。
「お宅の庭にあるという句碑を見せていただけないでしょうか?」
 インターホンに応答があったのでそう言った。すると、しばらくして家の奥さん、それに続いてご主人が現れた。訳を話すと快く要望に応じてくれた。案内されて家の庭に行くと、なるほど古びた句碑が建っている。碑面は風化して読みにくいがこうある。

  「草茎」発祥之地  吾が/小さき詩は/天高き/より/生まる



  俳人、宇田零雨の句である。「草茎」とは昭和十年に創刊された月刊俳誌のことを指す。その「草茎」の主宰者が芭蕉研究でも著名な宇田零雨である。彼はこの地を「柿緑園」とも称していた。誰もが目に触れられるところに句碑を建てないでひっそりと自宅にある。天の高さが推し量れる丘上にある。誉れだ。が、彼は詩を小さいとする。そこに宇田零雨の考えがあるようだ。息子さんのお話しもそれを裏付けるものだった。

「全国に句碑が四つあります。 まず 、愛媛県松山市の石手寺、これは四国霊場第四十一番札所ですね。ここに『石手寺の松を拝みて年迎ふ』というのがあります。これが新年にあたります。つぎに福島県二本松市 岳温泉 鏡池畔に『山の湯や吾が春愁の花昏れず』という句が刻んであります。これは春ですね。そして、宮城県刈田郡蔵王町 滝見台に『万緑の底に瀧あり轟けり』があります。夏です。この代田にあるのが『天高く』だから秋ということになりますね。」(注:資料で補った点もある)

 新年、春、夏、秋がひっそりとあるというところがいい。全国に小さく散在している句碑が思われた。自分が接した四句である。が、いわばそれは氷山の一角に見えている言葉である。その四句から質の高さが窺えた。見えない部分の言葉の奥深さが思われた。

   季語エピソードがとても興味深かった。応対に出た宇田さんは言う。家にある関係資料は世田谷文学館にすべて寄贈したと。それでも家に残っているものを貸してもいいということだった。この「柿緑園」には知られないエピソードが眠っているようだ。宇田零雨は連句も得意ジャンルであった。「代田五吟」という歌仙もここで巻いている。
(宇田さんに断ってお庭にある句碑を撮らせてもらった。その写真だ)

 



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この記事へのコメント

2. Posted by レィルセブン   2006年04月06日 23:33
ご自宅の庭にひっそりと句碑というところは感銘を受けました。そうですかお祖母さんが師事されていたのですか。思い出深い話ですね。
1. Posted by キホーテ   2006年04月05日 23:44
10年以上前に亡くなった祖母が宇田先生に俳句だか短歌だか師事?と申しますか、習いに行っていたのを思い出しました。題名は忘れましたが、句集を自費出版もしていました。

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