2006年04月17日

下北沢X物語(561)〜廃線跡歩きから文学散歩へ(上)〜

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    摩擦で走る鉄道は直線を欲する。が、狭隘な土地を曲がらないで進むことは困難だ。その場合はカーブで抜ける。鉄道特有の曲線だ。常日頃、世田谷線の太子堂4号踏切を通る。そこから下高井戸へ向かう線路は美的な曲線を描いている。鉄道特有のカーブは女性的であるといつも思う。

 「代田連絡線」の終点はあるかなきかの曲線を路地に見せて終わっていた。微かな左カーブは緩やかな勾配を登って第二中丸荘アパートの脇を抜けて新代田駅へ向かっていた。「鉄道跡ですね…」
「そうですねぇ」
 終わりを見届けることは大事だ。自分の気持ちにけじめがつく。代田連絡線644メートルの旅は終わった。二箇所の鉄橋の跡を確認できたことは成果だった。
「鉄橋の上を歩いたことありますけどね、恐かったですよ。下の谷が深く抉れているでしょう。歩いている枕木の間から下が見えるのですよ。かなり高い位置にありましたから足が震えましたよ」
 代田5丁目3番から17にかかる鉄橋のことについての記憶である。
「ここのところには短い鉄橋がありましたよ。」
 24番地から25番地にかかる鉄橋のことだ。これは春宮さんの奥さんが教えてくれた。
「これで鉄道廃線跡の旅は終わりにします。続けて文学散歩に切り替えます」
 頭を切り換えないと鉄道と文学ではだいぶ違う。ちょうどすぐ近くに二人の女性作家ゆかりの地があった。春宮さんの奥さんが森瑶子と中村汀女の旧居を知っている。それで案内してもらった。
 
  折々お邪魔している佐山さんの家はすぐ近くである。三男の佐山五郎さんは森瑶子と同級だったと言っていた。「いやあそこに住んでいた同級生はみんな頭が良かったよ」と。その5丁目35番地を我々は歩いていた。この一角に彼女らの家はあった。丘の南面で、日当たりがよく眺めもよい。誉れの土地だ。丘上と知性は相関関係がある。
  坂の途中で春宮さんの奥さんが立ち止まった。右手に茶の煉瓦タイルで壁を覆ったシックな家があった。窓枠の白がアクセントになっている。幹の太いヒマラヤ杉が一本玄関の左手に生えていた。森瑶子の家だったところだと低い声で彼女が言った。今は他人の家である。プライバシーは尊重したい。番地を確認してすぐに我々は立ち去った。

  旧来の文学が疎外社会を描いてきたのに彼女は交際社会を描いたと言う。南面の丘の日当たりの良さが彼女の感性を磨いたのか。あるいは東大原小学校で一番街的な下町気質と代田お屋敷町の山の手が気質が混交するところでその才能は磨かれたのか。そんな想像に耽った。



   坂を上ると道は右手に鈎形に折れた。その数軒先に中村汀女の旧居があった。

外にも出よふるるばかりに春の月

 よく知られている中村汀女の句だ。これについては「お隣の家の屋根すれすれに、伸ばせば手のとどくところに見つけた大きな春そのものの月であった」(「俳句の里にしあれば」中村汀女俳句集成全一巻所載 東京新聞出版局   昭和49年)とある。ちょうど戦争が終わった後に詠まれたものだ。この代田の丘に出た月を詠んだものである。

 汀女旧居には彼女が主宰していた「風花」の看板がかかっている。いつも留守のようだが念のためと思ってインターホンのボタンを押してみた。すると、思いがけず応答があった。「北沢川文化遺産保存の会」の活動でたまたま通りかかったと出てきた女性に告げた。話をすると汀女さんの孫だ分かった。するうちに奥からもう一人の女性が現れた。小川濤美子さんだった。汀女さんの娘さんだ。句会をやっている最中だったと言う。

   濤美子が小川忠雄と結婚。娘を嫁がすというのは、どこの親も同じと思ふが、はじめはめでたい、うれしいこととして親も浮き浮きとなるけれど、次第に手放す日が迫ると、にわかに惜しくなり、大仰にいえば居ても立っても居られないほど惜しまれ、心細くなるのである。(「俳句の里にしあれば」中村汀女俳句集成全一巻所載 東京新聞出版局   昭和49年)
 
 親である汀女は娘を他人に手放す心境をそう書き記している。その小川濤美子さんだった。句会の途中であるにもかかわらず話が聞けた。北沢川の桜と汀女のことだ。
(写真は代田連絡線跡と思われる場所、奥が新代田駅方向となる)



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この記事へのコメント

2. Posted by レィルセブン   2006年04月20日 20:38
紅梅の初花すでに軒を離れ 中村汀女

この作品代田のその地で詠まれたようです。
1. Posted by ギタロワ   2006年04月20日 03:02
森揺子さんのお宅も中村汀女さんのお宅も私の家の前の通りの反対側沿いでいつも見ていたお宅だったんですね。この坂道の日当たりの温かさにはいつも心を和ませてもらっていますが,同じ温かさを共有していたことがあったのかと思うと感慨深いです。

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