2008年03月04日
下北沢Ｘ物語（1050)〜「三色娘」における背景文化の考察〜
映画「大当たり三色娘」の背景文化が面白い。舞台は虚構的な地名、「下北原」である。ドラマはまずはその「下北原マーケット」から始まる。美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三色娘の登場だ。
「あの最初に出てくるマーケットのところというのはセットでできているんですか」
映画を見て判断がつかなかったので「邪宗門」の大奥さんに聞いてみた。
「いや、あれは、セットじゃなくて駅前食品市場をそのまま使っているのね。昔、やみ市と言っていたところ、今でもやみ市という人いますよ。じっと見ていると今のピーコックのあるところに小清水ミルクホールというのがあって、そこがちょっと映りますよ。映画を撮影するときは大変な騒ぎだったですね。あの映画に写されているお屋敷も池の上と下北沢の間にあるお屋敷だという話でしたよ」
なるほどと思った。それで家に帰ってから、マーケットの場面をもう一度見てみた。缶詰などの商品の並べ具合、八百屋の大根の山積みなっている具合などを見ると確かにリアルである。実写だったと分かった。
まずはこのマーケットに美空ひばりと雪村いづみが出てきて話を交わす。これによって二人がお手伝いさんであることが分かる。雪村いずみは、主人が作曲家でその奥さんが歌手だと言う。
マーケットの次のシーンは江利チエミが通りを向こうから歩いてくる場面だ。その背後を電車が通って、「きぃきゅきゅきゅきゅう」という軋み音を立てて停まる。下北沢駅に着いた小田急下り電車だ。彼女の頭上には商店街のアーチがかかっている。そこには「北沢商店街」と記されている。右の電柱には「巴屋」と質屋の看板も見える。ここも実景である。小田急線、東北沢６号から延びている通り、「栄通り」だ。ここで江利チエミは女スリに呼び止められる。
女は江利チエミを路地に誘う。するとその背景には鳥居があって、社殿も見える。赤い稲荷旗もはためいている。その向こうを茶色の二両編成の電車が音高らかに通って行く。小田急電車である。ロケ場所は東北沢５号踏切の脇だ。古い地図に名前の載っている「長栄稲荷」が実景として出てくると、幻を見るようで息を呑む。
この近くに住んでいた大谷藤子が迷い猫に効くというお稲荷さんのことをエッセイに書いている。恐らくここではないだろうか。
映画を見ていて物語の筋よりも背景に目が行く。木々の生えた丘上で三色娘の一人が男と話している場面があった。その画面の隅を斜めに横切っている電車が見えた。「あ、ここは羽根木公園じゃないか」、そんなことを一場面一場面を追って見るのが楽しい。
「大当たり三色娘」は映画史のエポックを画する作品だ。昭和三十二年七月に封切りされたものだ。初の東宝スコープ作品である。その背景にはテレビの普及という映画にとっての脅威があったようだ。画面のワイド化によってヒットを取りたい。映画を一層に普及させたいとの思惑があったようだ。
そんなことがあって緻密な企画が練られたのだろう。シリーズでヒットしていたものをぶつけて「大当たり」を取る戦略だったように思える。美空ひばり、江利チエミ、雪村いずみのこの三人娘を出演させて既に昭和三十五年に「ジャンケン娘」、昭和三十六年に「ロマンス娘」の二作をヒットさせていたようだ。それをバージョンアップさせてヒットさせたいと計画されたようだ。「大当たり三色娘」の舞台である下北原を通して地域の文化が透けて見えるように思う。
