2008年03月23日
下北沢Ｘ物語（1063)〜土俗と文明：「出穂山稲荷大明神」３〜
おもしろがればおもしろくなる。荏原一帯には厖大な文化鉱脈が埋まっている。古代から近現代までの歴史や文化は掘っても掘って掘りきれない。金鉱脈は底知れないほどに太くて厚い。が、やみくもに掘り進むととんでもないところに行ってしまう。その点、ターゲットやポイントを決めると楽になる。今になって気づいている、鉄道X交点は文化現象を絞る的であったということだ。絞り込んだ的に向かっていくことによってテーマが見えてきたと言ってよい。
荏原の鉄道交点には物語が潜んでいる。これは経験的に言えることである。自宅からは下北沢鉄道交点に行くより、自由が丘や大岡山の方が近い。この後者二地点も鉄道交点である。鉄道がクロスしている地点である。
下北沢、自由が丘、大岡山、それぞれの地域性はある。鉄道交点の比較文化という視点は興味深い切り口である。そこには差異と共通点がある。
「昔はさ、線路を越えるともう向こうだよ。友だちもこっち側にはいるけれども、あっちとなるともう違うからね。」
世田谷代田２号踏切のそばの海老沢さんが言った。
「戦争体験を語る会をあっちでやるんですか。こっちの方の人があっちだと遠いって感じるんですよ。近くにありませんかね」
これは今井兼介さんである。「あっち」というのは線路を越した南である。彼は北に位置する野屋敷に住んでいる。代沢や代田は遙か向こうという印象があるようだ。
長い自転車巡遊の経験から言えることは、線路は遮断ラインであるということだ。単に道をふさぐだけではなく人間関係をも断ち切っていたと言える。
踏み切りは文化である。鉄道による遮断ラインが街を分けていた。ことに踏み切りについては幼児期の意識形成に関係する。かつて踏み切りは危険きわまりないものだった。柵も遮断機もない。ゆえに数知れない子どもが踏み切りで亡くなっている。親は線路が子どもの血を吸うことを知っているから踏み切りの向こうへは行ってはいけないと強く諭した。踏み切りを越えて友だち関係を作ることはそれゆえに難しいことだった。都市近代の人の関わりが踏み切りに現れている。都市の文化現象と見ることができる。
都市の鉄道と文化は踏み切りに端的に表れている。線路の向こうはあっち世界だ。家の近くには東横線が通っている。この線もみなとみらい線への乗り入れによってダイヤ過密になっている。南に行こうとするときに都立大２号踏切でよく待たされる。遮断機が上がらなくなった。
大岡山駅は大井町線、目黒線の二つの線を渡らなくてはならなかった。が、線が地下化したことでこれはなくなった。北と南とでは隔てがなくなったが意識の上での遮断ラインは生きている。線路はないのに意識が分け隔てしている。線路の向こうの彼岸である。かつて踏み切りがあったところでは習慣としてつい立ち止まる。「出穂山」は線路向こうの世界となる。
Ｓさんから情報を頂いて東京工大構内のお稲荷さんは何度か見に行った。「出穂山稲荷大明神」は呑川左岸の崖線の上にある。これを下ると川に行き着く。
「そうですね、この奥沢へ行く通りは古いですよ。ずっと行くと諏訪山ですよね……あ、そうそう、諏訪山の右手に行くと海軍村ですね。ええ、この通りはまっすぐに行くと九品仏ですからね。出穂山稲荷ですか、ああ、知っていますよ。東工大構内にあるものでしょう。そうそう、あそこから下って来ると石川神社あって、その横が神明坂ですね。で、この脇の境橋になりますね」
呑川のそばの漬け物屋さんに話しかけるとそんな話をしてくれた。「出穂山稲荷」を知っていることには驚いた。その店の前の通りは奥沢駅諏訪山通りに行く道だ。まっすぐに行くと、確かに九品仏への参道へたどり着く。この道が九品仏道なのだろうか。
付記
１，掲載した写真は、せせらぎ公園に完成した「ふれあいの水辺の案内図」である。この看板の右下に、「北沢川文学の小路」についての案内表示が掲出された。「北沢川文化遺産保存の会」が提唱してきたものだ。ここに記載された、「思念し、思索し」という連用中止法表現、及び文体は当会の訴えをそのまま活用したものである。
２、本日「三宿の森・緑グループ」主催の「身近な鳥に親しむ会」が行われた。代沢坂口安吾文学碑前１０時集合だった。「北沢川文学と鳥」というエピソードを参加した皆さんに披露した。「探鳥会」も加わってみると文学とは異なる面白さがあった。
３、「安吾文学碑建立記念記録集」を梅ヶ丘図書館に世田谷区内図書館全館分として１６冊寄贈した。「北沢川文学の小路物語」を最初に図書館に持っていったときに実績のないわれわれの本はあしらわれたようだ。が、これは図書館で盗難に遭うなどして今でも根強い人気がある。いまだに「北沢川文学の小路物語」ないかと尋ねて来られる方が居られるのは嬉しいことだ。故東盛太郎氏とわたしとが協力して作った思い出深い冊子である。
