2008年03月28日
下北沢Ｘ物語（1066)〜総経費百二十円古代探訪大旅行〜
興味深いことが長生きの秘訣ではないかと思った。
「へえ、ここに五十年この方住んでいるけど、そんなことは全く知らなかったよ。これは驚きだな！。あんた、そんなことを調べているの？」
今年九十歳だと言われる岩田さんは一つ一つ頷いてはびっくりしておられた。たまたま出会った人である。崖線上の尾根筋の道でその人に出会った。ちょうどその方の家の前から崖は転げて、すぐ下の多摩川に落ちている。対岸は川崎市だ。手前からぐっと落ちていく地形の彫りが深く、向こうの眺めがよい。立ち止まって見ていると「いいでしょうが？」というふうに一人の男が笑顔を向けてきた。それがきっかけで話が始まった。
地名は田園調布である。富士を望める西の風光が優れている。そのことからここの土地は値段が高い、ここに住むことはステータスシンボルとも言われる。この崖線上に古墳群が連綿と続いているのは同じ理由だと思われる。このところの何十回と行ったフィールドワークから推察したことだ。
「いまから五十年前に、ここに越して来たときは家の前のところは牧場だったよ」
岩田さんは、そう言われた。単純計算すると、四十歳で手に入れた土地ということだ。恐らく苦難を経てハイクラスまで上り詰めて、そしてここに居を構えたものだろう、そんな想像をしたことだ。崖線上は皆邸宅ばかりである。
花も咲き始めたこの頃、総経費百二十円古代探訪大旅行に度々行くようになった。地形探訪旅行である。まずは家の南西方向にある九品仏浄心寺に歩いて向かう。この寺域に入るとこんどは真南に向かう。するとかつての奥沢城台地を載せた台地はゆるゆると高くなっていく。そして多摩川左岸崖線台地へと繋がっている。
その様子から奥沢城は崖線から枝分かれした舌状台地の北端にあることが分かる。この台地の舌先を洗いながら東に流れているのが呑川支流の九品仏川である。この舌状台地の向きからすると北方からの敵への守りを固めたお城だったのではないかと思う。
このところ崖線沿いに特別興味を持って歩いたり、自転車で行ったりしている。何十年前からの自身の散歩コースであるのに知らないことの方が多かった。自身が多摩川へのサイクリングに行くときに使っていた道も気づいてみるとなるほどそうだったのかとこの頃になって知ったことがあった。
自由が丘から南に向かうと環八とぶつかる。これを渡るとすぐに道は二股に分かれる。左は田園調布駅へ、右は多摩川園へと続く。後者への道は何十年と走ってきた道だ。以前に誰かのエッセイで、この道のことが出てきた。サーキット通りと呼んでいたという。右左と曲がりながら多摩川へと出るこの通りをドライブして楽しむというようなことが書いてあった。最近になって気づいたのは、それが水路跡だったということだ。多摩川左岸崖線の裏手の道で、途中に宝来公園があってそこはかつての武蔵野そのものが残されている。池もあるが、それはかつてのハケの一つに違いない。
宝来公園の由来を調べると潮見台の一角だったそうだ。これは面白い。谷筋のサーキット道路は、左が潮見台の高台で、右が国分寺崖線の富士見台である。なるほど田園調布のステータスは海が見え、そして、富士も見えてのことだったと気づいた。が、正統派の田園調布は潮見台の方である。いわゆる扇状の道路はこちら側にある。崖線沿いは尾根道で乱雑で、複雑だ。こちらは後の時代になって開けてきたところだ。崖線沿いに牧場があったというのはそれを証拠立てているように思われる。
国分寺崖線は対岸の川崎側から眺めるとなだらかな丘に見える。ところが、実際にこの国分寺崖線に行って見ると、平坦ではない。谷あり、山ありで地形は複雑だ。多摩川に半島状の谷が幾つも突きだしている。その間が谷戸になっている。実際に籠谷戸という地名がある。由来を記した案内版もある。そこには「室町時代に籠谷戸と呼ばれる入江で」あったという。そこへ着岸した船から奥沢城へ軍事物資が運ばれたとも記してある。ちょうどこの入り江に当たるところに田園調布雙葉学園がある。
籠谷戸から多摩川台への崖線上の道を辿る。ここも複雑だ。右へ行ったり、左へ行ったり、そして必ず急坂とぶつかる。「急坂」と名のついた坂もある。（写真）転げ落ちる道が多摩川へと続いている。自転車で来た場合にはペダルの下に対岸の川崎の町並が見える。景色の彫りの深さ、その立体性が眺められる。
○この「籠谷戸」の場所などはリンクしている世田谷玉川名所物語「http://marukokawa.exblog.jp/4413491/」に詳しい。
○付記 「安吾文学碑建立記念記録集」、「下北沢Ｘ惜別物語」、「下北沢文士町文化地図」各二部ずつ日本近代文学館に今日寄贈した。
