2011年12月05日
下北沢Ｘ新聞(1970) 〜下北沢の小盆地の近代史〜
（一）
「六十を過ぎたら、とんでもなく時間が早くなっていくんだよ。一年なんてあっという間だよ」
つい最近、何かの記事で読んだ。恐らくこれを読んだ人は、そうだそうだと頷いたに違いない。が、わたしはそれは違うと思う。
自身は、六十を過ぎて濃厚な時間を過ごしてきた。多くの人と会い、話を聞き、資料で調べ、それを日々書いてまとめてきた。この蓄積が自身の時間である。
時間をどのように過ごすか。干からびた時間を過ごすのか、内容のある時間を過ごすのか、これは個々人の意識の問題であるように思う。無為に過ごせば空虚に終わる。時間にメリハリをつけるのは自分である。
（二）
これまでに自分は何をしてきたのか。よく分からないままにきていた。が、このごろ思うのは、近代史を巡る旅をしてきたのではないかと思う。情報の蓄積が増えた分情報も集まる。時間をめくっている、あたかも近代史を繙いているようだ。
昨日も、近代史の旅の延長上にある人と長電話をした。元特攻兵である。二度失敗して三度目に行こうとしたときに、乗務予定機が着陸に失敗して墜落した。それで三度目の正直は免れた人だ。それは「さくら弾機」といわれている秘密裏に作られた飛行機だ。
「壮行会のときに戦隊長が『重爆特攻は、四人で一万人以上の米兵をやっつけることができる』と言われたとき、前村弘さんは、上官に食ってかかって軍服を脱げと言ったと書いてありましたが、その怒りが心底分かるように思いました…」
ベニヤで張りぼての飛行機に三トンの爆弾を積んだ「さくら弾機」の墜落を目撃している彼には上官の言うことが全く信じられなかった。
裸の王様に向かって、あんたね、馬鹿いうなよ。ふんどしも何もつけていない、金玉丸見えの裸だよと言っているような痛快さを覚えた。「重爆特攻 さくら弾機」（林えいだい著、東方出版）は、前村弘さんの評伝でもある。
インターネットに、彼が、重爆撃機「飛龍」で陸軍松本飛行場に着陸し、一晩を浅間温泉で過ごした。それが「桐の湯」だったことからなんとか話を聞けないかと思って方々に問い合わせをした。その揚句にとうとう出会った人だ。この旅館、代沢小の疎開学寮でもあった。下北沢繋がりの話だ。
「あれはね、間違いでした。井筒の湯だったんですよ」
ここも代沢小が使っていた。「桐の湯」と「井筒の湯」、自分でもよく取り違える。
（三）
下北沢の激変ぶりは目を瞠るばかりである。いつも気になっている場所がある。自分が勝手に緑ヶ丘サラダボールと呼んでいる個所である。下北沢に散在する小盆地の一つだ。 この「緑ヶ丘」の命名は、俳人中村汀女によるものだ。「中村汀女俳句集成」に「代田緑ヶ丘に居を定めた」とある。鉄道交点を座標軸とした場合、第三象限、代田五丁目、下北沢駅西口に近い丘上である。かつては緑が多かった。自生の赤松が何本も生えている個所だった。
その個所の北側は、昭和十二年に「東横、目蒲電鉄」売り出した「守山公園分譲地」である。「東南向高台 松樹点在する明朗住宅地」と謳い文句が記されている。これは赤松である。緑ヶ丘の樹種の一つであった。
この緑ヶ丘から眺められるサラダボールには風景があった。眼下に松林を置き、その向こうには東西貫く築堤があった。そこを茶色い車体の、リベットを打ち込んだ重々しい小田急電車が走っていた。
（四）
十二月三日、代田信濃屋で年忘れ会の買い物をした後、この個所を通りかかった。つい先だっての「幻影の下北沢『猫町』小路を歩く」文学散歩でも、経路になっていて通ったばかりである。この一帯、小田急地下化工事が始まって、風景が激変したところである。かつてあった景色がすっかり失われてしまった。
つい、この間まであったのは、「コナミスポーツクラブ下北沢」である。ネットで検索するとつぎのようにあった。
２１年のご愛顧、心より感謝申しあげます
１９８９のオープンより、たくさんの皆様にご愛顧を賜りました。コナミスポーツクラブ下北沢は２０１０年１１月をもちまして閉館いたしました。皆様の暖かいご支援、こころより感謝申しあげます。
閉館して一年が経った。今は、フェンスが張りめぐらされて工事が行われている。小田急地下化工事に伴うものだ。古い下水道管を撤去し、これを新しくする。
水と縁が深いところだ。かつては守山田圃だった。つい先だっての３，１１の大地震では液状化が酷かったと聞いている。いわゆる川筋だ。ダイダラボッチを水源とする小川が流れていた。
ここの土地変遷史は、昭和近現代史、そのものである。
（２０１１年８月に撮った、コナミスポーツクラブ跡地）
〇お知らせ
2011/12/05、午後、世田谷区区役所文化部を相談役の廣島文武氏と訪れた。かねてより「北沢川文学の小路」について既報の通り、要望を出していた。風景資産や文学碑などについての要望である。これについてすべての点について、丁寧な回答があった。区として具体的に何がサポートできるかという率直な回答であった。これまでにない対応だったと思う。これに関連し、北沢川文化遺産保存の会、会報。新年号で「文化元年再出発、文化、文学を掘り起こそう」の記事を予定している。
下北沢の激変ぶりは目を瞠るばかりである。いつも気になっている場所がある。自分が勝手に緑ヶ丘サラダボールと呼んでいる個所である。下北沢に散在する小盆地の一つだ。 この「緑ヶ丘」の命名は、俳人中村汀女によるものだ。「中村汀女俳句集成」に「代田緑ヶ丘に居を定めた」とある。鉄道交点を座標軸とした場合、第三象限、代田五丁目、下北沢駅西口に近い丘上である。かつては緑が多かった。自生の赤松が何本も生えている個所だった。
その個所の北側は、昭和十二年に「東横、目蒲電鉄」売り出した「守山公園分譲地」である。「東南向高台 松樹点在する明朗住宅地」と謳い文句が記されている。これは赤松である。緑ヶ丘の樹種の一つであった。
この緑ヶ丘から眺められるサラダボールには風景があった。眼下に松林を置き、その向こうには東西貫く築堤があった。そこを茶色い車体の、リベットを打ち込んだ重々しい小田急電車が走っていた。
（四）
十二月三日、代田信濃屋で年忘れ会の買い物をした後、この個所を通りかかった。つい先だっての「幻影の下北沢『猫町』小路を歩く」文学散歩でも、経路になっていて通ったばかりである。この一帯、小田急地下化工事が始まって、風景が激変したところである。かつてあった景色がすっかり失われてしまった。
つい、この間まであったのは、「コナミスポーツクラブ下北沢」である。ネットで検索するとつぎのようにあった。
２１年のご愛顧、心より感謝申しあげます
１９８９のオープンより、たくさんの皆様にご愛顧を賜りました。コナミスポーツクラブ下北沢は２０１０年１１月をもちまして閉館いたしました。皆様の暖かいご支援、こころより感謝申しあげます。
閉館して一年が経った。今は、フェンスが張りめぐらされて工事が行われている。小田急地下化工事に伴うものだ。古い下水道管を撤去し、これを新しくする。
水と縁が深いところだ。かつては守山田圃だった。つい先だっての３，１１の大地震では液状化が酷かったと聞いている。いわゆる川筋だ。ダイダラボッチを水源とする小川が流れていた。
ここの土地変遷史は、昭和近現代史、そのものである。
（２０１１年８月に撮った、コナミスポーツクラブ跡地）
〇お知らせ
2011/12/05、午後、世田谷区区役所文化部を相談役の廣島文武氏と訪れた。かねてより「北沢川文学の小路」について既報の通り、要望を出していた。風景資産や文学碑などについての要望である。これについてすべての点について、丁寧な回答があった。区として具体的に何がサポートできるかという率直な回答であった。これまでにない対応だったと思う。これに関連し、北沢川文化遺産保存の会、会報。新年号で「文化元年再出発、文化、文学を掘り起こそう」の記事を予定している。
