2011年12月10日
下北沢Ｘ新聞(1973) 〜下北沢の小盆地の近代史３〜
暮れになって喪中葉書が送られてくる。「母が九十歳で永眠しました。」と。天寿を全うされたのだと納得もする。が、「夫〇〇が五十四歳にて急逝し喪に服し」というものには何とも気の毒で形容のしようがない。この方は、志木市物語作家養成講座での知り合いだ。いつも明るい内容の童話を書いていた人だ。
学生時代の同級だった人の奥さんからも来た。ガンで亡くなったという。その経緯が喪中葉書に記されていた。この当人、四つか五つ年上で入学当初、文学について熱く語り合った思い出がある。そんなことからお悔やみの手紙を書いて、「下北沢文士町文化地図」を同封して送った。すると返事があった。
癌と診断されたが彼は抗がん剤治療を拒否したという。生きているうちに仲間に御礼を述べ、最後にはゴルフにも行っていましたとあった。人間どう死んだらいいのか考えさせられた。
自身の場合、身内でのお別れをする程度で、葬儀はしなくていい。誰にも知らせなくてよいと家族には言ってある。が、どんな終末を迎えたいかまでは伝えていない。
抗癌治療を拒否するのは一つの選択肢だ。何も決めなければ医療システムのコンベアーに乗ってただただそのまま流れていくだけである。
治療で当座を凌ぐというのも考えだ。が、自己の人生の生き様の中で死を考えたとき、もうこの程度生きたのだからいいのではないか。そういう納得のさせ方があるのかもしれないと思ったことだ。
（一）
下北沢の小盆地、ただの野っぱらであったならば歴史も何も刻まれない。が、ここには小田原急行鉄道が敷かれて以来、多くの人が居住した。その一端を克明に残している作家がいる。一色次郎だ。静泉閣二号館、盆地の底のアパートに居住していた。
興味深いアパートだ。戦争末期なのに二号さんが多く住んでいる。渋谷と新宿のちょうどまん中あたりに焼夷弾が落ちて空が赤い。それをみた人の声を記録している。「明日はわが身かもしれませんよ」と、続けて「水上さんだ。大学へ通っている子どもがいるが、やはりこの人も二号さんである」と書いている。
ささいな話だが鉄道交点の人間模様が見えて面白い。性と欲望と鉄道交点という観点はありうると思っている。
下北沢第四象限にはこの事実はひっそりと隠れている。今でもダイダラボッチ川沿いのアパートには案外に多くいるのではないかと思う。たしか「恋人たちの森」の中でパウロが洗濯物を届けると、その奥さんが彼の手に金を握らせるという場面があった。この話の延長と考えると事象的には興味深い。
野次馬根性的な興味で言っているのではない。文士町の価値参集の背景を自身は探っている。多くの価値が集まった、その中に動物的欲望もあった。
（二）
小盆地に住まっていて、ふっと消えて行った人物などは気になる。その後どうなったのだろう？。「東京空襲記」は、昭和十九年十一月三十日のことを記している。
午前五時。二階の学生が出征する。六時ごろ品川駅で集合して、軍用列車で浜松へ行くのだそうだ。五十歳近い母親とふたりで、わたしたちの真上の部屋に住んでいたが、どんな事情のある人たちなのか、やはり親子と二人ぐらしである。
「日本空襲記」 一色次郎 文和書房
静泉閣のできごとである。先に引いた水上さんの事例かと思ったが、「やはり」という副詞の使い方を見ると別の親子の例のようである。事情の中に言外に二号さんではないかという含みがあるように思われた。
学生の靴音はまったく聞えなくなったが、母親はまだ身じろぎもしない。私にはその姿が、一本の枯れ木に変わったかと思われた。
（三）
この名も知れぬ学生の足取りは分かる。二号館を出て坂を上る。右手に曲がる。するとそこに桜の木が一本あってお地蔵さんが鎮座している。一色次郎のようにひょこっと御礼をしたかどうか分からない。
北へ行く鎌倉通りを辿る。すぐに踏切にかかる。現下北沢３号踏切だ。早朝のこととて、遮断機はあがりっぱなしで、警手は小屋の中で煙草を吹かしていた。鉄路を跨いで右にいく。左手の小屋には軍用のオート三輪が置かれている。
Ｓ字を描いた道は、佐山一雄さんの家の脇からは坂道になる。この道を上って行くと帝都線に出る。この電車で彼は渋谷に出、乗り換えて品川に行ったものだろう。着いた浜松には航空隊がある。ここに入隊したのだろうか。
一人の名も分からない青年は、その後どうしたのだろうか？。気になる。
（写真は「代田の丘の６１号鉄塔」である。今、この南手にある家が壊されていて空き地になっている。南側から見上げた写真の初めての例だ。いましばらくは撮れるのではないだろうか）
下北沢の小盆地、ただの野っぱらであったならば歴史も何も刻まれない。が、ここには小田原急行鉄道が敷かれて以来、多くの人が居住した。その一端を克明に残している作家がいる。一色次郎だ。静泉閣二号館、盆地の底のアパートに居住していた。
興味深いアパートだ。戦争末期なのに二号さんが多く住んでいる。渋谷と新宿のちょうどまん中あたりに焼夷弾が落ちて空が赤い。それをみた人の声を記録している。「明日はわが身かもしれませんよ」と、続けて「水上さんだ。大学へ通っている子どもがいるが、やはりこの人も二号さんである」と書いている。
ささいな話だが鉄道交点の人間模様が見えて面白い。性と欲望と鉄道交点という観点はありうると思っている。
下北沢第四象限にはこの事実はひっそりと隠れている。今でもダイダラボッチ川沿いのアパートには案外に多くいるのではないかと思う。たしか「恋人たちの森」の中でパウロが洗濯物を届けると、その奥さんが彼の手に金を握らせるという場面があった。この話の延長と考えると事象的には興味深い。
野次馬根性的な興味で言っているのではない。文士町の価値参集の背景を自身は探っている。多くの価値が集まった、その中に動物的欲望もあった。
（二）
小盆地に住まっていて、ふっと消えて行った人物などは気になる。その後どうなったのだろう？。「東京空襲記」は、昭和十九年十一月三十日のことを記している。
午前五時。二階の学生が出征する。六時ごろ品川駅で集合して、軍用列車で浜松へ行くのだそうだ。五十歳近い母親とふたりで、わたしたちの真上の部屋に住んでいたが、どんな事情のある人たちなのか、やはり親子と二人ぐらしである。
「日本空襲記」 一色次郎 文和書房
静泉閣のできごとである。先に引いた水上さんの事例かと思ったが、「やはり」という副詞の使い方を見ると別の親子の例のようである。事情の中に言外に二号さんではないかという含みがあるように思われた。
学生の靴音はまったく聞えなくなったが、母親はまだ身じろぎもしない。私にはその姿が、一本の枯れ木に変わったかと思われた。
（三）
この名も知れぬ学生の足取りは分かる。二号館を出て坂を上る。右手に曲がる。するとそこに桜の木が一本あってお地蔵さんが鎮座している。一色次郎のようにひょこっと御礼をしたかどうか分からない。
北へ行く鎌倉通りを辿る。すぐに踏切にかかる。現下北沢３号踏切だ。早朝のこととて、遮断機はあがりっぱなしで、警手は小屋の中で煙草を吹かしていた。鉄路を跨いで右にいく。左手の小屋には軍用のオート三輪が置かれている。
Ｓ字を描いた道は、佐山一雄さんの家の脇からは坂道になる。この道を上って行くと帝都線に出る。この電車で彼は渋谷に出、乗り換えて品川に行ったものだろう。着いた浜松には航空隊がある。ここに入隊したのだろうか。
一人の名も分からない青年は、その後どうしたのだろうか？。気になる。
（写真は「代田の丘の６１号鉄塔」である。今、この南手にある家が壊されていて空き地になっている。南側から見上げた写真の初めての例だ。いましばらくは撮れるのではないだろうか）
