2011年12月13日
下北沢Ｘ新聞(1975) 〜映画監督の記録と記憶〜
（一）
映画監督とは絵を貯め込む人である。この頃、そう思うようになった。
亡くなられた松林宗恵監督は「記録は大事だ」ということを度々言っておられた。このごろ調べたり、読んだりする中で映画監督が記録した文章に出会っては、監督に共通するのが記録意識ではなかったかと思う。
海軍士官だった松林監督から戦争時の話を伺ったことがある。乗艦が敵機に襲われたときの様子を、「機銃痕がミシン目を縫うように甲板上を走っていった」というようなことを言われた。
「画像を思い浮かべてお話なさっているように思いました」
そのときの印象を監督に言ったことがある。
記録のことで言えば、覚えていることがある。成瀬巳喜男監督作品には、小田急の電車の走行シーンがしばしば見られる。「驟雨」でも豪徳寺近辺の踏切を走っていく電車が出てきたように思う。このことの意義を都市の記録として撮っていたのではないかと誰かが書いていた。さもありなんである。
小田急線の梅ヶ丘以西はすっかり高架化された。複々線で堂々としたものだ。あの昔日の、地表線をカタタタン、トタトンとジョイントを響かせて行くさまには哀愁があった。撮って遺していなければ見られない。
（二）
「降旗監督の生家のとなりが今はホテル井筒です。昔の井筒の湯です。そのむこうがゆもとや、昔の湯本屋ですね」
十月に浅間温泉に行ったときに地元の人が説明をしてくれた。この監督は井筒の湯に特攻兵がいて会話を交わしたことを記録している。
つい先だって、各務原から松本へ重爆撃機「飛龍」で飛んできた前村弘さんと話をした。
「手記には、桐の湯と書いてありましたか。あれは井筒の湯だったんですよ」
記録違いを言われた。この井筒の湯上空に飛んできた飛行機を見送る場面を監督は書いているが、もしかして前村さんの飛行機ではなかったかと思った。
この桐の湯も、井筒の湯も、湯本湯も代沢国民学校の疎開学寮だった。
（三）
熊井啓監督も信州松本の出身だ。飛行場建設に駆り出され勤労奉仕をしたことを詳しく描いている。当時松本中学に在学していた。
その記述の中に、「私たち二年生が動員されたのは、十九年十月五日から十一月四日までの一ヵ月であった」（「私の信州物語」岩波現代文庫）とある。この年月の記録はとても貴重である。陸軍飛行場の建設の進行が推理されるからだ。
このとき中信地区の人々、それと朝鮮から強制徴用された人などを総動員して建設に携わらせている。そうした中、「秋晴れの日」に「中島九七戦闘機似た旧式」の飛行機が着陸したという。勤労奉仕期間中の初着陸だ。
建設地は傾斜があり、石塚がそこかしこにあるところだ。そこを瞬く間に均していって完成させた。かつての土木工事はともかく人が中心だった。土を掘って、それを担いで行く、人、人、人だった。短期間に突貫工事を行って完成を急がせた。その上での一番機の飛来だった。「最新鋭機を期待していたのだが」オンボロだった。これも絵である。
熊井啓監督はあるとき松林に隠匿されている重爆撃機呑龍に出会った。機体のすべてにわたって弾痕がついていた。それで彼はこういう。「私は弾痕だらけの呑龍を見ながら、初めて生々しい戦争に出会った気がした」と。
これを読んで、映像の貯めだと思った。ときの流れの一端を絵にして記憶している。その何千枚もの記憶が映像作りに欠かせなかったのではないかと思った。監督が描く文章は映像的である。
（写真は浅間温泉、降旗監督の生家、隣がホテル井筒、むこうが、ゆもとや）
「降旗監督の生家のとなりが今はホテル井筒です。昔の井筒の湯です。そのむこうがゆもとや、昔の湯本屋ですね」
十月に浅間温泉に行ったときに地元の人が説明をしてくれた。この監督は井筒の湯に特攻兵がいて会話を交わしたことを記録している。
つい先だって、各務原から松本へ重爆撃機「飛龍」で飛んできた前村弘さんと話をした。
「手記には、桐の湯と書いてありましたか。あれは井筒の湯だったんですよ」
記録違いを言われた。この井筒の湯上空に飛んできた飛行機を見送る場面を監督は書いているが、もしかして前村さんの飛行機ではなかったかと思った。
この桐の湯も、井筒の湯も、湯本湯も代沢国民学校の疎開学寮だった。
（三）
熊井啓監督も信州松本の出身だ。飛行場建設に駆り出され勤労奉仕をしたことを詳しく描いている。当時松本中学に在学していた。
その記述の中に、「私たち二年生が動員されたのは、十九年十月五日から十一月四日までの一ヵ月であった」（「私の信州物語」岩波現代文庫）とある。この年月の記録はとても貴重である。陸軍飛行場の建設の進行が推理されるからだ。
このとき中信地区の人々、それと朝鮮から強制徴用された人などを総動員して建設に携わらせている。そうした中、「秋晴れの日」に「中島九七戦闘機似た旧式」の飛行機が着陸したという。勤労奉仕期間中の初着陸だ。
建設地は傾斜があり、石塚がそこかしこにあるところだ。そこを瞬く間に均していって完成させた。かつての土木工事はともかく人が中心だった。土を掘って、それを担いで行く、人、人、人だった。短期間に突貫工事を行って完成を急がせた。その上での一番機の飛来だった。「最新鋭機を期待していたのだが」オンボロだった。これも絵である。
熊井啓監督はあるとき松林に隠匿されている重爆撃機呑龍に出会った。機体のすべてにわたって弾痕がついていた。それで彼はこういう。「私は弾痕だらけの呑龍を見ながら、初めて生々しい戦争に出会った気がした」と。
これを読んで、映像の貯めだと思った。ときの流れの一端を絵にして記憶している。その何千枚もの記憶が映像作りに欠かせなかったのではないかと思った。監督が描く文章は映像的である。
（写真は浅間温泉、降旗監督の生家、隣がホテル井筒、むこうが、ゆもとや）
