2011年12月17日
下北沢Ｘ新聞(1978) 〜聖夜が繙く近代史：北白川宮家ゆかりの杉３〜
（一）
昭和女子大構内に長い間、その土地を見つめてきたヒマラヤ杉がある。ところがその樹については知られていない、ひっそりと生きて来た。
1909年（明治四十二年）から、今年、2011年まで１０３年の長きに亘って生きながらえてきた。変貌の著しい近代化の嵐を潜り抜けて今に生き残っている。
かつては、近衛野砲兵連隊のシンボルだった。が、時が経過してそれが今は学舎のシンボルとなって、イルミネーションが点滅している。穏やかでのどかな風景である。
１２月１３日、夕暮れ時、昭和女子大を訪れた。比嘉さんに木の説明を受けたり、これがよく眺められる建物のベランダに案内してもらったりした。
「もう少し経つとイルミネーションが点って綺麗に見えますよ。どうぞご覧になっていってください」
わたしは刻々と暮れて行く中で次第に灯りが色濃くなって行く様を観察した。女子大の中の樹木の側でぽつねんと木を見上げているというのも居心地が悪いものだ。事実、授業が夕方になって終わったようで、校舎からは続々と女子学生が出てきて正門の方に向かっていく。しかし、立っているわたしに不審な目を向ける学生は一人としていない。
回りをみていると校舎の壁に「学内就職説明会」と書かれた垂れ幕が下がっていた。来年に向けてのものだろう。就職氷河期だ。女子就職戦線も厳しいものがある。
社会の慌ただしさ、暮れの気ぜわしさ、そんなものが彼女らの背に見える。誰もイルミネーションの点ったヒマラヤ杉を見上げない。
（二）
帰り際に総務部に立ち寄ると、比嘉さんがパソコンから取り出してきた古地図をもってこられた。航空写真である。
「まず、昭和２２年のもの、このヒマラヤ杉だけ写っています。つぎのは昭和３８年のものここにも写っています。そしてこれが今の地図、同じ位置に写っています。」
ヒマラヤ杉が生きてきた歴史がこれで確かめられる。お手植えのヒマラヤ杉に違いない。
Gooがネットで提供している昭和２２年のものは、家に帰ってから再度、ページを開いて閲覧した。何もないところにこれだけがポツンと見えている。かなり大きな樹である。まわりにはほとんど何もない。とくに大山厚木街道に並行したところには建物はない。二列目にちまちまとした建物が並んで建っているのが見える。いわゆる戦後のバラックに相違ない。
思い出したのは田中良輔さんの話だ。電話会社の会長職に就いていた人だ。折々邪宗門に来ていた人でわたしは可愛がられた。地図を印刷する金がないなら俺が出すと言われて本当にそうされた。が、間もなくして亡くなられた。この人が近衛野砲兵連隊の士官であった。こんな話をしてくれた。
「塀の向こうが電車通りで兵舎で寝ていると、表を通る玉電の電車の音が聞えてくるんだ。そうすると無性に娑婆が恋しくなったものだ……」
近衛野砲兵連隊の兵舎は街道に並行してあったはずだ。が、22年のものにはない。手持ちの古地図、大正五年ので調べると近衛野砲兵連隊はやはり通りに並行してずらりと建っている。これは空襲で燃えたのだと分かった。
しかし、昭和三十一年の「晴雲会」の写真にはヒマラヤ杉の向こうに旧兵舎が覗いている。改めて２２年ので確かめる。すると兵営の第二列、つまりは、野砲兵第一連隊の兵営はほとんど無傷のまま残っていた。この一部が下馬の韓国会館として今も現存している。
ところが、今夏の街歩きでこの半分が壊されたことを知った。貴重な歴史的記念建造物だ。後世に残すべき建物だと思う、仲間内の話題にはなるが、見捨てられたままだ。
（三）
百三年を生きてきたヒマラヤ杉は空襲をかいくぐって生き延びてきたものだと分かった。回り中火の海になったなかで中庭にあったことで焼失を免れたようである。
三宿、池尻、下馬一帯は、かつては広大な軍事施設があった。が、それを伝えるものは極めて少ない。
「構内の馬頭観音が祀ってあるところあるでしょう。あそこに石柱を置いていますけど、古い職員の方に聞いて知ったんですけどね、昔はこの一帯の至る所にあったと言います。馬の手綱を繋ぐものだったらしいのですよ。」
こういう証言が集まることも大事だ。
昭和女子大構内には、近衛野砲兵連隊跡の石碑も建っている。戦友会が建てたものだが、大学の同意を得ているはずだ。戦争の遺産を残す、歴史の刻み目をきちんと残す、そういことは学問の府としての務めである。それをこの大学はなしている。
「うちも間もなく百周年を迎えるのですよ」
比嘉さんが言われた。
「歴史の証としてヒマラヤ杉のことはぜひ記録に残してください」
わたしはそうお願いした。
現昭和女子大構内にあるもっとも古いヒマラヤ杉は、北白川宮成久王殿下と周宮房子、ご結婚された際にその記念に植えられたものであるとほぼ推察される。最終確定をするには、もう一つ、客観評価をする必要がある。植物学などの観点からそれは可能のように思われる。（了）
〇追記
昭和女子大を訪れたときに、川口信氏から預かっていた昭和三十一年十月七日に撮った記念集合写真、原板から焼き増ししたものを大学に寄贈した。
なお、来年も、２０１２年７月２１日「駒沢練兵場、野砲兵兵舎跡を巡る」を実施する。池尻大橋駅改札前１３時集合。今年は三人だった。一人でも催行したい。
〇報告
本日、2011/12/17、「代田半島地形学入門」を実施した。「地域風景資産１０周年記念誌」の取材と、世田谷区の広報誌（GAYAGAYA）の取材とが重なって参加が大勢になってしまった。交通安全上の問題が生じてくる。これをどうするか今後の課題だ。
このところ、埼玉から熱心に参加されている方がおられる。わたしたちの会の手法を活用して地元でもできないかということをおっしゃった。単一的な見方でなく複眼的に事象を見ていく、そうすると新しい発見がある。今日参加された方々の多くは面白がっておられた。締めくくりの街歩き、無事に終わった。
帰り際に総務部に立ち寄ると、比嘉さんがパソコンから取り出してきた古地図をもってこられた。航空写真である。
「まず、昭和２２年のもの、このヒマラヤ杉だけ写っています。つぎのは昭和３８年のものここにも写っています。そしてこれが今の地図、同じ位置に写っています。」
ヒマラヤ杉が生きてきた歴史がこれで確かめられる。お手植えのヒマラヤ杉に違いない。
Gooがネットで提供している昭和２２年のものは、家に帰ってから再度、ページを開いて閲覧した。何もないところにこれだけがポツンと見えている。かなり大きな樹である。まわりにはほとんど何もない。とくに大山厚木街道に並行したところには建物はない。二列目にちまちまとした建物が並んで建っているのが見える。いわゆる戦後のバラックに相違ない。
思い出したのは田中良輔さんの話だ。電話会社の会長職に就いていた人だ。折々邪宗門に来ていた人でわたしは可愛がられた。地図を印刷する金がないなら俺が出すと言われて本当にそうされた。が、間もなくして亡くなられた。この人が近衛野砲兵連隊の士官であった。こんな話をしてくれた。
「塀の向こうが電車通りで兵舎で寝ていると、表を通る玉電の電車の音が聞えてくるんだ。そうすると無性に娑婆が恋しくなったものだ……」
近衛野砲兵連隊の兵舎は街道に並行してあったはずだ。が、22年のものにはない。手持ちの古地図、大正五年ので調べると近衛野砲兵連隊はやはり通りに並行してずらりと建っている。これは空襲で燃えたのだと分かった。
しかし、昭和三十一年の「晴雲会」の写真にはヒマラヤ杉の向こうに旧兵舎が覗いている。改めて２２年ので確かめる。すると兵営の第二列、つまりは、野砲兵第一連隊の兵営はほとんど無傷のまま残っていた。この一部が下馬の韓国会館として今も現存している。
ところが、今夏の街歩きでこの半分が壊されたことを知った。貴重な歴史的記念建造物だ。後世に残すべき建物だと思う、仲間内の話題にはなるが、見捨てられたままだ。
（三）
百三年を生きてきたヒマラヤ杉は空襲をかいくぐって生き延びてきたものだと分かった。回り中火の海になったなかで中庭にあったことで焼失を免れたようである。
三宿、池尻、下馬一帯は、かつては広大な軍事施設があった。が、それを伝えるものは極めて少ない。
「構内の馬頭観音が祀ってあるところあるでしょう。あそこに石柱を置いていますけど、古い職員の方に聞いて知ったんですけどね、昔はこの一帯の至る所にあったと言います。馬の手綱を繋ぐものだったらしいのですよ。」
こういう証言が集まることも大事だ。
昭和女子大構内には、近衛野砲兵連隊跡の石碑も建っている。戦友会が建てたものだが、大学の同意を得ているはずだ。戦争の遺産を残す、歴史の刻み目をきちんと残す、そういことは学問の府としての務めである。それをこの大学はなしている。
「うちも間もなく百周年を迎えるのですよ」
比嘉さんが言われた。
「歴史の証としてヒマラヤ杉のことはぜひ記録に残してください」
わたしはそうお願いした。
現昭和女子大構内にあるもっとも古いヒマラヤ杉は、北白川宮成久王殿下と周宮房子、ご結婚された際にその記念に植えられたものであるとほぼ推察される。最終確定をするには、もう一つ、客観評価をする必要がある。植物学などの観点からそれは可能のように思われる。（了）
〇追記
昭和女子大を訪れたときに、川口信氏から預かっていた昭和三十一年十月七日に撮った記念集合写真、原板から焼き増ししたものを大学に寄贈した。
なお、来年も、２０１２年７月２１日「駒沢練兵場、野砲兵兵舎跡を巡る」を実施する。池尻大橋駅改札前１３時集合。今年は三人だった。一人でも催行したい。
〇報告
本日、2011/12/17、「代田半島地形学入門」を実施した。「地域風景資産１０周年記念誌」の取材と、世田谷区の広報誌（GAYAGAYA）の取材とが重なって参加が大勢になってしまった。交通安全上の問題が生じてくる。これをどうするか今後の課題だ。
このところ、埼玉から熱心に参加されている方がおられる。わたしたちの会の手法を活用して地元でもできないかということをおっしゃった。単一的な見方でなく複眼的に事象を見ていく、そうすると新しい発見がある。今日参加された方々の多くは面白がっておられた。締めくくりの街歩き、無事に終わった。
