2011年12月25日
下北沢Ｘ新聞(1983) 〜下北沢の芸術文化と疎開学童２〜
（一）
都会的な感性をもった学童が浅間温泉に４０００人近くも大挙して押し寄せた。この強制的な疎開は土地に一大カルチャーショックをもたらした。
行儀が良い、おしゃまだ、頭も悪くない。服装もこざっぱりしていて垢抜けている。地元で雇われた寮母はそう感じた。が、学童と接触していくうちに子どもたちの親が立派だったと気づいてくる。〇〇の親は大将だ、帝大の先生だ。官庁の役人だと分かってきて驚いている。
ときおり防空頭巾を被って母親が面会にくる。寮母たちは接して知った。御高祖頭巾ならぬ防空頭巾で頭を覆ってはいるが着ている服の布地が違う。「世田谷代沢の学校の子どもはたいしたものだ」と寮母は、地元の人に自慢していた。
鉄道交点一帯の子どもが忽然と浅間温泉に現われて人々は強烈な印象を受けた。歌もうまい、音符も読める、楽器も弾ける。ハーモニーもすぐ揃う。演芸会で劇をやればさまになる。
代沢国民学校の学寮となっていた井筒の湯の隣には一人の少年が住んでいた。ほっぺの赤くないお人形のような彼女らを見て大きな衝撃を受けた。後の映画監督になる降旗康男氏である。
彼等の器楽演奏もみものだった。代沢小蔦の湯の寮長浜館菊雄先生は音楽担当だ。学校ではバンドを持っていた。
長い間、わたくしと子どもたちと続けてきたバンドの楽器を持っていきたかったので、その荷造りをしなければならなかった。なんとなく追われる者の切迫感で、そんな楽器など運んでいくのは、不謹慎であるかのように誤解されるおそれがあった。
学童集団疎開 浜館菊雄 太平出版社
（二）
疎開に楽器を持って行かせたという例は、極めて少ないように思う。「慰安と娯楽こそ必要欠くべかざるものであろうと考えた」（同上）、ゆるぎない考えである。この辺りは興味深いところである。鉄道交点的な進取の気風があって、そういう考えをサポートする他の先生や親がいたことである。他の地域ではできないことであった。
「わたくしは、他に犠牲をはらっても一台のオルガンとこの楽器は運ばなければならないと思った」、その具体的な楽器は、鳴瀬さんが決部隊を慰問したとき持って行った木琴、ハモニカ、ドラム、アコディオンであろう。
この浜館先生は、浅間温泉では蔦の湯を寮としていた。再疎開先は洗馬村真正寺である。音楽的感性に優れた子どもたちがいた。
浜館先生は、ここに移ったときに、子どもらを勇気づけようと「真正寺寮歌」を作って歌わせた。「これを楽器で演奏できるように編曲し、歌ったり演奏したりした」。村の子どもにとっては大きなカルチャーショックだったようだ。憧れの目で彼等を見ていたに違いない。
この秋、郷原広丘に行ったとき、洗馬村からお嫁にきた人と出会った。彼女は、この歌を今でも覚えていると言って三番まで歌ってくれた。このことは何を意味するか。都会の雰囲気を持った男女が器楽を演奏して歌をうたった、強烈な印象だったろう。と、同時に、子どもたちの音楽レベルの高さも証明するものだ。このバンド、音楽的感性がない者は入れなかったと聞いている。
（三）
つぎのエピソードは、このバンドのレベルの高さを証明するものだ。
この浜館バンドは、戦後になってひっぱりだこだったらしい。慰問先は米軍キャンプである。近くではワシントンハイツだ。
「米軍の迎えの車が学校にきていましたからね。確かおそろいの服をきていたな」
伊藤文学さんが教えてくれた。
（写真は、松本明美さんから戴いたもの。浜館先生のお子さんが託されたもので、松本さんは、わたしに資料として使ってほしいとのこと。浅間温泉、左側は玉の湯、右はきりの湯。貴重な写真だ。）
〇雑記
「北沢川文化遺産保存の会」会報６６号を事務局の「邪宗門」に届けた。「朔太郎が暮らした街、下北沢を歩く」というエッセイの複写を作道さんにもらった。「東京人」２０１２年１月号に載ったものだ。林浩平氏が散歩をされたようだ。これにはつぎのように書かれていた。
その際に携えたのが、「下北沢文士町文化地図」という大判の図版である。近代文学者には下北沢に住んだひとが多い。その旧居跡を探して作られたのがこの地図である。森茉莉が原稿の執筆に愛用した店として知られる喫茶店「邪宗門」の経営者きむらけん氏が作成したものだ。
疎開に楽器を持って行かせたという例は、極めて少ないように思う。「慰安と娯楽こそ必要欠くべかざるものであろうと考えた」（同上）、ゆるぎない考えである。この辺りは興味深いところである。鉄道交点的な進取の気風があって、そういう考えをサポートする他の先生や親がいたことである。他の地域ではできないことであった。
「わたくしは、他に犠牲をはらっても一台のオルガンとこの楽器は運ばなければならないと思った」、その具体的な楽器は、鳴瀬さんが決部隊を慰問したとき持って行った木琴、ハモニカ、ドラム、アコディオンであろう。
この浜館先生は、浅間温泉では蔦の湯を寮としていた。再疎開先は洗馬村真正寺である。音楽的感性に優れた子どもたちがいた。
浜館先生は、ここに移ったときに、子どもらを勇気づけようと「真正寺寮歌」を作って歌わせた。「これを楽器で演奏できるように編曲し、歌ったり演奏したりした」。村の子どもにとっては大きなカルチャーショックだったようだ。憧れの目で彼等を見ていたに違いない。
この秋、郷原広丘に行ったとき、洗馬村からお嫁にきた人と出会った。彼女は、この歌を今でも覚えていると言って三番まで歌ってくれた。このことは何を意味するか。都会の雰囲気を持った男女が器楽を演奏して歌をうたった、強烈な印象だったろう。と、同時に、子どもたちの音楽レベルの高さも証明するものだ。このバンド、音楽的感性がない者は入れなかったと聞いている。
（三）
つぎのエピソードは、このバンドのレベルの高さを証明するものだ。
この浜館バンドは、戦後になってひっぱりだこだったらしい。慰問先は米軍キャンプである。近くではワシントンハイツだ。
「米軍の迎えの車が学校にきていましたからね。確かおそろいの服をきていたな」
伊藤文学さんが教えてくれた。
（写真は、松本明美さんから戴いたもの。浜館先生のお子さんが託されたもので、松本さんは、わたしに資料として使ってほしいとのこと。浅間温泉、左側は玉の湯、右はきりの湯。貴重な写真だ。）
〇雑記
「北沢川文化遺産保存の会」会報６６号を事務局の「邪宗門」に届けた。「朔太郎が暮らした街、下北沢を歩く」というエッセイの複写を作道さんにもらった。「東京人」２０１２年１月号に載ったものだ。林浩平氏が散歩をされたようだ。これにはつぎのように書かれていた。
その際に携えたのが、「下北沢文士町文化地図」という大判の図版である。近代文学者には下北沢に住んだひとが多い。その旧居跡を探して作られたのがこの地図である。森茉莉が原稿の執筆に愛用した店として知られる喫茶店「邪宗門」の経営者きむらけん氏が作成したものだ。
