2012年10月01日
下北沢X新聞(2174)〜第75号「北沢川文化遺産保存の会」会報〜
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「北沢川文化遺産保存の会」会報 第75号 WEB版
2012年10月1日発行(毎月1回発行)
会長 長井 邦雄(信濃屋食品)
事務局:世田谷「邪宗門」(木曜定休) 155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
会報編集・発行人 きむらけん
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1、鉄塔由来碑作成秘話
下北沢鉄道交点文化・芸術の根幹は「伝え」である。人に発信しようとする飽くなき追求である。そういう質の高さを持ち、それが今もなお堅持されている。言葉のたった一字すらもゆるがせにできないことを改めて学んだ。
世田谷区地域風景資産「代田の丘の61号鉄塔」の案内看板を建てようとして、この最終の詰めの作業を行った。このデザイン担当をされているのが道吉剛氏である。こちらで記した文章を実際の看板に当て嵌めて下さっている。字の配置、バランスなどとても丁寧である。一字、一字を絶対にゆるがせにはされない。
一つの看板の中に「萩原朔太郎」というのが複数回出てくるがこれを削れないかと言われる。全くもっともなことだ。萩原朔太郎ゆかりの風景資産であるだけについ使いたくなって書いてしまう。が、やはりデザインというのはバランスだ。過度な表現では伝えが伝わらない。中心となる人物の名は何度も使ってはいけない。学んだことである。
例えば、行の体裁というのもある。行の頭に文末がくることがある。「た。」という場合だ。こちらは行は見ないで文全体を見ている。ゆえに行頭に完了形が来ることに頓着していない。しかしデザインの手練れの目は鋭い。一行一行を、伝えの基本としておられる。こういう事例は受け入れ難いことである。
そういうことが分かってくると、こちらも考える。助詞を余分に入れたり、別の類義語に置き換えて字数を調整したりするようになった。
FAXの行き来が何度もあって段々に言葉が、落ち着いていく。何度も何度もこれを行った。そのうちの一枚に言葉が記されてあった。大御所の指摘には恐れ入ったことである。このように記されたあった。九月十二日の日付のあるものだ。
完成がまぢかとなりました。かさねて直し修正作業をしていると、添削、指導を受けている生徒かと錯覚しそうです。さすがは国語の先生、ご指摘は克明、的確です。その気になるといくらでも直せるのが文章の悩ましいところですね。このあたりで脱稿となりましょうか。
やりとりの一端である。大御所の誉め言葉は過分に思われたことだ。が、文章が悩ましいことは確かである。結局、これで終わったかというとそうではない。この後も五六度FAXの行き来があった。そして、「だいぶ流れがよくなってきますね」というのは道吉さんが言われた。私はイメージで書いている。当初は「かつては高圧線もほのめいていた」と書いていた。ところが推敲しているうちに、この表現が曖昧であることに気づいてきた。それで、「高圧線の碍子が」と具体物を挿入をした。事実、ここで漏電現象が起こっていた。
もういいだろう。最後になって看板製作を依頼するときに管理する側からの注文がついた。「他に類例をみない文学モニュメントだ」とこちらは表現した。が、予想しない類例があるかもしれないとのことだ。言われてみればそうだ「だといえる」と文末は結んだ。
「今回のもの五十年は持つようにということで作りました。まあ、そのときはいないかもしれませんね」
道吉剛さんは言われた。そのときは自分もいないだろう。が、「伝え」が五十年は伝わる。これはよしとしよう。
「北沢川文学の小路」は、私たちには夢であった。が、少しずつこれが実現しつつある。横光利一家の石畳を用いた文学碑、代沢湯の女湯という看板を用いた森茉莉文学碑建てば最高である。地域に、そして全国に誇れる小路となる。期待したい。
2、鉄塔由来碑完成のご案内
北沢川文学の小路に、坂口安吾文学碑に続いて二つ目の文学碑銘板が完成します。これを祝っての除幕式を行います。会員のみならず一般の方々も参加できます。どうぞおいでください。なお、この文学碑銘板は、世田谷区地域の絆の助成と株式会社信濃屋食品の協賛を戴き、この度の完成の運びとなりました。
とき 平成24年10月6日 午後2時より
ところ 北沢川緑道鶴ヶ丘橋たもと(世田谷区代田1の42)
プログラム(予定) 学校児童によるものは依頼している。回答は得ていないので予定としておく。
北沢川文化遺産保存の会会長の挨拶
鉄塔由来碑の説明
花見堂小学校学児童による朔太郎詩朗読 「竹」
花見堂小学校長挨拶
児童の手による除幕
司会進行 作道明 (北沢川文化遺産保存の会)
参加者には「萩原朔太郎世田谷在住81周年記念」冊子
『代田の丘の鉄塔文学論』(きむらけん)と粗菓をさしあげます。
三十分程度を予定しております。雨天時も決行いたします
参加申し込みは、下記のところに電話かメールかでお願いします。
締め切りを十月三日とします。緑道で場所が狭いことからあまり大勢は無理です。
なお、当日、受付や会場案内、整理などで手伝ってくださる方は、午後1時に鶴ヶ丘橋のところに
集合してください。
3、アーティストタウンの情報を
「下北沢文士町文化地図」第五版発行に向けて準備をしています。今回は、文学のみならずアーティストも入れようということで計画をしています。
芸術というのは分野が広く、どこまでカバーするのか難しい問題があります。しかし、下北沢一帯に芸術家が集っていたことは事実です。彼らと文学とのつながりはあった考えていい。近隣に住む芸術家が本の挿絵を担当したという事例もあったのではないか。
芸術家を地図に入れ込みそれには青丸をつける。現在、多摩美術大学美術館で「今井兼次の世界�検廚�開かれています。この彼は、下北沢野屋敷に住んでいました。今も建築家の手になる家が残っています。彼は建築のみならず造形デザインでも卓越した芸術性を持っていました。総合芸術家とも言われています。今井兼次旧居はぜひ今回は入れたいと思っています。
条件を二つつけました。一つは物故者であること。もう一つは、当地にアトリエを持っていたこと、これを選定の基準にしました。私たちもその情報のすべてを把握はしていません。確認をしつつ順次青丸をつけていくことになります。これに関する情報は歓迎いたします。ぜひお寄せください。
4、都市物語を旅する会
私たちは、毎月、歩く会を実施しています。個々の土地を実際に歩き、その土地のにおいを嗅いで楽しみながらぶらぶら歩いています。参加自由です。 基本原則は、第三土曜日としています。第二週には、会員の希望によって特番を設けることがあります。
・第77回 10月20日(土) 井の頭線東松原駅午後一時集合
松原の杜夫、代田の茂吉を歩く
東松原駅集合→北杜夫旧宅→青山脳病院跡→羽根木公園(根津山)→北沢川緑道→茂吉代田旧居跡→茂吉ゆかりの代田八幡宮→世田谷代田2号踏切跡(根津山に孫と行くときに通った踏切)→北沢川緑道…記念樹(ネコヤナギ)→第二書房跡→(邪宗門)
◎この日、青野達司さんの紹介で、北杜夫旧宅では奥さんが出てこられて話を少ししてくださるとのことです。(今回先着順。現在、すでに5名の申し込みあり)
11月
特番開催
〇ぼちぼち墓地歩き(雑司ヶ谷、染井に続く第3回目)
谷中墓地を歩く 11月10日(土)午後一時 日暮里駅中央改札口前
・第78回 11月17日(土)、井の頭線池の上駅 午後一時集合
アーティストタウンを歩く1(第四象限)
杉山元元帥旧居→海外植民学校跡→東條英機旧邸→横光利一(小説)→(聖三一教会)→佐藤栄作旧邸→田村泰次郎(小説)→宇野千代(小説)・東郷青児(画家)→森茉莉(小説)→加藤楸邨(俳句)→坂口安吾文学碑→田村泰治郎・井上友一郎(小説)→三好達治(詩人)→中谷泰(洋画)→代田「邪宗門」
・第79回 12月15日(土)代田橋駅 午後一時集合
代田半島三大伝説を巡る ダイダラボッチ、代田連絡線、代田の丘の61号鉄塔
・第80回 1月19日(土) 午後1時 豪徳寺駅改札前
新春恒例〜神社を巡って手と脚の健康を祈る〜
案内者 天羽大器 恒例新年の歩きぞめ。ご馳走で太った身体をスリムに!
・第81回 2月16日(土) 午後1時 渋谷ハチ公前
東急C曲線の最後の曲を聴く 東急東横線地下化!
渋谷駅→行きは代官山まで東横線東側→代官山から渋谷まで東横線西側
東横線高架とはお別れ。きゅきゅん、くきゅんというC曲線音楽ともお別れ
・第82回 3月16日(土)午後1時 経堂駅改札前
再度チャレンジ滝坂道の森茉莉 経堂フミハウスから代沢ハウスまで
◎申し込み方法、参加希望、費用について 参加費は各回とも300円
参加申し込みについて(必ず参加連絡をお願いします。資料部数と関連します)
電話の場合、 米澤邦頼 090−3501−7278
メールの場合 きむらけん aoisigunal@hotmail.com FAX3718-6498
■ 編集後記
▲鉄塔由来碑完成に向けて記念の冊子を作りました。「萩原朔太郎世田谷在住81周年記念」「代田の丘の鉄塔文学論」と題するものです。これを「北沢川文化遺産保存の会」紀要創刊号とします。この費用に関しては自身の講演謝礼、出版お祝いなどを充てます。今後2号、3号と続けようと思っています。一冊につき二百円か三百円のカンパを戴ければ次の印刷費用がまかなえます。小さな力で文化を支える。これもよろしくお願いします。
▲街歩きについては、76回、77回、78回は世田谷区地域風景資産イベントの協賛という形をとっています。区の方でも広報を行っていてこれを見ての参加というのも何人かおられます。この街歩き、参加は自由です。気が向いたときにはおいでください。
▲拙著『鉛筆部隊と特攻隊』については、各新聞で書評が掲載された。9月23日には『朝日新聞』にも書かれた。見出しは「疎開児童との心の交流再現」となっている。これまで都合四紙で取り上げられた。本は事務局の「邪宗門」でも買える。
▲世田谷区地域風景資産「代田の丘の61号鉄塔」についての案内を記した看板については、混乱をしていた。
モニュメントは鉄塔である。看板は鉄塔由来碑とすることにした。郵送版とネット版では、その点が異なっている。
・当会への連絡、お問い合わせは、編集、発行者のきむらけんへ aoisigunal@hotmail.com
会報のメール配信もしています。「北沢川文化遺産保存の会」へご入会ください。入会費なし。年会費1000円。事務局の世田谷「邪宗門」で受け付けております。
「北沢川文化遺産保存の会」会報 第75号 WEB版
2012年10月1日発行(毎月1回発行)
会長 長井 邦雄(信濃屋食品)
事務局:世田谷「邪宗門」(木曜定休) 155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
会報編集・発行人 きむらけん
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1、鉄塔由来碑作成秘話
下北沢鉄道交点文化・芸術の根幹は「伝え」である。人に発信しようとする飽くなき追求である。そういう質の高さを持ち、それが今もなお堅持されている。言葉のたった一字すらもゆるがせにできないことを改めて学んだ。
世田谷区地域風景資産「代田の丘の61号鉄塔」の案内看板を建てようとして、この最終の詰めの作業を行った。このデザイン担当をされているのが道吉剛氏である。こちらで記した文章を実際の看板に当て嵌めて下さっている。字の配置、バランスなどとても丁寧である。一字、一字を絶対にゆるがせにはされない。
一つの看板の中に「萩原朔太郎」というのが複数回出てくるがこれを削れないかと言われる。全くもっともなことだ。萩原朔太郎ゆかりの風景資産であるだけについ使いたくなって書いてしまう。が、やはりデザインというのはバランスだ。過度な表現では伝えが伝わらない。中心となる人物の名は何度も使ってはいけない。学んだことである。
例えば、行の体裁というのもある。行の頭に文末がくることがある。「た。」という場合だ。こちらは行は見ないで文全体を見ている。ゆえに行頭に完了形が来ることに頓着していない。しかしデザインの手練れの目は鋭い。一行一行を、伝えの基本としておられる。こういう事例は受け入れ難いことである。
そういうことが分かってくると、こちらも考える。助詞を余分に入れたり、別の類義語に置き換えて字数を調整したりするようになった。
FAXの行き来が何度もあって段々に言葉が、落ち着いていく。何度も何度もこれを行った。そのうちの一枚に言葉が記されてあった。大御所の指摘には恐れ入ったことである。このように記されたあった。九月十二日の日付のあるものだ。
完成がまぢかとなりました。かさねて直し修正作業をしていると、添削、指導を受けている生徒かと錯覚しそうです。さすがは国語の先生、ご指摘は克明、的確です。その気になるといくらでも直せるのが文章の悩ましいところですね。このあたりで脱稿となりましょうか。
やりとりの一端である。大御所の誉め言葉は過分に思われたことだ。が、文章が悩ましいことは確かである。結局、これで終わったかというとそうではない。この後も五六度FAXの行き来があった。そして、「だいぶ流れがよくなってきますね」というのは道吉さんが言われた。私はイメージで書いている。当初は「かつては高圧線もほのめいていた」と書いていた。ところが推敲しているうちに、この表現が曖昧であることに気づいてきた。それで、「高圧線の碍子が」と具体物を挿入をした。事実、ここで漏電現象が起こっていた。
もういいだろう。最後になって看板製作を依頼するときに管理する側からの注文がついた。「他に類例をみない文学モニュメントだ」とこちらは表現した。が、予想しない類例があるかもしれないとのことだ。言われてみればそうだ「だといえる」と文末は結んだ。
「今回のもの五十年は持つようにということで作りました。まあ、そのときはいないかもしれませんね」
道吉剛さんは言われた。そのときは自分もいないだろう。が、「伝え」が五十年は伝わる。これはよしとしよう。
「北沢川文学の小路」は、私たちには夢であった。が、少しずつこれが実現しつつある。横光利一家の石畳を用いた文学碑、代沢湯の女湯という看板を用いた森茉莉文学碑建てば最高である。地域に、そして全国に誇れる小路となる。期待したい。
2、鉄塔由来碑完成のご案内
北沢川文学の小路に、坂口安吾文学碑に続いて二つ目の文学碑銘板が完成します。これを祝っての除幕式を行います。会員のみならず一般の方々も参加できます。どうぞおいでください。なお、この文学碑銘板は、世田谷区地域の絆の助成と株式会社信濃屋食品の協賛を戴き、この度の完成の運びとなりました。
とき 平成24年10月6日 午後2時より
ところ 北沢川緑道鶴ヶ丘橋たもと(世田谷区代田1の42)
プログラム(予定) 学校児童によるものは依頼している。回答は得ていないので予定としておく。
北沢川文化遺産保存の会会長の挨拶
鉄塔由来碑の説明
花見堂小学校学児童による朔太郎詩朗読 「竹」
花見堂小学校長挨拶
児童の手による除幕
司会進行 作道明 (北沢川文化遺産保存の会)
参加者には「萩原朔太郎世田谷在住81周年記念」冊子
『代田の丘の鉄塔文学論』(きむらけん)と粗菓をさしあげます。
三十分程度を予定しております。雨天時も決行いたします
参加申し込みは、下記のところに電話かメールかでお願いします。
締め切りを十月三日とします。緑道で場所が狭いことからあまり大勢は無理です。
なお、当日、受付や会場案内、整理などで手伝ってくださる方は、午後1時に鶴ヶ丘橋のところに
集合してください。
3、アーティストタウンの情報を
「下北沢文士町文化地図」第五版発行に向けて準備をしています。今回は、文学のみならずアーティストも入れようということで計画をしています。
芸術というのは分野が広く、どこまでカバーするのか難しい問題があります。しかし、下北沢一帯に芸術家が集っていたことは事実です。彼らと文学とのつながりはあった考えていい。近隣に住む芸術家が本の挿絵を担当したという事例もあったのではないか。
芸術家を地図に入れ込みそれには青丸をつける。現在、多摩美術大学美術館で「今井兼次の世界�検廚�開かれています。この彼は、下北沢野屋敷に住んでいました。今も建築家の手になる家が残っています。彼は建築のみならず造形デザインでも卓越した芸術性を持っていました。総合芸術家とも言われています。今井兼次旧居はぜひ今回は入れたいと思っています。
条件を二つつけました。一つは物故者であること。もう一つは、当地にアトリエを持っていたこと、これを選定の基準にしました。私たちもその情報のすべてを把握はしていません。確認をしつつ順次青丸をつけていくことになります。これに関する情報は歓迎いたします。ぜひお寄せください。
4、都市物語を旅する会
私たちは、毎月、歩く会を実施しています。個々の土地を実際に歩き、その土地のにおいを嗅いで楽しみながらぶらぶら歩いています。参加自由です。 基本原則は、第三土曜日としています。第二週には、会員の希望によって特番を設けることがあります。
・第77回 10月20日(土) 井の頭線東松原駅午後一時集合
松原の杜夫、代田の茂吉を歩く
東松原駅集合→北杜夫旧宅→青山脳病院跡→羽根木公園(根津山)→北沢川緑道→茂吉代田旧居跡→茂吉ゆかりの代田八幡宮→世田谷代田2号踏切跡(根津山に孫と行くときに通った踏切)→北沢川緑道…記念樹(ネコヤナギ)→第二書房跡→(邪宗門)
◎この日、青野達司さんの紹介で、北杜夫旧宅では奥さんが出てこられて話を少ししてくださるとのことです。(今回先着順。現在、すでに5名の申し込みあり)
11月
特番開催
〇ぼちぼち墓地歩き(雑司ヶ谷、染井に続く第3回目)
谷中墓地を歩く 11月10日(土)午後一時 日暮里駅中央改札口前
・第78回 11月17日(土)、井の頭線池の上駅 午後一時集合
アーティストタウンを歩く1(第四象限)
杉山元元帥旧居→海外植民学校跡→東條英機旧邸→横光利一(小説)→(聖三一教会)→佐藤栄作旧邸→田村泰次郎(小説)→宇野千代(小説)・東郷青児(画家)→森茉莉(小説)→加藤楸邨(俳句)→坂口安吾文学碑→田村泰治郎・井上友一郎(小説)→三好達治(詩人)→中谷泰(洋画)→代田「邪宗門」
・第79回 12月15日(土)代田橋駅 午後一時集合
代田半島三大伝説を巡る ダイダラボッチ、代田連絡線、代田の丘の61号鉄塔
・第80回 1月19日(土) 午後1時 豪徳寺駅改札前
新春恒例〜神社を巡って手と脚の健康を祈る〜
案内者 天羽大器 恒例新年の歩きぞめ。ご馳走で太った身体をスリムに!
・第81回 2月16日(土) 午後1時 渋谷ハチ公前
東急C曲線の最後の曲を聴く 東急東横線地下化!
渋谷駅→行きは代官山まで東横線東側→代官山から渋谷まで東横線西側
東横線高架とはお別れ。きゅきゅん、くきゅんというC曲線音楽ともお別れ
・第82回 3月16日(土)午後1時 経堂駅改札前
再度チャレンジ滝坂道の森茉莉 経堂フミハウスから代沢ハウスまで
◎申し込み方法、参加希望、費用について 参加費は各回とも300円
参加申し込みについて(必ず参加連絡をお願いします。資料部数と関連します)
電話の場合、 米澤邦頼 090−3501−7278
メールの場合 きむらけん aoisigunal@hotmail.com FAX3718-6498
■ 編集後記
▲鉄塔由来碑完成に向けて記念の冊子を作りました。「萩原朔太郎世田谷在住81周年記念」「代田の丘の鉄塔文学論」と題するものです。これを「北沢川文化遺産保存の会」紀要創刊号とします。この費用に関しては自身の講演謝礼、出版お祝いなどを充てます。今後2号、3号と続けようと思っています。一冊につき二百円か三百円のカンパを戴ければ次の印刷費用がまかなえます。小さな力で文化を支える。これもよろしくお願いします。
▲街歩きについては、76回、77回、78回は世田谷区地域風景資産イベントの協賛という形をとっています。区の方でも広報を行っていてこれを見ての参加というのも何人かおられます。この街歩き、参加は自由です。気が向いたときにはおいでください。
▲拙著『鉛筆部隊と特攻隊』については、各新聞で書評が掲載された。9月23日には『朝日新聞』にも書かれた。見出しは「疎開児童との心の交流再現」となっている。これまで都合四紙で取り上げられた。本は事務局の「邪宗門」でも買える。
▲世田谷区地域風景資産「代田の丘の61号鉄塔」についての案内を記した看板については、混乱をしていた。
モニュメントは鉄塔である。看板は鉄塔由来碑とすることにした。郵送版とネット版では、その点が異なっている。
・当会への連絡、お問い合わせは、編集、発行者のきむらけんへ aoisigunal@hotmail.com
会報のメール配信もしています。「北沢川文化遺産保存の会」へご入会ください。入会費なし。年会費1000円。事務局の世田谷「邪宗門」で受け付けております。



















