2012年10月04日
下北沢Ｘ新聞(2176)〜平和の哲学と歴史認識を問う本〜
（一）
「平和の棚の会」というのがある。複数の出版社が合同で会を作り、本の売り場に棚を設けて売っているという。四つのテーマを掲げているが、『鉛筆部隊と特攻隊』は、表題のジャンルに区分けされている。ひとつの批評でもある、これを自己点検してみた。
平和とはなんだろうか。自問してみた。
戦争という棘の痛みは、平和時にはチクリとも感じられない。が、一旦、戦争に突入すると個々の人間の望みなどはたちどころに木っ端みじんに砕かれてしまう。
私が戦争を知ったのは長崎だった。中２のときに、ここに行った。訪れた原爆資料館で原爆の惨劇を知った。山と築かれた死体の山、ただれたやけど、縮れた髪、その惨たらしい様を見て大きな衝撃を受けた。戦争のむごさを皮膚で感じた。歴史を一枚めくると、恐ろしい戦争がある。平和の危うさを思いもした。
平和ということでいえば、特攻兵が希求したこれである。彼らもまた強く平和を望んでいた。淺間温泉富貴之湯でいざ出撃というときに彼らは疎開学童の女児に、歌をうたった。これをしっかりと覚えていて今に伝えたのは秋元佳子さんである。その三番だ。
世界平和が来ましたならば
いとしなつかし日の本へ
帰りゃまっさき淺間をめがけ
私はいきます富貴之湯へ
世界平和を勝ち取るために自分の身を張って、突撃して死ぬ。生まれ変わったその暁には、切なく懐かしいと思う松本淺間へまっ先に帰ってきたい。
私は、著書の中で、「私は思想よりももっと現実的な目差しを信じている」と書いた。飛行機乗りの彼らは、地表風景を目に焼き付けていた。緑綾なす弓なり列島を眺めて彼らは日本への愛着を持った、郷愁を深めた。その延長上に、「立てまはす高嶺は雪の銀屏風」がある。ここ松本平へ帰ってきたい。この大本には彼らの目差しがある。
死んだら靖国へというのが彼らの共通認識だったとされてきた。が、陸軍松本飛行場から飛び立った彼らは、靖国ではなく、淺間温泉に還ってきたいと歌った。個別的な自由だった、それが歌われていたといえる。
特攻兵もまた平和を希求していた。その特異性は、松本から発信されるべきだ。そう私は、「戦争と平和展」を記念しての講演で述べた。
（二）
調べることは探し当てることである。終戦末期における陸軍松本飛行場の位置づけはかなり大きなものがあった。これは聞き込みの過程で感じていたことだ。本土決戦を控えて軍部は背水の陣を敷いた。
つい最近になって、石川達三の『暗い嘆きの谷』の存在を知り、これを読んだ。都市からの疎開者の具体的な実態を描いたものだ。長野市近傍の温泉地を舞台としている。作者の実体験をもとにして書かれたという。達三も「長野県一帯は軍部が頼みとする最後の拠点」だとしている。本土決戦の最後の砦が当地だった。「軍の首脳部は、国民総決起とか竹槍戦術とかを宣伝し、どこまでも戦う考えであった」（同著）が、そうはいうものの踊ったのは言葉だけだった。達三は、為政者を手厳しく批判する。
県庁の次には警察、税務署、それから軍人であった。東京が焼ヶ野原になろう沖縄が占領されようと日本が滅亡の危機に瀕して居ろうと、軍人や役人は宴会をやらなくては済まないのであった。 『暗い嘆きの谷』 石川達三作品集第２４巻 新潮社
こういう体質は、今もほとんど変わっていない。「福島が放射能まみれになろうとも、沖縄に危険極まりないオスプレイが配置されようと日本が滅亡の危機に瀕して居ろうと、政治家や官僚は宴会をやらなくては済まないのであった」と言い換えられる。
宴会をやっているかどうかは詳らかではないが、明白に言えることは他者意識が欠落している点は同じである。市民の考えをくみ取ろうとしない。
私たちは戦争を通して何を学んだか。これは問われ続けなければならないことだ。歴史認識である。日本が滅亡しようと何しようと我関せずと宴会に耽っていた連中がいた。その反面、沖縄を救おうと命を賭けようとしていた連中、武剋隊と武揚隊とが松本淺間温泉にいて訓練に励んでいた。このことは救いである。
（三）
知らないでいたことを本を読んで知った。「長野市外には飛行場があって練習機が居た」
（同著）。調べると、昭和１４年(1939)年３月２８日愛国長野飛行場として開場している。陸軍松本飛行場よりも早くに開港している。ここも昭和２０年１月に拡幅工事が行われ、４月には完成している。ところが主に使われたのは松本飛行場である。その理由は明白だ。名古屋近辺の航空機関連の工場が疎開するには長野市では遠すぎるということだ。善光寺平よりも松本平、防空的なものもあったのではないかと思われる。銀屏風がついたて代わりとなった。しかし愛国飛行場の末路は哀れだ。「付近の住民は終戦とともに一斉に泥棒になった」と。
畑の中に分散していある飛行機の部分品をはずして行き、翅（はね）に張ってある布を剥いだ。やがて車輪のゴムタイヤを一つひとつ盗んで行ってしまった。飛行機は五日と経たぬうちに骨ばかりとなって畑の中に横たわっている。
石川達三は冷静な眼で描いている。善光寺温泉を舞台としているが淺間温泉と通じるものがある。後者の実情は、「戦況の不利とは逆比例的に、軍人の往来が激しくなり、何工場慰安会なるものが、連日の宴会でどんちゃん騒ぎを演ずることが、目にあまるようになってきた」と『学童集団疎開』（浜館菊雄）では描いている。
（四）
特攻に関しての歴史認識である。今日までより強く武勇伝が伝えられてきた。しかし、松本淺間にいた彼らは、荒武者ではなかった。極寒の満州から来た彼らは、熱い温泉に浸かり、裸になった彼らは、心まで裸になった。普通に人を慕い恋していた。
先行きが見えない中でナショナリズムが台頭しつつある。一面では、特攻は美化されて、意義付けられている。が、九段ではなく、淺間へ還りたいと歌った彼等の声は、これまでの歴史認識を改める一つの事例だといえる。
松本淺間温泉に滞在した特攻兵を通して、近代史の一片が明るみに出た。しかし、一方では謎も深まった。本土決戦に備えての重要な役割が課せられていたことは分かったが多くは闇に包まれたままだ。資料の多くが軍によって焼却されたからだ。が、石川達三によって暴かれた軍人や官僚などの悪辣さは蓋をされたままである。人間の性にまで及ぶものだけに白日のもとにはさらされない。そういう暗い部分があることも認識しておきたい。
先だって、淺間温泉の地元、松本市本郷公民館から連絡があった。今夏松本市立博物館で、「戦争と平和展」が催された。ここでの展示物を借用してのパネル展を開くとのこと。
１０月１３日〜１５日まで開催されるという。そのときに地元本郷小学校の生徒も見学するとのことだった。平和を願う子どもが一人でも出てきてほしいと願うものである。
（『戦争と平和展』松本博物館の展示）
◎「代田の丘の６１号鉄塔」由来碑
この完成を祝って、会友の矢花克己さんから、甲府の一升瓶の地ワインが届いた。振る舞いは、１２月１日の忘年会でということになろう。
調べることは探し当てることである。終戦末期における陸軍松本飛行場の位置づけはかなり大きなものがあった。これは聞き込みの過程で感じていたことだ。本土決戦を控えて軍部は背水の陣を敷いた。
つい最近になって、石川達三の『暗い嘆きの谷』の存在を知り、これを読んだ。都市からの疎開者の具体的な実態を描いたものだ。長野市近傍の温泉地を舞台としている。作者の実体験をもとにして書かれたという。達三も「長野県一帯は軍部が頼みとする最後の拠点」だとしている。本土決戦の最後の砦が当地だった。「軍の首脳部は、国民総決起とか竹槍戦術とかを宣伝し、どこまでも戦う考えであった」（同著）が、そうはいうものの踊ったのは言葉だけだった。達三は、為政者を手厳しく批判する。
県庁の次には警察、税務署、それから軍人であった。東京が焼ヶ野原になろう沖縄が占領されようと日本が滅亡の危機に瀕して居ろうと、軍人や役人は宴会をやらなくては済まないのであった。 『暗い嘆きの谷』 石川達三作品集第２４巻 新潮社
こういう体質は、今もほとんど変わっていない。「福島が放射能まみれになろうとも、沖縄に危険極まりないオスプレイが配置されようと日本が滅亡の危機に瀕して居ろうと、政治家や官僚は宴会をやらなくては済まないのであった」と言い換えられる。
宴会をやっているかどうかは詳らかではないが、明白に言えることは他者意識が欠落している点は同じである。市民の考えをくみ取ろうとしない。
私たちは戦争を通して何を学んだか。これは問われ続けなければならないことだ。歴史認識である。日本が滅亡しようと何しようと我関せずと宴会に耽っていた連中がいた。その反面、沖縄を救おうと命を賭けようとしていた連中、武剋隊と武揚隊とが松本淺間温泉にいて訓練に励んでいた。このことは救いである。
（三）
知らないでいたことを本を読んで知った。「長野市外には飛行場があって練習機が居た」
（同著）。調べると、昭和１４年(1939)年３月２８日愛国長野飛行場として開場している。陸軍松本飛行場よりも早くに開港している。ここも昭和２０年１月に拡幅工事が行われ、４月には完成している。ところが主に使われたのは松本飛行場である。その理由は明白だ。名古屋近辺の航空機関連の工場が疎開するには長野市では遠すぎるということだ。善光寺平よりも松本平、防空的なものもあったのではないかと思われる。銀屏風がついたて代わりとなった。しかし愛国飛行場の末路は哀れだ。「付近の住民は終戦とともに一斉に泥棒になった」と。
畑の中に分散していある飛行機の部分品をはずして行き、翅（はね）に張ってある布を剥いだ。やがて車輪のゴムタイヤを一つひとつ盗んで行ってしまった。飛行機は五日と経たぬうちに骨ばかりとなって畑の中に横たわっている。
石川達三は冷静な眼で描いている。善光寺温泉を舞台としているが淺間温泉と通じるものがある。後者の実情は、「戦況の不利とは逆比例的に、軍人の往来が激しくなり、何工場慰安会なるものが、連日の宴会でどんちゃん騒ぎを演ずることが、目にあまるようになってきた」と『学童集団疎開』（浜館菊雄）では描いている。
（四）
特攻に関しての歴史認識である。今日までより強く武勇伝が伝えられてきた。しかし、松本淺間にいた彼らは、荒武者ではなかった。極寒の満州から来た彼らは、熱い温泉に浸かり、裸になった彼らは、心まで裸になった。普通に人を慕い恋していた。
先行きが見えない中でナショナリズムが台頭しつつある。一面では、特攻は美化されて、意義付けられている。が、九段ではなく、淺間へ還りたいと歌った彼等の声は、これまでの歴史認識を改める一つの事例だといえる。
松本淺間温泉に滞在した特攻兵を通して、近代史の一片が明るみに出た。しかし、一方では謎も深まった。本土決戦に備えての重要な役割が課せられていたことは分かったが多くは闇に包まれたままだ。資料の多くが軍によって焼却されたからだ。が、石川達三によって暴かれた軍人や官僚などの悪辣さは蓋をされたままである。人間の性にまで及ぶものだけに白日のもとにはさらされない。そういう暗い部分があることも認識しておきたい。
先だって、淺間温泉の地元、松本市本郷公民館から連絡があった。今夏松本市立博物館で、「戦争と平和展」が催された。ここでの展示物を借用してのパネル展を開くとのこと。
１０月１３日〜１５日まで開催されるという。そのときに地元本郷小学校の生徒も見学するとのことだった。平和を願う子どもが一人でも出てきてほしいと願うものである。
（『戦争と平和展』松本博物館の展示）
◎「代田の丘の６１号鉄塔」由来碑
この完成を祝って、会友の矢花克己さんから、甲府の一升瓶の地ワインが届いた。振る舞いは、１２月１日の忘年会でということになろう。
