2012年10月06日
下北沢Ｘ新聞(2177)〜「斎藤茂吉と『楡家の人びと』」展始まる〜
（一）
時がめくられるようになって今日近代は始まった。近代文学の本質はこの時にこそある。めくりめくられる時、それをどのように描くのか。
北原白秋『思ひ出』冒頭には、これが語られる。
わが生ひたち
…………時は逝く、何時しらず柔らかに影してぞゆく、
時は逝く、赤き蒸汽の船腹の過ぎゆくごとく。（過ぎし日第二十）
時は容赦ない、変転してやまない。今ある時は、たちまちに消滅し、新しい時間が招来する。素知らぬふりをして時は過ぎる。「間断なく何事かを生じさせ、変化をもたらし、大抵の人間たちの目には見えぬ推移と変遷のかげで、そしらぬ顔をして尚かつ動いてゆく。」と記したのは北杜夫である。『楡家の人々』の一場面だ。そしらぬ顔をして、柔らかな影して刻々と今は消え、たちまちに過去となる。
昨日午後、世田谷文学館で既述の展覧会の、内覧会が開かれるので電車で向かった。途中、東横線、代官山駅の下りホームの渋谷寄りに異様な人影が見えた。五六名も居たろうか、みな手に手にカメラを持って構えている。何を撮るのだろうと思っていると対向車両とすれ違った。そのときに、「あっ、なんだ」と思った。東横線の電車ではない、車体ロゴには地下鉄のマークがついていた。副都心線の車両だった。
来年３月１６日、東横線は副都心線に乗り入れる。それに備えて東横線区間に地下鉄車両が入線した。あらかじめこの車両に習熟しておくことは必要だ。運転士の訓練のために先にこの電車が運用されはじめた。異風景は、現地表線の終末が近いことを告げている。
自身では、東急東横線C曲線惜別と呼んでいる。山手線を鉄橋で渡った線路は、左への急カーブを描いて渋谷に向かう。この曲線はきつい、たまらずに車輪は悲鳴をあげる。ククク、ククキューンと音を響かせる。鉄と鉄とが擦れる音だ。C曲線が奏でる楽曲だ。高校生のときから慣れ親しんでいる。この音も、間もなく演奏を止める。もう永遠に聞こえなくなる。
（二）
昨日の、内覧会では、先年亡くなった「北杜夫を偲ぶ会」も行われた。斎藤家の人々が大勢参列されていた。斎藤茂吉の孫の茂一氏が代表して挨拶された。
お爺ちゃんとよく根津山に行っていた人だ。私は、かねてから疑問に思っていたことがあった。代田八幡の前に住んでいた茂吉と孫は、よく小田急線の踏切を越えて向こう側に行っていた。どの踏切を通っていったか。それを知りたいと思った。
「今度文学散歩で行くのでお伺いしたいのですが、お祖父さんとよく根津山に行かれたでしょう。そのときはどこの踏切を通っていたのですか？」
「いや、そこまでは覚えていないな。うちの母が知っています。」
隣りに車椅子に乗っておられたのがお母さんだ。茂吉の長男、茂太さんのお嫁さんである。
「ええ、あれはね、代田八幡のすぐ裏にある踏切でした」
思っていたとおり、世田谷代田２号踏切だった。つぎの３号踏切ではなかったかという疑念はこれで消えてしまった。
（三）
昭和二十二年十月一日に父はなつかしい東京に帰って来て、私共が生活していた世田谷代田に入った。そこには茂一がいて、その日、祖父とはじめての対面をした。父は日記にこう書いている。
「茂一ハハジメ変ナ顔ヲシテイタガ、抱カレルヤウニナリ、一ショニ物ヲ食ベ物ヲ食べサセタ」。翌日の午後、はじめて、「茂一ヲ連レテ一寸散歩」をした。それがはじまりで、雨が降らないでひまがあれば、茂一を散歩に連れ出すことが、父の日課となり、父の最高の楽しみとなった。 『茂吉の体臭』斎藤茂太
近くの代田八幡宮に行く。そこで遊び飽きると、いよいよ根津山だ。
「駆け出しては駄目だ、いいか踏切を渡るときは、必ず止まれ、とくに気をつけるのは下りだ。ここの木で見えないから、たったったっと歩いていくとひき殺されるぞ。ここで大勢の子どもが死んでいるんだぞ」
お爺さんにとっては気がかりでならない踏み切りだ。数知れぬほどここで子どもが犠牲になっている。
「走っていく小田急の電車の音を『デンゴロン、デンゴロン』と言われてましたよね」
私は茂一さんに確かめたが、彼は覚えがないという。
世田谷代田駅を出た下りは急坂にを下る。代田２号踏切辺りでは、釣り掛けモーターと車輪の音がうまい具合に電車を音楽を奏でていた。孫の形容を、歌人は誉めていた。言葉をリズムで言い表すこと、彼の作歌の基本だった。
小田急世田谷代田急傾斜楽曲、デンゴロン、デンゴロンはもう聞こえない。近代化によって鉄道音楽が各地で聞かれなくなりつつある。（挨拶をされる斎藤茂一さん）
◎「代田の丘の６１号鉄塔」
世田谷区地域風景資産「代田の丘の６１号鉄塔」の由来碑が建立され、この除幕式を行った。花見堂小学校の四年生が萩原朔太郎詩「竹」を朗読し、その後に学童に除幕の紐を引いてもらった。区役所関係部署の方々、また東京電力の方なども参加された。６０名ほどにもなったろうか。序幕式は無事に終了した。
昨日の、内覧会では、先年亡くなった「北杜夫を偲ぶ会」も行われた。斎藤家の人々が大勢参列されていた。斎藤茂吉の孫の茂一氏が代表して挨拶された。
お爺ちゃんとよく根津山に行っていた人だ。私は、かねてから疑問に思っていたことがあった。代田八幡の前に住んでいた茂吉と孫は、よく小田急線の踏切を越えて向こう側に行っていた。どの踏切を通っていったか。それを知りたいと思った。
「今度文学散歩で行くのでお伺いしたいのですが、お祖父さんとよく根津山に行かれたでしょう。そのときはどこの踏切を通っていたのですか？」
「いや、そこまでは覚えていないな。うちの母が知っています。」
隣りに車椅子に乗っておられたのがお母さんだ。茂吉の長男、茂太さんのお嫁さんである。
「ええ、あれはね、代田八幡のすぐ裏にある踏切でした」
思っていたとおり、世田谷代田２号踏切だった。つぎの３号踏切ではなかったかという疑念はこれで消えてしまった。
（三）
昭和二十二年十月一日に父はなつかしい東京に帰って来て、私共が生活していた世田谷代田に入った。そこには茂一がいて、その日、祖父とはじめての対面をした。父は日記にこう書いている。
「茂一ハハジメ変ナ顔ヲシテイタガ、抱カレルヤウニナリ、一ショニ物ヲ食ベ物ヲ食べサセタ」。翌日の午後、はじめて、「茂一ヲ連レテ一寸散歩」をした。それがはじまりで、雨が降らないでひまがあれば、茂一を散歩に連れ出すことが、父の日課となり、父の最高の楽しみとなった。 『茂吉の体臭』斎藤茂太
近くの代田八幡宮に行く。そこで遊び飽きると、いよいよ根津山だ。
「駆け出しては駄目だ、いいか踏切を渡るときは、必ず止まれ、とくに気をつけるのは下りだ。ここの木で見えないから、たったったっと歩いていくとひき殺されるぞ。ここで大勢の子どもが死んでいるんだぞ」
お爺さんにとっては気がかりでならない踏み切りだ。数知れぬほどここで子どもが犠牲になっている。
「走っていく小田急の電車の音を『デンゴロン、デンゴロン』と言われてましたよね」
私は茂一さんに確かめたが、彼は覚えがないという。
世田谷代田駅を出た下りは急坂にを下る。代田２号踏切辺りでは、釣り掛けモーターと車輪の音がうまい具合に電車を音楽を奏でていた。孫の形容を、歌人は誉めていた。言葉をリズムで言い表すこと、彼の作歌の基本だった。
小田急世田谷代田急傾斜楽曲、デンゴロン、デンゴロンはもう聞こえない。近代化によって鉄道音楽が各地で聞かれなくなりつつある。（挨拶をされる斎藤茂一さん）
◎「代田の丘の６１号鉄塔」
世田谷区地域風景資産「代田の丘の６１号鉄塔」の由来碑が建立され、この除幕式を行った。花見堂小学校の四年生が萩原朔太郎詩「竹」を朗読し、その後に学童に除幕の紐を引いてもらった。区役所関係部署の方々、また東京電力の方なども参加された。６０名ほどにもなったろうか。序幕式は無事に終了した。
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この記事へのコメント
2. Posted by きむらけん 2012年10月06日 21:49
［東急東横線C曲線］
高校の頃に、代官山のアパートに住んでいました。くきゅん、くきゅんとカーブをこすりつける音がして、やがて山手線の上の陸橋を渡る、ごたどごたどんと聞こえてきました。そのまさに、アオガエルです。
渋谷と代官山の間の、高架がごっそり消えてしまうというのは信じられないことです。が、それが現実となりつつあります。自分でも青春のひとこまでした。
今日、「代田の丘の６１号鉄塔」由来碑除幕式を行いました。軽く一杯みなでひっかけたことです。矢花さんからの差し入れについては皆さんに紹介しておきました。一升瓶の地ワインのことです。我々楽しみにしております。
高校の頃に、代官山のアパートに住んでいました。くきゅん、くきゅんとカーブをこすりつける音がして、やがて山手線の上の陸橋を渡る、ごたどごたどんと聞こえてきました。そのまさに、アオガエルです。
渋谷と代官山の間の、高架がごっそり消えてしまうというのは信じられないことです。が、それが現実となりつつあります。自分でも青春のひとこまでした。
今日、「代田の丘の６１号鉄塔」由来碑除幕式を行いました。軽く一杯みなでひっかけたことです。矢花さんからの差し入れについては皆さんに紹介しておきました。一升瓶の地ワインのことです。我々楽しみにしております。
1. Posted by 矢花克己 2012年10月06日 20:58
まだ学生だった昭和４４年４５年 学校と下宿の在った横浜方面からたまにですが渋谷へ出ます その「東急東横線C曲線」は印象深く覚えています カーブに差し掛かると車両はモーターのスイッチを切ったかのようにスピードが落ちる 渋谷駅に近づくと右手に寺山修司の「天井桟敷」が見えてくる 思い出しました 「あおがえる」とともに 私の青春時代の一コマが
