2012年10月16日
下北沢Ｘ新聞(2183)〜地形と文学：茂吉と杜夫２〜
（一）
先だって、世田谷文学館で行われた内覧会では、「北杜夫を偲ぶ会」が行われることになっていたが当日に配れた御礼には「北杜夫さんを語る会」になっていた。本人が、偲ぶ会などやってくれるなということを遺言に残していたようだ。
人の死生観はさまざまだ。賑々しくやってくれという人もいるだろう。が、北杜夫はそうでなかった。死んでいくときはひっそりと死ぬというのが願望だったようだ。
作家は言葉に徹して言葉に生きる。これにつきあえばつきあうほど虚構であることが見えてくる。もちろんどのように仮構世界を作っていこうかという面白さはある。世界は自在に作れる。反面、そのうそが身に染みてくるということがある。
葬儀での読経、鳴り物、そして弔辞、多くは誉め言葉だ。生きてそれを聞いていれば恥ずかしいことこの上ない。自分でも想像していやだいやだと思う。そういう同じ考えが当人にもあったのかもしれない。
北杜夫の作品に「消滅」というのがある。彼の死生観を描いたものだともいえる。この冒頭は、「孫を連れて公園に来た。」で始まる。松原の自宅から近くの羽根木公園まで来たようだ。
道の両側には木立がつづいている。この公園は梅の名所でもあるが、この辺りには桜、楢などの樹が多い。いずれも背が高く、諸葉はかぐろいまでの緑をたたえている。見慣れた樹というより、なぜとなく異境の森のようにさえ窺われる。これもうっとうしい曇天のせいであろうか。 「消え去りゆく物語」所収 「消滅」新潮文庫
曇天の夕暮れどきだったらしい。彼は暗い予感を抱いている。異境は冥界のようだったのかもしれない。
（二）
彼は自身の性癖を書いている。「昔から私は、頭の片隅で何かを考えていて、もう一方の頭の隅でまったく無自覚なことを夢想する癖があった」と。
歩行移動における彼の状態であったろう。辺りの風景に目を遣ることもなく何かの妄想に耽っているという場合が多かった。自身の直感だが、松原では折々に道に迷ったのではないかと想像する。周辺環境、ことには丘続きの向こうに自身が慣れ親しんだ本院があるとは気づきもしなかった。考えようともしなかったのではなだろうか。何年か経って、あれ？、なんだ、羽根木公園は自分が慣れ親しんだ根津山だったんだ。その向こうの梅ヶ丘病院は青山脳病院だったんだと気づく。
小説「消滅」には「消滅」の予感が語られている。
自分があってこそ、この世の万物がある。自分がなくなればすべてが無となる。私のこれまでの人生、妻、子、孫たちもすべて無に帰す。
その私の生命も、あとわずかなことは間違いなかった。
深閑とした異境の森ゆえに哲理に耽ってしまう。そうこの山は古い。羽根木公園の前はは根津山と言った。その前は六次郎山だった。ここからは旧石器時代のものが出土している。そこも夜になった。「目をあげると、満天の星くずであった」が、現実には、東京の空だ、いかな羽根木公園であってもそれは無理で彼は想像の星を降らせたのだろう。
（三）
彼は宇宙を想起した。そしてこう述べる。
「なるほど、おれという存在がなくなり、この世のすべてがなくなり、地球そのものも消え果てるにせよ。大宇宙は残るのかもしれない。その宇宙の涯に、いつか知らないが、おれと似た生命が生まれてくるのかもしれない」
石器時代の遺物が眠る地での空想だ。代田半島羽根木岬で彼は詩人になっていた。自身は、今日昼間はここで語り部になっていた。
「南手は一面菜の花畑でずっと向こうまで続いていました。この左手から一両の茶色い電車がかたんことんと下ってきました……」
３５人参加しての文学散歩、「斎藤茂吉と『楡家の人びと』展」を歩くと題したものだ。
（写真は羽根木公園）
◎「代田の丘の鉄塔文学論」
今日東京電力渋谷支社の足立さんから連絡があって５０部ほしいとのこと。社内用として関係者に配りたいとのこと。これで思い起こしたのは『広島にチンチン電車の鐘が鳴る』を書いたが、広島電鉄が社内用として１００冊購入してくれたことだ。
彼は自身の性癖を書いている。「昔から私は、頭の片隅で何かを考えていて、もう一方の頭の隅でまったく無自覚なことを夢想する癖があった」と。
歩行移動における彼の状態であったろう。辺りの風景に目を遣ることもなく何かの妄想に耽っているという場合が多かった。自身の直感だが、松原では折々に道に迷ったのではないかと想像する。周辺環境、ことには丘続きの向こうに自身が慣れ親しんだ本院があるとは気づきもしなかった。考えようともしなかったのではなだろうか。何年か経って、あれ？、なんだ、羽根木公園は自分が慣れ親しんだ根津山だったんだ。その向こうの梅ヶ丘病院は青山脳病院だったんだと気づく。
小説「消滅」には「消滅」の予感が語られている。
自分があってこそ、この世の万物がある。自分がなくなればすべてが無となる。私のこれまでの人生、妻、子、孫たちもすべて無に帰す。
その私の生命も、あとわずかなことは間違いなかった。
深閑とした異境の森ゆえに哲理に耽ってしまう。そうこの山は古い。羽根木公園の前はは根津山と言った。その前は六次郎山だった。ここからは旧石器時代のものが出土している。そこも夜になった。「目をあげると、満天の星くずであった」が、現実には、東京の空だ、いかな羽根木公園であってもそれは無理で彼は想像の星を降らせたのだろう。
（三）
彼は宇宙を想起した。そしてこう述べる。
「なるほど、おれという存在がなくなり、この世のすべてがなくなり、地球そのものも消え果てるにせよ。大宇宙は残るのかもしれない。その宇宙の涯に、いつか知らないが、おれと似た生命が生まれてくるのかもしれない」
石器時代の遺物が眠る地での空想だ。代田半島羽根木岬で彼は詩人になっていた。自身は、今日昼間はここで語り部になっていた。
「南手は一面菜の花畑でずっと向こうまで続いていました。この左手から一両の茶色い電車がかたんことんと下ってきました……」
３５人参加しての文学散歩、「斎藤茂吉と『楡家の人びと』展」を歩くと題したものだ。
（写真は羽根木公園）
◎「代田の丘の鉄塔文学論」
今日東京電力渋谷支社の足立さんから連絡があって５０部ほしいとのこと。社内用として関係者に配りたいとのこと。これで思い起こしたのは『広島にチンチン電車の鐘が鳴る』を書いたが、広島電鉄が社内用として１００冊購入してくれたことだ。
