2012年10月25日
下北沢Ｘ新聞(2189)〜地形と文学：再び杜夫と茂吉を歩く３〜
（一）
昔から私は、頭の片隅で何かを考えていて、もう一方の頭の隅でまったく無自覚なことを夢想する癖があった。
『消えさりゆく物語』の一つ、「消滅」の中で述べられている一節だ。羽根木公園に来ていてふと夢想する、「赤ん坊はどうやら鳩をむさぼり食っているよう」と。このエピソードを語って杜夫は自己の性癖を述べている。
風景や土地に対する関わりを述べたものだともいえる。取り敢えず眼前に見える風景は眺めるが、多くは想像に耽っていた。
小説家と歌人ではそのジャンルの性質上、風景の見方は違ってくる。三十一文字の場合は、眼前風景が中心となる。茂吉は世田谷代田の家から見える風景をこう詠んだ。歌集『つきかげ』より。
われの住む代田の家の二階より白糖のごとき富士山が見ゆ
歌人はつくねんと座って遥か向こうに見える富士の嶺を見遣っている。
「冴えかへる」と題された数首の歌の一つだ。この前の歌はこうだ。
いくたびか寝がへりをしてやうやくに午前三時となりにける
この頃の代田生活では「けふも亦外出せずこもり居る」ような生活だったようだ。都会生活で無聊をかこってい様子が分かる。疲れることもないゆえに夜の眠りも浅い。長い夜、きゅろるきゅろるという音が向こうから聞こえてくる。北沢川の流れだ。うとうととしていると、ぼぉんぼぉんぼぉんと時計が鳴って、「ああ三時だな」と。そうしているうちにようやっと夜が明ける。窓を開けると富士が見えた。退屈な夜を過ごして、出会った富士だ。感動もひとしおだ。「ありゃあ、砂糖の山のようにみえるな」。白砂糖など手に入らない時代でもあった。
「代田から根津山ってびっくりするほど近いのですね」
茂吉旧居の代田小路を歩いているときに散歩参加者の一人が言う。西を見ると、もう手の届くところに羽根木公園の木々の緑が見えていた。
（二）
歌人は眼前風景を、小説家は過去風景を、生き生きと蘇らせる。そんな違いがあるのではないだろうか。
漆黒の夜の、あの深山の森林のごとくひっそりとした夜気を。懐中電灯の淡い光の輪の中に、足元につづく落葉のたまった湿った土の径を。更に懐中電灯をあげてみると、楢のざらざらした黒ずんだ幹が幽玄に浮びあがる。その太いのや細いのや奇怪な幹の列は、側方にも前方にも夢幻に続いているのである。その中を、私たちは足音を忍ばせて縫ってゆくのだった。 『母の影』 根津山 新潮社
夜の根津山、現羽根木公園の探検行である。「根津山が楢や櫟の樹液に集まる昆虫類の宝庫」だった。恐くてたまらないけれども恐る恐る深山に分け入っていく。少年時代の胸の鼓動までもが文章から伝わってくる。
彼は、続けてこう述べる。「やがて根津山を、いや、すべての懐かしいものを、巨大な戦争が私から遠ざけた」（同著）と。戦争が、根津山を初めとする懐かしいものをすべて葬り去った。茂吉には最上川が原点であったが、杜夫は根津山の森が原点だったのかもしれない。
（三）
世田谷の本院は、昭和二十年五月二十五日夜半、東京最後の大空襲で、青山の病院ともども同じ日に全焼した。（同著）
一つの記録だ。世田谷の本院、青山脳病院は五月二十五日夜半に、B29の空襲を受けて全焼してしまった。しかし、「青山の病院」は、知らないが本院が焼けたのは、二十四日夜半ではなかったか？。例の、重爆撃機B29、愛称Game Cook Charleeが本院、松原の西隣りの赤堤に墜ちた日である。（現羽根木公園の木々の森）
◎「平和のための本郷戦争展」
１０月１３日から１５日にかけて淺間温泉のある本郷公民館で行われた。これが無事終了したとのお手紙を館長の瀧沢政二氏から頂いた。「本郷小の６年生約７０名の子ども達が平和や地域をの歴史を学ぶ一環として見学した」と記されてあった。『鉛筆部隊と特攻隊』に関わる遺墨や写真などの展示である。地域にあった戦争の歴史が子どもたちに少しでも伝わったのなら幸いである。
歌人は眼前風景を、小説家は過去風景を、生き生きと蘇らせる。そんな違いがあるのではないだろうか。
漆黒の夜の、あの深山の森林のごとくひっそりとした夜気を。懐中電灯の淡い光の輪の中に、足元につづく落葉のたまった湿った土の径を。更に懐中電灯をあげてみると、楢のざらざらした黒ずんだ幹が幽玄に浮びあがる。その太いのや細いのや奇怪な幹の列は、側方にも前方にも夢幻に続いているのである。その中を、私たちは足音を忍ばせて縫ってゆくのだった。 『母の影』 根津山 新潮社
夜の根津山、現羽根木公園の探検行である。「根津山が楢や櫟の樹液に集まる昆虫類の宝庫」だった。恐くてたまらないけれども恐る恐る深山に分け入っていく。少年時代の胸の鼓動までもが文章から伝わってくる。
彼は、続けてこう述べる。「やがて根津山を、いや、すべての懐かしいものを、巨大な戦争が私から遠ざけた」（同著）と。戦争が、根津山を初めとする懐かしいものをすべて葬り去った。茂吉には最上川が原点であったが、杜夫は根津山の森が原点だったのかもしれない。
（三）
世田谷の本院は、昭和二十年五月二十五日夜半、東京最後の大空襲で、青山の病院ともども同じ日に全焼した。（同著）
一つの記録だ。世田谷の本院、青山脳病院は五月二十五日夜半に、B29の空襲を受けて全焼してしまった。しかし、「青山の病院」は、知らないが本院が焼けたのは、二十四日夜半ではなかったか？。例の、重爆撃機B29、愛称Game Cook Charleeが本院、松原の西隣りの赤堤に墜ちた日である。（現羽根木公園の木々の森）
◎「平和のための本郷戦争展」
１０月１３日から１５日にかけて淺間温泉のある本郷公民館で行われた。これが無事終了したとのお手紙を館長の瀧沢政二氏から頂いた。「本郷小の６年生約７０名の子ども達が平和や地域をの歴史を学ぶ一環として見学した」と記されてあった。『鉛筆部隊と特攻隊』に関わる遺墨や写真などの展示である。地域にあった戦争の歴史が子どもたちに少しでも伝わったのなら幸いである。
