2012年12月07日
下北沢Ｘ新聞(2215)〜地形と風景と文化〜
（一）
地形こそ文化の源だ。沢とか、谷とか、平野で営まれてきた生活、その地にあった暮らしを人びとが営んできた。
それぞれ地質が違う、固い柔らかいなどで鍬の形も違った。傾斜地での耕し方も違う。急傾斜で知られる祖谷の老婆は、「鍬を入れて持ち上げるときに必ず一段上に土を持っていくのですよ。でないと雨に流されるでしょう」と言っていた。文化とはカルチャー、耕すことだ。彼女は文化の真髄を語っていた。
私たちは、地形の溜の中でどのような生活を送ってきたか。その経過の中に歴史がある。このところ読んでいた本の中に興味深い記述に出会った。寺田寅彦の『連句俎雑』という一節である。
しかしなんと言っても俳諧は日本の特産物である。それはわれわれの国土自身われわれの生活自身が俳諧だからである。ひとたび世界を旅行して日本へ帰って来てそうして汽車で東海道をずうっと一ぺん通過してみれば、いかにわが国の自然と人間生活がすでに始めから歌仙式にできあがっているかを感得することができるであろうと思う。アメリカでは二昼夜汽車で走っても左右には麦畑のほか何もない所があるという話である。 「寺田寅彦随筆集 第三巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
これを読むとわが国固有の地形が俳諧の連歌を生んだというふうにも言える。ついこの間、新幹線で東京から九州までを旅をした。Ｅ席での旅だから、いい。単なるだじゃれだが歌仙式にできあがっている様子が見て取れた。北方から転げ落ちてくる谷や沢、その間に人びとの生活の営みがあった。あっちの谷には五七五、こっちの谷には七七の詩が落ちている。お茶畑の向こうに富士が見えたり、浜名湖の湖面にぽつねんと糸を垂らす老翁が見えたりもした。
谷や沢に区切られた一つ一つの風景があって、そこを鉄道で横断していくと、それぞれの谷の文化がほの見えた。
（二）
地形の溜、あるいは形にこそ郷愁がある。自分が長年生活していた場から見えていた山の形は忘れることができないものだ。これもそれが見えただけでは懐かしいとは思わない。長年慣れ親しんだ角度があって、その範囲に自分が入ると切ないほどに郷愁がわき起こってくる。「ああ、この形だったのだ」と。
国偲び歌は日本武尊が東征に赴き、伊吹山山中で誤った言挙げをして、それがもとでとうとう命を失う羽目になる。最期に四首の歌を詠んで亡くなる。その一首が次だ。
やまとは くにのまほろば たたなづく あをかき やまこもれる やまとしうるはし
倭は 國のまほろば たたなづく 青垣 山隱れる 倭しうるはし
大和の国は多くの国々の中で最も優れた国である。重なり合って青々とした垣のように国を囲む山々。この山々に取り囲まれた大和はなんと美しいことよ。
日本の美しいこの自然観が日本人の誇り、皇国史観にも結び付いていることはある。思想は別にして、春夏秋冬彩りを変える日本の景色は讃えられるだけのことはあった。
（三）
が、現今近代は、重機時代だ。どこ行ってもこれがいて、高層ビルを建てたり、高速道路を作っていたり、ことごとく「たたなづく青垣」を壊している。手加減がない。
土地土地の地形に文化は育まれてきた。が、溜や撓みは本当は大事なものだ。ところがそれは顧みられることはなく、あっさりと壊されている。地中化や隧道化はまさにそうである。山があればやみくもに掘り尽くそうとする。
山の頂や谷の向こうに未来や希望があった。人間の持つ想像力も向こうを思うことで強く喚起された。しかし、地形を無視し始めてから我らは、心の行き場を失ったように思う。
〇鉛筆部隊部隊史の発見か
元鉛筆部隊だった鹿子木幹雄さんの奥さん真理子さんに今日、浅草でお会いした。疎開時の克明な日記を預かった。一冊だと思っていたらノートは数冊もあった。疎開前から疎開後までのものでところどころに批評や添削の跡がある。ざっと見たところ鉛筆部隊部隊史がこれから読み取ることができるように思う。いずれにしても疎開学童の記録としては重要なものだ。
地形の溜、あるいは形にこそ郷愁がある。自分が長年生活していた場から見えていた山の形は忘れることができないものだ。これもそれが見えただけでは懐かしいとは思わない。長年慣れ親しんだ角度があって、その範囲に自分が入ると切ないほどに郷愁がわき起こってくる。「ああ、この形だったのだ」と。
国偲び歌は日本武尊が東征に赴き、伊吹山山中で誤った言挙げをして、それがもとでとうとう命を失う羽目になる。最期に四首の歌を詠んで亡くなる。その一首が次だ。
やまとは くにのまほろば たたなづく あをかき やまこもれる やまとしうるはし
倭は 國のまほろば たたなづく 青垣 山隱れる 倭しうるはし
大和の国は多くの国々の中で最も優れた国である。重なり合って青々とした垣のように国を囲む山々。この山々に取り囲まれた大和はなんと美しいことよ。
日本の美しいこの自然観が日本人の誇り、皇国史観にも結び付いていることはある。思想は別にして、春夏秋冬彩りを変える日本の景色は讃えられるだけのことはあった。
（三）
が、現今近代は、重機時代だ。どこ行ってもこれがいて、高層ビルを建てたり、高速道路を作っていたり、ことごとく「たたなづく青垣」を壊している。手加減がない。
土地土地の地形に文化は育まれてきた。が、溜や撓みは本当は大事なものだ。ところがそれは顧みられることはなく、あっさりと壊されている。地中化や隧道化はまさにそうである。山があればやみくもに掘り尽くそうとする。
山の頂や谷の向こうに未来や希望があった。人間の持つ想像力も向こうを思うことで強く喚起された。しかし、地形を無視し始めてから我らは、心の行き場を失ったように思う。
〇鉛筆部隊部隊史の発見か
元鉛筆部隊だった鹿子木幹雄さんの奥さん真理子さんに今日、浅草でお会いした。疎開時の克明な日記を預かった。一冊だと思っていたらノートは数冊もあった。疎開前から疎開後までのものでところどころに批評や添削の跡がある。ざっと見たところ鉛筆部隊部隊史がこれから読み取ることができるように思う。いずれにしても疎開学童の記録としては重要なものだ。
