2012年12月12日
下北沢Ｘ新聞(2218)〜戦争になったら味噌も糞もない〜
（一）
言葉は、端的に人物を言い表す。使われる言葉だけの問題ではない。話しぶりやトーンも発信者としての人間を言い表すものだ。
偶然的なことからその人とは知り合った。老いても闘士だ。口から放たれる言葉は機関銃の弾丸だ。びしびしとこちらに響いてくる。その彼の口から吐き出される言葉をこちらはメモをしているわけではない。
言っていることが違っていて後でどやされるかもしれない。それでその人をＸとしよう。まさにこういう呼び方がふさわしい。
「戦争なんてね、あんな綺麗なものじゃないんだよ」
マスコミの一局が流している一連の戦争番組のことを彼は批評していた。頷ける点はある。戦争体験者が思い出を語っている。もちろん話者は現代の立場にたってのことだ。
私たち生きていれば現今の価値にどうしても染まってしまう。ヒューマニストになってしまう。が、戦争は善悪はない。人が生きようと死のうと知ったことではない。凄まじいものだ。ころころと屁のように死んでいくものだ。
「信州はまさに日本人の原型だよ。信州を語ることは日本人を語ることになる」
Ｘ氏言われるには価値観の根本のところから日本人は変わっていないと。
「このごろ地形というのと人間という観点で物語を書こうと思ってもいます」
「ああ、それはね、私もずっと何十年と考えていたことなんだよ」
山に隔てられた中で人びとは生きてきた。屏風が高いほど人間性は凝縮される。日本人の原型が確かに信州信濃にはあるのかもしれない。
（二）
九州大刀洗平和記念館に行って帰って来て、手に入れた資料の調べをしている。ああでもない、こうでもないと往事の戦争の実相を推理している。思い当たる節があって再度読んでみたい本があった。石川達三の『暗い嘆きの谷』だ。この谷は、「長野の駅からは徒歩で約一里半」「裾花川の渓谷に沿」ったところにある。
この道の行き着く所は戸隠山である。そのころ戸隠山には山榛（ぶな）の原始林が発見されていた。その材木は木製飛行機を造るのに好適であるから今後は大量に伐り出されるだろうとも言われていた。もはや金属材料に行き詰まって、軍部は山榛の飛行機で戦おうとしていたのである。 石川達三作品集２４ 新潮社
戦争末期、すがるものは戸隠山のブナの木だったというのも哀れである。しかし、これは事実である。往事の最新兵器「さくら弾」に搭乗したという前村弘さんは飛行機の主要部には木が使われていたという。
（三）
『暗い嘆きの谷』という作品は、昭和二十四年三月に書かれたものだ。筆者の経験をもとに書かれたものでノンフィクションに近いという。ここには筆者の鋭い批評精神がある。改めて読んで思ったことは、長野の谷で起こったことを題材にしているが、地域に止まらないということだ。つまりは、日本の谷であり、沢であることだ。このタイトルそのものが日本人に対する批評となっている。
にっちもさっちもいかなくなったら戸隠山のブナに頼る。科学ではなく情念に頼ろうとする。現今の政治の右傾化の根底にあるものと同じではないか。あの戦争は正しかったという声すら聞こえてくる。
戦争になったら、味噌も糞もない。人はころころ死んでいくばかりだ。飢え死にしたり、熱線でやけどをしたり、洞窟でのたれ死にしたり、そういう状況になって誰も助けない。助ける神すらも現れない。
大和しうるはし、伝統的な価値観の中で、自然の美麗さをいうこれを、私は肯うものだ。しかし、私たちがよりどころとしていた自然、そのブナ林すらなくなっているのに、日本人には特殊なものがあるというふうに言い始めているのではないかと思う。
「火を噴いていないんだよ」
舌鋒鋭く彼は、現今の日本の言論の弱さ指摘した。本質のところを衝いて言っていないと。確かにそうだ。曖昧模糊とした論調の中で、まだだいじょうぶじゃないのかという事なかれ主義もほのみえる。大丈夫ではないと思うのだが…（大刀洗平和記念館展示の零戦）
九州大刀洗平和記念館に行って帰って来て、手に入れた資料の調べをしている。ああでもない、こうでもないと往事の戦争の実相を推理している。思い当たる節があって再度読んでみたい本があった。石川達三の『暗い嘆きの谷』だ。この谷は、「長野の駅からは徒歩で約一里半」「裾花川の渓谷に沿」ったところにある。
この道の行き着く所は戸隠山である。そのころ戸隠山には山榛（ぶな）の原始林が発見されていた。その材木は木製飛行機を造るのに好適であるから今後は大量に伐り出されるだろうとも言われていた。もはや金属材料に行き詰まって、軍部は山榛の飛行機で戦おうとしていたのである。 石川達三作品集２４ 新潮社
戦争末期、すがるものは戸隠山のブナの木だったというのも哀れである。しかし、これは事実である。往事の最新兵器「さくら弾」に搭乗したという前村弘さんは飛行機の主要部には木が使われていたという。
（三）
『暗い嘆きの谷』という作品は、昭和二十四年三月に書かれたものだ。筆者の経験をもとに書かれたものでノンフィクションに近いという。ここには筆者の鋭い批評精神がある。改めて読んで思ったことは、長野の谷で起こったことを題材にしているが、地域に止まらないということだ。つまりは、日本の谷であり、沢であることだ。このタイトルそのものが日本人に対する批評となっている。
にっちもさっちもいかなくなったら戸隠山のブナに頼る。科学ではなく情念に頼ろうとする。現今の政治の右傾化の根底にあるものと同じではないか。あの戦争は正しかったという声すら聞こえてくる。
戦争になったら、味噌も糞もない。人はころころ死んでいくばかりだ。飢え死にしたり、熱線でやけどをしたり、洞窟でのたれ死にしたり、そういう状況になって誰も助けない。助ける神すらも現れない。
大和しうるはし、伝統的な価値観の中で、自然の美麗さをいうこれを、私は肯うものだ。しかし、私たちがよりどころとしていた自然、そのブナ林すらなくなっているのに、日本人には特殊なものがあるというふうに言い始めているのではないかと思う。
「火を噴いていないんだよ」
舌鋒鋭く彼は、現今の日本の言論の弱さ指摘した。本質のところを衝いて言っていないと。確かにそうだ。曖昧模糊とした論調の中で、まだだいじょうぶじゃないのかという事なかれ主義もほのみえる。大丈夫ではないと思うのだが…（大刀洗平和記念館展示の零戦）
