2012年12月19日
下北沢Ｘ新聞(2223)〜淺間温泉へ：地形と文化と歴史〜
（一）
「やはり山に囲まれているという点は大きいですね。隔てられているから変わらないというところはあります。だから新しもの好きというのはあります。しかし、その入ってきたものにがぶりと食いつくことはありません。ちょちょとつついてみて確かめて、興味をひくものでないと分かったらもう関心は持ちません。しかし、手応えのあるものだったらしっかりと受け止めます。でもそれには時間がかかります」
松本で乗ったタクシーの運転手が松本平気質を話してくれた。山の間の町の特徴だ。よそ者には警戒心を深く持つ。
淺間温泉目之湯に早く着いたことからまた町を歩いた。
「戦後、淺間は土木で賑わっていた時期がありました。芸者なんかいっぱいいて出張していっていましたからね。ああ、土木ですか、黒四ですよ。他にも大きなダム作っていましたからね、それで多くの男達が入り込んできていたのですよ」
これは別の人から聞いた話だ。
時代時代で変わる。戦争中は名古屋から疎開してきた工場の慰労会、慰安会そんなものが多く行われていた。各旅館温泉には疎開学童がいた。
御膳が運ばれるがそれが通るだけで食い物のにおいがする。腹を空かせている子どもの前を通過していくだけだ。それは拷問に近かったという。
衝立によって護られていた場だった。立て回す銀屏風というのは大きい。この山々が文化を育んできた。昔からのものを純粋培養してきた。遡れば古代まで繋がる。
（二）
淺間温泉の町を歩いているときに共同温泉のベンチで一人の男の人が休んでいた。
「昔の淺間のことをご存じですか？」
「それはおれはここで生まれて、ここで育ったんだ」
「疎開学童が来ていたことはご存じですか」
「知ってはいるけど、そんな何千人というのは来ていなかったよ」
どうやら戦時中はここに居なかったようだ。
「木曽福島の機関区にいたから」
蒸気機関車の機関士だったという。
「どんな点が大変だったんですか。」
「なんたって大事なのは、気を交わすことだよ。そうでないとだめだな」
機関士と機関助士の心の通い合わせが機関車の運転には欠かせない。声に出して指示をしなくても互いに気脈を通じ合わせていることが大事だという。
「戦時中の石炭は質の悪い石炭がまわってきて、苦労したと聞いていますが…」
大正十三年生まれの三沢さんは、これには何も答えなかった。聞くまでもないことなのかもしれないと思った。
「善知鳥トンネルはきつかったな」
「手拭いして床に伏せているのですか。」
「そんなことしていれば運転できないじゃないか」
いかに呼吸が苦しくても、加減弁ハンドルから手を放さなかったのだろう。
「あの当時は、近隣の中学などは学徒動員されていたから、そういうのを運んだよ…木曽福島機関区は名古屋管内、甲府までだな。松本は新潟管内だな…」
「東海道からの迂回運転の貨物がよく入ってきたな…」
「俺は昭和二十年二月に赤紙が来て金沢の五十三連隊に入っただ。俺の二三年前に機関区から行った人はみな死んだんだ。けれども俺のときは行こうにも船がないんだ。それでいけなかったんだ……」
（三）
淺間上空に飛行機が飛んできていたのは知っていたが、特攻隊のことは聞いたことがないという。
特攻はエリートだった。彼らが死ぬことを散華と呼んでいる。ついこれに目を奪われてしまうが、つちくれのように死んで行った人の数の方が圧倒的に多い。三沢さんの話などはどんどん朽ちてなくなっていくばかりだ。
「俺はね、負けた戦争のことは話したくないんだよ」
最後に言ったことばが印象的だった。
淺間温泉の町を歩いているときに共同温泉のベンチで一人の男の人が休んでいた。
「昔の淺間のことをご存じですか？」
「それはおれはここで生まれて、ここで育ったんだ」
「疎開学童が来ていたことはご存じですか」
「知ってはいるけど、そんな何千人というのは来ていなかったよ」
どうやら戦時中はここに居なかったようだ。
「木曽福島の機関区にいたから」
蒸気機関車の機関士だったという。
「どんな点が大変だったんですか。」
「なんたって大事なのは、気を交わすことだよ。そうでないとだめだな」
機関士と機関助士の心の通い合わせが機関車の運転には欠かせない。声に出して指示をしなくても互いに気脈を通じ合わせていることが大事だという。
「戦時中の石炭は質の悪い石炭がまわってきて、苦労したと聞いていますが…」
大正十三年生まれの三沢さんは、これには何も答えなかった。聞くまでもないことなのかもしれないと思った。
「善知鳥トンネルはきつかったな」
「手拭いして床に伏せているのですか。」
「そんなことしていれば運転できないじゃないか」
いかに呼吸が苦しくても、加減弁ハンドルから手を放さなかったのだろう。
「あの当時は、近隣の中学などは学徒動員されていたから、そういうのを運んだよ…木曽福島機関区は名古屋管内、甲府までだな。松本は新潟管内だな…」
「東海道からの迂回運転の貨物がよく入ってきたな…」
「俺は昭和二十年二月に赤紙が来て金沢の五十三連隊に入っただ。俺の二三年前に機関区から行った人はみな死んだんだ。けれども俺のときは行こうにも船がないんだ。それでいけなかったんだ……」
（三）
淺間上空に飛行機が飛んできていたのは知っていたが、特攻隊のことは聞いたことがないという。
特攻はエリートだった。彼らが死ぬことを散華と呼んでいる。ついこれに目を奪われてしまうが、つちくれのように死んで行った人の数の方が圧倒的に多い。三沢さんの話などはどんどん朽ちてなくなっていくばかりだ。
「俺はね、負けた戦争のことは話したくないんだよ」
最後に言ったことばが印象的だった。
