2013年03月03日
下北沢Ｘ新聞(2271)〜踏切展望はロマンスカーから〜
（一）
さようなら踏切、一目見ておきたい踏切、下北沢を中心とする踏切群が３月２３日に、地下化によって一気に消えてしまう。愛着の深いこれを車上から見ておきたい。それで思い立ったのはロマンスカーからの展望だ。幸い、展望席の最前列のチケットが手に入って、昨日、小田原発、１３時３５分発の「はこね１８号」に乗った。LSE（7000形）である。
ただ行って帰ってくるだけではもったいない。何かないか、と思ったとき、下北沢文士町繋がりで行くのも一興かと思った。三好達治、坂口安吾、福田正夫は小田原にゆかりがある。このうち、小田急と濃厚に結びつくのは三好達治だと思う。それで、小田原では、達治の旧居跡のある諸白小路を訪ねて行くことにした。
小田原の空は明るい、そして暖かい。昭和十五年(1940)取手の寒さに悲鳴をあげ、三好達治の誘いでこの小田原に転居した坂口安吾を思い出した。その達治が住んでいた諸白小路に辿り着く。のんびりとした時間が流れている。
拙宅の周りは蜜柑畑になつてゐる、その枝々から、聲を揃へて、けりけりけりと啼きしきるのである。私はひそかにその聲をなかなかいいものだと思つてゐる。さうして彼女らのそのコーラスの続いてゐる暫くの間、私は仕事の手を休めて、繁華で便利な都会を遠く離れてこんな草深い田舎暮しをしてゐるのも、なかなかいいものだと、さういうふうに考へてみるのを常としてゐる。『小田原雑記』 三好達治全集１０ 筑摩書房
青蛙の声は聞こえない。が、のったりゆったりした時間は流れている。小田原時間は、瞑想を巡らせるのに都合のいい場所かもしれない。多くの文人墨客が集ってきた。そのことが分かるのが、近くの小田原文学館だ。ここに寄った。
「三好達治、坂口安吾、福田正夫の下北沢の住まいが書いてありますので、何かの参考にと私たちが作った地図を持ってきました。」
受付の女性に伝えた。
「小田原の文学者と関係するのですね、これは知りませんでした。」
「私は、とくに三好達治はゆえあってここに住んでいますが、理由の一半に小田急線があるからではないかと思っています。世田谷代田に居住する師匠のところに小田急線一本で繋がっていますから……」
「もうその頃、小田急線はあったのですか？」
彼女にとっては小田急線の存在は薄いようだ。小田原市民にとって鉄道といえばやはりＪＲなのかもしれない。
（二）
三好達治は、小田原の前は、鎌倉極楽寺に住んでいた。ここも小田急江ノ島線に近い。彼の詩は、きっちりと音の響きが計算されている。彼の代表作『測量船』は、まさに調べがすばらしく行き届いている。田舎に居住する場合も、計算して住んだのではないかと私は疑っている。何かあったときに直ちに駆けつけられる線、それが小田急線ではないかと。萩原葉子『天上の花』には「翌年五月十一日、父の一周忌に三好さんは、一番先に小田原から線香をあげに来てくれた。」とある。萩原朔太郎は昭和十七年五月十一日に亡くなっている。翌年、昭和十八年のことだ。小田原から直、世田谷中原を訪ねたものだ。
彼には小田急線は、恋人を思慕する路線だった。亭主を亡くして未亡人となった萩原アイを猛烈にアタックした。駆け落ちをも辞さないつもりだったろう。この彼女、実家である世田谷代田に戻っていた。小田原から詩人は口説きにきていた。
（三）
ロマンスカー展望席からの眺めはよい。ＤＶＤで展望席から撮ったものが多く出ていて、自分でも何枚か持っている。が、やはり本物はいい。まず、床下から音が聞こえてくる。小田原を発車した電車は、２００Ｒで北上していく。すると向こうに見事に丹沢山塊が台地形状を作って横たわっている。この山地は伊豆半島に付随したものだ。太平洋プレートに乗って南からやってきたこの島はユーラシアプレートにぶつかった。北側の関東山地とぶつかって隆起した。こんなことも前は知らなかった。
展望席で小田急の軌道を見ていて気づいた。なるほどと思った、築堤にしても隧道にしても鉄橋にしても、初手から複線で作られていたことだ。『小田急五十年史』もこれにふれている。
当初の私鉄では、市街地近郊の路線であればともかく、これだけの長距離で、しかも途中の過半が過疎地帯を通過する都市郊外鉄道が、初めから一気に複線を建設するというのはほとんど例のないことであった。
創業者利光鶴松の「いかにも利光らしい、決断であった。この大英断が「今日の小田急を築」いたという。
三好達治は、小田原の前は、鎌倉極楽寺に住んでいた。ここも小田急江ノ島線に近い。彼の詩は、きっちりと音の響きが計算されている。彼の代表作『測量船』は、まさに調べがすばらしく行き届いている。田舎に居住する場合も、計算して住んだのではないかと私は疑っている。何かあったときに直ちに駆けつけられる線、それが小田急線ではないかと。萩原葉子『天上の花』には「翌年五月十一日、父の一周忌に三好さんは、一番先に小田原から線香をあげに来てくれた。」とある。萩原朔太郎は昭和十七年五月十一日に亡くなっている。翌年、昭和十八年のことだ。小田原から直、世田谷中原を訪ねたものだ。
彼には小田急線は、恋人を思慕する路線だった。亭主を亡くして未亡人となった萩原アイを猛烈にアタックした。駆け落ちをも辞さないつもりだったろう。この彼女、実家である世田谷代田に戻っていた。小田原から詩人は口説きにきていた。
（三）
ロマンスカー展望席からの眺めはよい。ＤＶＤで展望席から撮ったものが多く出ていて、自分でも何枚か持っている。が、やはり本物はいい。まず、床下から音が聞こえてくる。小田原を発車した電車は、２００Ｒで北上していく。すると向こうに見事に丹沢山塊が台地形状を作って横たわっている。この山地は伊豆半島に付随したものだ。太平洋プレートに乗って南からやってきたこの島はユーラシアプレートにぶつかった。北側の関東山地とぶつかって隆起した。こんなことも前は知らなかった。
展望席で小田急の軌道を見ていて気づいた。なるほどと思った、築堤にしても隧道にしても鉄橋にしても、初手から複線で作られていたことだ。『小田急五十年史』もこれにふれている。
当初の私鉄では、市街地近郊の路線であればともかく、これだけの長距離で、しかも途中の過半が過疎地帯を通過する都市郊外鉄道が、初めから一気に複線を建設するというのはほとんど例のないことであった。
創業者利光鶴松の「いかにも利光らしい、決断であった。この大英断が「今日の小田急を築」いたという。
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この記事へのコメント
1. Posted by きむらたかし＠三田用水 2013年11月18日 00:25
［達治＋安吾］
青空文庫に安吾の「釣り師の心境」というエッセイがあることがわかりました。
安吾自身は釣りをしないそうで、その分、釣り師の行動を冷静かつシニカルに観察していて、当方、観察される側の立場であることもあって、結構楽しめます。
とりわけ、達治の誘いで小田原にいたときの、アユの解禁の際達治のエピソードには、大笑いしてしまいました。
いわゆる「ネタバレ」になってしまっては面白くないので、ご興味がありましたら
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43165_34361.html
を、お読みください。
まぁ、達治の心持（こころもち）、「そこまでやる？」とは思うものの、気持ちはとってもわかりますし、結構「面白い人」だったのだなぁ、と安心できる面もないではないわけで…
青空文庫に安吾の「釣り師の心境」というエッセイがあることがわかりました。
安吾自身は釣りをしないそうで、その分、釣り師の行動を冷静かつシニカルに観察していて、当方、観察される側の立場であることもあって、結構楽しめます。
とりわけ、達治の誘いで小田原にいたときの、アユの解禁の際達治のエピソードには、大笑いしてしまいました。
いわゆる「ネタバレ」になってしまっては面白くないので、ご興味がありましたら
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43165_34361.html
を、お読みください。
まぁ、達治の心持（こころもち）、「そこまでやる？」とは思うものの、気持ちはとってもわかりますし、結構「面白い人」だったのだなぁ、と安心できる面もないではないわけで…
