2013年03月09日
下北沢Ｘ新聞(2275)〜踏切展望はロマンスカーから４〜
（一）
昭和１９年８月１２日夜１０時過ぎ、小田急下北沢駅を多くの子どもを乗せた電車が発った。代沢国民学校の疎開学童である。
下北沢駅構内は狭い。見送りにきた父母は中には入れない。親はどこで見送ったか。それは踏切の両脇だった。東北沢６号踏切、現、スーパーオオゼキ脇の踏切だ。大勢の見送り人がここにひしめいていた。その数は
千人を上回る数だったという。というのも、当夜は、代沢国民学校のみならず、東大原国民学校もここを旅だったからだ。
そういう歴史も記憶から消えていく。が、この事象、私はいまだに忘れられないで、彼らの過去の日々を追っている。幸いなことに、最近新しい資料が見つかった。
疎開学童の一部は、鉛筆部隊と名づけられていた。この隊員の一人が残していたノートである。五冊ほどもあるものだ。これに疎開中の出来事を克明に記録していた。
つい昨日のことだ、これを読んでいて分かったのは松本五十連隊の決部隊と彼らが交流していたことだ。鹿子木幹雄君の日記を読むと兵と一緒に隊歌の練習をしていた。それでなお驚いたのはその作詞者は臼井吉見であったことだった。
この作詞の経緯については『安曇野』第五部に詳しく記されていた。
（二）
風景とは形ある景色である。形があってこそ風景たりうる。が、一旦、なくなってしまえばたちまちに忘れ去られる、とともに歴史も忘れ去られる。踏切のある風景も間もなく消えていく。
東北沢６号踏切は、文学の舞台でもあった。鷺澤萌「遮断機」だ。「『開かずの踏切』の前まで来たとき、笑子はすでに足元も覚束ないほど酔っ払っていた」と始まる。「市場の中を通り抜けると、駅の西側に出る。出たところに通称『開かずの踏切』がある。」と述べているところから間違いなく東北沢６号踏切だ。
夢と現とが交差する物語だ。この踏切が分け隔てているのは現実世界である。と同時に、冥界と現実とを分けている遮断機でもある。
（三）
東北沢５号踏切は、目立たないものだ。これも鉛筆部隊の取材過程で知ったことである。偶然的なことから、（このブログでの機縁から）鉛筆部隊の手紙類が見つかった。もう亡くなってしまった立川裕子さんのものである。その縁戚とこれまた偶然知り合い、話しているときに、この踏切を「おばちゃんの踏切」とずっと呼んでいたことを知った。ここでそのおばちゃんは自殺している。
個別的な思いを、人はそれぞれに持っている。ここを「お稲荷さんの踏切ね」という人もいる。このすぐ脇に「長英稲荷」があったからだ。映画「大当たり三色娘」にこれがよく映っている。
作家大谷藤子は北沢タウンホールの前にかつて居住していた。彼女は飼い猫がいなくなったので猫によく効くというお稲荷さんに詣でている。多分この稲荷ではないだろうか。
彼女はこの踏切を渡ってよく「風月堂」に行っていた。そこには森茉莉がいた。
（四）
臼井吉見『安曇野』は批評小説である。彼は、この中でバーガニの言葉を引いている。日本人への提言である。この記述に、「祖先の呪文を払いのけること、王座をとりまくタブーの重々しい後光を吹き飛ばすこと」とあった。なるほどと思った。古代から営々と伝承されているしきたりがある。
いつだったか、保守党代議士の秘書から聞いたことがある。「田圃の区画割りは票田だよ」と。縄文からうち続いている呪文かもしれない。確かに今もなお我々は何かに取り憑かれている。
民主主義とは、均衡やバランスだということができる。が、島国ではこの成立が難しい、一極批評が中心となるからだ。自分の領分しか考えられないからだ。東京は東京のことしか考えないで肥大化していく。そうして地方は凋落していく。
東京ではどんどん地下化して近代化されていく。松本在住の山根二郎氏と先日電話をしたときに、東京という都市だけが巨大化していくという場合、何がそうさせているのでしょうか？と聞いた。
「それはね、縄文の幻影だよ」
（上、東北沢６号、中、東北沢５号、下、今日の明治公園で。）
