2013年03月13日
下北沢Ｘ新聞(2278)〜踏切展望はロマンスカーから５〜
（一）
四月十日（水）天気晴
今日は待ちに待った發表の日である。皆よていよりはやく来た。下北澤の信号を見て皆喜んだ。
『青信号だ』青信号といふとどうもうかりさうな気が自然とする。
鉛筆部隊の一生徒が残した克明な日記の一部だ。昭和２１年のことだ。疎開から戻ってきた六年生は中学受験に挑んだ。代沢小学校の六名の男子は、東京都立第六中学を受験した。その結果を見に行く場面である。
ここでいう信号はシグナルだ。即ち、小田急線の信号である。彼らは下北沢駅から電車に乗って新宿に向かおうとしていた。府立六中は、いわゆるナンバースクールである。受かっているのかどうか、心配で心配でならない。そんなときに、上りの信号、東北沢側のこれを見たところ青が点っていた。
「おい、信号は青だよ。これは皆合格だよ！。」
ホームでは小躍りをしたことだ。
下北沢地表駅の思い出の一つだ。この三月二十二日で消えていく地表線の思い出としては、意外なエピソードである。上りの信号の青を見て自分の幸せを思ったということだ。
六人の運命やいかに？。
この日の末尾には「まったくいやになってしまった。家にかへってもちっともうれしくなかった」とある。自分は合格したが、友の一人は不合格だった。
六名は受かって、一名は受からなかった。信号の青はおおむね、彼らの運命を暗示していたということにはなる。
遮断機の場合、人びとの運命を皆押しとどめる。が、これを待ちきれずに踏切を飛び越えていく者もいた。東北沢４号踏切ではこの例が少なくない。さる俳優の子息もここで亡くなったと聞いている。
（二）
東北沢４号踏切は、地形と深く関わる。ここは沢の凹みだ。しかし、これは地下化工事によって斜度が緩和されたようで、かつてのように顕著ではなくなったように思う。前は十両編成の車両を見ると、ここを通過するときに屋根が凹んでいるのが分かった。
別名通称、茶沢通り踏切とも言う。東北沢側からの電車は急坂を下ってくる。その底に踏切はある。交通量の多いところで通過する電車はタイフォンを鳴らしながら通っていく。
これは記憶しておこう。この汽笛、戦後の一定期間特別な音が響いていた。「長緩汽笛二声、短急汽笛一声、長緩汽笛一声」による吹鳴だ。「ボーボー・ボ・ボー」である。これを小田急の現場関係者は、「マッカーサー・ホィッスル」と呼んでいた。占領軍の指示によって決められたものだからだ。昭和二十六年四月一日に制定された「運転取扱心得」にこれが定められて、記載された。『小田急五十年史』は「二十九年四月に戦後は終わった？」と記している。
二十九年四月二十三日、社達三七一号で運転取扱心得が一部改正されるに及び、この汽笛は五月一日から「長緩汽笛一声」すなわち「ボー」だけに改められた。四月三十日に乗務した運転士たちは、きょうがマッカーサー・ホィッスルの吹き納めとばかり、ボーボー・ボ・ボーと吹き鳴らしたのであった。
（三）
東北沢４号踏切の南側に下北沢オデヲン座があった。昭和二十七年（1952）年五月開館している。
「なにかよ、今日はやけに電車の汽笛がうるさかったな。あの、ちょうどいい濡れ場、キスシーンのところで、ボーボー笛を鳴らしやがって、もう腹立つよ……」
それは昭和二十七年四月三十日のことだった。
そういえば思い出した。映画プロデューサー森栄晃さんはここ跡地に建ったフィットネスクラブに通っておられた。横光利一に、これからは映画の時代だと言われて、文学から映画に転向されたと彼からは伺った。
東北沢４号を渡ってクラブに通っておられた森栄晃さんも亡くなられた。時代は移り変わって、踏切、そして、人、この記憶もすべて消えて行く。
（上、東北沢４号踏切、下は、当日申し込み参加者に配布するパンフ）
