Web東京荏原都市物語資料館

東京荏原・下北沢鉄道Ｘ交点周辺には都市文化や近代文学の物語が眠っている。それを取材し調べ掘り起こし記事にし「下北沢Ｘ物語」と名づけて発信する。荏原一帯の戦争の記憶、都市の変貌、歴史、地理、地誌、伝承、交通史などが主軸だ。記事が発端となって埋もれた歴史真実が発掘されている。これらを記録したのが「Web東京荏原都市物語資料館」である。『北沢川文化遺産保存の会』の情報を伝達するブログでもある。当会はこれまで「下北沢文士町文化地図」などを始め多くの冊子を発行してきた。「文士町文化地図」の最新版は改訂9版（24年3月）で、全発行枚数９万部となった。区のHP（下北沢文士町文化地図）で閲覧できる。当会への問い合わせは事務局の世田谷「邪宗門」へ。03-3410-7858　　当館、きむらけんへはaoisigunal@hotmail.comか、右下のメッセージから……

2013年03月23日

下北沢Ｘ新聞(2285)～桜と踏切と学童と～

（一）
　踏切の歴史を探訪していくと必ず禍々しい話に行き着く。が、暗い話の中に一つぽっと点った希望の話があれば気持ちが救われる。今回はそんな話だ。

　１６日の踏切ツアー、そして、昨日、踏切消去直前の小人数ツアーで、分かったことがある。下北沢３号踏切脇の桜の木にまつわるエピソードについてだ。

「この桜が切り倒されることになったのですよ。ところが代沢小の学童たちがそれはかわいそうだということで、『桜の木を伐るのはやめてください』という運動を起こしたのですよ。ええっとね、それは、今の六年生の子が二年生だったからもうちょうど三年目ということになりましょうか？」
　昨日、たまたま下北沢３号踏切のそばにおられた滝沢さんから話を伺った。この話全く知らない話だった。すんでのところで伐られるところが助かったという。

　私にとってこの桜については深い思い出がある。まず、この桜については、作品の記述からみつけたものだ。それは一色次郎著『東京空襲』からである。記述の日付は昭和２０年３月２０日となっている。

　彼、一色次郎は、この桜の木の側にあった「静仙閣」に居住していた。ところが、昭和２０年３月１０日の東京大空襲の後、ここの「管理人から、強制疎開の立退を宣告される。私鉄の線路に密接しているので、第六次建物疎開に該当したのである。」それで、彼は「世田谷区代田二ノ八二三」に引っ越していく。３月２７日にお別れの挨拶に下北沢「静仙閣」を訪れる。
　

　カノ子が管理人室で話し込んでいる間に、私は地蔵さんのまわりを掃除する。宝暦三年（１７５３）から立っている、この小さな地蔵さんも、こんどはどうなることだろう。地蔵さんの背中のサクラはまだ若芽も出ていない。枝ばかりの梢に夕もやが漂っていた。
「東京空襲」一色次郎　河出書房　昭和４２年

　下北沢静仙閣の前には「サクラの木が一本あって、その下に小さな地蔵さんが立っている。私は朝夕その前を通るたびに、ぺこっ、とおじぎを」（「東京空襲」）していたと言う。つまり、その桜の木こそ、代沢小の生徒たちが保存運動をしたものであった。
（写真の桜、昨日撮ったものだ）

（二）
　代沢小の児童と桜ということで言えば、悲しい話がある。

　戦争中、代沢国民学校の学童は、淺間温泉に疎開している。幾つかの旅館に分宿して生活を送っている。そのうちの一つが千代の湯であった。ここに昭和二十年二月末ごろに、偶然に特攻隊員たちがやってきて、一月ほど同じ屋根の下で生活をする。

　ところが彼らは時を経て、特攻出撃をすることになって飛び立った。そして、それから数日経ってこの学寮に手紙が舞い込んだ。今西修軍曹からの手紙である。

　ただいまより沖縄にむかって出撃します。〇〇（基地）では、道端にれんげや菫の花が美しく咲き、桜も咲いています。桜を一ひら同封しました。

　この基地というのは熊本の健軍飛行場である。この近辺に咲いていたもののひとひらを彼は、封筒に入れて代沢国民学校の児童に送った。「戦局に一喜一憂せずに、ひたすら学業にはげんでください」というメッセージがあった。

　彼はその後特攻出撃して三月二十七日早朝に沖縄慶良間列島沖に展開する米艦船に特攻突撃をして亡くなってしまう。もう間もなくその命日を迎える。

　因縁因果といえばそうである。来週、このまさにそのとき、つまり、二十七日未明に、「ラジオ深夜便」で、「疎開児童から見た特攻隊」の放送が行われる。この学童は、代沢国民学校の疎開学童に他ならない。ディレクターの林さんはこの日のことを知っておられて、それでまさにこの日に放送するとのことだ。

（三）
　今日は、今日で、桜が満開だ。私達はその代沢小にある安吾文学碑の前で、下北沢文士町文化地図改訂五版を通り掛かる人に配った。実は、この発端となったのは踏切だった。
朝な夕なに東北沢４号踏切、５号踏切で足止めを喰らっているときに「この街っておかしくない？」と思ったことがきっかけだった。文化探査のはじまりだ。

　地図配りの合間を見計らって消滅踏切に行ってみた。驚いたことに茶沢通りを車が一旦停止することなくすり抜けている。

　下北沢の踏切中心地、東北沢６号踏切は普通に渡れる。感銘というか、感動というか、悲しみというのか。（今日昼撮った、東北沢６号踏切）
「何かね、ここは雑然とした街だったんだよ。小さい時の勉強部屋みたいだったんだ。乱雑でね……そうそう音、音、ここは電車の音がしていた。なくなって気が抜けたみたいだ」
　一組の夫婦と昔ばなしに耽ったことだ。ご主人の言うのもよくわかる。

（四）
　春の陽気は人をおかしくする。地図配りを終えて邪宗門でお茶を飲んでいるときにエピソードを聞いた。
「美容院に行ったんですよ。そのときに何気なく『今度シモキタの踏切がなくなるんだ』という話をしたら、美容師さん、『踏切なくなったら怖いね』と言ったのよ」
　慶子さんのこの話を聞いて、「シモキタには至る所に次元の穴が空いている」という話を思い起こした。
「うん、怖い」

〇桜祭り、「下北沢文士町文化地図」
　改訂五版地図配布活動予定（代沢小安吾文学碑前）
　北沢川文化遺産保存の会
　明日は、雨なので中止。来週３０日、３１日　１０：００～１５：３０
雨天の場合は中止