2013年04月09日
下北沢Ｘ新聞(2296)〜『近代繁栄節考』を考える〜
（一）
日々が旅だ。それはおもしろがる、ふしぎがる常なる意識から来ているように思う。山梨に行ったのはもう五日も前になってしまった。しかし、旅の時間も熟成するものだ。今になって思うとより面白く思われる。言えば、今日近代を考察する旅だった。
旅とは、風景と人との出会いである。甲斐の旅だ、武田信玄は最初から予想がつく。しかし、根津嘉一郎と深沢七郎は予想外だった。
この後者の二人は、我々のフィールドワークする場に無関係ではなかった。文学散歩でよく行く羽根木公園は、前は根津山と呼んだ。根津嘉一郎を核とする根津財閥所有になるものだった。
深沢七郎を見出したのは、丸尾長顕である。作家であり演出家である丸尾は、下北沢文士町の居住人である。日劇ミュージックホールプロデューサーは、代沢小そばのアパートにダンサーを住まわせ、その女性が駅に行くときに際だって見えたと聞いている。深沢七郎も丸尾宅には度々来ていたのではないかと思われる。
旅の案内者矢花克己さんは、昼食を石和の、蕎麦屋、「幟」に誘ってくれた。ここが深沢七郎生家跡である。彼の姻戚が営んでいるとのことだった。かつては深沢七郎関係の資料が展示されていたそうである。
家に帰ってから、そういえば『楢山節考』は、どこかにあったなと思った。随分と探し回った挙げ句、本棚の底の筑摩の現代日本文学大系を見つけた。ページを開いていくと、彼のサインが扉にあった。
人間はこんなに繁栄
しなくてもいいんだ
人間滅亡教々祖
深沢七郎
これも言葉との出会いだ。『楢山節考』は、近代の繁栄への反旗であったと思った。
（二）
「村では七十になれば楢山にまいりに行く」、「この寒村では作っても収穫が少く」、人を養って行くには限度がある。年老いた順に、自らが死を選択することが村のしきたりとなっていた。「楢山参り」である。
『楢山節考』は、「山と山が連なっていて、どこまでも山ばかりである。この信州の山々の間にある村」と始まる。深沢七郎は、甲斐であるが、信州信濃の姨捨伝説を念頭に置いているものと思われる。が、更科の姨捨伝説は、母親を捨てるに捨てられず連れ帰ったという話になっている。
往古の昔、ハッピーエンドでは済まされない話だった。口減らしは普通に行われていたことである。子を間引くことも行われていた。食糧資源には限りがある、増えた人数を養っていく余裕はない、それで家を、村を永続させていくために一定の年限になったら死にゆかねばならなかった。
山村生活で作物の取れ高には限度がある。が、人びとはここで遥か昔から生活を営んできた。矢花さんに聞くと、一帯は縄文時代の遺跡はごろごろあると。彼も子どもの頃、付近の畑に行ってはよくやじりを拾ったという。
調べると現石和温泉駅前から縄文前期の土器が発掘されている。縄文時代は一万年あった。この時代、人口は減りもせず増えもせず横ばいだったようだ。生きていく知恵として老齢者から順に自ら命を絶つということはあり得たのかもしれない。
（三）
『楢山節考』とは何か、一定の年齢に達したら楢山に行って自死する。その楢山参りの思想が伝える歌を深く吟味するというものであるようだ。
おらん父ちっちゃん身持ちの悪さ
三日病んだらまんまたいた
これは贅沢を戒めた歌である。一寸した病気になったら、うちの親父はすぐに白米を食べるということで、極道者とか馬鹿者だと嘲られるのである。
『楢山節考』 現代日本文学大系８９ 深沢七郎 筑摩書房
それぞれの時代の生活の限度というものはあるだろう。それは奈辺にあるのか。難しい問題だが、私たちがどれほど節度や限度を考えているかは大きな疑問だ。深沢は「人間はこんなに繁栄しなくてもいいんだ」という。
思うに、彼がいう繁栄の限度はもうとっくに過ぎて、超繁栄を、私たちは謳歌していないか？。３，１１の東日本大震災は、「繁栄節考」を考え直すチャンスであったにも関わらず、懲りずに、また前と同じように走ろうとしている。なかんずく後代へ、更なる負荷まで背負わせようとしてはいないか？。
（上、恵林寺参道でのスナップ、下、根津嘉一郎銅像）
