2013年04月16日
下北沢Ｘ新聞(2301)〜小田急廃線跡の踏切をさすらう２〜
（一）
九つの踏切の中で一番に逸話が隠れ潜んでいるのは下北沢２号と３号踏切である。
歴史が目撃された場である。この２号と３号との間は築堤になっている。付近よりも高く。空がよく見えた。この土手の北側には下北沢静泉閣があった。ここに住んでいた一色次郎は土手に上り上空で繰り広げられる空中戦のありさまを『東京空襲』に描いている。
３号踏切の警備員は気さくだった。
「ここの踏切は、駅に遠いんだ。みんな急いでいこうとするんだけど、大概閉まっている。それで踏切をかいくぐる人が多かったね。『やめろ！』とまで言えないしね…」
自分でも経験がある。踏切の端っこを持ち上げてくぐり、それをバトン代わりに次の人に渡すというものだ。
確かに３号踏切から駅までは遠い。まともに歩くと十分ぐらいかかる。昔は、線路を歩いていた。それを具体的に書いている。「線路の上を五分もあるくと下北沢駅がある。静泉閣というのがその名前」(『東京空襲』）だ。高級アパートで満州国皇帝溥儀の弟、愛新覚羅溥傑作も住んでいた。彼も下北沢駅へは犬走りを歩いたろう。
「やっぱりね、九つの踏切で一番閉まっていたのは下北沢３号と、東北沢２号だね。」
踏切警備のおじさんは言う。
「東北沢２号は、電車が停まっているから。それと電車が詰まっているからね。この下北沢３号も中間で電車が詰まってくると動かないから。」
この踏切は狭い。その上鍵形、クランク状になっていて通りにくい。人身事故も多く起こっている。飛び込みもあった。ワーストワン踏切である。
「ちょうど電車が下っていくからね、急ブレーキの音を聞くとぞっとしますよ。」
折に車輪が何かを食い込ませた音が聞こえるときがあったという。付近の人の話である。
「にっちもさっちもいかなくなったのは、ロマンスカーを朝の時間帯に走らせるようになってだね……」
警備員の話だ。優等列車の割り込みがダイヤを過密にしてしまった。
（二）
下北沢３号踏切では撤去工事がどんどん進んでいた。線路も切られている。
「そこにあった信号機なんだが、マニアが十万で買いたいと言っているそうだけど、それはどうなったから分からない。」
この下北沢３号踏切は、鍵形道路であることは変わりがない。不便だ。恐らくこれをまっすぐにするのではないかと思われる。
この下北沢３号踏切は代田の自宅へ帰る朔太郎も通った道だ。
無限に遠き空の彼方
続ける線路柵の背後に
一つの寂しい影は漂ふ （「漂泊者の歌」 『氷島』より）
かつては古枕木にコールタールを染みこませていた柵がずっとどこまでも続いていた。
「線路に電車は行き交へども、我が人生はありやなしや」とここの踏切で立ち止まって物思いに耽っていたように思われる。
（三）
下北沢２号踏切、３号踏切の間の築堤を空襲警報電車が通った。「夜中に警報が出ても、電車が必ず二台走っていく。外出している兵を急いで部署へ戻すため、新宿駅から小田急の電車が、特別に走っていくおだそうであった。……今、猛烈な速力で下っていった。」『東京空襲』（１９年１２月８日）。
一方これは戦後のことだ。米兵を満載した小田急の貨物列車が通った。昭和二十年九月に東京進駐する米軍が、小田急で入京した。これは近代史の事実として記録しておかなくてはならないことだ。
各貨物には土嚢が積んである。それを楯にして米兵は銃を構えている。厚木に進駐してきた第八軍第一騎兵師団の精鋭部隊である。築堤をゆっくり通っていった。
（上、３号から見た上り方向、下、３号から見た下り方向）
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この記事へのコメント
5. Posted by 桜上水confidential 2013年04月18日 10:09
[お忍びとはちょっと違うけれど]
元気な時代の父に聞いた話ですが
「戦時中、吉田茂など、何人かに憲兵がついていたのは、監視の意味がなかったわけではないと思うが、むしろ警護的意味合いが強かった。警察においても、同様のことがあり、東京の場合、各所に交番が設置された背景には、監視と警護、両方の意味があったと思う」
「戦前、戦中は、左翼はあっても、右翼は存在しなかった。玄洋社などを右翼という者が居るが、それらは、むしろアジア民族主義であり、孫文、チャンドラボースなどは、彼らの支援を得ていており、昭和15年前後まで、日本政府は英国に遠慮して、アジア民族主義とは距離をおく傾向にあった。その意味で、満州国はアジア民族主義と同根ではない」
元気な時代の父に聞いた話ですが
「戦時中、吉田茂など、何人かに憲兵がついていたのは、監視の意味がなかったわけではないと思うが、むしろ警護的意味合いが強かった。警察においても、同様のことがあり、東京の場合、各所に交番が設置された背景には、監視と警護、両方の意味があったと思う」
「戦前、戦中は、左翼はあっても、右翼は存在しなかった。玄洋社などを右翼という者が居るが、それらは、むしろアジア民族主義であり、孫文、チャンドラボースなどは、彼らの支援を得ていており、昭和15年前後まで、日本政府は英国に遠慮して、アジア民族主義とは距離をおく傾向にあった。その意味で、満州国はアジア民族主義と同根ではない」
4. Posted by きむらけん 2013年04月17日 15:00
［市民の側から見た戦中戦後の歴史］
おっしゃるとおり、このことが今急速に、体験者の老齢化、高齢化で消えていきつつあります。戦争がどんなに辛いこと、苦しいことだったかはずっと伝えないとまた同じ事を繰り返していきます。
武器を持ったら、人間は必ず武器は使います。小田急地表線の歴史は戦争史の歴史でもありました。毎年、戦争経験を聴く会、語る会を、下北沢で開いていますが、若い人にはぜひ聞いてほしいものだと思います。
おっしゃるとおり、このことが今急速に、体験者の老齢化、高齢化で消えていきつつあります。戦争がどんなに辛いこと、苦しいことだったかはずっと伝えないとまた同じ事を繰り返していきます。
武器を持ったら、人間は必ず武器は使います。小田急地表線の歴史は戦争史の歴史でもありました。毎年、戦争経験を聴く会、語る会を、下北沢で開いていますが、若い人にはぜひ聞いてほしいものだと思います。
3. Posted by Erich1970 2013年04月16日 23:48
いつも興味深くブログを拝見しています。
なるほど、お忍び期間であれば、目立つ事はできないのですね。このあたりの事情はWikiでは判りませんでした。
正直なところ、旧陸軍士官学校が座間（相武台）に有ったことなどは、子供のころは知りませんでした。
FENを聞いていたので座間に米軍がいたこと知っており、旧軍基地があったとは想像しましたが。
義務教育や高校では第二次大戦の事は細かく習わない（自民党も日教組も教えたくなかったのでしょう）ので、軍の階級の上下も判らないままという有様です。
今の10代に「大尉と中佐とどちらが軍隊の中で階級が上なのか」と聞いても満足な答えが得られないかも、と言うことです（基地のある所は別でしょうが）。
ネット時代になり検索していけば旧軍の事、満州の事など、様々な事を知ることが出来るようになりました。無論、不正確さや恣意的な歪曲の懸念はあるのですが・・・
それはそれとして、市民の側から見た戦中戦後の歴史を今のうちに記録にとどめておく必要を強く感じます。
なるほど、お忍び期間であれば、目立つ事はできないのですね。このあたりの事情はWikiでは判りませんでした。
正直なところ、旧陸軍士官学校が座間（相武台）に有ったことなどは、子供のころは知りませんでした。
FENを聞いていたので座間に米軍がいたこと知っており、旧軍基地があったとは想像しましたが。
義務教育や高校では第二次大戦の事は細かく習わない（自民党も日教組も教えたくなかったのでしょう）ので、軍の階級の上下も判らないままという有様です。
今の10代に「大尉と中佐とどちらが軍隊の中で階級が上なのか」と聞いても満足な答えが得られないかも、と言うことです（基地のある所は別でしょうが）。
ネット時代になり検索していけば旧軍の事、満州の事など、様々な事を知ることが出来るようになりました。無論、不正確さや恣意的な歪曲の懸念はあるのですが・・・
それはそれとして、市民の側から見た戦中戦後の歴史を今のうちに記録にとどめておく必要を強く感じます。
2. Posted by きむらけん 2013年04月16日 20:25
［お忍び時代なので警護はつかない］
現今今の時代と比較して考えると大変なことになります。相武台士官学校に通っていたときだと思われます。この時代、すべてがのんびりしています。今だからへぇっという話になるのですが、この近辺、こういう逸話は至るところにありました。
そこが興味深いことだと思われます。スリリングです。
現今今の時代と比較して考えると大変なことになります。相武台士官学校に通っていたときだと思われます。この時代、すべてがのんびりしています。今だからへぇっという話になるのですが、この近辺、こういう逸話は至るところにありました。
そこが興味深いことだと思われます。スリリングです。
1. Posted by Erich1970 2013年04月16日 20:15
愛新覚羅溥傑も下北沢駅を使っていた、とすれば非常に興味深いです。
当時はVIP待遇だった筈で、警護等がついたり、専用の自動車をあてがわれたりしたとすれば、電車に乗ること自体が特別なことになるのではないかとも思われます。
下北沢にはそういった事を記憶している方がおられるかもしれませんね。
当時はVIP待遇だった筈で、警護等がついたり、専用の自動車をあてがわれたりしたとすれば、電車に乗ること自体が特別なことになるのではないかとも思われます。
下北沢にはそういった事を記憶している方がおられるかもしれませんね。
