2013年04月25日
下北沢Ｘ新聞(2307)〜文学と汽車と墓地３〜
（一）
昨日、天気が悪く中央本線からの眺望はよくなかった。ガスがかかっていて景色が平板に見えるばかりだった。日野春、長坂あたりでは車輪の響きがくぐもって聞こえた。こととっと、ぐぐこっこ、ロングレールではある。
しかし、やっぱり在来線はいい。車が地に足をついている。乗っていても安心である。ところが今日乗った長野新幹線、なぜにこんなにすっ飛ばすのだろうと思った。車が地に足をつけているという感じがしない。旅への嫌悪を感じた。それでも私は、窓からじっと風景を見ていた。
関東平野に入って景色はよく見える。が、後ろにとんとん飛んでいくばかりだ。田や畑、森、家などが次々に消滅していく。時間と空間の抹殺を自分では見ている。しかし何の感懐もない。
列車の速度が速くなればなるほど景色と自分とは全く無関係になる。ところが、午前中に通った篠ノ井線の姨捨ではそうではなかった。スイッチバックで進入して行った先の駅からは善光寺平が目に養分を与える景色としてあった。小さく見える家並みや田地田畑に人の営みが感じられた。
姨捨の駅から見た風景をどう表現するのだろう？。調べて見ると、あの人はこう言っていた。
「海拔二千尺の峰に於けるプラツトフオームは、恰も雲の上うへに拵へた白き瑪瑙の棧敷にあるが如く思はれた」と。やはり尋常ではない。
（二）
子規庵では汽車文学論を何人かの人とした。といっても勝手に自分の妄想を語っているだけである。
「鴎外の汽車は、さほど難しくはなかったように思います。多分、彼の場合の汽車の響きは決して悪いものとは聞こえていなかったように思います。が、漱石の場合は、あんまりいい音には聞こえていないみたいですね。これを言い表す音がパターン化して決まり切っています。そこから考えるといい響きに聞こえていたとは思いません…この漱石もなんとか乗り越えたように思います。しかし、響きの文学史の上で暗礁に乗り上げて先に進んでいない人がいます。それは泉鏡花です…」
姨捨の駅からの眺めを書いているのは、泉鏡花に他ならない。「魔法瓶」というタイトルで書かれたものだ。
響きの鉄道文学史は我が妄想だ。批評基準値なるものがある。汽車の響きが心に気持ちよく響くかどうかというのがものさしである。漱石の場合は、心地よくは響いていない。鏡花はどうかという、次の描写が証明している。合格だ。
姨捨に向かう汽車である。
此の峰、此の谷、恁ゝる思ひ。紅の梢を行く汽車さへ、轟きさへ、音なき煙の、雪なす瀧をさかのぼつて、輕い群青の雲に響く、幽かなる、微妙なる音樂であつた。
驛員が黒く流れて、
「姨捨！姨捨！」……
機関車はゆっくりとのぼっていく。これに引かれた客車の車輪が音曲を奏でる。それはもう妙なる音楽である。そこに付け加わる駅員の声がなんとも心にくい。
（三）
泉鏡花の汽車は、巨大山脈だ。
姨捨を通るときに考えついた妄想がもう一つある。
姨捨、老いた者が自らの命を捨てる、風習としては当事者の主体的な選択だった。食う数を減らすことで子孫を残して行くという考えが底流にあったと言える。姨捨という地名と現実の景色がどう重なるかどうかは分からないが、この場所で景色を俯瞰しながら生を絶つというのはあり得たのかなと。
特攻兵の中に、麗しき祖国よと言った者がいる。緑の祖国の防衛という意識だ。自らを捨てた老婆の中に眼前の広がりを眺めながら「麗しき故郷よ」と言ったものがいるだろうか？。（散歩途中の様子）
子規庵では汽車文学論を何人かの人とした。といっても勝手に自分の妄想を語っているだけである。
「鴎外の汽車は、さほど難しくはなかったように思います。多分、彼の場合の汽車の響きは決して悪いものとは聞こえていなかったように思います。が、漱石の場合は、あんまりいい音には聞こえていないみたいですね。これを言い表す音がパターン化して決まり切っています。そこから考えるといい響きに聞こえていたとは思いません…この漱石もなんとか乗り越えたように思います。しかし、響きの文学史の上で暗礁に乗り上げて先に進んでいない人がいます。それは泉鏡花です…」
姨捨の駅からの眺めを書いているのは、泉鏡花に他ならない。「魔法瓶」というタイトルで書かれたものだ。
響きの鉄道文学史は我が妄想だ。批評基準値なるものがある。汽車の響きが心に気持ちよく響くかどうかというのがものさしである。漱石の場合は、心地よくは響いていない。鏡花はどうかという、次の描写が証明している。合格だ。
姨捨に向かう汽車である。
此の峰、此の谷、恁ゝる思ひ。紅の梢を行く汽車さへ、轟きさへ、音なき煙の、雪なす瀧をさかのぼつて、輕い群青の雲に響く、幽かなる、微妙なる音樂であつた。
驛員が黒く流れて、
「姨捨！姨捨！」……
機関車はゆっくりとのぼっていく。これに引かれた客車の車輪が音曲を奏でる。それはもう妙なる音楽である。そこに付け加わる駅員の声がなんとも心にくい。
（三）
泉鏡花の汽車は、巨大山脈だ。
姨捨を通るときに考えついた妄想がもう一つある。
姨捨、老いた者が自らの命を捨てる、風習としては当事者の主体的な選択だった。食う数を減らすことで子孫を残して行くという考えが底流にあったと言える。姨捨という地名と現実の景色がどう重なるかどうかは分からないが、この場所で景色を俯瞰しながら生を絶つというのはあり得たのかなと。
特攻兵の中に、麗しき祖国よと言った者がいる。緑の祖国の防衛という意識だ。自らを捨てた老婆の中に眼前の広がりを眺めながら「麗しき故郷よ」と言ったものがいるだろうか？。（散歩途中の様子）
