2013年10月02日

下北沢X新聞(2414)〜67歳初舞台に挑む〜

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(一)
 「ゆき場のないゆき場所」というのは石垣りんの『崖』に使われたフレーズだ。この言葉は多くの若者に当てはまるのだと思う。社会は、若者から行き場を奪っている。練習とか訓練なしに、初手から何ができるかと問われる。できなければ食っていけもしないし、居る場所すらも与えられない。

 居場所とは何か、居られる場所、居てもいい場所である。存在が認められる場所でもある。「劇団ほぼ無職」は、考えてみれば社会風刺的な呼称でもある。世間が居場所を作ってくれないから俺たちが作る。そういう自己主張でもある。

 「劇団ほぼ無職」の若いメンバーと一緒に稽古をし、そして、ともに劇に出た。今年二月、下北沢演劇祭での旗揚げ公演のときは関係者の一人ではあるが傍観者だった。が、先の29日の「成徳ミモザホール」の公演ではゲスト出演者として彼らに関係した。

 劇団員は成長した。矢が二本あるのではなく、一本しかないことに気づいたことだ。つまり、初演のときには舞台袖に堂々とプロンプター役がいて、セリフを忘れた場合には彼が補ってくれた。

「初心の人、二つの矢を持つ事なかれ。後の矢を頼みて、始めの矢に等閑の心あり。毎度、たゞ、得失なく、この一矢に定むべしと思へ」

 吉田兼好『徒然草』だ。矢は一本しかないということで場に臨む。生きていく上でも大事なことだ。出演するのは俺であり、俺という一個の存在だ、人に頼らずにセリフを言う。最も基本的なことだ。またここにこそ舞台に出るスリルがある。

 舞台の面白さはどこにあるか。与えられたセリフを観客に伝わるように自分で色をつける。そして演じることにある。観客もそこを見にくるものだ。この劇をする上で最も重要な点を彼らは学ぶことができた。セリフは覚えるものだということを。

「僕は文章を書くときに、こう書いたら読み手はどう思うのだろうと思いながら書くんだ。劇も同じではないかな、自分が発したセリフが観客にどう響くかを常に考えて、身振りなり、声の大きさなりを工夫して言うようにする……」
 私は森茉莉役の女性に言ったことだ。


(二)
 とくに若い劇団員と話したわけでもない。が、彼らは、私に居場所を与えてくれた。
「けんさんは、上手からでることになっています。こちらです…」
「出のときは、肩に手を置きますから、そしたらけんさん出て下さい」
「鎌倉通り四つ角は、舞台からは左手斜め方向です」
 劇団員が指示してくれたり、教えてくれたり、私が居ていい場所であった。

 控え室では、多くがお経を唱えていた。私も彼らに習ってお経を唱えた。セリフの復唱である。
 出を待っているときの緊張というものはある。舞台からは役者のセリフが聞こえてくる。いずれ自分も出て行って、人前で演ずる。うまく行くか、行かないかどきどきである。劇の興奮というのはこういうところにあるものだ。

 居場所とは、つぎにする場あって、それを意識することだ。それが出番だ。それこそが自分の行き場である。そこに出るためには練習ができる。この練習が大事だ。

 社会は今、若者に練習をさせてくれない。即戦力として、「おめえさん、舞台に立ったら、即、人に技量を見せて金を稼ぐようできなきゃだめだ。それができるか?」とこうくる。若者はたじろぐはずである。その社会の壁に阻まれて、息苦しくなって引きこもりになっている者たちは、大勢いる。百万人とも聞いたことがある。

(三)
 若者に交じることで私も緊張した。一方で、彼らの若いエネルギーに負けてはいられないという競争心も芽生えたことだ。

 ここのところ、散歩ではしばしばお経を唱えた。つい夢中になってセリフを言っているとすれ違う人が、この異常者を避けて通る、これが度々あった。

 初回稽古のとき、集会室に響き渡るように身振り手振りも交えて、彼らの前に初お目見えした。ぎょっとなって、彼らが自分をみつめる。
「けんさん、さすが迫力ありますねぇ」
一人の団員の感想だ。自分が頑張ることで若者にエールを送ったつもりだ。

 大切なことは、常に自分にチャレンジしていくことだ。若くても年老いていてもこれは同じだ。つぎにすることを予期して自分で面白がる、それが人生だ。

rail777 at 20:00│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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