2013年10月08日
下北沢X新聞（2418)〜やっぱり戦争への道は歩くまい〜
荏原逍遙は移動式、戦争経験を聴く会だ。古老と会えばこれがたちまちに道端で始まる。仕事が詰まっているのに、つい「戦争のこと覚えています？」と聞いてしまう。昨日も今日も……。
（一）
「えっ、電車の音を聴き分けるんですか？」
話を聞いてびっくりした。飼い犬が電車の種別を聴き分けると。
「そうすると、ああこれは横浜地下鉄とか、ああこれは東武線電車とか？」
「そんなのは分からないですよ、でもね、急行か各停は分かるんですよ。急行だと吠えるからね……」
「なるほどね……」
昨日いつもの荏原逍遙で一人のお婆さんに会った。東横線柿の木坂切り通しでだ。彼女はススキの穂を手にしていた。土手に生えていたものらしい。この側に住んでいると言う。
ここはもう西に百メートルほども行けば都立大学駅となる。各停は上り下りともスピードを落としている。が、急行は直線区間で最大速度で突っ走っていく。切り通しでもあるゆえ音が大きく響く。
「地下鉄との直通運転が始まって本数が増えたんですよ。音がうるさいしね、電車が通る度に家が揺れるのですよ。古い家だからいつか倒れるんじゃないかと心配だよ」
「戦争は覚えていますか？」
「ああ、覚えている。中島飛行機に勤めに出ていたから…」
その時旧姓滝沢で名はゆうと言った。御年八十五歳だ。
「えっ、そうなんですか。どこの？」
「茨城県の伊讃美というところ、何とか工場とか言わないでみんな五〇七工場と呼んでいたね。飛行機の水平安定版と座席を作っていました」
彼女の口から機械用語が突然出てきてびっくりした。尾翼のことである。
「工場は水戸線川島駅近くにあって自転車で通っていたわね…私はね、事務の方にいたから、それで連絡することがあって、霞ヶ浦の海軍航空隊には何回か行きましたよ…」
「ああ、予科練のね…彼ら格好よかったでしょう？」
「いいえ、何かね、怖いと思いましたよ」
「こわい？」
「大勢いて訓練をしていましたが、なんであんなことやるのかなとその時思ったことは覚えています」
霞ヶ浦は基礎訓練をするところだ。大勢の若い予科練生が体力づくりのトレーニングをしていた。
（二）
中島飛行機の工場が茨城県にあったのか。何か腑に落ちなかった。ネットで調べると彼女が言っていた地区には確かに軍需工場はあった。大日本兵器伊讃美工場がある。しかし、五〇七工場は検索には引っ掛からなかった。ただ彼女の記憶にはっきりとあることからこの数字で呼ぶ軍需工場は実際にあったものだろう。
「大日本兵器は、当時は『にっぺい、にっぺい』と言っていました。それではないのです」
疑問に思って彼女に問い合わせたがその「にっぺい」ではないようだ。現筑西市にあったと彼女がいう中島飛行機の工場は分からない。
「一番怖かったのは憲兵ですね」
工場に入って行くときに憲兵が門のところに立っていて目を光らせていた。その場面が想像ついた。鋭い視線に若い乙女はたじろいだ。
「何かね、人間というものはいい加減なものだと思いました」
上辺を人間は取り繕っているが裏に回ると、こそこそしたり、実際とは違うことを言ったりしていたということを彼女は言っていた。
若い時代の工場勤めで何かの辛い思いがあったのだろう。
そう、人間ほどいい加減なものはない。同感である。
（三）
「東京大空襲のときは西の空が真っ赤だったですね。夕日の赤みたいのじゃないのですよ。もう西の空が、何て言ったらいいのか赤くてね」
「どす黒い赤だったんでしょうか」
「何とも言えない色でね、怖いと思いましたよ。私の父が東京の地図を出して、こことここが燃えたんだと話していたことを覚えています。まあ、あれで何人も死んでね、戦争は怖いですよね。なんと言っても日本は負けたんですからね……」
「そうそう、負けたんですよね」
「そうなのよ。みんな日本が負けたことを忘れているよ。だってね、負けたということは何をされてもしかたがないことだったんだよね」
領土を奪われ、財産を取られても文句は言えない。陵辱されることだってある。進駐軍が東京に入ってきたとき、「女は外に出るな！」と言われた。
彼女の言う通りだ。大日本帝国だといばっていた日本は、惨めなほどにこてんぱんにやられてれてしまった。日本全土が焦土と化した。懲りに懲りた戦争だったはずだ。もう戦争はしないと誓った。
「ひどい負け方をしたことを知らないで、色々と政治家が言っているでしょう」
彼女が憲法のことを言っているのかどうか分からない。が、私は相づちをうった。同盟国のアメリカがやられたら一緒になって戦う。地球の裏側だって行くという。アメリカが正義を実行すると初手から考えているところに間違いがある。
戦争は口実をつけて始まる。巨大な軍需産業を抱えているアメリカ、時々戦争をしないと食わせられない。それで何とか口実を作ることはある。「大量の破壊兵器を隠し持っている」ということを言ってイラク戦争を始めた。が、それは嘘だった。アメリカと心中するのがいかに危ないか。
戦争は、始まれば、殺し合いである。正義も道義もへったくれもない。銃口をぶっぱなしたとたん、人間は狂ってくる。（東横線柿の木坂の切り通し。今日）
中島飛行機の工場が茨城県にあったのか。何か腑に落ちなかった。ネットで調べると彼女が言っていた地区には確かに軍需工場はあった。大日本兵器伊讃美工場がある。しかし、五〇七工場は検索には引っ掛からなかった。ただ彼女の記憶にはっきりとあることからこの数字で呼ぶ軍需工場は実際にあったものだろう。
「大日本兵器は、当時は『にっぺい、にっぺい』と言っていました。それではないのです」
疑問に思って彼女に問い合わせたがその「にっぺい」ではないようだ。現筑西市にあったと彼女がいう中島飛行機の工場は分からない。
「一番怖かったのは憲兵ですね」
工場に入って行くときに憲兵が門のところに立っていて目を光らせていた。その場面が想像ついた。鋭い視線に若い乙女はたじろいだ。
「何かね、人間というものはいい加減なものだと思いました」
上辺を人間は取り繕っているが裏に回ると、こそこそしたり、実際とは違うことを言ったりしていたということを彼女は言っていた。
若い時代の工場勤めで何かの辛い思いがあったのだろう。
そう、人間ほどいい加減なものはない。同感である。
（三）
「東京大空襲のときは西の空が真っ赤だったですね。夕日の赤みたいのじゃないのですよ。もう西の空が、何て言ったらいいのか赤くてね」
「どす黒い赤だったんでしょうか」
「何とも言えない色でね、怖いと思いましたよ。私の父が東京の地図を出して、こことここが燃えたんだと話していたことを覚えています。まあ、あれで何人も死んでね、戦争は怖いですよね。なんと言っても日本は負けたんですからね……」
「そうそう、負けたんですよね」
「そうなのよ。みんな日本が負けたことを忘れているよ。だってね、負けたということは何をされてもしかたがないことだったんだよね」
領土を奪われ、財産を取られても文句は言えない。陵辱されることだってある。進駐軍が東京に入ってきたとき、「女は外に出るな！」と言われた。
彼女の言う通りだ。大日本帝国だといばっていた日本は、惨めなほどにこてんぱんにやられてれてしまった。日本全土が焦土と化した。懲りに懲りた戦争だったはずだ。もう戦争はしないと誓った。
「ひどい負け方をしたことを知らないで、色々と政治家が言っているでしょう」
彼女が憲法のことを言っているのかどうか分からない。が、私は相づちをうった。同盟国のアメリカがやられたら一緒になって戦う。地球の裏側だって行くという。アメリカが正義を実行すると初手から考えているところに間違いがある。
戦争は口実をつけて始まる。巨大な軍需産業を抱えているアメリカ、時々戦争をしないと食わせられない。それで何とか口実を作ることはある。「大量の破壊兵器を隠し持っている」ということを言ってイラク戦争を始めた。が、それは嘘だった。アメリカと心中するのがいかに危ないか。
戦争は、始まれば、殺し合いである。正義も道義もへったくれもない。銃口をぶっぱなしたとたん、人間は狂ってくる。（東横線柿の木坂の切り通し。今日）
