2013年10月10日
下北沢X新聞(2419)〜荏原都市の衰亡と興隆〜

(一)
荏原都市逍遙は地域地域の街を巡る旅だ。シムシティというゲームがある。人が集まるような仕掛けを施さないとたちまちに荒廃して黒くなる。さながらそのゲームの結果を見ているような思いに駆られることがある。近隣でいえば深沢エーダン商店街だ。あれよあれよというまにシャッター街になった。がらんとした通りのカラー舗装が侘びしい。
柿の木坂切り通しで会った老嬢が言った。「都立大学も死んじゃったね、学芸大学はまだましだけど…」
商店街の凋落を言っている。彼女は駅前マーケットで肉屋をしていた。都立大学駅近辺が賑わっていた時代を知っている。高架駅下の都立フードセンターにはこまこまとした店がずらりと並んでいて、何でも買えた。今はただの穴蔵だ。工事をほどこして改装しているようだが。
都立大商店街の一つ、八雲通り商店街も。すっかり寂れた。数軒のレストランだけは流行っているようだが、もう幾らも店はない。昔を思えばその凋落は大きい。一つには大学が移転してしまったことが大きい。跡地にはパーシモンホールができた。地元の人はあれで持っているとはいうが大きなイベントはあまりない。ローカルな文化会館だ。
都立大の南には目黒線大岡山駅がある。東京工業大学がある。若い学生がいる街は活気がある。この商店街も賑やかだ。
都立大学駅近辺人がいないわけではない。マンションは増えている。駅前はそれなりに人出はある。しかし、駅前通りは狭い。とくに歩道に余裕がない。人はせかせかと歩いている。都立大学が死んだには理由がある。人がそぞろ歩きできる空間がないからだ。あるのは南北を貫く道路だ。人間が憩うには、のんびり歩ける道が必要だ。
学芸大学がまだいいと言うのはプロムナードがあるからだ。が、都立大学は南北に連なる道路があっるだけでせわしい。歩道すらも狭い。ここは人が通過するだけの街だ。
「三軒茶屋もね、昔はすごい人出があったけどね」
タクシーの運転手が言っていた。そういえば最近会った人が、「あの高速道路の威圧感が禍している」と言っていた。街中を貫いている橋脚は確かにうっとうしい。
(二)
都会とは何か。司馬遼太郎が言っていたことはよく覚えている。確か、「百メートル晴れ着を着た女の子が歩ける道があれば都会だ」と。着飾った女が闊歩して歩ける賑わった商店街だ。この場合、都立大交番前の狭い歩道をヒールをかつかつとせわしく歩道に打ち付けていく場は当たらない。やはりゆっくりと歩いてショウウィンドーを眺めていく。「あのスカート色がいいわね」、「あの焼き菓子のリンゴおいしそう」など思える場だ。車の通行ばかりを気にしなくてはいけない場にでは人は寛げない。
都立大駅前通りの一本西に呑川遊歩道がある。上流世田谷区はフラットな散策路にしていて道としての趣がある。が、目黒区に入ると遊歩道高床式になる。道と遊歩道を画然と分けている。これを融和させるとプロムナードになると思う。
しかし、目黒区は貧乏だ。財政が厳しい。施設設備に手を掛けるようなことはあまりない。今年は大雨に度々襲われた。遊歩道に降った雨が、半地下式の車庫に流れ込んだようである。高床式の遊歩道には今も土嚢があちこちに見られる。味気ない風景である。
(三)
先だって、9月29日(日)下北沢の道路を巡る、パネルディスカッションが行われた。「SHIMOKITA VOICE 2013」である。ここで明大教授服部圭郎氏が「世界の潮流は街の中心部にいかに車を入れないかというふうになっているのに、日本は逆だ」と強い調子でいっていた。
晴れ着を着てデモンストレーションをする場がなくてもよい。車が入って乗り降りが便利になればいいんだという考えが道路を作る側にあるようだ。人間、市民を忘れている。
都立大の隣り、自由が丘、道が狭いから車はあまり入ってこない。ウインドウショッピングが楽しめるという点は大きい。九品仏緑道をプロムナードにしたことは成功だ。
街の中心には敢えて車を入れない。正しいと思う。そこの時間をゆったりとする。やはり必要なのは、おもむろに歩いていける場だ。そこで立ち止まって、あらきれい、あらおもしろい、あらここが『私立学園前のよじれた四つ角』なのねなどと言う、いいはしないが……。
過去を、歴史を、文化を少しでも振り返れる街こそが豊かな街だ。(よじれた四つ角)
都会とは何か。司馬遼太郎が言っていたことはよく覚えている。確か、「百メートル晴れ着を着た女の子が歩ける道があれば都会だ」と。着飾った女が闊歩して歩ける賑わった商店街だ。この場合、都立大交番前の狭い歩道をヒールをかつかつとせわしく歩道に打ち付けていく場は当たらない。やはりゆっくりと歩いてショウウィンドーを眺めていく。「あのスカート色がいいわね」、「あの焼き菓子のリンゴおいしそう」など思える場だ。車の通行ばかりを気にしなくてはいけない場にでは人は寛げない。
都立大駅前通りの一本西に呑川遊歩道がある。上流世田谷区はフラットな散策路にしていて道としての趣がある。が、目黒区に入ると遊歩道高床式になる。道と遊歩道を画然と分けている。これを融和させるとプロムナードになると思う。
しかし、目黒区は貧乏だ。財政が厳しい。施設設備に手を掛けるようなことはあまりない。今年は大雨に度々襲われた。遊歩道に降った雨が、半地下式の車庫に流れ込んだようである。高床式の遊歩道には今も土嚢があちこちに見られる。味気ない風景である。
(三)
先だって、9月29日(日)下北沢の道路を巡る、パネルディスカッションが行われた。「SHIMOKITA VOICE 2013」である。ここで明大教授服部圭郎氏が「世界の潮流は街の中心部にいかに車を入れないかというふうになっているのに、日本は逆だ」と強い調子でいっていた。
晴れ着を着てデモンストレーションをする場がなくてもよい。車が入って乗り降りが便利になればいいんだという考えが道路を作る側にあるようだ。人間、市民を忘れている。
都立大の隣り、自由が丘、道が狭いから車はあまり入ってこない。ウインドウショッピングが楽しめるという点は大きい。九品仏緑道をプロムナードにしたことは成功だ。
街の中心には敢えて車を入れない。正しいと思う。そこの時間をゆったりとする。やはり必要なのは、おもむろに歩いていける場だ。そこで立ち止まって、あらきれい、あらおもしろい、あらここが『私立学園前のよじれた四つ角』なのねなどと言う、いいはしないが……。
過去を、歴史を、文化を少しでも振り返れる街こそが豊かな街だ。(よじれた四つ角)



















