2013年10月17日
下北沢X新聞（2424)〜北沢の丘の都市伝説〜
（一）
北沢の丘の空襲についての都市伝説である。
横光利一作品『夜の靴』には、空襲場面が出てくる。回想シーンである。「厳寒の空襲のあったある夜」と書かれている。これは作家の息子さん、佑典さんから伺って東京空襲の夜のことだったと知った。すなわち三月十日である。北沢の丘でのことだ。
作品には、「照明弾の落ちて来る耀かがやきで、ぱッと部屋の明るくなる」、「続いて落ちて来る照明弾の音響」、「私は照明弾の明るさで、最後の妻の顔をひと眼見て置こうと思い、次ぎの爆発するのを待って起き上った」などと記述がある。
東京空襲、このときのＢ２９の東京への侵入経路は、大きく言えば二つあった。富士を巡ってくるコースと東京湾から直接入ってくるコースとである。北沢上空も富士から侵入機が通って行った。焼夷弾攻撃の前に、照明弾を落とす、それが航路の下にあった北沢地域に落ちたものだろう。
陸軍記念日。午前零時より二時間四十分の間に、Ｂ２９百三十機来襲、非常に低い高度（千メートルから三千メートル）で分散して、あらゆる角度から進入してきて、民家ばかりを徹底的に爆撃した。大火災が起こった。私はひとりで小田急の土手に立って東の空を見ていたが、猛烈な西風に、体が前へ吸い込まれそうだった。この風が変だった。
『日本空襲記』 一色次郎 文和書房
北沢の隣り代田に住んでいた一色次郎が記した記録だ。「小田急の土手」は旧下北沢２号と３号踏切との間にある築堤だ。低空で侵入してきた機からはつぎつぎに照明弾が投下される。
「自分の家の屋根瓦が照明弾の光に当たって光るものだから、家を狙って爆弾を落としてくるんじゃないかと思って怖かったですね」
下北沢野屋敷の今井兼介さんが言っていた。今井兼次設計の家だ。艶のある瓦を使っていたようだ。
（二）
「なにしろ北沢では東条英機と杉山元帥の家だけが燃えたのですよ。二軒だけを上空から狙って焼夷弾を落とすなんてことはできないから、何か火かなんか点けるみたいなことがあったのですかねぇ」
用賀ので横光祐介さんと立ち話しているときに言われた。『夜の靴』は東京空襲のときのことが書かれているという話からそんな話になった。
戦時開戦内閣首相邸、そして杉山元元帥邸は北沢の丘にあった。ここだけが焼けという話である。これは三月十日ではない。五月二十四日、二十五日の山の手空襲のときのことだと思う。ここの東条英機邸が焼けたというのは話としてはあった。前の記録を調べればいいが、記憶には土地の人から、「東條邸を狙って焼いた」という話は聞いていた。
後年になって東條由布子さんにこの旧邸を案内してもらったことがある。そのときにこのことを確かめたが「焼けてはいない」という返答だった。その彼女もついこの間亡くなられた。
杉山元帥邸と東條英機邸は近い。この近辺が焼けたことは確かである。「空襲体験」鈴木郁之助 今、語り継ぐこと 平和都市宣言五周年記念、戦争体験記録集 世田谷区 平成四年刊にはこうある。
昭和六十年頃、当地に住んでいて、アッツ救援に赴いて乗機と共に消息を絶った方の未亡人の方と、元杉山元帥宅脇に住む老婆の方を訪ねましたら、五月二十五日空襲の際、池の上南の留守の家に落ちた焼夷弾による火事、道を越え現ＮＨＫ寮から隣の老婆の家へ廻った時、元帥邸にいた兵隊がＮＨＫ寮で食い止め、わたしの家は助かりましたと話されました。元帥夫婦は米軍進駐直後自決されており、更（ママ）めて平和の尊さを思い起こしました。
この記述を引用していて気になった。「アッツ救援」に赴いた軍人も当地に住んでいたということだ。これは誰だろうと気になった。
どうもこれは海軍乙事件の当事者らしいと推測したことだ。山本五十六長官搭乗機が撃墜された事件、昭和１８年（1943)４月１８日、を海軍甲事件と呼ぶ。一方、乙事件は、太平洋戦争中の昭和１９年(1944)３月３１日、連合艦隊司令長官 古賀峯一海軍大将が搭乗機の墜落により殉職した事件のことをいう。北沢の丘には軍の首脳部が多く住んでいた。
元帥邸は直撃を受けたわけではなく近隣が焼けたので邸の警備に当たっていた兵隊が消し止めたということだ。我らが「下北沢文士町文化地図」は、空襲での焼け跡まで記している。東條邸と杉山邸の間にはうっすらとピンク色にしてある。空襲跡である。
（三）
北沢の丘の軍首脳部の屋敷がＢ２９に狙い撃ちされた。これは一つの都市伝説だ。現今の無人機、プレデターならいざ知らず、いかなノルデン爆撃照準器を備えたＢ２９であっても東條英機邸、杉山元帥邸を狙って攻撃することはあり得ない。
「戦争中さあ、東條英機の家と、杉山元帥の家とが狙い撃ちされたんだぜ」
そういう都市伝説はあったことは間違いないだろう。（現、雨過山房付近）
「なにしろ北沢では東条英機と杉山元帥の家だけが燃えたのですよ。二軒だけを上空から狙って焼夷弾を落とすなんてことはできないから、何か火かなんか点けるみたいなことがあったのですかねぇ」
用賀ので横光祐介さんと立ち話しているときに言われた。『夜の靴』は東京空襲のときのことが書かれているという話からそんな話になった。
戦時開戦内閣首相邸、そして杉山元元帥邸は北沢の丘にあった。ここだけが焼けという話である。これは三月十日ではない。五月二十四日、二十五日の山の手空襲のときのことだと思う。ここの東条英機邸が焼けたというのは話としてはあった。前の記録を調べればいいが、記憶には土地の人から、「東條邸を狙って焼いた」という話は聞いていた。
後年になって東條由布子さんにこの旧邸を案内してもらったことがある。そのときにこのことを確かめたが「焼けてはいない」という返答だった。その彼女もついこの間亡くなられた。
杉山元帥邸と東條英機邸は近い。この近辺が焼けたことは確かである。「空襲体験」鈴木郁之助 今、語り継ぐこと 平和都市宣言五周年記念、戦争体験記録集 世田谷区 平成四年刊にはこうある。
昭和六十年頃、当地に住んでいて、アッツ救援に赴いて乗機と共に消息を絶った方の未亡人の方と、元杉山元帥宅脇に住む老婆の方を訪ねましたら、五月二十五日空襲の際、池の上南の留守の家に落ちた焼夷弾による火事、道を越え現ＮＨＫ寮から隣の老婆の家へ廻った時、元帥邸にいた兵隊がＮＨＫ寮で食い止め、わたしの家は助かりましたと話されました。元帥夫婦は米軍進駐直後自決されており、更（ママ）めて平和の尊さを思い起こしました。
この記述を引用していて気になった。「アッツ救援」に赴いた軍人も当地に住んでいたということだ。これは誰だろうと気になった。
どうもこれは海軍乙事件の当事者らしいと推測したことだ。山本五十六長官搭乗機が撃墜された事件、昭和１８年（1943)４月１８日、を海軍甲事件と呼ぶ。一方、乙事件は、太平洋戦争中の昭和１９年(1944)３月３１日、連合艦隊司令長官 古賀峯一海軍大将が搭乗機の墜落により殉職した事件のことをいう。北沢の丘には軍の首脳部が多く住んでいた。
元帥邸は直撃を受けたわけではなく近隣が焼けたので邸の警備に当たっていた兵隊が消し止めたということだ。我らが「下北沢文士町文化地図」は、空襲での焼け跡まで記している。東條邸と杉山邸の間にはうっすらとピンク色にしてある。空襲跡である。
（三）
北沢の丘の軍首脳部の屋敷がＢ２９に狙い撃ちされた。これは一つの都市伝説だ。現今の無人機、プレデターならいざ知らず、いかなノルデン爆撃照準器を備えたＢ２９であっても東條英機邸、杉山元帥邸を狙って攻撃することはあり得ない。
「戦争中さあ、東條英機の家と、杉山元帥の家とが狙い撃ちされたんだぜ」
そういう都市伝説はあったことは間違いないだろう。（現、雨過山房付近）
