2014年02月03日
下北沢X新聞(2495)〜赤い屋根の『小さいおうち』はどこ4〜

(一)
赤い三角屋根の『小さいおうち』は今となっては幻影だ。「目をとじればまざまざと思い描くことができる」とある。この家に女中として仕えた主人公の、過ぎ去りしあの時代への郷愁が滲み出ている。
あの時の時間であり、風景である、それともう一つ、人と人との温もりのある関わりだ。とくにはお嬢様育ちで美人の奥様との触れ合いは忘れがたいものだった。
今という時代、時間、風景、人、機械に駆り立てられている。ふくよかな時間などありはしない。慌ただしいことに気づきもしない。
一昨日、土曜日から「童話創作チャレンジ講座」が志木市柳瀬川図書館で始まった。東横線自由が丘から柳瀬川駅へ五十分弱で着いてしまった。交通体系の激変、東横線と地下鉄線が繋がり、埼玉まで一本の電車で行けるようになった。
当該駅の手前、和光市駅には国家公務員研修施設があって、ここには三十数年間講師として通った。その和光市どころか先の柳瀬川駅までたちまちに短時間で着いてしまった。
はっきり言えば、自分の身体は柳瀬川に着いてはいるが、心は着いていない。妙な、おかしな気分である。その理由は、自分に旅のプロセスが認識されていないからだ。
今朝の新聞には「ハイデガーで考えるリニア新幹線」という読み物記事が載っていた。これもリニアという技術に駆り立てられているという人間を話題にしている。「リニアも日本列島を掘り抜くような大プロジェクトである割に、私たちはその意味を考えていない」とある。まさにその通りだ、プロセスを抹殺する旅にどんな意味があるのか。深い疑問を感じている。
我々は、技術に、機械に駆り立てられるばかりだ。その間、時間も風景も人間関係もどんどん破壊されていく。それは恐ろしいスピードで進んでいく、「地球にちょうどいい暮らしをはじめませんか。」という公共放送機構のコマーシャルが流れる。これには大賛成だ。人類は瀬戸際にきている。が、私達は地球温暖化の意味をあまり深く考えていない。切羽詰まった問題だが、高レベル放射能廃棄物の捨て場はほとんど考えられていない。
(二)
「この志木市あたりの標高は、何メールぐらいなんですか」
「うん、たしか十数メートルぐらいだったな」
柳瀬川図書館館長さんの答えだ。
「えっ、そんな低いのですか?」
自分では東武東上線で内陸部に来ている積もりだった。
「ええ、そこの新河岸川あたりはボラが上ってくるぐらいで、潮がのぼってくるんですよ」
なるほど、この一帯は荒川流域だった。電車の車窓から見えた風景も平凡である。日々の荏原逍遙では、谷あり、丘有りが普通だが、それはあまりない。
ふと思ったことは、地形比較論、「小さいおうち」は、世田谷という景色の深みにあったからこそ印象が深く残され
たのではないかと思った。
この講座、十年ぶりの再開だった。当市、主催の『いろは文学賞』に応募し、まず佳作入選し、翌年に大賞をもらった。気前よく本棚つきの「志木市史」までもらった。
「あのころはバブルだったでしょう。そういうことをやったのですね」
係の人の話だ。バブル景気に関係ないと思っていたが恩恵を受けていたのだ。
「いろは文学賞」受賞しておきながらうかつにもいわれを知らなかった。玉川上水から引かれた野火止用水がある。これが新河岸川を越すのに樋で渡った。これが「いろは樋」であった。その長さは260メートルもあったという。
(三)
『小さいおうち』は、何線、何駅とは明示されない。が、主人公が東京を離れて引っ込んだ先は、東武線沿線の春日部だと書かれている。
この赤い三角屋根のあった所はどこだろう。「小田急線」であることはまちがいない。その場所もほぼ見当がついてきた。
読書にもいろいろある。これは場所を想像する楽しみとしての読書である。言い当てたとしても意味がない。が、地域文化、線区文化の記録としては意味がある。
「この志木市あたりの標高は、何メールぐらいなんですか」
「うん、たしか十数メートルぐらいだったな」
柳瀬川図書館館長さんの答えだ。
「えっ、そんな低いのですか?」
自分では東武東上線で内陸部に来ている積もりだった。
「ええ、そこの新河岸川あたりはボラが上ってくるぐらいで、潮がのぼってくるんですよ」
なるほど、この一帯は荒川流域だった。電車の車窓から見えた風景も平凡である。日々の荏原逍遙では、谷あり、丘有りが普通だが、それはあまりない。
ふと思ったことは、地形比較論、「小さいおうち」は、世田谷という景色の深みにあったからこそ印象が深く残され
たのではないかと思った。
この講座、十年ぶりの再開だった。当市、主催の『いろは文学賞』に応募し、まず佳作入選し、翌年に大賞をもらった。気前よく本棚つきの「志木市史」までもらった。
「あのころはバブルだったでしょう。そういうことをやったのですね」
係の人の話だ。バブル景気に関係ないと思っていたが恩恵を受けていたのだ。
「いろは文学賞」受賞しておきながらうかつにもいわれを知らなかった。玉川上水から引かれた野火止用水がある。これが新河岸川を越すのに樋で渡った。これが「いろは樋」であった。その長さは260メートルもあったという。
(三)
『小さいおうち』は、何線、何駅とは明示されない。が、主人公が東京を離れて引っ込んだ先は、東武線沿線の春日部だと書かれている。
この赤い三角屋根のあった所はどこだろう。「小田急線」であることはまちがいない。その場所もほぼ見当がついてきた。
読書にもいろいろある。これは場所を想像する楽しみとしての読書である。言い当てたとしても意味がない。が、地域文化、線区文化の記録としては意味がある。



















