2014年02月13日
下北沢X新聞(2502)〜講演「文学と鉄道と世田谷」２〜
（一）
「文学と鉄道とは馴染むものなのでしょうか？」
これについて会場で聞いてみた。根幹の問題ではある。その反応は総じて馴染むという方が多かった。
鉄道は鉄である、文学は心である。本質的には馴染まない。
「正岡子規は鉄道は風雅の敵だと言っています…」
こう説明したが当方の真意は伝わらなかったかもしれない。
鉄道と文学については、当初は、乖離していた。万延元年に徳川幕府の遣米使節団はパナマで陸路大西洋側に渡る。そのときに初めて蒸気車に接する。汽車に乗ったとたん、床下で雷鳴が轟いた。腰を抜かすほどだった。
汽車が響きを立てる音、これがミソである。人々はこれに慣れるにつれ親和感を持つようになった。好きになった相手の歌声は美しくなる。鉄道も同じだ。リズミカルにジョイントを刻む音、この鉄道音楽に心打つものがあった。悲しい時は、悲しい曲、嬉しい時には、賛歌にも聞こえた。響きのあるところにこそ思い出がある。
人々と鉄道、接触が深くになるに連れて、人々は鉄道の音に対する親和性、そして親近感を持った。ジョイント音、汽笛、車窓など。
ところがあの風情ある音が、鉄道が近代化するにつれて、音楽性を失った。刻みがなくなった。今日では、かつてのように鉄道から文学が生まれる余地がかなり狭められた。鉄道は、叙情性欠いてきている。
講演、冒頭、のっけから渋谷、宮益坂と道玄坂を登って行く電車の音は違う。そんな話をしたことだ。すると、その話の途中、手が挙がった。
「渋谷道玄坂には夜店があった！」
「そうそうありました。坂の途中の百軒店入り口までは賑わっていて、それから上は世田谷の植木だめから持ってきた木の苗が売られていた…」
省線に繋がる渋谷駅と二子玉川との間に玉電が敷設された。「玉電、砂利電、帆掛け船」、かつては砂利は帆掛け船で運んでいた。それが電車に変わった。普請中の首都は大いに助かった。その砂利運搬線が人を運んだ。電車による利便性の向上が世田谷を進展させた。
（二）
鉄道と文学と言った場合、我等が求めるのは心ときめく鉄道情景を描いた文学だ。が、このソフト面での文学は世田谷には乏しい。幾つか拾い上げてはいるが、難しい。北原白秋が祖師谷大蔵で詠んだ小田急線の夜が、私が接している中ではもっともよいと思っている。講演ではそれを披露したことだ。
白秋は、汽車がレールを刻む音をカダンスと述べた。鉄道に音楽を感じている一つの例証である。かたたん、こととんという心地よ音は世田谷区内ではどこで聞こえていたのだろうか。
国分寺崖線を下り、そして上る、ここは坂がもっともきつい、が、この急坂に掛かったとたん、展望が開けてくる、床下から響く音は心地良かった。
ところが悲しい響きの例もある。二子玉川国民学校の疎開学童は、渋谷へ向かって行く電車に乗ってこの響きを聞いた。慣れ親しんだ街が眼下から遠ざかっていく。崖線を上る電車は、がぁうがぅと寂しく響いた。中には泣き出す子もいた。
この他、玉電では大坂上が一つの結節点であった。ここではどんな音がしていたのだろう？。
小田急線では、やはり、世田谷中原から梅が丘にかけての急坂だろう。なぜそうなのか。ここの坂に関するエピソードは数え切れないほどにある。その一例だ。
ここから離れたところからは、夜を駆け抜ける小田急急行は銀河鉄道だった。かたつっつ、てとつっつ、電車は斜めの光の帯を放って、雑木林の向こうに消えていった。遥か豪徳寺あたりでぷぅぅぅあんと汽笛を鳴らす。それがくぐもって聞こえた。亡くなった東盛太郎から聞かされた話だ。
（三）
言葉はものさしだ。あてがってみてその世界が分かってくる。「文学と鉄道と世田谷」は、調べたり、考えたりしてみるとここに一つの凝縮された小世界が広がってくる。膨張する都市東京の秘められた一面が浮かび上がってくる。新しい文化観が見えてくる。一冊の本としてまとめられる。
そういえば、このタイトル、関連本をすでに著していたことだ。「下北沢Ｘ惜別物語」だ。これは持って行ったが忘れていて一言も話すことはなかった。
９０分、つぎからつぎにエンジン全開で話をしていたら最後は疲れてしまった。一つの発見である。若い聴衆は、話し手に活気をくれる。年齢が上がるとトーンをあげてしゃべった分、活力を抜き取られる。そんな風に思ったことだ。
「ほとんど今日の題でかまわないと思うのですが、四月に講演をやっていただけますか」
生涯大学のグループの責任者からまた講演を頼まれた。
今回の講演、ある種手探りで話をした。つぎに話すときには価値付けがもっときちんとできるようにも思った。
面白がれば面白くなる、講演の枕で振った。面白がって、チャレンジする。生きる上で大切なことだ。（了）
（写真提供は別宮道孝氏）
◎行事延期のお知らせ
第９２回都市物語を歩く
世田谷線の勾配を歩く
ナビゲーター 木村康伸さん
２月２２日（土）
京王下高井戸駅前1３時集合
会費 ３００円
申し込み aoisigunal@hotmail.com
世田谷線の勾配を観察しながら下高井戸から三軒茶屋まで歩くぶらぶらと歩いて電車ウオッチ。明日１５日は悪天候が予想されるので、２２日に（延期した）
この記事へのコメント
2. Posted by きむらけん 2014年02月15日 16:02
［言葉が現象を把握する］
なんとなく偶然的に生まれたタイトルです。下北沢文士町を中心とした話をしようと思っていましたら、聴講される方は全区的な広がりを持っているとのことで「文学と鉄道と世田谷」というタイトルになってしまいました。しかし、予習したり、調べたりしていくうちにこれは面白いと思えるようになりました。
いつもエンジン全開でいきます。聞いておられる方にエネルギーを吸い取られるような熱気も感じました。別の生涯学習の人に同様の講演を頼まれました。時間があるので少し整理できるかなと思います。
世田谷の地域地域に残る逸話面白いものです。小田原急行鉄道の開業と近代建築は興味深く思っております。
なんとなく偶然的に生まれたタイトルです。下北沢文士町を中心とした話をしようと思っていましたら、聴講される方は全区的な広がりを持っているとのことで「文学と鉄道と世田谷」というタイトルになってしまいました。しかし、予習したり、調べたりしていくうちにこれは面白いと思えるようになりました。
いつもエンジン全開でいきます。聞いておられる方にエネルギーを吸い取られるような熱気も感じました。別の生涯学習の人に同様の講演を頼まれました。時間があるので少し整理できるかなと思います。
世田谷の地域地域に残る逸話面白いものです。小田原急行鉄道の開業と近代建築は興味深く思っております。
1. Posted by y・おおくぼ 2014年02月15日 11:53
去る2/10、生涯大学公開文化講演会で拝聴させて頂きました。
日頃より興味あるテーマで大変楽しく、また思いがけない視点を頂きながら、あっという間の時間でした。きむら先生の
想いが溢れたお話に、引き込まれた実に嬉しくなる「散歩」でした。ご案内頂いた「保存会」の活動に機会を得て、是非ともご一緒に「散歩」させて頂きたいと存じます。私事ですが現在在籍する生涯大学の部活の一環として「豊穣の近代建築を訪ねる会：部活しつらい」を主宰していますが、地域に根付いた奥深い歴史や、そこに生きた人や人々の暮らしぶりが浮き彫りになるような展開は極めて共感する内容でした。大いに期待しております。またご教示頂ければ幸いです。驚きの二週続きの雪日、くれぐれもご自愛頂きますますのご活躍を願っております。
日頃より興味あるテーマで大変楽しく、また思いがけない視点を頂きながら、あっという間の時間でした。きむら先生の
想いが溢れたお話に、引き込まれた実に嬉しくなる「散歩」でした。ご案内頂いた「保存会」の活動に機会を得て、是非ともご一緒に「散歩」させて頂きたいと存じます。私事ですが現在在籍する生涯大学の部活の一環として「豊穣の近代建築を訪ねる会：部活しつらい」を主宰していますが、地域に根付いた奥深い歴史や、そこに生きた人や人々の暮らしぶりが浮き彫りになるような展開は極めて共感する内容でした。大いに期待しております。またご教示頂ければ幸いです。驚きの二週続きの雪日、くれぐれもご自愛頂きますますのご活躍を願っております。
