2014年10月05日
下北沢X物語(2657)〜下北沢文士町と成城文士村３〜
（一）
成城は文士村で下北沢はなぜ文士町か？
前者はプロセスを経て功成り名遂げた者が住んだ、その少数の仲間が応接サロンのふかふかとした椅子で寛いで対話を交わした。
大岡昇平『成城だより』（文藝春秋）の（一九八〇年十一月）「十三日 火曜日」の書き出しだ。
十四時、大江健三郎君来り、武満徹氏の新作レコード持って来てくれる。「イデーン�供廖∋�て派「ウォーク、ウェイ」「ウェインズ」など、水についての音楽。五十四年度芸術祭参加作品。一九五七年に武満徹氏と「水」について対談した。それが最近の対談集に入ったので、思い出して贈ってくれたらしい。
大江君とはしばらく雑談。十二月に出る新作、彼の生地の伊予大洲盆地付近を舞台とし、至福千年のモチフを取り入れたものとしか知らず、彼は私と違って新作について、ぺらぺらしゃべらず。作品発売を待つほかなし。
成城生活の一端がかいま見られる。同じ地域に住む大江健三郎が訪ねてきて雑談する。彼二人はもう押しも押さもせぬ大家である。修業時代はとおに過ぎた。青臭い文学論を戦わすことはもうない。
昨年、北沢川緑道に「�垳�利一文学顕彰碑」を建てた。ここに作品『微笑』に使われた二枚の石畳をモニュメントととして使った。利一はこの石畳を渡ってくる足音を聞いて訪問者の用件が分かると書いている。修行時代この石畳を心して渡ったのがこの大岡昇平だった。大岡昇平は若いとき下北沢文士町に居住していた。彼は利一を訪れては吸収した。「人の書かないものを書くこと」の大事さを教わった。
このエッセイの中に出てくる武満徹も修行時代に世田谷代田に住んでいた。金もないピアノもない。鍵盤を書いた厚紙をピアノ代わりにしていた。家の近くに出かけていってはピアノを貸してもらい練習したという。この作曲家も名をなして成城に住んだ。大江健三郎の近くだったようだ。
（二）
成城は成功者が集う町だ。数は多くはない。野上弥生子は成城の南に住んでいた。生前「駅の北側に住む大岡昇平邸を、花見を兼ねて訪問することが恒例となっていた」という。大岡昇平は水上勉の家にも行っていたらしい。大家同士の限られた接触があった。やはり町ではない、村での集いだ。
下北沢の文士の集いは町とした。村とちがって町は、全貌を掴めない。かつまた党派的に集まってもいた。プロレタリアと新感覚は、同じ地域にいても接触はしなかったろう。つきあいがムラ的ではない。
有象無象、町のあちこちの下宿屋に、文学志望の青年たちがたむろしていた。中山義秀はつぎのように書いている。
下北沢には作家や詩人志望の青年たちが、そちこちのアパートや下宿に、数多くたむろしていた。学校を出ても仕事がなく、喫茶店や麻雀屋に出入りしては、無聊の日を送っているという手合いである。
『台上の月』 中山義秀 新潮社
昭和十年台、下北沢駅の近くに静泉閣というアパートがあった。中山義秀も修行時代にここに部屋を借りて住んだ。ここには映画監督、詩人などが多く住んでいた。
（三）
「下北沢文士町文化地図」改訂六版を作っている。これを見るとあらかた当地に居住した者たちは入れ込んでいるように見える。が、全貌は分からない。こんなこともある。「ここに同門の兄弟弟子が三人、同じ屋根の下に同じ釜の飯を食って、とぐろをまくようになった。」という。與田準一、巽聖歌、藪田義雄の白秋門下生だ。下北沢に下宿していた。
こうした下宿生活のある朝、…それも早朝に、思いもかけない事が起こった。「白秋先生がお見えだ」と、知らせるものがあったからだである。驚いて玄関にかけおりると、「三人の弟子達がとぐろを捲いてる家を、師匠がまるきり知らないでは済まされないからな…」などと、のっけから御機嫌の態である。『評伝 北原白秋』 藪田義男 玉川大学出版部
北原白秋が祖師谷大蔵から下北沢にやってきた。この彼らの下宿屋は分からない。與田準一は福岡県みやま市に與田準一記念館がある。巽聖歌は唱歌「たき火」の作詞者で歌碑が居住地だった日野市に建っている。毎年これを記念したたき火も行われているようだ。
（砧にある家を眺める。世田谷代田にあった萩原朔太郎邸と造りがまったく同じだ）
成城は成功者が集う町だ。数は多くはない。野上弥生子は成城の南に住んでいた。生前「駅の北側に住む大岡昇平邸を、花見を兼ねて訪問することが恒例となっていた」という。大岡昇平は水上勉の家にも行っていたらしい。大家同士の限られた接触があった。やはり町ではない、村での集いだ。
下北沢の文士の集いは町とした。村とちがって町は、全貌を掴めない。かつまた党派的に集まってもいた。プロレタリアと新感覚は、同じ地域にいても接触はしなかったろう。つきあいがムラ的ではない。
有象無象、町のあちこちの下宿屋に、文学志望の青年たちがたむろしていた。中山義秀はつぎのように書いている。
下北沢には作家や詩人志望の青年たちが、そちこちのアパートや下宿に、数多くたむろしていた。学校を出ても仕事がなく、喫茶店や麻雀屋に出入りしては、無聊の日を送っているという手合いである。
『台上の月』 中山義秀 新潮社
昭和十年台、下北沢駅の近くに静泉閣というアパートがあった。中山義秀も修行時代にここに部屋を借りて住んだ。ここには映画監督、詩人などが多く住んでいた。
（三）
「下北沢文士町文化地図」改訂六版を作っている。これを見るとあらかた当地に居住した者たちは入れ込んでいるように見える。が、全貌は分からない。こんなこともある。「ここに同門の兄弟弟子が三人、同じ屋根の下に同じ釜の飯を食って、とぐろをまくようになった。」という。與田準一、巽聖歌、藪田義雄の白秋門下生だ。下北沢に下宿していた。
こうした下宿生活のある朝、…それも早朝に、思いもかけない事が起こった。「白秋先生がお見えだ」と、知らせるものがあったからだである。驚いて玄関にかけおりると、「三人の弟子達がとぐろを捲いてる家を、師匠がまるきり知らないでは済まされないからな…」などと、のっけから御機嫌の態である。『評伝 北原白秋』 藪田義男 玉川大学出版部
北原白秋が祖師谷大蔵から下北沢にやってきた。この彼らの下宿屋は分からない。與田準一は福岡県みやま市に與田準一記念館がある。巽聖歌は唱歌「たき火」の作詞者で歌碑が居住地だった日野市に建っている。毎年これを記念したたき火も行われているようだ。
（砧にある家を眺める。世田谷代田にあった萩原朔太郎邸と造りがまったく同じだ）
