2014年10月15日
下北沢X物語(2664)〜言葉が遭遇した近代の深い暗闇2〜
(一)

旅に病んて夢は枯野をかけ廻る
彼の芭蕉も最期は病に臥せって死んだ。「病中吟」とされる絶筆だ。思いとしてはさすらいを続けたかったろう。足は動かないが思いは旅を続けた。自分が駆け巡ってきたあの原、この山、かの川が夢に思い起こされる。大自然に包まれた山野だった。俳人芭蕉は貯め込んだ景色の何枚かを見て逝った。
荒海や佐渡に横とふ天の川
星がきるるきるると瞬いている、その透明な空気感までが伝わってくる最高の句である。ところが機械近代の進歩発展はとんでもない危険を抱えこんでしまた。一度原発苛酷事故が起これば、この空気までがすっかり汚染されてしまう。
あの原発苛酷事故、すんでのところで東日本全体が高濃度汚染地帯になるところだった。恐ろしい事態になっていたことを後になって知ったことだ。
田一枚植えて立ち去る柳かな
那須芦野の遊行柳は今も残っている。が、ここにも放射能が降り注いだ。芭蕉の足跡をたどった人が放射能を測定しながら記録している。「遊行柳 0.19マイクロシーベルト」だったと。
田野、浜辺が汚染されてそこに住むことはできなくなった。考えてもいない事態だった。田や畑は使えない。牛を飼うこともできない。絶望のあまり命を絶った人も大勢いる。
あれから三年半が経過した。世の中は落ち着いてはいる。しかし、被害は深刻だ。
「被災地が置き去りにされています。原発被害がなかったかのようにして世の中が動いているように思います。報道などではやれオリンピックがどうだのとか、まるっきり福島のことをは忘れられて報道はされません」
確かにそうだ。東北の被災地のことはしばしば話題にされる。ところが原発被害の実情については、ほとんど報道されなくなった。
目に見えない被害だけに描けない、書けないという点はあるだろう。記事にする場合は、立ち位置が問われる。
住んでいる人それぞれが考え方が違う。テレビなり新聞なりが取り上げると、すぐに反応がある。報道も波風を立てないように沈黙している。
「三年、四年と経ちますが、何にも解決していないのですよ…それなのに何事もなかったかのようにしています…」

旅に病んて夢は枯野をかけ廻る
彼の芭蕉も最期は病に臥せって死んだ。「病中吟」とされる絶筆だ。思いとしてはさすらいを続けたかったろう。足は動かないが思いは旅を続けた。自分が駆け巡ってきたあの原、この山、かの川が夢に思い起こされる。大自然に包まれた山野だった。俳人芭蕉は貯め込んだ景色の何枚かを見て逝った。
荒海や佐渡に横とふ天の川
星がきるるきるると瞬いている、その透明な空気感までが伝わってくる最高の句である。ところが機械近代の進歩発展はとんでもない危険を抱えこんでしまた。一度原発苛酷事故が起これば、この空気までがすっかり汚染されてしまう。
あの原発苛酷事故、すんでのところで東日本全体が高濃度汚染地帯になるところだった。恐ろしい事態になっていたことを後になって知ったことだ。
田一枚植えて立ち去る柳かな
那須芦野の遊行柳は今も残っている。が、ここにも放射能が降り注いだ。芭蕉の足跡をたどった人が放射能を測定しながら記録している。「遊行柳 0.19マイクロシーベルト」だったと。
田野、浜辺が汚染されてそこに住むことはできなくなった。考えてもいない事態だった。田や畑は使えない。牛を飼うこともできない。絶望のあまり命を絶った人も大勢いる。
あれから三年半が経過した。世の中は落ち着いてはいる。しかし、被害は深刻だ。
「被災地が置き去りにされています。原発被害がなかったかのようにして世の中が動いているように思います。報道などではやれオリンピックがどうだのとか、まるっきり福島のことをは忘れられて報道はされません」
確かにそうだ。東北の被災地のことはしばしば話題にされる。ところが原発被害の実情については、ほとんど報道されなくなった。
目に見えない被害だけに描けない、書けないという点はあるだろう。記事にする場合は、立ち位置が問われる。
住んでいる人それぞれが考え方が違う。テレビなり新聞なりが取り上げると、すぐに反応がある。報道も波風を立てないように沈黙している。
「三年、四年と経ちますが、何にも解決していないのですよ…それなのに何事もなかったかのようにしています…」
(二)
明治維新以降、西欧の文明を取り入れて国家を拓こうとした。鉄道の敷設は国家的な大事業だった。当初、これが動き出したときは、火を噴く怪物ということで人々は恐怖した。しかし、段々に慣れるにつれてこんな便利なものはないと思うようになった。
乗ったとたん列車の床下で雷鳴が鳴って、腰を浮かしていた者たちも、文明の利器を享受することで、この音が耳に心地好く聞こえるようになった。カダンスである。汽車の旅も楽しく心地好いものなって、こう歌われるようになった。唱歌、『汽車』の三番だ。
.廻り灯籠の画の様に
変わる景色のおもしろさ
見とれてそれと知らぬ間に
早くも過ぎる幾十里
文明の機械の正体が分かってきて、人々は馴染むようになった。これなしには生活ができなくなった。
しかし、今日出来した原子力発電所は、どうも馴染めそうな代物ではないことが分かってきた。一度苛酷事故が起きれば、国土が壊滅しかねないほどの被害を被る。人々への健康被害も深く危惧される。
(三)
原発苛酷事故をきっかけとして私達が学んできたことがある。太平洋の端っこにある日本列島はプレートに押され続けていて、常に大地震の起こる可能性があるということだ。福島のような事故が絶対に起きないと誰も言えない。
地震国は火山国でもある。何時大噴火が起きるか分からない。火砕流が原発を襲うかもしれない。また、危惧されることは地盤である。大陸とちがってどこもここも軟弱だ。高レベル放射性廃棄物を十万年も保存できるところはほとんどない。
原発からの撤退、エネルギー施策の大転換は切に求められることだ。
希望を持つことが大切だ。日本には豊かな山河がある。太陽光、水力、風力、潮力、地熱など、そしてまた技術としての省エネ、これらにひたすら邁進し、原発から撤退したい。
戦争ノンフィクションを書くのに方々の現地を訪ねて、人々から話を聞いた。折あれば、現地の人から話を聞いてみたい。(写真は久地の円筒分水、これも発想は省エネだ)
明治維新以降、西欧の文明を取り入れて国家を拓こうとした。鉄道の敷設は国家的な大事業だった。当初、これが動き出したときは、火を噴く怪物ということで人々は恐怖した。しかし、段々に慣れるにつれてこんな便利なものはないと思うようになった。
乗ったとたん列車の床下で雷鳴が鳴って、腰を浮かしていた者たちも、文明の利器を享受することで、この音が耳に心地好く聞こえるようになった。カダンスである。汽車の旅も楽しく心地好いものなって、こう歌われるようになった。唱歌、『汽車』の三番だ。
.廻り灯籠の画の様に
変わる景色のおもしろさ
見とれてそれと知らぬ間に
早くも過ぎる幾十里
文明の機械の正体が分かってきて、人々は馴染むようになった。これなしには生活ができなくなった。
しかし、今日出来した原子力発電所は、どうも馴染めそうな代物ではないことが分かってきた。一度苛酷事故が起きれば、国土が壊滅しかねないほどの被害を被る。人々への健康被害も深く危惧される。
(三)
原発苛酷事故をきっかけとして私達が学んできたことがある。太平洋の端っこにある日本列島はプレートに押され続けていて、常に大地震の起こる可能性があるということだ。福島のような事故が絶対に起きないと誰も言えない。
地震国は火山国でもある。何時大噴火が起きるか分からない。火砕流が原発を襲うかもしれない。また、危惧されることは地盤である。大陸とちがってどこもここも軟弱だ。高レベル放射性廃棄物を十万年も保存できるところはほとんどない。
原発からの撤退、エネルギー施策の大転換は切に求められることだ。
希望を持つことが大切だ。日本には豊かな山河がある。太陽光、水力、風力、潮力、地熱など、そしてまた技術としての省エネ、これらにひたすら邁進し、原発から撤退したい。
戦争ノンフィクションを書くのに方々の現地を訪ねて、人々から話を聞いた。折あれば、現地の人から話を聞いてみたい。(写真は久地の円筒分水、これも発想は省エネだ)



















