2014年10月22日

下北沢X物語(2669)〜『皇国電車少女物語』2〜

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 電鉄家政女学校に入学してまっ先に受けたのは、「車掌業務の基本」という授業だ。
『電車は線路の上を走るのでハンドルはついていません。この電車はなぜ動くのでしょうか、分かりますか?電車はモーターで動いています。電車が走る仕組みは簡単です。モーターのスイッチを入れると走ります。ブレーキをかけると止まります…ね、簡単でしょう。そういうことなのですが、あなた方に覚えておいてもらいたいことが一つあります。電車が走るためには電気が必要だということです。電車の屋根に釣り竿みたいなものがついているのはよく知っていますね。これをトロリーポールといいます。この先っぽに銅でできた滑車がついています。それが電車の上に張られた線、これを架線といいます。この架線を滑車が擦っていくことで電気が電車に取り込まれるのです。分かりやすく言うと電車はいつも釣り竿で電気を釣り上げて走っているのです』
『釣り竿で下げて走っとる、川の鯉も釣れるんじゃないんね?』
『うちはは鯉は鯉でもコイを釣ろうかしらん』
 七十二名の一期生はツイと湧いてきた冗談にやっと気持ちをほぐした。
『己斐は終点の己斐じゃ、あんた方は恋、恋いうとるが、お客さんとのつきあいはごはっとじゃ、手紙をこそっと渡そうとするやつが必ずでてくる、そんなのは絶対に受け取ってはならんのだ…』
『うちほしいわぁ』
 小さな声で誰かがいう。すると一斉に笑いが起こった。

『話が横道にそれたが、いいですか、この釣り竿はバネの力でいつも架線に押さえつけられているのです。さて、ここからが大事なことです。よく聞いてください。電車は必ず終点に着きます。着かなかったら大変じゃろ…それで終点に着いたら、今度は反対方向に向かいます。そのときにトロリーポールの向きを変えなくてはいけません。ポールについているロープを引っ張って半回転ブン廻して滑車の溝にかっきりと架線をはめ込むのです。この作業を俗に『ポール廻し』といいます。これは実習で行います。先輩が手本をみせてくれますからこれをよおく見ておいてください。まあ、難しいといえば難しいんですが、くるんとポールをうまく半回転させられれば気持ちのいいものですよ。着線というか、架線に滑車がすぽんと入れば、青い火花がぱしゅっとスパークして、完了すればすぐに出発進行ですよ』
 電車部長という人が、右手をくるっと回して演壇で弧を描いてみせた。


『ロープを優しく手にもってやれば簡単なんだよ』
 受講生は、その話を聞いて、ポール廻しはそんなに難しくないと思った。ところが、それはとんでもない認識違いだった。実際は、力もコツも要る。年端もいかない彼女らには厄介な仕事であった。
「ロープがいうことをきかないのじゃけえ」
 そんな話までしたことだ。ところが、信子はそれを難なくやってのけた。誰もがそのコツを知りたかった。
「ポールさんて外国映画の役者みたいなんじゃけどもいつもいたずらばっかり、カーブでポールが外れるのよね。紙屋町のところで何度外れたか…」
「ああ、顔が真っ黒になるのよね。『お嬢さん、どこの南洋から来なすった?』なんて乗っている人が冷やかすのよね」
 雨の降る日にカーブでポールが外れる。窓から身を乗り出してロープを操っているとそれを伝って油じみた水が顔に降りかかってくる。知らずに顔を拭くと真っ黒になる。
「なんともしようがないのよね」

「あのね、うちがついたお師匠さんは、一つ一つ丁寧に教えてくれたのね。『ポール廻しは、まずロープをしっかり持つことから始まる』と言っていたわね。ポールに結ばれているロープを引っ張って、たるみを取るの、そこからが大事なの、いい、紐を引っ張るわよ」
 夏草の間に棒きれで引かれた線の向こうが電車だった。
「ポールが目印になるのね、いち、にっ、さん、こっこで『よっこらしょ』って気合いを入れて、そのときにね、息を止めるのよ…。それでそのままぐぃってロープを横に引っ張るのね。ポールの先っぽが弓なりのカーブを描くように、後ろの方に力いっぱいぶんまわすの…。そうして架線に着くちょっと前に、ああ、着くなと思うときに手の力を抜いて滑車を架線に命中させるんだ。慌てずに一つ一つの動作をしっかり覚え込んでやればいい』ってね」
 まず本科生として入学してきて、しばらくすると先輩車掌のお師匠さんについて二週間ほど実習を重ねた。その時もポール廻しは実地に訓練したが、これだけでうまくいくことはなかった。十四歳の彼女らは、お師匠さんが説明する言葉が分からない。それに体力がなかった。おまけに電車の中には二本もポールがついたのもあった。
「ロープをああして、こうしてというふうに、頭の中でポール廻しの練習をやってみるのよ。それで勤務についたときに思い出しながらやるのね。終点について時間があったら運転手に断って練習するのよ…」

ポール廻しは課題だった。が、これを巡って教えたり、教わったり、そうするうちに互いに打ち解けてくるようになった。
「ねえねえ、今度の休み、『スミレ写真館』へ行って四人で写真を撮ろうよ」
「あれ、もうお見合い写真、いくらなんでもはやかろう」
「記念の写真よ、二年生になるとばらばらになるからね」
(広電大正元年電車)



rail777 at 20:00│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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