2014年10月24日

下北沢X物語(2670)〜『皇国電車少女物語』3〜

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 苛酷な業務に耐え抜いて広島市民の足を守った少女たちの物語だ。頭には皇国少女の証日の丸鉢巻きを締めて気を張って働いていた。日々空腹を抱えてのことだ。ところが、八月六日、一発の新型爆弾が広島に落とされた。この日、多くの女生徒が電車業務に就いていた。彼女らは運転中に、きっぷの外売りで被爆する。目前には地獄絵さながらの街が広がる。死臭がにおう街を友を求めてはだしで探し回った……。

(一)
 本科二年生になって一年で同室だった仲間とは別れてしまった。が、ひとたび結ばれた絆はほどけなかった。四人は折々に誘い合って宮島や楽々園に遊びに行った。しかし、戦況が悪化するにつれ、これも許されなくなった。
「陸軍病院の慰問に行こうや」
 昭和十九年の年明け早々に、彼女らは連れ立って基町に行った。ここは大手を振って行けるところだ。
 戦線で負傷した兵隊が似島での検疫を終えて宇品港に上陸してきていた。宇品から白衣の負傷兵が電車に乗ってくることもあった。
「ごくろうなことじゃったね」
 松葉杖をついた兵士に乗客が声を掛けることがあった。車掌として乗務しているときには車内に誘導したり、降車の際には手助けをしたりもした。
 病院慰問のときはせめもの心尽くし、折り鶴を作って持っていった。病室の傷病兵や戦病兵を見舞っては、「どうか早く元気になってください」と声を掛け、折り鶴を手渡した。
「ご苦労さんね……」
 陸軍病院の看護婦から声を掛けられることがあった。
「わぁ、なんか眩しいわね」
 春江は彼女らの出で立ちを見て言った。
 家政女学校の制服は地味な紺色だった。ゆえに看護婦の白衣は目に眩しい。病床から病床へと、患者に声をかけながら体温計を配っていく様を、家政学校の四人は立ち止まってはじっと眺めた。自分たちの制服が急にしなびて見えてきた。
「なんか白い薔薇のようじゃね」
 典子は白衣にみとれている。
 車掌の仕事は、土臭く油臭い。電車が車庫に入る、するとフェンダーの防護ネットを畳む。それを畳んでフックに掛ける、土ぼこりが舞う。
 ポールがカーブで外れる、窓から身を乗り出してロープを操る、すると潤滑油しずくが降ってくる。制服には土や油のシミがついていた。が、陸軍の看護婦の着衣にはシミ一つない。
 白い裾がひらひらする様は、まるで妖精がベットからベットへと飛んで行くようであった。変化のない病床生活では鮮やかな色合いだ。
 通り掛かる彼女らに「よお」とか、「おう」とか声が掛かる。戦場で負傷したり病気になったりした兵士を労っている看護婦の姿、彼女らには溜息がでるほどに凛々しかった。子どもの頃の憧れとして看護婦というのがあった、その実像を目の当たりにして胸が高鳴った。


(二)
 慰問を終えて帰る時、彼女らは口を利くこともなかった。が、考えているのは皆同じだった。環境や境遇の違いである。
 廊下を通って玄関へと向かう、するとホールのところに一枚のポスターが貼ってあるのを見つけた。
「陸軍看護学校生徒募集」
「うまいしこーに!」
 誰かが言った、本当にそうだ。あまりにも都合が良すぎる。
「もっけなことがおこった」
 広島弁の次には島根弁だ。
「しっ、静かにしないとだめだわよ。ここは病院なんじゃから、じゃけど『女学校初等科修了程度の学力を有する者』っていうのは、うちらにあてはまるんじゃろうか?」
 春江の疑問は誰もがいだいたことだった。
「事務室で聞いてみよう」
 典子が言い出す。
「ほんまじゃ、ほんまじゃ」
 春江は気がせいた。気づいてみると人に調子を合わせて言っている。入学したばかりのころ、彼女は引っ込み思案だった。
 車掌になってしなければならない仕事に電停名の案内があった。「つぎは袋町です」というたった数語が恥ずかしくって言えなかった。言おうとすると顔が火照ってきた。だが、いつの間にかその案内にも慣れてきていた。防護ネットに乗っている中学生を叱る。
「そげえなことをしたら駄目!」
 思った言葉は口にしないと生きていけない。気づいたことの一つだ。
「募集要項のことで質問したいことがあります」
 物怖じせずはっきりと言った。するとカーキ色の軍服を着た人が出てきた。四人はひるんだ。が、その説明は笑顔がついていた。
「資格ですか…何?、お宅らは、広島電鉄家政女学校ですか、新しくできた実業系の女学校ですね、応募する場合は、普通科でも、実業科でもそれは構いません。そうですか、本科生として間もなく二年を終えるのですか、だとすれば受験資格はありますよ。願書を出す場合には本科卒業見込み証明書というものが要りますね。これは学校の事務に申し込んで発行してもらってくださ……ここへ慰問に来て、募集広告を見たのですか。この病院も戦争に入ってから大陸からの負傷兵などでだいぶ増えていますね。人手が足りないのですよ。ぜひ応募してください。試験までは一月ぐらいありますから、それで課目としては数学をよく勉強しておくことですね。方程式などの練習問題は何度でも解く練習をしてください。後は生物の常識ですね。教科書を何度も読んで大事なことは覚えておくのです。赤鉛筆で線を引いて勉強すると効果的ですよ…」
 係官は看護学校の教官だった。人のよさそうな彼は勉強の仕方まで教えてくれた。そして、四人それぞれに応募要項の入った袋を手渡しでくれた。慰問の折り鶴は、ふしぎふしぎ彼女らにはそれが青い小鳥となった。
 皆は心躍る思いで陸軍病院の門を出た。紺色の制服から白い制服への夢を彩るように広島の空は真っ青だった。
「卒業見込み証明書は出してくれるのじゃろうか?」
「校長の武藤先生は、電車を動かすことがお国のためになると何度も何度も言っておるじゃろう。ほじゃから証明書を出すようなことはせんわね」
 津田昭子も典子と同意見だ。
「花丘先生だった、うちらのいうことは聞いてくれるかもしれないわよ」
 春江が思いついていった。いつも笑みを絶やさずに、一人一人の目を見て離してくれる先生には誰もが親しみを感じていた。女生徒の中には教師志望の者もいた。花丘先生みたな先生になりたと思う者は少なからずいた。相談にも親身に乗ってくれた。
「明日は早番だから乗務が終わって午後になんとしてでも先生のところへ行こう」

(三)
 早番は四時半起きだ。女舎監さんが、「起床!」と呼ばわって、手振りの鐘を「からぁん、からぁんと」とならした。疲れ切って熟睡しているときに意地悪くこれが鳴る。が、この日ばかりは朝になったことが嬉しかった。
 朝の御飯はきび入りの代用食だった。もっと食べたいがお代わりにいくと、大釜にはもう一粒も御飯は残っていない。食い足りない、腹六分では下腹部にも力が湧いてこない。ひもじい思いで前庭に行く。すると即座に号令がかかった。二列縦隊で鉢巻きを締めた隊列が出発する。千田町の電鉄本社までの駆け足行進だ。やがて京橋川の土手にかかって、先頭から軍歌の掛け声「同期の桜」だ。「咲いた花なら散るのは覚悟」と先をはしる大木信子が大きな声で歌っている。それを聞くとひもじさも吹き飛んで春江も気持ちが高ぶった。続く歌詞の「見事散りましょう国のため」は、彼女も力を振り絞って歌った。
 引き潮の川には干潟が下手へとずっと続いている。その向こうには安芸小富士が朝焼けにくっきりを扇型を浮かび上がらせていた。そこは軍の検疫所のある似島だ。この島の向こうを巡って、西に向かって航路をたどっていけば大陸がある。
 陸軍看護婦として大陸に渡り、そこで傷ついた兵士の看護に使命を尽くす。爆弾が飛んでくるかもしれない。が、お国のために心身ともに捧げ天皇のために死ぬ。爆弾に遭ったとしてもそれはそれで運命だ。本当に見事に散ったとしてもいい。春江は歌を歌いつづけながら胸が高鳴っていた。
(『皇国電車少女物語』の断章である。看護婦を志願したというのは藤井さんから聞いた話である。長らくしまっていた話だが。歴史物語として残す価値があると思った。)

〇ノンフィクション雑感

 ノンフィクションで大事なのは取材だ。しかし、証言者にも命がある。藤井さんは亡くなられた。電鉄家政女学校の歴史も消えてなくなりそうだ。が、聞き及んだ話は残っている。破れた布と布の間は想像力で補える。『皇国電車少女物語』は一つの試みだ。事実を下敷きにして物語にする。
 家政女学校の女生徒が陸軍の看護婦に応募したのは事実である。そのおおよそは藤井さから聴き取っている。入学から閉校まで二年半余り、彼女らの証言の断片から糸を紡ぐことはできる。自分の新たなノンフィクションの可能性を見出したことでもある。
 『広島にチンチン電車の鐘が鳴る』の映画化は心に引っ掛かりがあって消えた。が、事実を下敷きにすればそれはなくなる。
 自分の構想としての『皇国電車少女物語』、『疎開学童バンド部隊物語』材料はいくらでもある。思いを、記録を残そうとすれば自分で物語を組み立てるしかない。この企画が誰かの目に留まればよいと思って、断章をネットに記したことだ。


〇北沢川文化遺産保存の会会報第100号
 なんとかできあがった。明日、事務局に届けたい。今年は柿の生り年だ。家の庭になっている柿も持って行きたい。時間のある方は、二時頃においであれ、柿のおみやげをさしあげたい。




rail777 at 20:00│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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