2014年10月27日
下北沢X物語(2672)〜都鄙境の秘境探検京王線３〜
（一）
時間には二種類ある、文化時間と文明時間だ。世界ではこの軋轢が起こっている。前者は心に重きをおくものだ。ゆったりのんびりした時間の中で過ごしたい。少々貧乏でもかまわない。後者は物に重きをおくものだ。慌ただしくせわしない時間の中でひたすらに儲け、できれば豪勢に生活したい。商業資本主義時間だといえる。
汽車や電車の開通は、物時間を一気招来させた。当初人々は、これへの拒絶反応を示した。火を噴く岡蒸気は街に入ってはならぬ、鉄道を忌避したという例は幾らでもある。このために街道筋が廃れた。
千歳村粕屋に住んでいた徳富蘆花も、鉄道敷設によってもたらされる弊害を真剣に考えもした。『みみずのたはこと』の一節だ。
新宿八王子間の電車は、儂の居村から調布まで已に土工を終えて鉄線を敷きはじめた。トンカンと云う鉄の響が、近来警鐘の如く儂の耳に轟く。此は早晩儂を此この巣すから追い立てる退去令の先触ではあるまいか。愈電車でも開通した暁、儂は果して此処に踏止まるか、寧東京に帰るか、或は更に文明を逃げて山に入るか。今日に於ては儂自ら解き得ぬ疑問である。
文明世界を逃れて当地に来たのに、その文明が攻めてきた。村人にとっては東京は忌避されるべきところだった。
東京に往けば、人間に負けます、と皆が云う。麦の穂程人間の顔がある東京では、人間の顔見るばかりでも田舎者はくたびれて了う。其処に電話の鈴が鳴る。電車が通る。自動車が走る。号外が飛ぶ。何かは知らず滅多無性に忙しそうだ。斯様な渦の中に捲まき込こまれると、杢兵衛太五作足の下が妙にこそばゆくなって、宛無しの電話でもかけ、要もないに電車に飛び乗りでもせねば済まぬ気になる。ゆっくりした田舎の時間空間の中に住み慣なれては、東京好しといえど、久恋の住家すみかでは無い。だから皆帰りには欣々として帰って来る。
東京は人が異様に多い。今もそうだ「渋谷に行くと人が多くて気持ちが悪くなるのよ」と。ハチ公前のスクランブル交差点、青になったとたん塊が一斉に動く、人の波だ。「行くだけで疲れてしまうのよ」とも荏原暮らしのおばさんたちの言葉だ。
「何よあれ、渋谷の東横線、絶対に行きたくない！」
新聞などでは光と影の、光しか書かれない。渋谷駅の地下化は中高年をどれだけ絶望させているか。渋谷をできるだけ避けてという人は多い。
「みんな新宿や渋谷にいくものだから売り上げは落ちたわね」
川越の街でも誰かが言っているかもしれない。
（二）
私たちは、どこまで何を便利にするのか。我々は問われている。一に開発、二に開発、自然破壊は恐ろしいほどに進行している。
津波から人を守ることは必要だ。しかし、人間のためということで、自然の山が、幾つも幾つもつぶされていいものか疑問に感じる。かさ上げやスーパー堤防の工事では機械が自然の野山をどんどん削っている。
リニアの自然破壊も凄まじい。これは残土が出るだけではない。掘った後は壁面をコンクリートで覆う。大量のコンクリートを必要とする。石灰岩の山がこれでまた幾つもこわされる。
「山よ、なんじらに誇りがあった」……ウィリアム・ワーズワースの詩である。
なんじらは汽笛を聞いたか？長い列車が
突進してきたとき、その光景を目にしたか？
そう愕然としたはずだ―だからこそ
公正な秤で被害と見込み利益とを計量して、
山よ、渓谷よ、川よ、なんじらもわたしと
当然の侮蔑の激情を分かちもつてほしい
英国鉄道文学傑作選 小池滋編 ちくま文庫
自然はものは言わない。彼らは人間の声に耳を貸しはしない。突然にしっぺがえしをしてくる。誇りも何もあったものではない。ほったらかしにしておくと山はみな潰されてしまう。
（三）
京王線の話をしていた。そういえば、明大前に日中がある。先だってタンチ山伝説を訪ねて、上北沢の長徳寺に行った。話し好きの住職でだいぶ長い間話をした。帰り際に、二冊本を戴いた。しばらく経ってからこれに目を通した。「日本中学校」の同期会が出したＯＢの戦争証言集である。
日中が明大前にあっただけに、近隣の昔のことが多く書かれている。拾い読みすると面白いエピソードが幾つも載っている。『青春の苦楽』（宇木俊夫）には、「渋谷の街」としてこんな話が書かれている。
戦後間もなく、焼けた東横百貨店（現・東急デパート東横店）の売り場を急設の映画館として営業されたが、日本最初の接吻映画「雨の夜の接吻」が上映された。中学校帰りに観覧したが、天上・壁も焼夷弾で焼けたそのままの館内は黒く焼け爛れていた。椅子もなく立ったままの観覧であった。満員で床には勾配が無く、凸凹でみにくい限りであった。日本初の接吻映画との売り込みであったが、キスの瞬間は雨傘で隠されて子供騙しであった。何の変哲もない今では吹き出すような、幼稚でつまらない映画であった。よくもまあ大衆は観覧に行ったものだ。渋谷駅前広場（現・ハチ公広場）では踊る宗教「爾光尊」の教祖や元・横綱双葉山などが無我の境地で踊り狂っていた。
戦後になっての性の解放、ようやく接吻場面が見られた。戦後七十年、今は性が氾濫している。
（四）
京王線沿線には皇陵や御稜がある。その関係で御料車が払い下げられて京王線を走っていたという。
私たちは、どこまで何を便利にするのか。我々は問われている。一に開発、二に開発、自然破壊は恐ろしいほどに進行している。
津波から人を守ることは必要だ。しかし、人間のためということで、自然の山が、幾つも幾つもつぶされていいものか疑問に感じる。かさ上げやスーパー堤防の工事では機械が自然の野山をどんどん削っている。
リニアの自然破壊も凄まじい。これは残土が出るだけではない。掘った後は壁面をコンクリートで覆う。大量のコンクリートを必要とする。石灰岩の山がこれでまた幾つもこわされる。
「山よ、なんじらに誇りがあった」……ウィリアム・ワーズワースの詩である。
なんじらは汽笛を聞いたか？長い列車が
突進してきたとき、その光景を目にしたか？
そう愕然としたはずだ―だからこそ
公正な秤で被害と見込み利益とを計量して、
山よ、渓谷よ、川よ、なんじらもわたしと
当然の侮蔑の激情を分かちもつてほしい
英国鉄道文学傑作選 小池滋編 ちくま文庫
自然はものは言わない。彼らは人間の声に耳を貸しはしない。突然にしっぺがえしをしてくる。誇りも何もあったものではない。ほったらかしにしておくと山はみな潰されてしまう。
（三）
京王線の話をしていた。そういえば、明大前に日中がある。先だってタンチ山伝説を訪ねて、上北沢の長徳寺に行った。話し好きの住職でだいぶ長い間話をした。帰り際に、二冊本を戴いた。しばらく経ってからこれに目を通した。「日本中学校」の同期会が出したＯＢの戦争証言集である。
日中が明大前にあっただけに、近隣の昔のことが多く書かれている。拾い読みすると面白いエピソードが幾つも載っている。『青春の苦楽』（宇木俊夫）には、「渋谷の街」としてこんな話が書かれている。
戦後間もなく、焼けた東横百貨店（現・東急デパート東横店）の売り場を急設の映画館として営業されたが、日本最初の接吻映画「雨の夜の接吻」が上映された。中学校帰りに観覧したが、天上・壁も焼夷弾で焼けたそのままの館内は黒く焼け爛れていた。椅子もなく立ったままの観覧であった。満員で床には勾配が無く、凸凹でみにくい限りであった。日本初の接吻映画との売り込みであったが、キスの瞬間は雨傘で隠されて子供騙しであった。何の変哲もない今では吹き出すような、幼稚でつまらない映画であった。よくもまあ大衆は観覧に行ったものだ。渋谷駅前広場（現・ハチ公広場）では踊る宗教「爾光尊」の教祖や元・横綱双葉山などが無我の境地で踊り狂っていた。
戦後になっての性の解放、ようやく接吻場面が見られた。戦後七十年、今は性が氾濫している。
（四）
京王線沿線には皇陵や御稜がある。その関係で御料車が払い下げられて京王線を走っていたという。
