2014年10月31日
下北沢X物語(2675)〜右岸左岸文化論文学論〜
（一）
武蔵野の左岸崖線からの眺望が表現者に力を与えた。昨日、新宿落合の崖線を歩きながら思ったことだ。教養講座での街歩きの下見だ。
十月から始まった講座は、「文豪たちの東京を歩く」だ。特にここに左岸崖線を歩くとは謳ってはいない。ところが、実際は、左岸崖線をたどるものとなっている。
第一回目は国分寺崖線、野川左岸だった。坂は急角度で谷を転げ落ちていく。この背尾根、丘上は富士眺望ラインだ。夕暮れには沈みゆく赤富士が見えた。
成城の丘上にある水上勉旧邸は、今はマンションになっている。この家に住んで、「おれも偉くなった気がするなあ」と言ったという。修行時代は住む場所を転々としていた。『東京図絵』の「護国寺時代」にはその様が描かれる。
弓町の邑楽館、農学部前の豊荘アパート、真砂丁坂口病院の一室など転々としたが、間もなく護国寺前の青柳荘一号室にいた山岸一夫さんが雑司が谷の一戸建てに引っ越して空いたので、その後へもぐりこんだ。
修行時代というのは食べるのに精一杯だ。低廉な家賃のアパートを転々としていた。多くは下町にあった。が、彼は階梯を登り詰めてとうとう成城六丁目に家を建てた。過去を振り返って、「おれも偉くなった」という実感だろう。
昨日は、林芙美子記念館を訪れた。彼女も難行苦行、放浪の末にここに辿り着いた。太子堂居住時代は、お墓の隣り、陸軍病院の死体安置所が見えた。『放浪記』では、「屍室と墓地と病院と、淫売宿のようなカフェーに囲まれた、この太子堂の家もあきあきしてしまった。」と書いている。
太子堂は崖下だった。新宿中井の家は崖の上だ。妙正寺川、左岸崖線四の坂にあった。川を俯瞰できる地点である。成功した人が住めるところだ。
（二）
十月は、野川左岸、十一月は宇田川左岸、十二月は妙正寺左岸をゆく。東京が市域を広げ膨張していく過程で生まれたのがこれらの箇所である。鉄道との因果関係がある。
成城の発展は昭和二年、小田急の開通によって始まった。代々木山谷は、明三十九年(1906)九月二十三日、代々木駅が開業したことで開けてきた。ここに移ってきたのは田山花袋である。新宿落合の崖線上の住宅地は、明治十八年（1885）三月十六日、日本鉄道の駅が開業したことにはじまる。成城や山谷よりも古い。実際に丘上に行くと、その古さが実感できる。緑が豊かで、敷地が広い。雰囲気がしっとりとしている。
妙正川右岸のところで地元のおばさんと話した。
「あのお屋敷街もだいぶ変わりましたね。昔はもっと緑が多かったのですよ。ところがね、ほら、財産分割というか、相続税を払うために段々敷地が小さくなっていくのね、そうすると木は伐られるしね…このあたりもね、商店街は賑やかだったのですよ。ところがみんな高齢化、八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、豆腐屋さんなどつぎつぎに店をたたんでしまうのね、だから不便になったのでもね…でもね、、大江戸線があるし、西武新宿線があるし、これでいけば新宿はすぐね」
水上勉も、この辺りに訪ねてきてこう書いている。妙正川は神田川の支流だ。
昔歩いた細道も、神田川沿いあたりの石切橋ももう高速道路の下道となり、味もそっけもないコンクリートの陰地に相貌を変えていた。遠く望めた目白台の大欅が空を貫き、屋敷街の緑濃かった風景は、幻の記憶となった。 『私版 東京図絵』 朝日文庫
上落合で会ったおばさんと水上勉の話は合致する。左岸崖線の緑はどんどん失われていく。
（三）
武蔵野を流れる川の左岸崖線は高い、これはずっと前から言っている。が、こここそはポジションだ。世田谷代田、斎藤茂吉のいたところは、左岸末端、その二階屋からみた風景である。
われの住む代田の家の二階より白糖のごとき富士山が見ゆ
崖線上のアリャサ、コラサ、やはりここからの眺めはなんといっても富士である。特に崖線上からの富士は格別だった。
（写真は、林芙美子記念館）
〇情報
北沢「山の湯」について
街歩きで何回か訪れた銭湯「山の湯」である。萩原朔太郎は東北沢に一時住んだ。そのときに娘の萩原葉子がここの銭湯に父親と行った。それが『父・萩原朔太郎』に出てくる。昭和６年夏のことである。この銭湯、開業は昭和２年、この山の湯でのエピソードだと思われる。
今日会員の及川園子さんから連絡があった。山の湯はこの３月末に廃業した。この主人が８月に亡くなられたそうである。土地は、奥様が処分をされ引っ越しをされた。あの懐かしい「山の湯」は11月5日から解体が始まるということです。
十月は、野川左岸、十一月は宇田川左岸、十二月は妙正寺左岸をゆく。東京が市域を広げ膨張していく過程で生まれたのがこれらの箇所である。鉄道との因果関係がある。
成城の発展は昭和二年、小田急の開通によって始まった。代々木山谷は、明三十九年(1906)九月二十三日、代々木駅が開業したことで開けてきた。ここに移ってきたのは田山花袋である。新宿落合の崖線上の住宅地は、明治十八年（1885）三月十六日、日本鉄道の駅が開業したことにはじまる。成城や山谷よりも古い。実際に丘上に行くと、その古さが実感できる。緑が豊かで、敷地が広い。雰囲気がしっとりとしている。
妙正川右岸のところで地元のおばさんと話した。
「あのお屋敷街もだいぶ変わりましたね。昔はもっと緑が多かったのですよ。ところがね、ほら、財産分割というか、相続税を払うために段々敷地が小さくなっていくのね、そうすると木は伐られるしね…このあたりもね、商店街は賑やかだったのですよ。ところがみんな高齢化、八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、豆腐屋さんなどつぎつぎに店をたたんでしまうのね、だから不便になったのでもね…でもね、、大江戸線があるし、西武新宿線があるし、これでいけば新宿はすぐね」
水上勉も、この辺りに訪ねてきてこう書いている。妙正川は神田川の支流だ。
昔歩いた細道も、神田川沿いあたりの石切橋ももう高速道路の下道となり、味もそっけもないコンクリートの陰地に相貌を変えていた。遠く望めた目白台の大欅が空を貫き、屋敷街の緑濃かった風景は、幻の記憶となった。 『私版 東京図絵』 朝日文庫
上落合で会ったおばさんと水上勉の話は合致する。左岸崖線の緑はどんどん失われていく。
（三）
武蔵野を流れる川の左岸崖線は高い、これはずっと前から言っている。が、こここそはポジションだ。世田谷代田、斎藤茂吉のいたところは、左岸末端、その二階屋からみた風景である。
われの住む代田の家の二階より白糖のごとき富士山が見ゆ
崖線上のアリャサ、コラサ、やはりここからの眺めはなんといっても富士である。特に崖線上からの富士は格別だった。
（写真は、林芙美子記念館）
〇情報
北沢「山の湯」について
街歩きで何回か訪れた銭湯「山の湯」である。萩原朔太郎は東北沢に一時住んだ。そのときに娘の萩原葉子がここの銭湯に父親と行った。それが『父・萩原朔太郎』に出てくる。昭和６年夏のことである。この銭湯、開業は昭和２年、この山の湯でのエピソードだと思われる。
今日会員の及川園子さんから連絡があった。山の湯はこの３月末に廃業した。この主人が８月に亡くなられたそうである。土地は、奥様が処分をされ引っ越しをされた。あの懐かしい「山の湯」は11月5日から解体が始まるということです。
