2015年07月06日
下北沢Ｘ物語（2831）〜代田春宮家所蔵疎開学童資料分析〜
（一）私たちの社会は記録と総括とに重きをおかない。これらの総括から責任の所在が明らかになる。が、風土としての伝統は「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国」（万葉集）に言う、即ち、事を荒立てないことだ。戦争責任や原発苛酷事故の責任を問わないのは、神ながらの国という往古の気風が残っているからだろう。が、これは民主主義とは全く相容れないものだ。
私の会の活動への助言として故松林宗恵監督から何度も言われた言葉がある。「記録は大事だよ。どんなことでもきちんと取っておくのだ」と。今になって分かる。監督は、太平洋戦争における連合艦隊の動きを、編年史的観点で描いた、映画『連合艦隊』だ。これを撮るときに行き会ったのは客観的事実の欠落だ。個々の作戦の勇壮的な計画は残っていても、その具体的な結果はどうだったのか？記録の多くが焼却処分されたこともあり分からないことが多い。それともう一つ、我々は負けた戦争について記録に残すことは忌避的である。その例として挙げよう。我々の活動の領域には広大な旧軍軍事施設がある。ここは隈無く巡った。が、その跡だという説明版はほとんどない。
先月、国際原子力機関（ＩＡＥＡ）の最終報告案が明らかになった。福島第一原子力発電所の苛酷事故の主原因は「『原発は安全で、大きな事故は考えられない』という思いこみだった」と。当事者である日本ではこの原因は曖昧なままだ。真実を見極めると都合が悪くなる。そこは蓋をして玉虫色に解釈していく。
先の大戦についても検証はなされていない。右や左が都合のいいものを持ち出して、ああだこうだと言う。責任の所在は不明確にしたままご都合主義的に対処していく。真実に対して忌避的な傾向が今も厳としてある。
真実は細部に宿る。市民レベルで手に入れた情報が戦争の本質を露呈させることはある。今般の大戦、敗戦へのターニングポイントは、昭和１８年(1943)だ。２月 ガダルカナル島撤退。５月 アッツ島守備隊全滅。戦況が不利になるにつれて大きな変化が起こってくる。今年になって偶然、駒沢高射砲陣地の隊長に出会えた。９４歳になる彼からは貴重な証言を得た。
高射砲は近代兵器だ。が、彼の証言を聞いていると江戸時代の火器で敵機に向かっているような感想を持った。
（二）
今年、我等の北沢川文化遺産保存の会では紀要第４号「戦後七十周年戦争関係記録集」を発行する。ここに「駒沢高射砲陣地についての証言（内藤悌三氏）」を載せる。今これを整理している最中だ。
改めて証言を見直しているが戦争末期の窮状がひしひしと伝わってくる。なるほどなあと思ったことがある。技術者がいなかったことである。彼はもともとは野戦砲兵だった。が、本土に敵機の飛来が予想されてきたことから急遽高射砲隊を促成教育することになって、満州にいた内藤さんは本土に呼び戻された。昭和１９年２月のことだ。そして浜松にある砲術学校でわずか三ヶ月の教育訓練を受けて高射砲隊に配属された。
一昨日、４日の土曜日、我等会員４名で旧軍桶川飛行学校へ行った。ここで少年飛行学校第１４期生だった八十九歳になる瀬戸山定さんの話を聴いた。水戸にある陸軍航空通信学校で教育を受けた。
「２０年に卒業するはずだったのが繰り上げで１９年の７月２０日で卒業になったのですよ」
彼は通信受信については特別の能力があった。他の者たちは南方に送られたが彼は助教になって残った。普通の能力があったならば船に乗せられて南方に向かった。
「仲間の乗った船が敵の潜水艦攻撃を受けて沈んで、ほとんどが死んだのですよ…」
何年経ってもそのことが心残りであると言われた。
内藤悌三さん、瀬戸山定さん、技術分野の兵だ。戦争末期、技術部門の兵士が払底していた。どうにもこうにもならない。その彼らが一番よく知っていた。敵国との科学技術の大きな開きだ。技術力よりも、神風力を我等は信奉していた。煽られやすいのが我等だ。辻褄が合わなくても大きな声で国民の安全を守るためと言っていれば通る。今朝、週刊誌の宣伝広告が載っていた。いつもは嫌悪感を催す見出しが多い。が、「戦後７０年に亡国の歴史が甦る 阿倍ニッポンが走り始めたいつか来た道」という大見出しには、「週刊誌もやるねぇ！」と率直に思った。
（三）
本題に入る。先のマッピングパーティのときの話だ。代田連絡線がかつて家の敷地内を通っていたという春宮知也さんの家を皆で訪れた。彼は話の途中で、疎開時代の手紙を家から持ってきた。疎開第一報の葉書だ。
お母さんお元気ですか。やどやへ三日前につきました。ついてから電車にのっていきました。松本のえきにつくと上北ざわの生ともいました。ぼくたちは先にのりました。おわり。八月二十九日
世田谷の自宅に出された手紙だ。記述は少ないがこれで多くのことが分かる。発信地、発信者は、「本郷村浅間温泉小柳第二小隊第三班 春宮惇」である。春宮知也さんのお兄さんのものだ。
淺間温泉「小柳の湯」に疎開したのは山崎国民学校である。日付の逆算から分かる。山崎国民学校の疎開学童、１９３名は昭和１９年８月２５日に小田急線梅丘駅を発った。翌２６日に松本駅に着き、松本電鉄浅間線の電車に乗って終点に着き、小柳の湯、椿の湯に分宿した。
この間、第８回戦争経験を聴く会、語る会を開いた。そのときの証言者がこの山崎国民学校の五年生だった長谷川さんと小市さんだった。この小柳の湯は淺間温泉でも一二を争う旅館だった。ここにも特攻隊が宿泊していて上級生とは互いにふれ合っている。
ただこの隊の所属や隊名などは不明だ。２０年３月末、松本飛行場を飛び発った彼らの戦闘機は旅館へお別れの挨拶に来た。上空を旋回していく彼らに、赤い毛布を振ってお別れの合図をした。するとそれに応えて彼らは翼を振った。この一人は小林三次郎さんと名前まで分かっている。その彼は、九州宮崎の新田原飛行場に着陸したところまでは調べでは分かっている。ところがその後の足取りはよくわからない。
（上、旧陸軍飛行学校跡、左から会員、きむらたかし、米澤邦頼、今井明、きむらけん、語り継ぐ会の理事、天沼一さん。中、下小柳の湯から東京の実家に出された葉書類。下、空襲を気遣っている葉書。２０、１、１７日の日付）
