2015年07月12日

下北沢X物語(2835)〜戦争経験に端を発する物語�掘�

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(一)戦争を巡る旅、行けば行くほど分かってくる。あのいくさでは日本は精神力で戦っていた。一方の敵は科学的で用意周到だった。1945年11月1日に東京上空に一機の爆撃機が現れた。B29である。

 なかなか元気で勉強して居るとの事で安心した。今日東京には敵の空襲があったがたった一機でそれに爆弾も落とさなかった。とても高い所を飛んで居た。凡そ七八千メートルも高いところで、富士山の二倍もある高さだったが飛行機が大きいのでよく見えた。父も羽田の上を飛ぶのを見た。発動機が四つあって飛行機雲が四本できた。非常によく晴れてゐたよ。

 世田谷区北沢に住む立川繁さんが淺間温泉千代の湯に疎開している娘の裕子さんに送った手紙である。日付は「十一月一日夜」となっている。この繁さんは羽田空港支所長を務めていた人だ。初襲来してきたB29だが爆弾を落とすわけでもない。「何をしにきたのだろう?」、誰もが不安をいだいた。

 このB29は特殊な飛行機だった。「B-29を改造したF-13と呼ばれる写真偵察機は『カメラで武装したB-29』とも呼ばれ、高高度を飛来するこの偵察機に日本軍はなす術がありませんでした。」と。昨日、目黒区青葉台の日本地図センターに行った。「地図と空中写真で見る東京のあの時』第15回地図フェスが開かれていた。偵察機によって撮られた写真が数多く展示してあった。この偵察機には三種類のカメラが積まれていて詳細な写真を撮影した。これに基づいて空襲の計画が練られた。

 例えば、山手大空襲のときのことだ。五月二十四日、根津山で爆撃機が侵入してくる様を見ていたのは一色次郎だ。「敵は西の空から一機づつ侵入してくる。例の波状攻撃である。照空燈に送られながら、丘の稜線の上へ次々に一機づつ出てくる」、計画的な攻撃である。各機には分担があってそれぞれに目標地点が決められていた。B29にはノルデン爆撃照準器が搭載されていた。これによって搭乗員は正確に焼夷弾を目的地点に投下できた。東京の「知」を狙った山の手空襲は大きな効果を上げた。それで東京は壊滅し攻撃リストから外された。 が、やられても、神風が吹くと人々は信じこまされていた。DSC04360cs



(二)
 「北沢川文化遺産保存の会」紀要第4号となる「戦後70周年記念戦争関係記録集」をまとめている。この中に「駒沢高射砲陣地についての証言 (内藤悌三氏)」を載せる予定だ。書き終えたので甥御さんの内藤直人さんに送った。証言に間違いがないかかつての駒沢高射砲陣地の隊長だった内藤悌三さんに見ていただくためだ。その返答をいただいた。

 伏木の高射砲陣地の基礎杭は「もんけん杭打ち」をしたそうです。私に説明した図面添付しました。

「もんけん杭打ち」は初めて聴く言葉だ。駒沢高射砲陣地は昭和二十年四月に解体された。それで富山県伏木港の防衛に就くために貨車で高岡能町駅に送られた。そしてここに据え付けられた。六門の高射砲を据えるために数多くの木杭を打たねばならなかった。
 その工法が「もんけん杭打ち」だ。左右に振り分けられた兵隊、20名、20名がロープに繋がった鉄の錘を引き揚げる。そして、これを杭の上に落とす。

 高射砲の運搬、据え付け、そして、砲撃、これらすべてが人力だった。東京と違って照空灯はない。闇夜を飛んで来るB29を音で捉え、音速を測って、伏木港に侵入してきたB29が17度方向になったときに「撃て」と号令をかけた。このアナログ作戦は案外に功を奏した。
「敵さんは、こちらが電波探知機を持っているんじゃないかと、大量のスズ箔を撒いていったよ」
 内藤悌三さんは得意げに語った。
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(三)
 先だって11日、陸軍桶川飛行学校跡地に行った。この間の戦争経験を聴く会、語る会に今井明さんが戦闘機に搭載されていた無線機を持参された。これがもしかしたら動くのではないか?桶川飛行学校跡でここの語り部をされている瀬戸山定さんが飛び抜けて通信機に詳しい。少飛14期生だったが耳が良かったことから通信に回されたという。兼ねてから疑問に思っていたことを聞いた。
 日本の戦闘機には無線機が積載されている。が、乗務員の飛行帽には伝声官がついている。そのあたりの事情が飲み込めない。

「無線機は地上と交信をするものです。それで送られてきた情報を読み取って操縦者にその要点を伝声官で伝えるのです」
 なんともちぐはぐである。駒沢高射砲陣地にも多重式電話があった。が、地下にいる計算班とは伝声官で繋がっていた。
「なんたって伝声官が一番だった、びんびん聞こえるから」
 不足する点は精神力で補う。批評的に閲するというところが欠けている。これは今でもあるのではないだろうか。
(写真はきむらたかしさん提供。瀬戸山定さん。図は内藤悌三さんが描いた)
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rail777 at 20:00│Comments(2)││学術&芸術 | 都市文化

この記事へのコメント

2. Posted by きむらたかし@三田用水   2015年08月11日 21:46
[桶川分教場]

読売新聞の平成27年8月10日付夕刊5面の全面を使って
ズームアップ「特攻訓練 思いを継ぐ」
と題して、熊谷飛行学校桶川分教場が特集されていました。

 かの、瀬戸山さんの写真も掲載されています。
1. Posted by きむらたかし   2015年07月12日 20:22
[モンケン]

これいわゆる「ヨイトマケ」と同じやり方です。

今、モンケン打ちをする一番身近な例が、地盤のボーリング調査のときに行なう「標準貫入試験」です。

http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Ivory/2387/Fushin/chisitsu.htm

の9枚目と10枚目の写真をご参照。

このときの、ボーリング用のシャフトと試料用の土を採るためのパイプ状のサンプラーのかわりに、杭を錘で打ち込むのが「
ヨイトマケ」

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